その19 来客者達
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それを記念して、急遽更新します。
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ヴーン――。
王都の民は今朝から何度目かの異音に空を見上げた。
抜けるように青い夏の空に、キラリと光を反射する大きな翼。
王都にその名を轟かせる姫 竜 騎 士の騎乗するドラゴン、”ハヤテ”である。
情報通の者は、「今日は竜 騎 士のナカジマ家で、貴族の領主達を招いて招宴会が行われるんだ。きっとドラゴンは、その準備のために飛び回っているんだぜ」と、周囲の者達に自分の知識をひけらかした。
王都の商会では、ナカジマ家のパーティーの参加の是非を巡って、互いにけん制し合っていた。
ナカジマ家のパーティーに参加する商会は、勢いと力がある。逆に参加出来ない商会は、時流を読めない遅れた商会である。
そんな風潮が出来ていたのだ。
だから彼らは血眼になって今日のパーティーの案内状を――チケットを求めた。
それは王都の商会だけではない。面子を重んじる貴族家にとっても同じ事だった。
ここは王都の貴族街。
”西のネライ、東のメルトルナ”と呼ばれる大物貴族、メルトルナ家。
その屋敷で、当主のブローリーは、複数のメイドにかしずかれながら礼服に袖を通していた。
この国の領主としては若い世代に入る三十歳前後。
彫の深い顔に日に焼けた肌、大柄でガッチリと引き締まった体。
このような華美な礼服でパーティーに出席するよりも、武装して騎乗している方がよっぽど似合う武辺者である。
本人もその事を自覚しているのか、不満そうな表情を隠そうともしていない。
怯えるメイドを見かねたのか、屋敷の執事が主人に苦言を呈した。
「ご当主様。そのようなお顔をされていては、ナカジマ様に良くない心証を持っていると周囲に邪推されかねません。もっと穏やかな表情でいられますように、進言申し上げます」
「チッ。んな事くらい分かっちゃいるが窮屈なんだ。仕方がねえだろうが。招宴会では上手くやるから、今くらいは俺の好きにさせろ」
ブローリーは不愉快そうに執事をジロリと睨み付けた。
その時、ノックと共にドアが開かれた。返事も待たずに部屋に入って来たのはドレスを着崩した妖艶な美女。
彼女はブローリーが領地から連れて来たお気に入りの情婦である。
執事の眉がひそめられた。
しかし、ブローリーは先程までの態度を一変。手を振ってメイドを下げると自慢げに女の前に立った。
「王都一の商会に仕立てさせた礼服だ。どうだ? この俺に似合っているか?」
「ええ、とても。王都の貴族様かと思っちゃったわ」
そう言うと女は手を伸ばし、かいがいしくブローリーの服の襟を整える。
寵愛する情婦に世話を焼かれてまんざらでもないブローリー。
彼は「しばらくコイツと二人きりにさせろ」と言って執事達を下げた。
執事が渋々部屋を出ると、女はスルリとブローリーの前から離れ、一度部屋の外に姿を消した。
再び彼女が戻って来た時には、若い使用人を連れていた。
中肉中背。これといった特徴の無い非常に地味な男である。
男はブローリーの前に出ると膝をついた。
「ご当主様に報告をして」
「はっ。準備は順調。先方の協力もあり、無事に侵入したとの事であります」
「・・・なる程。今の所、ヤツが俺を裏切っている可能性は低い、という事か」
言葉少なく報告する使用人。
ブローリーはつまらなさそうに吐き捨てると、窮屈そうに襟首を緩めた。
使用人は報告を続けた。
「国王夫妻のナカジマ家の招宴会への出席に合わせて、行動を開始する予定となっております」
「よろしいでしょうか? ご当主様」女が覗き込むように尋ねた。
ブローリーはもったいぶった態度で頷いた。
「まさかこのタイミングで王城が手薄になるとはな。ツキも俺に味方しているらしいぜ。いいだろう”やれ”」
「はっ」
女が合図をすると、男は深々と一礼。音もなく部屋を後にした。
ブローリーは内心で男の身のこなしに感心していた。
「あん。ご当主様」
「前祝いだ、少し相手をしろ。しかし、本当に俺と一緒に招宴会に参加しなくてもいいのか? 俺はこんな集まりなんぞに大して興味はねえが、王都では今日の招宴会の案内状を求めて、血眼になっているヤツらも多いと聞くぞ?」
ブローリーは、女の後ろから抱き着いて首筋に唇を当てる。
女は悩ましげな仕草で身をよじった。
(どこを触っても柔らけえ・・・。確かに女は柔らかいが、こいつ程いい女はそうそういないぜ)
女の関節の存在を感じさせないしなやかな動きと、熱い吐息にブローリーはすっかり魅了されていた。
「王都中の貴族の集まる招宴会に、ご当主様のようなご立派な方が私なんかを連れて行っては良くない噂になりますわ」
「言いたいヤツは好きに言わせておけばいい。俺はお前がそれでいいのかと聞いているんだ」
そう言いかけたブローリーの口は、途中で女の指で塞がれた。
「お気持ちは嬉しいですが、私はこうしてお情けを頂けるだけで十分。招宴会はご当主様が楽しんで来て頂戴」
「ふん。いじらしい事を言ってくれる」
ブローリーは唇で女の口を塞ぐと、大きなソファーの上に女を押し倒した。
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代わってこちらはネライ家の屋敷。
ネライ家当主ロマオ・ネライは、出発の直前まで部屋で報告書に目を通していた。
(ルーベント、ベチェルカ、それにオシドル辺りの動きがどうにも怪しい。他にも共謀している動きがある。しかし、ヤツらが俺の意志に反してまで行動するだろうか?)
ルーベント、ベチェルカ、オシドルはネライ領を代表する大きな町だ。それぞれにネライ家傍系の貴族家が入っている。彼らは町の名前を取ってルーベント家、ベチェルカ家、オシドル家と呼ばれている。
ネライ本家を支える直属の配下ともいえる存在だったが、最近では本家の当主ロマオの意にそぐわない怪しい動きを見せていた。
(領地の貴族家の動きを牽制する意味もあって、孫のエリックを残して来たのだが・・・こんな事なら王都に連れて来るべきだったかもしれん)
傘下の貴族家の怪しい動き。
ロマオは当初、メルトルナ家当主ブローリーに扇動されたものではないかと考えていた。
ネライ家の力を削ぎ、自分が代わりに王家に近付くのが狙いではないか。そう疑っていたのだ。
しかし、ブローリーの周囲を探らせた諜者からの報告では、彼にそのような動きは見られなかった。
本人とも直接会談したが、王家に近付くどころか、むしろ逆恨みしている節すら感じられた。
(メルトルナ家当主が入れ込んでいる情婦。この女の出自が不明なのも気になる所だ)
女の名前はゼレナー。もちろん偽名だろう。生まれも育ちも不明。
怪しいと言えば怪しい女だが、隣国ゾルタと国境を接しているメルトルナ領には、出自の知れない女などそれこそ履いて捨てるほどいる。
最近でこそ大人しくなったが、国境に砦が作られた10年より前には、毎年のように隣国と戦が繰り返されていたのだ。
大きな戦に小競り合い。国境の近くの村は焼かれ、人の住まない空き地が広がっていた。
軍から脱走した兵士達は野盗化して街道を行く商人や村や町を襲い、焼け出された村人や、親を失った子供達が、安全と食べ物を求めて町へと流れ着く。
そういった孤児の大半は野垂れ死ぬか、裏社会にその身を落とすが、中には底辺から這い上がる者達も少なからずいる。
土地柄、ブローリーの情婦ゼレナーがそういった女である可能性は高いだろう。
コンコンコン
ロマオの思考はノックの音に遮られた。
ドアの外に立っていたのは、ロマオとよく似た印象を持つ白髪の紳士――王都ネライ屋敷の執事だった。
「ご当主様。出発のお時間になりました。奥方様は先に馬車にお向かいになっておられます」
「うむ。アレはどうした?」
「若様は別の馬車に。奥様と共に既に準備を終えてご当主様の出発を待たれております」
ロマオは「分かった」と返事をして立ち上がった。
執事は淀みない動きで、ロマオの服の皺を伸ばした。
「では行って来る」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
この時ロマオは、執事が玄関まで見送りに来ない事を少しだけ疑問に感じた。
しかし、その疑問は疑問と呼ぶにもあまりにも小さな違和感だったため、すぐにスルリと彼の意識から抜け落ちてしまった。
この日、ロマオは貴重品をしまった保管庫の鍵を、持って出なかった事を後悔する事になるのだった。
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王城ではカミルバルト国王夫妻が、護衛に囲まれて馬車の前に立っていた。
新国王カミルバルト。そして彼の側室インドーラ。そして二人の娘ユーリエの三人である。
彼らはナカジマ家のパーティーに参加する予定となっている。
現在の時刻は午後五時。
午後四時から始まったパーティーは、到着する頃には大体半分を迎えているだろう。
娘のユーリエは余程パーティーが楽しみで仕方がないのか、先程から落ち着きなくソワソワしている。
そんな娘を母親は困った顔で見つめていた。
彼らは馬車に乗る前に、最後の参加者の到着を待っていた。
国王が待たなければならない相手。それは一体。
やがてその相手が護衛を携えてやって来た。
「遅れてしまいましたね。ご迷惑をおかけしました」
長い金髪の少女だ。日本で言えば高校生くらいか。
聖国では貴人が着るという、青いパーティードレスを身にまとっている。
顔立ちこそ地味だが、その所作には品があり、やんごとなき人物である事がうかがえる。
彼女こそカミルバルトが待っていたパーティーの参加者であった。
カミルバルトは少女に手を差し伸べた。
「いえ。では行きましょうかパロマ王女殿下」
少女の名はパロマ。
昨年夏に海賊に攫われ、ハヤテ達竜 騎 士の活躍で無事に救出された、ランピーニ聖国の第六王女である。
彼女は聖国を代表する立場で、カミルバルトの即位式に参加するために、この国を訪れていた。
そして彼女がナカジマ家の――ティトゥの主催するパーティーに参加すると決めたために、カミルバルトも参加をする必要が出来たのである。
昨年のマリエッタ王女の一件の例もあるため、警備上の関係でパロマ王女の参加はギリギリまで伏せられる事になった。
警備の者達には、あくまでも国王夫妻の護衛としか知らされなかった。
真実を知っているのは、カミルバルトの側近であるアダム特務官と、彼の腹心の部下だけである。
そのアダム特務官ですら、三日前まで知らされていなかったのだから、カミルバルトがどれだけ防諜に気を使っていたかが分かるというものだろう。
おかげで、直前で真相を知らされたアダムは、上司のムチャ振りに胃を痛くしながら、関係各所を走り回る羽目になってしまったのだが。
こうして親衛隊に守られながら王家の馬車が王城を離れた。
物々しい警備の中、隊列は貴族街を進み、無事にナカジマ家の屋敷に到着した。
国王達の姿が屋敷の中に消えてからしばらく後、王都に鐘の音が鳴り響いた。
一日の終わりを告げる、暮れ六つ(午後六時)の鐘である。
ナカジマ家のパーティーは、ちょうど半ばに差し掛かっていた。
最後は少しだけ時間を飛ばしてしまいました。
次回はパーティーがスタートする所から始まります。
次回「招宴会、始まる」