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その13 月下の誓い

 かつてないほど大空を駆け回った僕は、なかなか満足して町長の庭に降り立った。

 久々に見せる僕の見事な海軍式三点着陸。そろそろ誰か褒めてくれないかな。

 周囲に目を向けると、僕になぎ倒された草木と悲鳴を上げて逃げ惑う人々の姿があった。


 ・・・正直スマンかった。


 でも、流石に町の外に降りるわけにはいかなかったんだよ。

 僕は操縦席の中で悪臭を放つニオイ袋と化した元第四王子パンチラを見た。

 僕に空中で散々弄ばれたパンチラは、口の端からは泡立った涎をたらし、汗をダラダラと流しながら涙と鼻水で顔面をグチャグチャにしている。

 もちろん下からも大放水だ。この異臭はズボンの後ろから匂っているに違いない。

 パンチラ・ダム大放流の巻。

 上から下から流しっぱなしで、よく干からびてカサカサにならないもんだ。

 パンチラは今は無事地上に降りたことに安心して、放心状態になっている。

 それでも顔色は真っ青で、全身をプルプルと震わせているんだけど。


「ほら、さっさと降りろ!」

『ひっ!』


 僕が勢いよく風防を開けると、パンチラは滑稽なほどビクリと身をすくませた。

 この身体に戦後の戦闘機のような射出座席が付いていれば、最後は絶対大空に放り出してやっていたところだ。


「おいおい、最初の威勢はどうしたんだ?」

『ひっ・・・ひっひいっ・・・』 


 もうコイツは僕が何を言ってもビク付いてしまうんじゃないかな。

 パンチラは転がり落ちるように操縦席を逃げ出した。


 あ、本当に落っこちた。


 騎士団員達が慌てて駆け寄った。

 パンチラはその場で四つん這いになると、ゲロゲロとリバース。

 パンチラの口から流れ出るキラキラとした透過光・・・なわけはなく、普通にゲロでした。最後までバッチイね。

 漂うパンチラ臭とゲロに思わず足を止める騎士団員。

 さっきからヒドすぎだ。お食事中の方がいらしたらゴメンなさい。


 しかし、そんなに臭いのかな?

 どうやら僕の四式戦ボディーは匂いもあまり感じないようだ。

 もし僕に人間並みの嗅覚があったら、匂いに耐え切れずに空中で匂いの元をポイ捨てしていたかもしれない。

 危ない危ない。今回はお互いにとって幸いだったって事だね。


 こうして僕は無事に実験動物(パンチラ)を野に返したのだった。しかも無傷で。

 めでたしめでたし。




『ハヤテ!』


 ティトゥが僕に駆け寄って来た。

 本来なら僕がこう、両手を広げて待ち受ければ最高に絵になるところだ。

 ・・・まあ、戦闘機ボディーで何言ってんの? って感じだけどね。


 ! って、マズイ!


「ティトゥ! 来ちゃダメだ!」


 僕の声に驚いて足を止めるティトゥ。

 一瞬、傷付いた顔になるが、すぐに漂う悪臭に気が付き、可愛い鼻に皺を寄せた。


 くそう・・・。パンチラのヤツ。

 僕の築き上げてきた爽やかドラゴンのイメージが台無しじゃないか。

 今からでもタイヤで踏みつけてやろうか。

 丁度いい感じに四つん這いになってるし。


 ティトゥは微笑んだ。


『そうね、早くキレイにしましょう。カーチャ!』


 いつものように自分付きのメイド少女の名を呼ぶが、彼女の首に巻かれた包帯に気が付いた。

 慌てるティトゥ。そしてそんな主人の姿を見て焦るカーチャ。


『何か入り用でしたら、私の部下を使いましょう』


 髭モジャおじさん、じゃなかったアダム班長が、メイド少女の隣に立った。


『ええ。でしたら掃除道具をお願いしますわ』

『分かりました。おい、二人ほどモップとウエス(ぼろ)を持ってこい!』

『『はっ!』』


 命令をうけた二人の騎士団員が、町長の使用人に命じて、掃除道具を用意させる。

 う~ん、下から下への見事な下請け光景。


『自分で動かんか!!』

『『は・・・はいっ!』』


 あ、アダム班長に怒られた。

 そうそう、若いうちから楽することを覚えてはいかんよ君たち。


『お前達は桶に水を汲んで来い!』

『はっ!』


 命じられた騎士団員達がこちらは自主的に走り去った。

 同僚の姿を見て学習したようだ。

 残された騎士団員がアダム班長を見た。

 アダム班長は黙って未だにゲロっている臭気袋に向けて顎をしゃくった。

 その途端、絶望の表情を浮かべる騎士団員達。

 だがまあ、誰かがやらなきゃいけないことではある。

 彼らは町長の使用人にも手を貸してもらいながら、しぶしぶパンチラを担いで行った。

 ・・・なんかスマン。後でカーチャから水あめでももらって欲しい。

 ついでに町長も、こちらをチラチラとチラ見しながらパンチラに付いて行ったチラ。


『では私はドラゴン殿をキレイにしますかな。なぁに、これでも隊では掃除は得意の方でして』


 アダム班長が腕まくりをしながら僕に歩み寄った。

 いつの間にかアダム班長の後ろに立っていたティトゥパパがその肩を叩いて止めた。


『ドラゴンは・・・ハヤテは、ウチの娘が全ての世話をしているんですよ』


 アダム班長は驚きの表情を浮かべた。

 まさか貴族の令嬢が手ずから世話をしているとは思わなかったのだろう。


『ドラゴン殿はハヤテ殿とおっしゃるのだな。なるほど、私のようなおじさんより見目麗しいお嬢様の方がお好みとは! これは随分私と気が合いそうですな』


 はっはっは、と笑い合う男二人。

 苦笑を浮かべるティトゥ。

 そんなティトゥを嬉しそうに見つめるカーチャ。

 何ともほのぼのとした空間だ。


 ――僕の日常が戻ってきた。


 そんな思いに僕の胸は温かいもので満たされるのだった。




 結局、出発は明日に延期になった。

 パンチラ元第四王子は寝込んだまま食事も摂れない状態だし、僕の掃除も必要だったからだ。

 ティトゥは休みながらとはいえ、ほとんど一日中僕の掃除をし続けた。

 何度も騎士団員達が手伝おうかと声をかけるのだが、全て断り、夕方までかけて一人で最後までやりきった。

 臭いの残る操縦席をティトゥに掃除させるのは気がひけたが、彼女はハンカチをマスクにためらうことなく、汚物の掃除を続けた。

 ・・・そんな美少女の献身的な奉仕に、僕は胸を打たれてホロリと来たのだったが、それも仕方のないことだろう。

 いや、これで心が動かないヤツは鬼だよ。ていうか鬼の目にも涙だよ。・・・いや、それはちょっと違うか。


 ちなみに操縦席の掃除だけなら午前中で終わっていたのだが、ティトゥはそれだけにとどまらず、いつものように――いや、いつも以上に念入りに僕の全身をブラッシングしたのだ。

 この二日ほど、僕がロープにグルグル巻きにされていたこともあって、ブラッシングをしていなかったことの埋め合わせのつもりだったのだろうか?

 この作業量には周りで見ている騎士団員達も驚いていた。


 ふっふっふ。ウチのティトゥの働き者っぷりに驚いたかね。

 そこいらの、箸より重いものを持たない貴族の令嬢とは違うのだよ。

 彼女は良い嫁になるよ。君ら下っ端にはやらんがね。


 ちなみに僕はティトゥ以外の貴族の令嬢を見たことはない。

 勝手な思い込みによる、ヒドイ風評被害である。


 夕方になってカーチャがティトゥを呼びに来た。

 どうやらマチェイ家御一行様は、この町にある宿屋に宿泊しているようだ。

 そういえば町長の家で見なかったな。

 まあ、町長宅にはパンチラ元第四王子が泊まっているから、ティトゥパパが娘を同じ家には泊めないか。

 ティトゥは若干後ろ髪を引かれる様子ではあったが、どこかやり遂げた表情でカーチャと共に去って行った。

 彼女の姿が見えなくなると、騎士団員達もパラパラと櫛の歯が欠けるように抜けて行き、日が落ち、空に月が上るころには僕は庭に一人になった。

 月は相変わらず一つだ。ファンタジー世界だからといって時々二つになったりはしないらしい。 

 少し残念。



 ・・・この旅ではいろいろとあったけど、明日はいよいよ王都か。


 確か王都ではティトゥが姫 竜 騎 士プリンセス・ドラゴンライダーとして大人気なんだよね。

 いつもならストッパー役のカーチャがケガをしている今、ティトゥが羽目を外しすぎないか心配だ。

 ティトゥパパは娘の絵を見てどういう反応をするんだろう。

 僕はカッコよく描かれているのかな?

 小〇繁夫さんの描くハ〇ガワのプラモデルのボックスアートように、シャープかつ美麗に描いてくれていると良いなぁ。


 僕は一人月の下、まだ見ぬ王都を想像しながら夜を過ごすのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 私は一人、宿屋の窓から空を眺めています。

 今日、ハヤテが飛んだ空です。

 今は日も落ち、月が浮かんでいます。

 同室のお父様は、騎士団の班長と明日の行程の打ち合わせに行っているため、今、部屋には私一人です。


 私は今日ほど自分が浅慮で愚かしい女だと思ったことはありませんでした。

 一時とはいえ、ハヤテが自分を裏切ったなどと考えたからです。

 私はハヤテと心を通わせていたつもりでした。

 でも、私はハヤテのことを心の底では本当には信じていなかったのでしょう。

 だからあの時あんなにうろたえてしまったのです。


 今日、ハヤテが元第四王子であるネライ卿に対し怒ったのは、彼にとっても親しいカーチャをネライ卿が傷つけたからでしょう。

 しかし、ひょっとして、自分を信じ切れていない私を見て、そのことに対しても怒っていたのかもしれません。


 ハヤテは私を信じて身体を委ねてくれています。

 大きな身体に優しく気高い心。

 ドラゴンに比べて人間はなんと心が醜い小さな弱い生き物なのか。


 私はハヤテに契約を許された以上、彼のようにならなければなりません。

 彼が私にそれを望んでいる、それ以上に、私がそうありたいからです。

 だから旅の間の無様な姿は今回限りです。今後二度とさらしません。

 そして二度と彼を疑うような恥ずかしいことはしません。絶対に。



 私は今から強く気高い人間になる! ハヤテの契約者としてふさわしい人間に!



 私は月に向かって固く誓うのでした。

次回「エピローグ 王都」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初の戦争から帰ってきた直後まではとても良かった。 [気になる点] 元第四王子に好き勝手させすぎじゃないですかね?ただただ胸糞悪く、スカッと要素も薄すぎます。ティトゥに恨みでもあるのではな…
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