その20 招宴会、始まる
昨日の夜は、ブックマーク登録者数が1300件になっていたのが嬉しくて、衝動的に更新しております。
前の話の読み飛ばしにご注意ください。
前回の終わりから少しだけ時間が戻り、ナカジマ家のパーティーが始まる前の話。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテによって王都の屋敷に連れて来られた、ナカジマ家の料理人ベアータは、屋敷の厨房で忙しく指示を出していた。
「そこ! 噴きこぼさないように差し水して! 魚の小骨取りは終わった?! 終わったならバットに並べといて!」
ドラゴンメニューというのは、作るのにやたらと手間がかかるモノが多い。
今回はその大半がミールキットという形で事前に処理されているとはいえ、品数の多さは流石に無視出来ない。
この数日、厨房は混乱の中にあった。
一時はパーティーの開催も危ぶまれる程であった。
屋敷に集められた料理人は、王都の料理屋から連れて来られた、それなりの腕前を持つ者達である。
彼らは良く言えば職人気質。悪く言えば頑固で、ベアータの用意した”料理マニュアル”を軽視して、その指示に従わなかった。
また、あちこちから人を搔き集めたのが良くなかったのか、厨房内で派閥を作って互いに自分達のやり方を譲らなかった。
こんな状態では、いくらミールキットがあっても、ドラゴンメニューは完成しない。
モニカはティトゥと相談すると、パーティーの当日、ベアータを呼んで彼らに指示を出させる事にした。
ティトゥとしてはハラハラものの決断だったが、料理人達は今までの険悪な空気が何だったのかと驚く程、素直にベアータの指示に従っていた。
ティトゥは彼らのメンタリティーを理解していなかった。
確かにベアータは料理人としてはまだ若い。それに女でもある。
しかし、彼女は彼らの雇い主であるナカジマ家の専属料理人であり、ドラゴンメニューの第一人者だ。
ベアータには地位もあって実力もある。
料理人の――職人の世界は完全な縦社会。料理人達が(少なくとも表面上は)彼女に従うのはある意味当然だったのである。
ティトゥが失敗したのは、同列の料理人を集めて、彼らを纏める者を作らなかったのが原因だったのだ。
こうして厨房では着々と招宴会の料理が完成していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕が屋敷の庭に着陸すると共に、周囲からどよめき声が上がった。
微妙に見覚えのあるピカピカの鎧に身を包んだ騎士達だ。
『このような巨大な生き物が本当に飛ぶんだな』
『ああ。この目で見ても信じられん』
君達が信じようが信じられまいが、飛ぶものは仕方がない。
そもそも飛行しない飛行機は”機”だから。ただの機械の塊だから。
それはそうと君らは何?
僕の疑問を察したのだろう。使用人達が降ろした荷物を仕分けしていたメイド少女カーチャがコッソリ教えてくれた。
『あの方達は王城の親衛隊だそうです。国王陛下がお見えになるという事で、護衛のためにいらしたそうです』
将ちゃん――じゃなかった、カミルバルト国王が、ティトゥのパーティーに参加するって?
あれ? 国王って、貴族家のパーティーには来ないんじゃなかったの?
なんでナカジマ家のパーティーに参加するなんて話になっている訳?
カーチャは今度の疑問には答えてくれなかった。
彼女にも分かっていないんだろう。
後で聖国メイドのモニカさんにでも聞いてみようかな? 彼女なら何か心当たりがあるかもしれないし。
しかし、王家直属の親衛隊だったのか。どうりで見覚えがあると思った。
僕達が王都に到着した時、国王の馬車を護衛していた騎士達が彼らと同じ恰好をしていたのだ。
ピカピカの鎧は儀仗兵(※貴人を警備すると共に、威厳を誇示する任務をもった兵)としての意味合いもあるのだろう。
王家を守る兵隊が、効率重視の傭兵みたいな姿をしてたら恰好が付かないからね。
そんな事を考えていたら、いつの間にか僕の周囲からは誰もいなくなっていた。
これにて僕の仕事は一先ず終了である。
この後はパーティーの来客から良く見える位置に移動。彼らの注目を集めるお仕事を任されている。
元引きこもりには・・・って、それはもういいか。
王都に来るまでにも散々注目を浴びてたし、今更だよね。
それに今日はティトゥだってホストとして頑張るんだ。僕もパートナーとして彼女の力にならないと。
そんなふうに気合を入れ直していると、カーチャが使用人達を連れて戻って来た。
僕は使用人達に押されて屋敷の入り口が見える位置に移動させられた。
なる程。お客さんが馬車から降りた時点で僕が目に入る訳か。中々良い場所なんじゃないかな?
「「ギャウー! ギャウー!(パパ! パパ!)」」
「ファル子、ハヤブサ。今日はこの屋敷にお客さんがたくさん来るから、カーチャのいう事を聞いていい子にしているんだよ」
『『『喋った?!』』』
周囲の親衛隊は僕が喋った事に驚いた。
君達、僕が喋るって国王から聞いてなかったの?
その時、僕はカーチャが申し訳なさそうな顔で僕を見上げているのに気が付いた。
どうしたの? 何か心配事でもある訳?
『その・・・モニカさんに言われてここに運びましたが、ハヤテ様はこれでいいんでしょうか?』
これでいい? どういう意味?
『こんな風に見世物みたいにされてハヤテ様は大丈夫なんですか? 私達に怒ったりしていませんか?』
ああ、そういう事。カーチャはドラゴンが人間の好奇の視線にさらされて、不愉快なんじゃないかと聞いているのか。
まあ、イヤかどうかで言えば、もちろんイヤだけど、今日はティトゥだって同じように客の注目を浴びる訳だしね。
僕だけ隠れているのも、なんだか彼女を見捨てているみたいじゃないか。
僕とティトゥは二人で一人の竜 騎 士。彼女が受ける視線の半分は僕が引き受けるべきなんじゃないかな。
『ティトゥ ガンバル』
『ティトゥ様が頑張っているから、ハヤテ様も引き受けてくれるという訳ですか?』
そうそう、そういう事。
ファル子達も「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(パパ! 手伝う! 手伝う!)」と走り回っている。
みんながティトゥを支えるために頑張っているんだ。僕やファル子達だってその手伝いくらいはさせてもらうよ。
『ハヤテ様・・・。そうですね! 今日はみんなで頑張りましょう!』
カーチャは握り拳を作ってフンスと気合を入れた。
その時、一台の馬車が屋敷に入って来た。どうやらお客さん第一号のようだ。
馬車から降りたのは、下士位の貴族夫婦だろうか? まだ若い男女だった。
二人はあちこちに立哨する親衛隊の物々しい雰囲気に、少し驚いている様子だ。
彼らは軽く周囲を見回すと、僕を見付けて目を見開いた。
『おい! まさかあれってドラゴンじゃないか?!』
『まあ。ドラゴンって随分と大きいのね。馬車よりも大きいんじゃない? あら、足元の小さいのは子供のドラゴンかしら?』
『ゴキゲンヨウ』
「「ギャーウー(ごきげんよう)」」
『『喋った?!』』
喋る謎生物にギョッと目を剥く若夫婦。
周囲の親衛隊達は、こちらの様子をチラリと見て、さもありなん、と納得している。
何? 君達。何か言いたい事があるなら言って欲しいんだけど?
若夫婦は僕達を気にしていたが、使用人に連れられて屋敷の中に入って行った。
どのみち、次の馬車が入って来た所だったので、場所を空けなければいけなかったのだ。
二組目の客は小学生くらいの男の子を連れた中年貴族夫婦だった。
男の子は僕を見付けると嬉しそうに父親の手を引っ張った。
『お父様! ホラあそこ! あれってきっとドラゴンですよ!』
『ほほう。随分と大きいな』
『そうね。庭で飼っているのかしら?』
『ゴキゲンヨウ』
「「ギャーウー(ごきげんよう)」」
『『『喋った?!』』』
驚く貴族家族。親衛隊の人達は段々面白くなってきたのだろうか。何人かは顔をそむけて小刻みに肩を震わせていた。
こうして僕は来客が来るたびに挨拶を続けた。
ファル子達はすぐに飽きてしまったので、カーチャが連れて屋敷に戻って行った。
そうしてしばらく挨拶を続けた後の事だった。
ひと際立派な馬車が止まると、白髪のお爺さんが奥さんを連れて降りて来た。
お爺さんは眉間に皺を寄せると、胡乱な目で僕を見つめた。
『ゴキゲンヨウ』
『『喋った?!』』
お爺さんは益々眉間に皺を寄せると、怒ったような顔で僕を睨んだ。
なぜ睨んだし?
お爺さんの奥さん――お婆さんは、申し訳なさそうに僕に謝ってくれた。
『ドラゴンって言葉を話すのね。この人は怒っている訳じゃないの。いつも気難しい顔をしているからみんな勘違いしちゃうのよ。気を悪くしないで頂戴ね』
ああ、なる程。この人は頑固爺さんみたいな感じの人なのかな?
『サヨウデゴザイマスカ』
『ほ、本当に言葉が通じるのね。驚いたわ』
自分で話しかけておきながら、僕が返事を返すと驚くお婆さん。
その間、お爺さんは難しい顔をしながら、黙って僕を睨み付けているだけだった。
後で知ったけど、このお爺さんが上士位筆頭、ネライ家の当主、ロマオ・ネライだったのだ。
夕方にもう一話更新します。
次回「赤と緑」