その7 パーティーを開こう
どこだったかの屋敷のパーティーから帰って来たティトゥは、服を着替えると中庭の僕の所へとやって来た。
待ちかねたように飛びつくファル子達。
「キュウキュウ!(ママ! ママ!)」
「ギャウー! ギャウー!(遊んで! 遊んで!)」
『・・・・・・』
どうしたんだろう。一心不乱に二人を撫で回しているティトゥが怖いんだけど。
何というかこう、瞳からハイライトが消えているように見えるんだけど。
向こうのお屋敷で何かあったわけ?
『あの、ティトゥ様?』
メイド少女カーチャも、心配そうに彼女の主人を見つめている。
『はあ・・・。いいですわね。ファルコ達は悩みが無くて』
「ギュウ?(ママ?)」
ティトゥはどこか遠い目でファル子達を見た。
彼女の背中はすすけて見えた。
ていうか、いい加減、何があったか話してくれない? 僕で良ければ相談に乗るからさ。
ティトゥは力無く僕を見上げた。
『こればかりはいくらハヤテでも無理ですわ』
そう言われても放ってはおけない。
これでも君のパートナーだ。全力で君の力になるよ!
「――ゴメン。僕では君の力になれそうにないよ」
『・・・ですわよね』
ティトゥが元気を失った理由。それは彼女がホストになって、領主達を集めて招宴会を開かなければならなくなった、というものだった。
開催日は今日から十日後。場所はここ旧マコフスキー邸。招待客はこの国の上士位の当主。プラス、大小様々な貴族家当主。それと王都の主要な商会主。
『王城にも案内を出すそうですわ』
「それは・・・ご愁傷様」
王城にも案内を出す、と言っても、国王が来るわけではないらしい。
今回の招宴会を企画したモニカさんによると、彼女の母国――聖国でも、余程でなければ屋敷のパーティーに王族が来る事は無いそうだ。
普通は代理人がやって来て、国王からという名目の祝辞を述べて帰るだけだと言う。
それでも「陛下から言葉を賜った」という事実は、パーティーの箔付けにもなるし、主催者と王家との繋がりを示す形にもなるそうだ。
『伯爵家のパーティーともなれば、宰相夫妻が訪れる事もあるそうなので、ひょっとすれば私達のパーティーにも宰相が来るかもしれない、とは言ってましたわ』
ティトゥは、話しているだけでも気が重くなって来たのか、大きなため息をついた。
この国の宰相か。
まだ会った事は無いけど、そう言えば確か、元宰相のユリウスさんの息子さんなんだよね?
ティトゥはコノ村で毎日のようにユリウスさんと顔を合わせているんだから、その息子さんを相手に今更気を使う事なんてないんじゃないかな?
”元”が付くとはいえ、国の宰相に日頃からあれだけお説教を食らっている女の子は、この世界でも多分君だけだと思うよ。
『ああ。王城で大火事でも起こらないかしら』
余程追い詰められているのか、ティトゥは何だか物騒な事を言い出した。
運動会の前日に、明日雨が降って欲しいと願う子供じゃないんだからさ。
元気を失くして黄昏る彼女に、僕もカーチャもかける言葉が思い浮かばなかった。
『ご当主様。やはりここにいらしたのですね』
『げえっモニカさん!』
”げぇっ関羽”の曹操のように、ギョッと目を剥くティトゥ。
ていうか、「げえっ」は無いんじゃない? 「げえっ」は。
君だって一応、年頃の女の子なんだからさ。
『トラバルト商会の前会長が参りました。招宴会の打ち合わせを致しましょう』
ここで連れていかれてなるものかと、ティトゥは最後の抵抗を試みた。
『き、今日は疲れているので、また明日じゃいけませんの?』
『(ニコニコ)』
『・・・しょ、食事の後ではダメですの? パーティーではあまり食べられませんでしたし』
『(ニコニコ)』
『・・・あの、せめて軽い食事『(ニコニコ)』――い、今行きますわ』
す、すごい。
メイドのモニカさんは、いつと変わらないニコニコ笑いだけでティトゥの言い訳を全て封殺してしまった。
表情こそいつもと変わらないものの、さっきの彼女には確かに有無を言わせぬ”圧”があった。
『それがよろしいでしょう。あまり日数に余裕はありませんから』
こうしてティトゥは、屋敷の中へとドナドナされて行った。
肩を落とし、力無くトボトボと歩く彼女は、まるでサスペンスドラマのエンディングテーマが流れる中、刑事に連行されていく主演女優(犯人)のように見えた。
「キュウーン(ママ可哀想)」
可哀想か――確かに。
メイド少女カーチャはハヤブサをそっと抱き上げた。
『せめてティトゥ様が戻って来たら、お二人で慰めてあげて下さいね』
「ギャウーギャウー(カーチャ姉、分かった!)」
「ギューギュー(ママ慰める!)」
ギャウギャウと元気いっぱいの子ドラゴン達。
なんだか既視感。
それはそうと、本当に僕がティトゥにしてあげられる事は何もないんだろうか?
もちろん、僕が彼女の代わりにホストになってあげる、なんて事は出来ない。
けど、少しでもパーティーが盛り上がるように、何か手伝いをするくらいは出来るのではないだろうか?
僕とティトゥは二人で一人の竜 騎 士。
だったらティトゥを元気づけるために、僕も何か自分に出来る事を考えないと。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして翌朝。
ティトゥはいつもより遅い朝食を終えると、ハヤテの下へと向かった。
昨日のトラバルト商会の老会長との打ち合わせは、予想以上に長くなってしまった。
準備のほとんどをモニカと件の老会長に丸投げしているとはいえ、責任者であるティトゥが判断しなければならない部分も多かったのだ。
さらには夕食の後も、運ばれて来た引き出物の確認や、招待状を送る相手の確認等々。
彼女がベッドに入ったのは、いつもよりかなり遅い時間になってからだった。
・・・その分今朝は寝坊してしまったのだが、それでもティトゥはまだまだ睡眠が足りない気がしていた。
「・・・というより、出来ればずっと寝ていたいですわ。ええ。即位式の当日までずっと」
何やら自宅警備員のような発言をするティトゥ。
しかし、残念ながら彼女は今日もパーティーに出席しなければならない。
幸い、今日のパーティーのホストは、ティトゥの実家、マチェイ家の寄り親ヴラーベル家当主である。全く知らない相手ではないので少しだけ気が楽だった。
とはいえ、そもそも貴族の社交場を苦手としているティトゥにとっては、”他よりもマシ”といった程度でしかないのだが。
「――ハヤテ?」
中庭でティトゥは立ち尽くしていた。
庭は閑散としていた。
そこには彼女のドラゴンの姿が無かったのだ。
ティトゥは慌てて周囲を見回した。
彼女は仕事をしている庭師の姿を見つけると、勢い込んで彼に尋ねた。
「こ、これはご当主様! お、俺に何か御用でしょうか?!」
「ハヤテが――ここにいたドラゴンがどこに行ったか知りません?!」
庭師の男は、王都で有名な姫 竜 騎 士に直接声をかけられたとあって、すっかり舞い上がってしまったようだ。
彼は焦りでしどろもどろになりながらも、それでも自分の知っている限りをティトゥに話した。
「今朝早くに飛んで行った? ファルコ達を乗せて?」
「へ、へえ。あっと、そうだ。子供のメイドも一緒に乗ってました」
「それはカーチャの事ですわね」
カーチャはファル子達の朝の散歩を終え、ファル子達と一緒に(※おそらく二人の朝食用のおにぎりを貰いに)ハヤテを訪れた。
カーチャとハヤテはしばらくの間、何かを話し込んでいる様子だった。
庭師の位置からは、二人が何を話していたのかまでは聞き取れなかったらしい。
やがてカーチャはファル子達を連れてハヤテに乗り込むと、ハヤテはそのままどこかへと飛び立ってしまったそうである。
「・・・あの子達、一体何を?」
流石に今の話だけではハヤテがどこに向かったかは分からない。
ただし、二人共、特に急いでいたようには見えなかったそうだ。
緊急の用件ではないのだろう。
ティトゥはしばらくの間ハヤテの帰りを待っていたが、モニカが呼びに来たため屋敷に戻る事になった。
パーティーに出かけるための準備の時間が来たのだ。
結局、ハヤテが屋敷に戻って来たのは夕方近くになってから。ティトゥがパーティーから戻る少し前の事だった。
この日ハヤテ達は一体何処に行っていたのか。
次回はその話をしよう。
次回「新人研修」