その15 プラチナチケット
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最近王都で人が出会えば話題に上るのは、当然、カミルバルト新国王の即位式に関する話である。
カミルバルトは王家の出身でありながら、王都騎士団の団長――現場の指揮官を務めていたばかりでなく、昨年の春は隣国ゾルタ、冬にはミュッリュニエミ帝国の南征軍と、二度に渡ってこの国を他国の侵略から守り、見事に敵軍を撃破している。
そんな輝かしい武勇に加え、彼の持つ独特のカリスマ性が王都の民の心を掴み、強く魅了していた。
「国王陛下の馬車の列を見たかい? 神々しくてこの世の物とは思えなかったよ」
「今度うちに子供が生まれるんだが、女の子だったら陛下の娘から名前を頂いて”ユーリエ”にしようと思っているんだ」
「ウチの串焼きを一本どうだい?! 騎士団の団長だった頃の陛下がお買い上げになった串焼きだよ!」
こうして町はカミルバルト新国王の話題で一色に――と思いきや。
実は新国王に勝るとも劣らない程、人々の話題に上る者達がいた。
それはハヤテとティトゥ。二人の竜 騎 士である。
「おい、昨日ドラゴンが王都の空をクルクルと舞い踊っているのを見たかい?! 俺が思うに、あれは即位式で陛下に自慢の技をお見せするための練習だったんだぜ。きっと」
「姫 竜 騎 士は、楚々として可憐な乙女なんだってな。実際に彼女を見た貴族街の使用人達が言ってたぞ」
「なんでも姫 竜 騎 士は聖国の”美姫”セラフィナ様の若い頃にそっくりらしいわよ」
「ドラゴンには二匹の子供がいるんですって。ポルペツカから来た知り合いから、ドラゴンの安産のお守りを貰っちゃったわ」
最近ではやや落ち着いたように見えていた、王都の竜 騎 士ブーム。
しかし、王都に実物がやって来たとあって、その人気が再燃してしまったのである。
竜 騎 士の活躍を演目にした芝居小屋は、連日満員御礼。関係者は嬉しい悲鳴を上げる事になった。
入り切れない客がチケットを求めて暴動になり、王都騎士団が止めに入る、といった事件まで起きてしまった。
ハヤテが言う所のドラゴンメニュー(偽)も飛ぶように売れ、あちこちで品切れが続出。
遂にはニセモノのニセモノ。ドラゴンメニュー(偽)のパチモノ商品まで出る始末となった。
王都は竜 騎 士人気に沸き返っていたのである。
この流れを利に聡い王都の商会が見過ごすはずはない。
彼らはおっとり刀で竜 騎 士――ティトゥと繋がりを持とうと屋敷に押し寄せた。
しかし彼らの思惑は、いち早くメイドのモニカと結託したトラバルト商会の前会長ブルドによって完全に阻まれる事となる。
前会長とはいえ、王都でも最大手のトラバルト商会を敵に回すバカはいない。
自分達が完全に出遅れてしまった事を知った商会の者達は、歯噛みして悔しがった。
そんな彼らの耳に、ある日、驚きの噂が届いた。
「王都のドラゴンメニューはニセモノらしい」
「本物のドラゴンメニューは、ナカジマ家の料理人だけが作れるそうだ」
ドラゴンメニューの元祖は、ティトゥの実家、マチェイ家の料理人テオドルなのだがそれはさておき。
この情報を根も葉もない噂話と無視する事は出来なかった。
なぜならナカジマ家の屋敷に呼ばれて、実際にドラゴンメニューを食べた者達が、口をそろえてその味を絶賛したからである。
「まさかあれほどの美食があったとは」
「海の食材が多かったが、それを除けば取り立てて珍しい食材はなかった。それがまさか料理方法一つであれほどの美味になるとは」
「どう考えても、あちらが本物のドラゴンメニューであるのは間違いない。ドラゴンの叡智が生み出したとしか思えない、人間の常識を超えた料理だったからな」
貴族家との付き合いも多く、十分に舌も肥えている者達が全員、これほどまでに手放しで褒めちぎるメニュー。
それだけでも周囲の好奇心を刺激するには十分すぎるというのに、ドラゴンメニューは料理だけではないというのだ。
「あの酒。カクテルと言ったか。あれも素晴らしかった」
「濃厚でスッキリとした味わい。今までの酒にはなかったものだ。味見という事でどれも一口しか飲めなかったのが、本当に残念でならない」
「あの酒は絶対にドラゴンメニューに合う! 酒にうるさい私が保証する! 間違いない!」
あるいは話がここで終わっていれば、この後の騒ぎは無かったかもしれない。
ナカジマ家には美味しいメニューがある。あれこそが本当のドラゴンメニュー。それだけの話に終わっていたはずである。
ナカジマ家は一週間後に屋敷で招宴会を開く事になっていた。
貴族家当主のみならず、王都の主要な商会主をも招いて開かれる大きなパーティー。
その席上で――
なんと、噂のドラゴンメニューが出されるというのだ。
口の肥えた大手商会の者達をうならせた、本物のドラゴンメニュー。
既存のあらゆる料理が霞んでしまうほどの、今まで誰も味わった事の無い極上のメニュー。
そんな夢のような料理が参加者に振る舞われるという。
「「「「「それは是非参加しなくては!!」」」」」
この瞬間、ナカジマ家の招宴会の案内状は、値千金の価値を持つプラチナチケットと化したのであった。
商人達は血眼になって案内状を求めた。
案内が届いた商会には早速チケットを求める者達が殺到し、金の山を積み上げて譲ってくれるように頼み込んだ。
彼らは貴族家の下にも訪れ、もしもそちらにチケットがあるなら言い値で買い取ると持ち掛けた。
冷静に考えれば、いくらティトゥが時の人とはいえ、ナカジマ家は小上士位。上士位よりも下の爵位に過ぎない。
そんなナカジマ家の招宴会に、大金を積んでまで参加するだけの意味はあるのだろうか?
だが今や、価値が価値を呼び、チケットの価値は一人歩きを始めていた。
こうなってしまえば、今まで興味の無かった商会ですらチケット争奪戦に参加せざるを得ない。
なぜならナカジマ家の招宴会に参加する事が、ある意味王都の大手商会である証明、一種のステータスになっていたからである。
こうしてティトゥのあずかり知らない所で、案内状は天井知らずにその価値を高めていった。
ここはナカジマ家の屋敷の一室。
メイドのモニカとトラバルト商会の老会長は、チケットの流通量を操作する事でこの流れをコントロールしようとしていた。
「バランスを考えれば、こちらの貴族家にもお送りした方がよろしいのではないですか?」
老会長の言葉にモニカは手元の資料を手繰った。
「そこは当主の生母が傍系とはいえネライ家から入っています。家は代々モノグル家の寄り子ですが、現当主はネライ家寄りと見てもいいでしょう」
「ああ。でしたらナカジマ様としてはあまり好ましくない相手でしょうね」
「ええ。今やナカジマ家の招宴会に参加するだけで箔が付きますからね。それに相手が名を捨て実を取るつもりなら、商会に言い値で売りつける事も出来るわけです。ならばこちらからわざわざネライ家に力を付けてやる必要も無いでしょう」
モニカはそう言うと、顔を伏せて肩を震わせた。
「ふ、うふふふ・・・」
「あの、カシーヤス様(※モニカの家名)? どうされたのですか?」
俯いて笑いをかみ殺すモニカ。老会長は心配そうな顔になった。
来週に控えたパーティーを前に、このところ連日激務が続いている。
老会長は王都を代表する大手商会の会長として、この規模の招宴会の準備も、それこそ両手で数えきれない程経験している。
それに対して、モニカは優秀とはいえまだ若い女性だ。今までこういった会の準備を任された事もないだろう。
初めての大きな仕事に、のしかかる責任感とプレッシャー。彼女は精神的に追い詰められているのではないだろうか? 老会長はそう危惧したのだ。
結論から言えば、彼の懸念は全くの的外れであった。
モニカは追い詰められてなどいなかった。それどころか、湧き上がって来る喜びを抑えるのに苦労していたのである。
そもそもの話。屋敷に寄り子や他家の当主を招いて行うパーティーなど、貴族家当主にとっては、やって当たり前。義務のようなものである。
しかし、ナカジマ家ではその極々普通のパーティーを開いただけで、こうして王都中の商会を巻き込んだ大騒ぎを起こしてしまった。
竜 騎 士の迷惑さたるや、さしものモニカですらも完全に想像の埒外だった。
それがモニカにはたまらない喜びだったのだ。
(ああ、楽しい! やっぱり竜 騎 士の二人は最高だわ! チェルヌィフ行きに置いて行かれた時には、もう聖国王城に帰ってしまおうかとも思ったけど、我慢して残っていて正解だったわ!)
モニカはトラバルト商会の老会長の手前、いつものような態度を取り繕っていた。
しかし、もしも部屋に一人でいたら、ご機嫌なあまり鼻歌を歌いながらくるくると舞い踊っていたかもしれない。
(ナカジマ様も悪くないけど、やっぱりハヤテ様ね!
まさかこの日のためにドラゴンメニュー・ミールキットを開発していたんじゃないかしら? そう思ってしまう程、ウソみたいにあり得ないタイミングだったわ。
しかもそれだけでは飽き足らず、カクテルとかいう新しいお酒まで用意して来るなんて。
うふふふ・・・ああ、なぜハヤテ様はいつも何でもない顔をしながら、とんでもない事をしでかしてくれるのかしら。
あの人はずっと王城で退屈していた私を喜ばせてくれるために、天から遣わされた天使に違いないわ!)
ハヤテが聞けばドン引きしそうな妄想をするモニカ。
いつも騒動を引き起こす天使というのは、最早天使とは呼べない邪悪な存在なのではないだろうか?
老会長がモニカに尋ねた。
「あの、カシーヤス様。商会の方から、参加者を増やして欲しいと陳情が出ております。ここらで少し市場に流してはどうでしょうか?」
モニカはスッと笑みを消すと、冷めた目で老会長を見つめた。
「あなたが自分の子飼いの商会にチケットを配っている事を私が知らないとでも?」
「! そ、それは・・・?!」
モニカの言葉に心当たりがあったのだろう。言葉を詰まらせる老会長。
老獪なこの商人をもってして、僅かとはいえ思わず態度に出てしまうとは。彼が、この件をモニカが知っているはずはない、と考えていたのは間違いないだろう。
「いいんですよ、自分の利益を取っても。あなたは商人ですからね。その分、ナカジマ家のために働いて貰えれば、こちらとしては何も言う事はありません。ただ、あなたが王都の商人達の恨みを買うのは勝手ですが、その恨みがナカジマ家に向くような事があっては困ります。私の言っている意味は分かりますよね?」
「そ、それはもちろんです。ナカジマ様にご迷惑をおかけするような事は決してございません」
「ならいいです。そうですね、後十枚増やしましょうか。誰に渡すかはあなたにお任せします」
「はっ。ありがとうございます」
老会長は内心で冷や汗を拭った。
そして心の中で、モニカに情報を漏らしていそうな人物を次々とリストアップしていった。
モニカは老会長が戦々恐々としているのを尻目に、再び楽しい妄想に浸っていた。
彼女はこうして心から楽しんでいるようでも、心の片隅では決して駆け引きや謀略を忘れる事は無い。
モニカの母国、ランピーニ聖国は文化的で豊かな国である。
しかし、その裏では知る人ぞ知る、権謀術数の渦巻く一大謀略国家の顔を持っている。
代々王城に仕えるカシーヤス家は、長年に渡って王家の目となり耳となり、時にはその手に毒を塗ったナイフを持って、敵対者の心臓に突き立てて来た影の歴史がある。
モニカはそんなカシーヤス家の生み出した天才――優秀な諜者なのである。
次回「踊らされる者達」