その13 レジェンダリー・ゴールデン・シティ
ここは王都のティトゥの屋敷。
コノ村からレブロンの港町、そして再びコノ村に立ち寄った後に王都へと戻った僕は、今日一日どこで何をしていたのかをティトゥに説明した。
僕の話にティトゥは終始呆れ顔だったが、僕が遊び歩いていた訳ではないのを知って、一応は納得してくれたようだった。
『それでも、どこかに行く時は私にひと言言うべきじゃないですの?』
そう彼女に恨めしそうに言われてしまうと、僕には何も言い返す事が出来ない。
『・・・ゴメンネ』
『まあ、私を心配しての事ですから、怒ってはいませんわ』
そう言うとティトゥは小さく笑みを浮かべた。
それだけで僕はホッとすると共に、心がポカポカと温かくなった。
・・・いや、代官のメルガルやドワーフ親方の言葉を思い出したりはしてないぞ。
僕とティトゥは仲違いしていた訳じゃないから。そして僕はティトゥの尻に敷かれている訳じゃないから。
『ハヤテ?』
『カーチャ カクテル』
僕は慌ててカーチャを呼んだ。
――何、カーチャ。その、『今、誤魔化しましたね』と言いたげな目は。
いいから早く出したまえよ。ほらほら、早く。
ティトゥはカーチャから壺を受け取ると、蓋を開けて少し中の匂いをかいだ。
『何だか甘い匂いがしますわね。これがハヤテの言う”かくてる”ですの?』
そう。これぞベアータの弟子ハムサスが作った、創作カクテルの第一号。
名付けて”伝説の黄金都市”だ!
創作カクテル第一号、”伝説の黄金都市”。
ちなみに命名は僕である。
火酒をベースにして、水飴で甘みを付けて果汁で味を調えている。
もちろん名前は伝説の黄金都市・リリエラから頂いたものだ。
鮮やかな黄色が、砂漠に埋もれた黄金都市をイメージさせる甘いカクテルである。
『れじぇん・・・何ですの?』
あれ? 名前が長すぎたか。
じゃあ短く”カーチャ”で。
鮮やかな黄色が、この春砂漠で流行したポットインポット・クーラー、”カーチャ”をイメージさせる甘いカクテルである。
『意味が分かりません! それに勝手に人の名前を使わないで下さい!』
『名前はともかく、良い匂いですわね』
ティトゥは、『名前はともかく、一度誰かの評判を聞いてみますわ』と言って、カクテルを預かった。
どうして二度も『名前はともかく』と言ったのかな?
それはそうとティトゥはお酒を飲まない。自分では味の善し悪しが分からないと思ったのだろう。
ちなみにファル子達はカクテルを嫌っている。
どうやらお酒の匂いがダメなようだ。
どっちかと言えばドラゴンって、大酒飲みのイメージなんだけどな。
まあ、子供の頃から酔っ払いでは二人の将来が心配だし、苦手なら苦手で別にいいんだけど。
ティトゥは僕の語るコノ村の新人使用人達の話を興味深く聞いていたが、メイドのモニカさんが呼びに来たので屋敷に戻って行った。
今からトラバルト商会の前会長と、パーティーの打ち合わせがあるらしい。
『ハヤテのアイデア――ドラゴンメニューと”かくてる”の事は話しておきますわ』
ううっ。何だかちょっと緊張して来たな。カクテルを作ってくれたハムサスのためにも、採用してもらえればいいんだけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは屋敷の一室。
招宴会の打ち合わせに来たトラバルト商会の老会長は、目の前に置かれた小さなカップを怪訝な表情で眺めた。
「ドラゴンの作った酒ですか? あの、それは人間が飲んでも大丈夫なものなんでしょうか?」
小さなカップには一口程の液体が注がれている。
ビビットな黄色に濃厚な甘い匂い。怪しいか怪しくないかで言えば、この世にこれほど怪しい飲み物も他に無いかもしれない。
この老人が警戒するのも無理はないだろう。
「ハヤテは指示を出しただけで、この”かくてる”を作ったのはうちの料理人ですわよ」
ティトゥはそう答えた後、『あれ? 料理人見習いだったかしら?』と、可愛らしく小首をかしげた。
腰の引ける老会長に対して、メイドのモニカは、カクテルを手に取るとためつすがめつ興味深そうに眺めた。
「”かくてる”ですか。昔一度見た事のある毒が丁度こんな色合いでした。鮮やかな黄色で、チェルヌィフの東の海に住む毒を持つウミヘビから作られたとか」
「ど、毒ですか?!」
ギョッと目を剥く老会長。
「もう! 毒なはずはありませんわ!」
怒るティトゥに、モニカは苦笑すると、カップの中身をキュッとあおった。
「あっ。これ美味しい」
モニカは驚きに目を見張った。
聖国の王城で、数々の高級酒を飲んだ事のある彼女にとっても、全く新しい味わいのお酒だったのである。
「これは・・・強烈な酒精が濃厚な甘みと、見事に引き立て合っていますね。
濃厚な甘みと言いましたが、適度に加えられた酸味によって、くどさは全く感じさせません。
むしろ後口はさっぱりしていて、次の一口が欲しくなります」
甘味、酸味、酒精が絶妙なバランスで成り立っている。
モニカは確信した。
このお酒は女性に人気が出るに違いない。
(そして女性を酔わせるために、男性もこぞって求めるでしょうね)
モニカはふと、このカクテルの発案者であるハヤテを思い浮かべた。
ひょっとしてカクテルは、ドラゴンの間で異性を酔わせるため手段として使われているのかもしれない。
ハヤテは本来の使用目的を知らないまま、ただの美味しいお酒としてティトゥに紹介したのではないだろうか?
あの朴訥として抜けた所のあるハヤテなら、決してあり得ない話ではない。
モニカは「後でコッソリ確認してみよう」と心に決めた。
老会長も、モニカの反応を見て覚悟が決まったのだろう。
それでもおっかなびっくり、カクテルを口にした。
「これはっ! ――むう。蜜の味・・・いや、聖国の果実酒を何倍にも濃くしたような。これをドラゴンが作ったとは」
「だから! ハヤテは料理人に作らせたのであって、自分で作ったのではないんですわ!」
うなり声を上げる老会長の耳には、ティトゥの声は届いていなかった。
彼は長年の商売人の習性で、無意識のうちに客のニーズ、販売価格に、販売方法。どのような形で売り出せば、最もこの商品が売れるか頭の中で計算していた。
これは売れる。間違いない。
その時、彼はふと視線を感じて顔を上げた。そこにはこちらをジッと見ているモニカの姿があった。
「――売れますか?」
「――ええ、飛ぶように」
「いや、あなた方何を言っているんですの?」
悪い顔をする二人に呆れるティトゥ。
「”かくてる”は、ハヤテがパーティーのために用意した物であって、売り物にするために作ったものではないですわ。それで、パーティーには使えそうですの?」
「勿論です! 是非パーティーに使いましょう! ドラゴン様がわざわざそのために用意して下さった物ですから! あの、それはそれとして、パーティーが終わった後は、是非、我がトラバルト商会に卸して頂けないでしょうか?」
「パーティーに参加した来客から噂が広まれば、さぞ良い宣伝になるでしょうしね」
「そうです! あ、いや、そうではなくて。いえ、絶対に噂になるのは間違いありませんが、そういう意味ではなくてですね――」
「そう。パーティーに使えるならそれでいいんですわ」
ティトゥは鼻息を荒くする老会長を、面倒くさそうにあしらった。
モニカはふと心に浮かんだ疑問をティトゥに尋ねた。
「ハヤテ様が料理人に作らせた、とおっしゃっていましたが、元はこういうお酒ではなかったという事でいいのでしょうか? ドラゴンメニューのように、お酒をハヤテ様のレシピで調理したものになると?」
「ええ。そう聞いていますわ」
「ドラゴンメニュー?! どういう意味でしょうか?」
老会長は、当然、王都で人気のドラゴンメニューを知っている。が、彼が知っているのは、ドラゴンメニュー(偽)の方であった。
彼は本当のドラゴンメニューは、単に緑色をした料理の事を指すのではなく、ドラゴン・ハヤテの語る地球の料理を元にした、この世界で初めて作られる全く新しいメニュー類を総称した名前であるとは知らなかったのだ。
モニカは、「なる程」と頷くと、老会長に、”かくてる”とはお酒を色々なものと組み合わせたメニューである事を説明した。
「すると、これには”かくてる”以外の商品名――ゴホン。個別の名前があるというわけですな?」
「そうなりますね」
二人は答えを求めてティトゥの方を見た。
ティトゥは目を泳がせた。このカクテルの名前は”伝説の黄金都市”。
しかし当然、彼女はこの長い名前を覚えていなかったのだ。
「れ・・・」
「「れ?」」
「れ、れじぇん・・・れじぇん・・・ドラゴン。そう! レジェン=ド=ラゴンですわ!」
「「カクテル・レジェン=ド=ラゴン」」
こうしてこの世界に初めて誕生したカクテルの名は、”レジェン=ド=ラゴン”に決まったのだった。
次回「タコパ」