その25 ナカジマ銘菓
中庭に来客者達がぞろぞろと戻って来た。
彼らが口々に話す言葉から、僕はおおよその事情を知った。
どうやらカミルバルト国王一家と聖国のパロマ王女が来たらしい。
ていうか、パロマ王女って今この国に来ていたんだ。知らなかったよ。
とはいえ、ネットもTVも無いこの世界では、お偉いさんがどこで何をしているかなんて知らない方が普通なのだろう。
僕は貴族の屋敷や王城に直接コンニチワする事もあるので忘れてたけど。
とか思っていたら、聖国メイドのモニカさんは普通に知ってたそうだ。
ティトゥも『そういえばそんな話をしていましたわね』とか言っていた。
どうやら知らなかったのは僕だけだったようだ。
地球では社会人だった身としては、なんだか肩身が狭かったよ。
そんな事を考えていると、ふと、一人の男に注意が向いた。
どこかの家の使用人だろうか? 警備の親衛隊に話をしている所を見ると、ナカジマ家の使用人ではないようだ。
これといって特徴の無い地味で冴えない男だ。僕は彼のどこに引っかかったのだろうか?
彼は親衛隊に連れられて屋敷の中に入って行った。
その時、僕はようやく自分の感じていた違和感に気が付いた。
彼の身のこなし――というか歩き方が、とある人物を思い出させたのだ。
それは聖国メイドのモニカさん。
男の物音一つ立てない滑るような歩き方は、彼女のそれを彷彿させるものだったのだ。
あのモニカさんと良く似た歩き方をするあの男。
もしや彼は――
――モニカさんの兄弟? いや、それはないか。そんな話は聞いた事が無いし。
きっと優秀な使用人は、主人の邪魔をしないようにああいった歩き方をするんだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
屋敷の大広間では、大勢の貴族達がカミルバルト国王が挨拶に出て来るのを待っていた。
「陛下は何をしているんだ?」
「何か話し合われているにしても遅くはないか?」
ざわめきが広がる中、屋敷のメイド達がお菓子の乗ったワゴンを押してやって来た。
恰幅の良い男が、メイドを捕まえて問いただした。
「おい、陛下はまだお見えに「まあ、可愛い食べ物ですわね。これは何ですの?」
男の言葉は途中で妻に遮られた。
「こちらは甘味です。メイカ・ナカジマ・マンジュウとなります」
「おい、そんなことよりも――」
「「「「ドラゴンメニューの甘味?!」」」」
メイドの言葉に、周囲の女性が一斉に反応した。
男はまだ何か言いかけていたが、殺到したご夫人方に「邪魔よ」とばかりに押しのけられてしまった。
ドラゴンメニューのインパクトはこのパーティーが始まってから散々思い知らされている。そのドラゴンメニューのお菓子である。
女性達の目の色を変えさせるには十分過ぎる程十分であった。
一斉に群がった女性達によって、ワゴンのお饅頭はあっという間に刈り尽くされてしまった。
「美味しい! 甘いわ!」
「これはお芋のお菓子なのね。でもこんなに甘いお芋があったなんて知らなかったわ」
「もっとないのかしら。小さすぎて食べ足りないんだけど」
メイドは「すぐに持って参ります」と、慌ててワゴンを押して部屋を出て行った。
ちなみにお替りが運ばれると共に、またたく間になくなり、再び取りに戻る事になったのは言うまでもないだろう。
しかし、ナカジマ銘菓はお饅頭だけではない。
次々と運ばれる甘味はパーティー会場の女性達をうっとりさせた。
甘いものは別腹と言うが、男性客は淑女達の食欲に目を丸くして驚いていた。
「素晴らしいわ、ナカジマ・メイカ」
「ええ本当に。甘味と言えば、干したフルーツくらいしか知らなかったけど、世の中にはこんなにたくさんのお菓子があったのね」
貴族の中でも一部の者は、砂糖を使った焼き菓子や、ハチミツを使ったお菓子を食べた経験がある。
しかし、南方から運ばれて来た砂糖は大変高価で、口に出来るのは王族や本当に一部の裕福な貴族に限られていた。
ハチミツも養蜂技術が確立されていないこの世界では貴重品で、貴族にとっても滋養強壮の薬扱いであった。
「美味しいから」と言っておやつ感覚で口にして良いものではなかったのだ。
つまり大半の貴族にとっても、甘味と言えばドライフルーツで、お菓子というのは小麦粉の中に刻んだドライフルーツを練り込んで焼いた、焼き菓子の事を言うのである。
「こちらのメイカも美味しいわ」
「あら、こちらのメイカは愛らしい形をしているのね。メイカ・ナカジマ・ヒヨコ? ああ、確かにヒヨコの形だわ。流石メイカ。味だけではなく、形にもこだわりがあるのね」
どうやら早くも”銘菓”という言葉が一人歩きをしているようである。
実際にこのパーティーが終わった後、王都ではお菓子の事を”メイカ”と呼ぶのが流行するようになるのだった。
光がある所には影がある。というわけでもないが、ここ、大食堂では一組の母と娘が絶望の淵に沈んでいた。
「ママ・・・」
「ダメよユーリエ。我慢しなさい。ママも我慢しているんだから」
悲しそうにしているのはカミルバルト国王の妻インドーラと娘ユーリエ。
二人は美味しいドラゴンメニューの数々にすっかりお腹が苦しくなっていた。
もちろんどの料理も一口ずつしか食べてはいない。
しかし、体にピッタリ合わせたドレスは二人のお腹を締め付け、今や息をするのも苦しい程であった。
そんな中、ようやくコース料理が終わって、これで生殺し状態から解放される。そうホッとした二人に追い打ちがかかった。
ドラゴンメニューのお菓子。ナカジマ銘菓が出されたのである。
今や二人のドレスは体を締め付けて痛い程である。
しかし、目の前のお菓子は絶対に美味しい。太陽は東から昇る、夏は暑いし冬は寒い。それくらいこのお菓子が美味しいのは間違いようのない事実だった。
そんなナカジマ銘菓を前に、二人はおあずけを食らった犬のようになっていた。
ジッと皿を見つめる二人の様子を気にしながらも、参加者の女性陣は銘菓に向かって伸びる手を止められずにいた。
だって美味しいから。
女性達は申し訳ない気持ちに胸を痛めながら、今まで味わった事の無い甘味に心をとろけさせていた。
独特な緊張感が漂う中、パロマ王女だけは何一つ気兼ねすることなく、美味しい銘菓を心ゆくまで堪能していた。
「メイカってナカジマ・マンジュウ以外にもあったのね。うん。流石ハヤテのお菓子。本当にどれも美味しいわ」
王女は美味しい料理と美味しいお菓子に気持ちが緩んだのか、すっかり素の口調に戻っていた。
ティトゥもようやく緊張がほぐれて来たのか、「こちらはベアータの考えたメイカですわ。こちらは――」などと解説を行っている。
カミルバルト国王は沈痛な面持ちの妻子を見かねたのか、背後のメイド――モニカに声をかけた。
「・・・すまんが、俺達の分を包んでくれないか。城に戻ってから食べようと思う」
王家どころか貧乏貴族が口にするのもはばかられる体裁の悪い言葉だが、彼は一人の父親として悲しむ家族を放ってはおけなかったのだ。
カミルバルトの言葉を受けて、モニカはニコリとほほ笑んだ。
「いえ、こちらは残して頂いて結構です。皆様のお持ち帰りの品の中にもナカジマ・メイカは入っております。お帰りになった後は是非そちらを召し上がって下さい」
お持ち帰りの品――つまりナカジマ家で用意したパーティーのお土産には、ナカジマ銘菓が入っているという事である。
この話にカミルバルトの妻子はパッと顔を輝かせた。
そして女性客達もパッと顔を輝かせた。
そして男性客達は「屋敷に帰ってもまだ食べる気なのか?!」と驚いた。
カミルバルトは機嫌を直した妻子を見て、ホッと胸をなでおろすのだった。
このような貴族家主催のパーティーでは、主催者が来客にお土産を持たせるのが通例となっている。
ナカジマ家が用意したお土産は、パーティーの準備をした王都の大手商会、トラバルト商会が用意したものである。
お土産の中身は皿や茶器。この辺りの贈呈品事情は異世界だろうが地球だろうがあまり変わりはないのかもしれない。
モニカはそれに付け加える形で、ナカジマ銘菓を詰めさせた。
これはハヤテの「お土産といったら地元の銘菓だろう」という変なこだわりによるものだが、モニカ自身も銘菓によってナカジマ家の印象を強く焼き付けるチャンスだと考えたからである。
ちなみに王家と領主、それと一部の有力貴族には、ハヤテがわざわざコノ村から運んで来た『本人完全監修 1/24 ドラゴン・ハヤテ木製模型』が追加で付け加えられた。
通しナンバーまで打たれた限定品(を装った)仕様とはいえ、扱いの困るデカブツを押し付けられて、参加者達は大いに困惑する事になるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
メイドに案内されながら屋敷の廊下を歩いているのは、恰幅のいい大男。
メルトルナ家当主ブローリーである。
彼は、屋敷から至急の連絡を持った使用人が来た、と聞かされて、話を聞くために向かっていた。
彼が案内されたのは、屋敷の入り口に近い一室である。親衛隊員がドアの前で立哨している。
ブローリーは親衛隊に黙礼されると、一人で部屋の中に入った。
部屋は来客用の休憩室、ないしは打ち合わせ用の部室のようだ。
十畳程の広さの部屋に、向かい合ったソファーとテーブルだけが置かれていた。
部屋の中には男が一人。ソファーを使わずに立っている。
彼はブローリーが屋敷を出発する前、情婦のゼレナーから紹介されたあの男である。
男は辛うじて聞き取れる程の声でブローリーに告げた。
「”対の貴重品”は手に入れました。”形見の品”は未だ。ただし問題が」
「何だ?」
「対の貴重品を持ち出した事が相手方に知られてしまいました」
「ちっ! しくじりやがって!」
ブローリーは大きく舌打ちをした後、チラリと背後のドアへと振り返った。
立哨している親衛隊の男が聞き耳を立てているかもしれない。それを警戒したのである。
「・・・それで、手に入れたブツは今どこにある?」
「屋敷に持ち込むのも危険と判断したので、王都の外へと運ばせました。明後日にはメルトルナ領に入ると思います」
「でかした、それでいい。それで形見の品の方はどうだ? 上手くいきそうか?」
男は小さく頷いた。
「問題無く潜入致しました。それよりも今は相手に知られた事をどうするか――」
「知られちまった以上、どうもこうもねえ。よし。今から屋敷に戻る。俺はこのまま王都を離れる。王城の例の品も手に入れ次第、直接メルトルナへ運ばせろ。いいな?」
「はっ」
ブローリーは迷わず即決した。
彼はすぐさま部屋を出ると、「大至急屋敷に戻らなければならなくなった。ナカジマ殿にはよろしく伝えておいてくれ」と伝言を頼むと、屋敷の外へと向かった。
その後、彼は使用人が呼んで来た馬車に乗ると、薄闇の中、自分の屋敷へと戻って行ったのだった。
次回「ドラゴンリサイタル」