その17 新国王参列
僕達が王都に到着してそろそろ二週間が経とうとしている。
今朝も朝食を終えたティトゥがファル子達を連れて僕の所にやって来た。
「「ギャウー! ギャウー!(パパ! ご飯!)」」
『おはよう、ハヤテ』
この数日、ティトゥは上機嫌だ。
週末に迫ったナカジマ家主催の招宴会。その準備のために屋敷の使用人は忙しく働いている。
そのおかげというか、そのせいで、ティトゥも他家のパーティーに出ている暇がなくなり、こうして一日中屋敷で過ごしているのだ。
出席予定をキャンセルしなければいけなくなったと知った時の、彼女の顔といったらなかったよ。
僕の貧しい文章力ではとても表現する事は出来ないくらいだった。
パアーって光が出てたから。いやマジで。
もしもあの時の彼女の笑顔を切り取ってTVのCMに使えたら、その商品はその年ナンバーワンの大ヒット、バカ売れ間違いなしになっていたと思うよ。
もちろん、ティトゥも打ち合わせやら何やらで仕事を抱えてはいるのだが、パーティーに出席する苦労を思えばちっとも苦ではないらしい。
ティトゥ。君ねえ・・・
まあ、ティトゥの社交界嫌いは昨日今日に始まった事じゃないから、仕方がないと言えば仕方がないんだけど。
『ファルコ! それは噛んではいけませんわ!』
「グウウウ・・・」
おにぎりを食べ終わったファル子達は、庭で遊び始めていた。
ティトゥは庭木に噛みついたファルコを引き剥がそうとしている。
最近のファル子は、こうやって咥えた物を誰かと引っ張り合って遊ぶのがお気に入りだ。
けど、ティトゥの言うように庭木に噛みつくのは良くないかな。
「ファル子。木が可哀想だろ。噛みつくなら別のものにしなさい」
「キュウー(はぁい)」
僕に叱られて大人しく庭木を放すファル子。
お前がそれを言うのかって?
確かに僕はあちこちの庭に着陸しては、毎回庭木を薙ぎ倒している。
けど、仕方がないじゃないか。僕は垂直離着陸機じゃないんだから。
それにファル子まで僕みたいに育ったら各地の庭師が困るだろ?
「ギャウギャウ!(カーチャ姉!)」
『あっ、ハヤブサ様! 危ないから急に飛び付かないで下さい!』
メイド少女カーチャを見付けたハヤブサが、彼女のスカートにじゃれついた。
カーチャは走って来た所を、急にハヤブサに飛び付かれたため、危うく彼を蹴り飛ばしかけていた。
「ギャウ! ギャウ!(カーチャ姉! カーチャ姉!)」
『ハヤブサ様、後で遊んであげますから、今は大人しくしていてくださいね。ティトゥ様、厨房から追加の要請が来ています』
『これですわね。分かりましたわ』
ティトゥはカーチャから手渡された端切れにざっと目を通した。
料理人達は文字が書けない。多分カーチャが代筆したのだろう。
現在、屋敷の厨房は戦場のような凄まじさらしい。
ティトゥが主催するパーティーにドラゴンメニューを出す事になったので、急遽料理人を増やしたのが原因だ。
確かに、屋敷のパーティーにドラゴンメニューを出す、というのは僕が提案したアイデアだ。
だからそのアイデアが採用されたのは構わない。
しかしあくまでも僕は、パーティーの料理の”一部に”ドラゴンメニューを出す、と言ったつもりであって、パーティーの料理を”全部”ドラゴンメニューにする、と言ったつもりは無いんだけど。
そもそもオットーは、貴族家のパーティーではあまり料理は食べられない、と言っていたはずだ。
彼らの礼服は、体のサイズにキッチリ合わせたオーダーメイドだから、食事どころか飲み物もろくに入らないとか何とか。
あの話はウソだったんだろうか?
メイドのモニカさん情報によると、現在、王都中の仕立て屋は寝る間もない程フル回転しているそうだ。
何でも、体のラインに合わせたぴっちり服から、ちょっとお腹に余裕のあるゆったり服に仕立て直させる客が殺到しているんだとか。
『礼服のデザインの流行を変えてしまいましたね』
モニカさんは嬉しそうにそう言っていたけど、それってつまり、ティトゥのパーティーでドラゴンメニューを食べるために服を仕立て直している人が大勢いるって事なのかな?
なんでそんな話になっている訳? 王都の人って、あの緑色のドラゴンメニュー(偽)しか知らないんだよね?
『トラバルト商会が主導して噂を広めていますから』
あの日、僕がプレゼンというか、サンプル用に持ち帰ったドラゴンメニューミールキット。
モニカさんは、それを使って王都の主要商会の者達にドラゴンメニューを振る舞ったそうだ。
彼らはドラゴンメニューの味に感動して、あちこちで自慢したらしい。
いや、何してんの、君達。
そしてその噂話を、トラバルト商会がせっせと王都中の商会の間に拡散したという。
おかげで今やドラゴンメニューは究極のメニューとして、垂涎の的となっているんだそうだ。
『ふふふ。これも全てはナカジマ家の招宴会の価値を上げるためです』
モニカさんはそう言って笑みを浮かべたけど、僕には悪乗りしているようにしか見えないけど。
まあ、ティトゥが初めて開くパーティーだし、星〇雄馬の一人クリスマスみたいになるよりはいいと思うけどさ。
そんなわけで、屋敷の厨房はパーティーに備えて多くの料理人を雇い入れ、今も当日のメニューの試作を繰り返していた。
僕は彼らに頼まれ、一日に一二度コノ村へと飛び、足りなくなった食材や調味料を補充する役目を仰せつかっているのだった。
『じゃあ早速行きますわよ!』
「ギャウー! ギャウー!(お空! お空!)」
そして他家のパーティーの予定が無くなり、すっかり手の空いたティトゥは、毎回のように僕に付いて来るようになっていた。
『今日は少し足を延ばして寄り道をし『昼前にトラバルト商会の前当主が参ります。寄り道している時間はありませんよ』・・・わ、分かりましたわ』
いつの間にか現れていたメイドのモニカさんに、いち早く釘を刺されるティトゥ。
みんな忙しく働いているからね。サボリは良くないよ。うん。
『もう、ハヤテまで。私だってそれくらい分かっていますわ。前離れーですわ!』
「「ギャーウー(離れーっ!)」」
こうして僕はティトゥ達を連れてテイクオフ。
一路コノ村を目指すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王城の奥を歩くのは髭の立派な一人の騎士。特務官のアダム・イタガキである。
彼がカミルバルト新国王の執務室に到着した時、そこには既に先客がいた。
アダムは来客が去るまで待つつもりだったが、その前に部屋の中から声がかけられた。
「アダムか。構わん。入れ」
「――失礼します」
アダムが立哨の騎士に黙礼して部屋に入ると、神経質そうな小太りの中年貴族が彼をジロリと睨んだ。
この中年貴族こそ、この国の現在の宰相バラート・ノーシスである。
部屋の空気はピリピリと張り詰め、宰相の頭頂部が薄くなりかけた髪は、やや乱れている。
カミルバルトのうんざりした表情からも、どうやら直前まで二人はかなり激しく口論をしていたようだ。
アダムは内心で自分のタイミングの悪さにげんなりした。
「イタガキ特務官からも陛下をお諫めして頂きたい!」
「・・・あの、何があったんでしょうか?」
「俺がナカジマ家の招宴会に出ると言ったらコレだ」
「当たり前です! 相手はたかだかいち領主、しかも小上士位の開く招宴会に、陛下自らが玉体を運ぶとは何事ですか!」
今のやり取りだけでアダムはおおよその事情を察した。
領主の屋敷のパーティーに国王が参列するなど例外中の例外。貴族間の権力バランスを崩しかねない一大事だ。
父親である前宰相に輪をかけて、保守的な傾向が強い宰相が反対するのも当然である。
アダムの職分から見ても、カミルバルトがこの時期に王城の外に出るような危険は見過ごせない。
「陛下。それはちょっと・・・」
「ナカジマ家が行う初めての招宴会だ。俺が参加してやらずにどうする」
アダムはカミルバルトの思惑を推測した。
カミルバルトはナカジマ家の格を上げようとしているのか?
現在、上士位貴族のネライ家、メルトルナ家に不穏な動きがあり、他家の中にもその動きに追随する動きがある。
カミルバルトとしてはミロスラフ王家とドラゴン・ハヤテを擁するナカジマ家との繋がりを示し、貴族家の蠢動を牽制したいと考えたのかもしれない。
なる程。カミルバルトらしい大胆な発想だ。
そんなカミルバルトの策に対し、宰相は過去の慣例や貴族家の格の上下を持ち出して反対しているのだろう。
あるいは貴族としては宰相の価値観の方が常識に近く、カミルバルトの考え方の方が型破りなのかもしれない。
(私も大概、ハヤテ様達の影響を受けているようですな)
アダムはカミルバルトの発想に共感している自分に気付き、やや自嘲気味に苦笑した。
実はカミルバルトには、他にもナカジマ家のパーティーに参加しなければならない大きな理由があった。
ただし、それは現時点ではまだアダムにすら知らされていない。
それほど機密を擁する内容なのである。
後ほど話を聞かされたアダムは、大慌てで警備の手配に走ることになるのだが、その話は今は置いておくとする。
カミルバルトはうんざりした顔で続けた。
「大体、先程から宰相は格・格と言っているが、俺は即位するまでは正式な立場は王都騎士団の団長だぞ。騎士団の団長が貴族家の招宴会に出て問題になった話など、一度も聞いた事が無い」
「屁理屈を言うのはお止め下さい!」
「屁理屈だって理屈のうちだ。・・・ああ、もういい。分かった分かった。俺が国王になって最初に挨拶を交わすのはネライ家当主とする。ナカジマ家当主は一番最後だ。それならいいだろう」
カミルバルトは、自分が国王になった後にナカジマ家には割を食わせるので、今回は見逃せ。それでバランスを取る。そう言ったのである。
「しかし、さき程から申し上げているように格の上でナカジマ家は――」
「ナカジマ家はナカジマ領の領主だ。領主という点では他の上士位貴族と変わらない。そうではないのか?」
宰相がここまでナカジマ家を冷遇するのにはちょっとした理由がある。
彼は父親であるユリウスが宰相だった頃から、長年父親の下で働いていた。
やや近視眼的で判断力にも欠ける彼は、父親の跡を継いで宰相になった後も、ほぼほぼ父親の政策を引き継いだ形で政務を行っていた。
そんな彼の中では、ナカジマ家は未だに貧乏領地の領主であり、取るに足らない木っ端貴族なのである。
彼の目には、開発景気に沸くナカジマ領も、ドラゴンハヤテの示した脅威的な戦果も見えていない。
つまり、彼の中の情報は未だに父親から引き継ぐ前の状態で、何ひとつ更新されていないのだ。
仕事は出来るが仕事を任せる事は出来ない。
それが現宰相に対するカミルバルトの評価であった。
その後も宰相はしつこく食い下がったが、カミルバルトは自分の考えをガンとして曲げなかった。
宰相は肩を落としながら執務室を後にした。
「――あれで良かったんでしょうか?」
「あいつは過去に生きている。昨日の繰り返しで今日を作り、そうして出来た今日を積み重ねて明日を作ろうとしている。ある意味では、過去を明日にすり替えて生きている性質の人間だ。
その方法自体はあいつの父親――前宰相と同じだが、前宰相は自分のやり方では変化に対応出来ないという自覚があった。だがあいつは父親と違ってその危機感が欠けている。
なまじ父親がこのやり方で長年結果を出し続けたのが良くなかったのかもしれん。
何も変化がなければそれでもいいが、そのやり方では今後の大陸の動きに付いて行く事は不可能だ」
カミルバルトがアダムに対して、ここまで自分の考えをハッキリと語ったのは、新年戦争の後、――アダムを特務官として自分の腹心にまで引き上げた時以来かもしれない。
カミルバルトの言う、”今後の大陸の動き”とは一体。
彼は鋭敏な感覚で、この大陸に転機が来ていると感じているのだろうか?
昨年、二度に渡ってこの国を救ったカミルバルトの言葉には、否定する事の出来ない確かな説得力があった。
アダムは重苦しい雰囲気に呑まれて何も言えなくなってしまった。
カミルバルトは表情を和らげると、空気を変えるために軽口を叩いた。
「それに娘がドラゴンを見てみたいと言い出してな。今までずっと領地を離れた王都勤務で、娘には父親らしい事をしてやれなかった。可愛い一人娘だ。せめてそれくらいのお願いは聞いてやらねばいかんだろう」
カミルバルトの下手な冗談にアダムは小さなため息をこぼした。
次回「招宴会の朝」