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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第十四章 ティトゥの招宴会編
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その5 ネライの古狐

◇◇◇◇◇◇◇◇


 アダム・イタガキ特務官は、王城の廊下で足を止めた。


「はて? 私はどこに何をしに行くところだったのかな?」


 どうやら自分の目的をド忘れしてしまったようだ。

 カミルバルトが国王に即位すると発表してからひと月あまり。

 連日の激務に、アダム特務官は心身ともに限界を迎えつつあるようだ。


「親衛隊がもっと協力的だったら、今の苦労もずっと少ないはずなのに・・・って、ああ、そうか。思い出した。親衛隊だ」


 愚痴で思い出した。王城の警備の打ち合わせで親衛隊の本部に向かう所だったのだ。

 途端にアダムの気が重くなった。


「ああ、行きたくない。けど、行かないわけにはいかない。全く。こんな事なら出世なんてせずに、一生騎士団の班長でいれば良かった」


 アダムは心の中で、自分の運命を変えたカミルバルト国王に文句――は不敬なので、ドラゴン・ハヤテに文句を言った。

 彼の想像の中でハヤテは、ケロッとした態度で「サヨウデゴザイマスカ」と答えていた。


「・・・過労で死んだら化けて出ますからね。ハヤテ殿」


 アダムは重い足を無理やり前に出して親衛隊の本部へと向かった。




 意外な事に、親衛隊の隊長はアダムを待っていた。

 アダムは彼を苦手としていた。というよりも、隊長の方が当代貴族から下士位貴族になり上がったアダムを、露骨に見下していた。

 ちなみに隊長の実家は上士位ネライ家の傍系にあたる。つまりは貴族の中でもエリート中のエリート、サラブレッドなのである。


「丁度、呼びに行かせようと思っていた所だった。座れ」

「私を呼びに? 何の用でしょうか?」


 隊長は挨拶もそこそこにアダムに座るように促した。

 日頃の高圧的な態度とは打って変わり、少し目が泳いでいるようにも見える。

 アダムは警戒しながらイスに座った。

 隊長はしばらくの間言葉を探していた様子だったが、言葉を詰まらせながら用件を切り出した。


「昨日、王都に本家――その、ネライ家当主が到着したが、その事を知っているか?」

「ええ、もちろん。王都騎士団から報告が入っています」


 新国王の即位式を控え、王都には国中の貴族家の当主達が続々と集まっている。

 そんなものをいちいち全部気にしていては、アダムの処理能力を超えてしまう。とはいえ、流石に領主の到着ともなれば話は別だ。

 中でもネライ家はこの国の筆頭貴族家と言っていい。

 そんな超が付く大物が王都入りしたのだ。

 当然、アダムも把握していた。


(というか、ナカジマ様だって領主様なんですがね。なんで毎回、”ちょっと寄ってみました”的な感覚で王都(ここ)を訪れるんですかね)


 ついさっきハヤテの事を思い出したばかりのせいか、アダムはいつもよりティトゥ達竜 騎 士(ドラゴンライダー)に対して愚痴っぽくなっているようだ。

 ちなみに彼の想像の中で、やはりハヤテは「サヨウデゴザイマスカ」と答えていた。

 アダムは少しイラッとした。

 もしもハヤテが知れば、「いや、知らないし。そっちが勝手に想像してるだけだし」と答えただろう。


「どうした?」

「あ、いえ、何でも」

「そうか? それでお前の方で何かネライ家に関して掴んでいる事はないか?」

「ネライ家に何か? でしょうか?」


 曖昧な問いかけに、アダムは怪訝な表情を浮かべた。


「ああそうだ。何でもいい。例年との違いでもいいし、ネライ家の寄子に関する事でもいい」

「それは・・・そう言われましても」


 違いも何も、アダムは昨日、ネライ家当主到着の報告を受けただけである。

 それで一体何を言えばいいというのか。

 隊長の言葉はあまりに漠然とし過ぎていて要領を得なかった。


 この時アダムはふと直感した。


(そういえば隊長の実家はネライ家の傍系だったか。なる程、実家から何か働きかけがあった。つまりはそういうことか)


 ここでアダムはらしくもないミスをした。いつもの彼ならもっと慎重に言葉を選んでいただろう。

 疲労が彼の余裕を奪っていたのである。


「ネライ家が何かを企んでいる。そうおっしゃいたいのですね」

「そ! そんな事は無い! 下衆な勘繰りはよさんか!」


 隊長は怒りに顔を真っ赤に染めて声を荒げた。


(あっ! しまった・・・正面から切り込むとは、我ながらなんて迂闊な)


 後悔をしても後の祭り。警戒した隊長は固く心を閉ざしてしまった。

 結局、アダムはこれ以上の情報を得る事は出来なかった。

 この後は警備の打ち合わせもそこそこに、追い出されるように親衛隊の本部を去る事になってしまった。


(分かったのはネライ家が裏で何か動いているという事だけ。失敗した。・・・一応、陛下には報告しておくべきか)


 アダムはその足でカミルバルトの執務室を目指すのだった。




 カミルバルトは宰相府の祭祀役の役人から、式典の講義を受けていた。

 アダムが訪れると、彼は面倒くさそうに手を振って役人を下げた。


「助かった。俺はこういうのはどうも苦手だ」


 カミルバルトも、子供の頃に王城で儀礼に関しても一通り学んでいたが、継承権を放棄してからは縁のない生活を送っていた。

 そんな彼にとって、即位式の儀礼は窮屈で面倒なものだった。

 あるいは王都騎士団の団長をしていたせいで、本人も自覚しないうちに彼らの脳筋が伝染(うつ)ってしまったのかもしれない。


「こちらが報告書です。それと――」


 アダムは先程の親衛隊隊長との会話を報告した。


「ネライの古狐が何かを企んでいる――か」


 カミルバルトはうなり声を上げた。


 ネライの古狐こと、ネライ家現当主ロマオ・ネライは、五十歳前後。その卓越した政治力でネライ領を纏める傑物として知られている。

 その手腕は、かつては前宰相ユリウスによる再三の介入を全て跳ね除け、順調に領地を発展させて来た事からも分かる。

 近年の半島全域を巻き込む不作と、それに関した失敗さえ無ければ、今頃はミロスラフ王国を陰で支配していたとしても不思議はないだろう。


 不作の初年度。ロマオは対応に迫られていた。

 彼は金利を下げると共に、積極的に買い付けを行った。

 市場に現金の流通量を増やす事で消費の冷え込みを抑えようとしたのだ。

 結果としてこの時の決断が失敗となった。

 彼は不作の規模を見誤っていた。翌年以降も不作が続くとは思わなかったのである。


 いくらネライ家が上士位筆頭の資金力を誇るとはいえ、ミロスラフ王国全体の経済の冷え込みの前では焼け石に水だった。

 それどころか、この時の資金放出により、後年、ネライ領は深刻な現金不足に悩まされる事にまでなってしまう。

 ロマオ痛恨の失策であった。 


 もしもこの時の失敗が無ければ、ティトゥのナカジマ領にここまで好きにされる事は無かったかもしれない。

 チェルヌィフ王朝から前王妃ペラゲーヤを輿入れさせた政治力と経済力は伊達ではないのだ。



 カミルバルトは伏せていた顔を上げた。


「・・・本当にお前の方には、ネライ家の動きは何も入っていないのか?」

「申し訳ありません。ネライ家当主が王都に到着した。それだけです」

「――分かった。諜報部に探らせよう」

「お願いします」


 諜報部と言っても、この国の諜報活動は帝国のそれ(・・)のような、表に出せないイリーガルなものではない。

 政務に必要な情報を集めたり、各部署間の連絡の取りまとめ役といった意味合いの方が強い。

 そんな彼らが、どこまでネライ家当主の思惑を探れるかは微妙な所だろう。


(今後はそういった諜報組織も必要かもしれんが・・・今は難しいか)


 秘密警察、政治警察等の存在は、為政者にとって便利な劇薬なだけに周囲の反発も大きい。

 統治の不安なこの時期にうかつに手を出すと、火傷では済まない事になりかねない。

 今はまだ時期尚早。カミルバルトはそう判断した。


 カミルバルトがアダムから受け取った書類に目を通していると、部屋の外で元気な女の子の声が響いた。


「パパのお仕事はまだ終わらないの?!」

「ユーリエ様! ここに来てはいけません!」

「――構わん。入れてやれ」


 扉が開くと、黒髪の幼い女の子が入って来た。

 カミルバルトの娘、ユーリエだ。

 彼女は母親と共にハヤテの護衛で旅を続け、先日、無事に王城に到着した所だった。


 カミルバルトはアダムに書類を戻すと娘を軽々と抱きあげた。


「そら、お姫様。今日はママを置いて来たのか?」

「ママは髪を結ってもらっているの。それが終わったらドレスの仮縫いだって」


 騒ぎを聞きつけたのか、先程の祭祀役の役人が顔を出す。

 カミルバルトはイヤそうに顔を歪めた。


「・・・あの、陛下」

「分かっている。ユーリエ、お前はそこに座って待っていなさい。俺の仕事が終わったら一緒にママの所に行こう」

「うん!」


 カミルバルトは娘をイスに座らせると、役人を手招いた。

 アダムは書類を抱えると、一礼してきびすを返した。

 彼が入り口で直立して踵を鳴らすと、イスに座って足をブラブラさせていたユーリエが手を振った。

 アダムは小さく手を振り返すと部屋を後にするのだった。




 数日後。以前に王太后ペラゲーヤから報告を受けていた、メルトルナ家から来た騎士団と思われる二十人程の集団が、王都の宿屋からその姿をくらました。

 アダム特務官は、慌てて王都騎士団に彼らの捜索を要請したが、集団の行方はようとして知れなかった。


 不穏な事態にアダムは警戒を強めたが、この件をネライ家当主の一件と絡めて考える事は無かった。

 数日とはいえ、かなり間が空いていたし、日々殺人的な仕事量に忙殺されている彼にとっては、この件も数多くの報告の一つに過ぎなかったからである。

次回「ティトゥの誤算」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 北は竜軍師(笑)や聖国との関係が良好だし問題ないとしてカミルバルト国王の力が強まることを怖れる門閥貴族と南の都市国家群が密かに手を組むことは考えられますね...そうなるとチラッと出てきた娘…
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