その12 火酒
勝手に火酒を飲んで勝手に自爆したラダ叔母さんはほっといて。
僕は鍛冶屋のドワーフ親方に火酒を積み込んでもらった。
この火酒。その正体はいわゆる”かす取り焼酎”と呼ばれる蒸留酒である。
お酒を絞り出した直後の搾りかす。実はこの”酒粕”にはまだアルコール分が残っている。
ザックリ言えば、かす取り焼酎は、この酒粕を蒸留してアルコールを取り出したものなのだ。
僕は飲んだ事が無いが、日本酒のかす取り焼酎は、香りが強く、アルコール度数が高いそうだ。
元々は酒粕を肥料として再利用する際、不要なアルコールを蒸留して絞り出したものを、「これはこれで」と飲むようになったのが始めと聞いている。
元々は飲むために作られた物では無かったんだから、クセが強いのも仕方がないだろう。
ちなみに、僕がかす取り焼酎の事を知っている理由は、戦時中の元搭乗員の人が書いた本で読んだからである。
その本には、戦後のヤミ市では”カストリ焼酎”が流行っていた、というエピソードが書かれていた。
実はこの本に書かれていたカストリ焼酎、その正体は粗悪な密造焼酎だそうだ。
つまり、名前こそ同じ”カストリ”だが、本来のかす取り焼酎とはまるで別物という訳だ。
イリーガルな密造焼酎とはいえ、とにかく物が不足していた戦後の社会では重宝されたようだ。
とはいえ、中には、燃料用アルコールを水で薄めた”バクダン”なんて呼ばれる危険なシロモノもあったらしい。
バクダンにはメチルアルコール入りのものもあり、死者や失明者が続出したという話だ。
・・・そんな危険を冒してまでも、お酒を飲みたいものなのかねえ。
戦争直後で、現代よりも命の軽い時代だったのかもしれないが、人の業の深さを考えさせられる話である。
ちなみにこっちの世界でのかす取り焼酎――火酒だが、アルコール度数こそ高いものの、臭みはそれほど強くはないそうだ。
確か、ワインを絞ったあとの搾りかすから作られるとか何とか。
ただ、アルコール度数は抜群に高いらしく、火気の近くだと火が付く事もあるらしい。
そう考えると、元の世界のスーパーで売られているウイスキーやブランデー(※約40度)よりもアルコール度数は上なのかもしれない。
とはいえ、お酒に火が付くのは気温との兼ね合い――気化したアルコールに火が付くためだ――とも聞いた事があるので、一概にウイスキーよりもアルコール度数が高いとは言えないのかもしれないけど。
ちなみに火酒は寝かせていない新酒なので、高いアルコール度数と相まってとにかく口当たりがキツイらしい。
好きな人間に言わせると「そこがたまらない」そうだが。
つまり火酒とは、そういった”気性の荒い職人や船乗り達が好む荒々しい酒”なのである。
ちなみに僕がそんな火酒をどこで知ったのかと言えば、港町デンプションでの巨大オウムガイネドマを退治した後の事になる。
ティトゥが代官のルボルトさんの言葉に怒って宿屋に帰ってしまったせいで、僕は戦いの場となった若社長バルトのドックに取り残されてしまった。
ドックでは夜通し、作業員や騎士団員やらが、勝利を祝う酒宴を繰り広げた。
その祝いの席で、僕は初めて彼らの飲んでいるお酒――火酒を知ったのだ。
酒に酔って悪乗りした騎士団員達が、作業員達の飲んでいるお酒に挑んでは次々と撃沈されていく姿は、不思議と僕の印象に強く残った。
翌朝。僕は酒の抜けた作業員達に、昨夜彼らが飲んでいたお酒の事を尋ねた。
そこで僕は、あのお酒が火酒と呼ばれる蒸留酒である事。粗悪な安酒で、彼らガテン系労働者しか飲まない事。非常にアルコール度数が高く、口当たりは悪いが、匂い等の癖は意外と少ない事。等を聞かされたのだ。
今思えば、あの時の僕はどうしてこんなにもお酒が気になっていたんだろうか?
お酒どころか食べ物すら必要無い四式戦闘機の体なのにね。まあ、たまたまそういう気分だったって事で。
それはさておき。
ティトゥが招宴会を開かなければならなくなったと聞いた時、僕はこの火酒の事を思い出したのだ。
もちろんこのままでは使えない。実際、ラダ叔母さんも噴き出したくらいだしね。
あるいは、何年か寝かせて熟成させれば、口当たりもまろやかになって風味も増すんじゃないかとは思うけど・・・。流石に今からじゃそんな時間は取れないし。
それはそれでちょっと思い付いた事があったのだ。
まあ、ダメで元々。
失敗しても損はないからね。
そんな事を考えている間に、火酒の樽の積み込みは終わったようだ。
今回、僕がドワーフ親方から売って――じゃなかった、タダで譲って貰った火酒は四樽。
日本酒の一樽って確か一斗18リットルだったっけ?
パッと見た感じ、似た感じの大きさに見えるので、全部で70リットルそこそこといった所か。
僕はお酒に強い方じゃないので、これが多いのか少ないのかは分からない。
けど、火酒は日本酒よりアルコール度数が高いから、これでも結構な量になるんじゃないのかな? 多分。
『アリガトウ』
『なあに、デンプションの港でハヤテ様達が俺達にしてくれた事に比べればなんてことはないさ』
ドワーフ親方はそう言うと照れ臭そうに首の後ろを掻いた。
そしてラダ叔母さんは、『お前、外国で何をやったんだ?』と言いたげな目で僕を見上げた。
うん。まあその、色々とね。話せば長くなっちゃうから、今度ティトゥにでも聞いてくれない?
『カーチャ! カエル!』
『あっはい! ファルコ様、行きますよ!』
「ギャウー! ギャウー!(待って! 待って!)」
『ファルコ、バイバーイ! ハヤブサもバイバーイ!』
ハヤブサを抱えたままでカーチャが僕に駆け寄って来た。
慌ててカーチャの後を追うファル子。
ラダ叔母さんの子供達がファル子とハヤブサに手を振っている。
「キュウ。キュウ。(カーチャ姉。お水頂戴)」
『ファルコ様、後にして下さい。ハヤテ様、こちらの準備は出来ました』
「了解」
カーチャはファル子を抱きあげると、操縦席に乗り込んだ。
僕はエンジンをかけると動力移動。
『ハヤテ様、ナカジマ様と仲たがいされないように!』
『ハヤテ様、男の方が折れるのが夫婦円満の秘訣ですぞ!』
『・・・お前達、一体何の話をしているんだ?』
『『『ハヤテ様バイバーイ!』』』
誤解は解けたはずなのに、何故か僕とティトゥの仲を心配する代官ネルガルとドワーフ親方。
君達いい加減にしてくれないかな。僕にだって世間体というものがあるんだからね。
そして親方はひょっとして奥さんの尻に敷かれているんじゃない? なんだか妙に言葉に実感がこもっている気がするんだけど。
そんな二人を不思議そうに見ているラダ叔母さん。
叔母さんの子供達はこちらに向かって元気に手を振っている。
カーチャ、僕の代わりに手を振り返して貰えないかな?
『分かりました。――あっはい。お二人も手を振りたいんですね』
「キュウーキュウー!(バイバーイ!)」
「キュウーキュウー!(バイバーイ!)」
ファル子とハヤブサを抱え上げた事で、カーチャは両手がふさがってしまった。
カーチャの分は二人が代わりに手を振ってくれるという事で。
僕はエンジンをブーストするとテイクオフ。
レブロンの港町を後にしたのだった。
といった訳で戻って来ました、ナカジマ領はコノ村。
『ハヤテ様。何か忘れ物ですか?』
ナカジマ領代官のオットーが、「仕事があるんだけどなあ」と言いたげな目でこちらを見ている。
別にオットーに用事はないかな。仕事に戻ってくれて結構だよ?
それはそれで、なんだか不本意なのか、オットーは釈然としない顔で僕を見上げた。
一体どうしろと。おっと、それはいいや。
「ハンサム! じゃなかったハムサス! ハームサース!」
『はい! な、なんでしょうかハヤテ様!』
ベアータの弟子、草食系男子ハムサスが慌てて走って来た。
手にはお玉を持っている。
どうやら芋の皮むきを終えて、煮込みの段階に入っているようだ。
『カーチャ』
『あっはい。ハムサスさん、手伝って下さい』
『分かりました。――酒樽ですか? 何と言うか・・・あまり見覚えのない樽ですね』
はっきりボロいと言えばいいと思うよ?
火酒は職人や船乗りが飲むような安酒だからね。酒樽も中身相応の作りでしかないのだ。
『カシュ』
『かしゅ? 聞いた事の無い酒ですが・・・。少し飲んでみても?』
『ヨロシクッテヨ』
『では。・・・ブッ! こ、これは』
ハムサスはラダ叔母さんと違って、少量しか口に含まなかったが、それでもあまりの刺激に酒を噴きこぼしてしまった。
『ひ、酷い酒ですね。あ、いえ、ふむ。――ああ、これは』
最初はお酒のキツさに目を白黒させていたハムサスだったが、少し考え込むとチビチビと舐めるように口に含み始めた。
『確か”リカー”というお酒があると聞いた事があります。ひょっとしてこれがそうなんでしょうか?』
ふうん、リカーね。ちなみにリカーも、火酒と同じように蒸留酒を指す言葉だ。
どうやらこっち世界では、蒸留酒は比較的マイナーな存在らしい。
『カシュ リカー オナジ』
『やっぱり! それでハヤテ様は私に何の御用なんでしょうか? リカーを持って来たという事は、私にこれを使って何かさせようとお考えなんでしょうが』
話が早くて助かるね。
そう。僕は君にこの火酒を使って、”カクテル”を作って貰いたいんだよ。
次回「レジェンダリー・ゴールデン・シティ」