その4 ドラゴンメニュー(偽)
『それで何事も無かったんですね? 本当ですね?』
疑いの目で僕を見上げているのは、髭の立派な騎士風の男性。
将ちゃんの直属の部下のアダム特務官である。
こうして何度も念を押してくる所を見ると、どうやら僕は、彼にかなり迷惑をかけてしまったようだ。
先程、僕はファル子を乱暴に捕まえたモンスタークレーマーを、王都上空絶叫ツアーにご招待した。
僕としてはちょっと懲らしめるつもりだったが、モニカさんに攻撃命令を出されたせいもあって、ついつい空中機動にも熱が入ってしまった。
その結果、男は体中から体液を垂れ流してダウン。僕の撃墜記録がまた一つ増える事となったのである。
こうして絶叫ツアーはつつがなく幕を閉じた訳だが、僕が王都上空を飛び回っている姿を多くの人が目撃してしまった。
王都騎士団員は慌てて王城に報告。王城での僕達担当のアダム特務官がティトゥの屋敷までやって来た、という訳である。
『いや、私は別にあなた方の担当というわけじゃないんですが・・・』
ブツブツと文句をこぼすアダム特務官。
じゃあなんで毎回、君が来るわけ?
『誰も行きたがらないから仕方がないんですよ!』
王都騎士団には未だにティトゥのファンが多い。
そんな中、ティトゥに文句を言ったり、注意をしたりすれば、騎士団員達に睨まれてしまうらしい。
『最近だと騎士団の詰め所に行っても、お茶も出してくれなくなりました! きっとハヤテ様達のせいで煙たがられているんです!』
アダム特務官はそう言って嘆いたが、良く話を聞くと、警備の打ち合わせでしょっちゅう詰め所を訪れているらしい。
それって、僕のせいじゃなくて、いつも入り浸っているからお客様扱いされなくなっただけなんじゃない?
そんなこんなでアダム特務官は、『むやみに王都上空で曲芸飛行をしないで下さいね』と念を押して帰って行った。
何だろうこの感じ。路上でスケボーのトリックの練習をしていたら、迷惑行為として住人に通報され、警察に注意されたやんちゃ坊主のような? って、分かり辛いね。
『あら? アダム特務官はもう帰ったんですのね』
アダム特務官と入れ替わるようにして、ティトゥが屋敷から姿を見せた。
彼女の後ろにはハヤブサを抱いたメイド少女カーチャが、ティトゥの足元ではファル子が周囲をキョロキョロ見回しながら歩いている。
どうやら、貴族家の使いに羽根を掴まれたのを警戒しているようだ。
ティトゥはファル子に足元にまとわりつかれて歩き辛そうにしている。
「ついさっき帰って行ったよ。王都の空では曲芸飛行をしないでくれってさ」
『そうですわね。今日は私も驚きましたわ』
ティトゥにも迷惑をかけちゃったな。反省。
ここでメイドのモニカさんがティトゥを呼びに来た。
『ご当主様。食事の支度が出来ました』
『――分かりましたわ。あ、いえ、今日は庭で頂くわ。こちらまで持って来て頂戴』
モニカさんは『かしこまりました』と返事をすると、テキパキと使用人達に指示を出した。
どうやらティトゥは、朝からずっと来客の相手をしていてうんざりしているようだ。
ここらで息抜きと気持ちの切り替えがしたいのだろう。
こうして僕の翼の下でティトゥの遅い昼食が始まったのだった。
ティトゥは目の前の料理を不思議そうに眺めた。
『変わった料理ですわね』
そうなの? こっちの世界の食事に疎い僕には、ただの煮込み料理にしか見えないんだけど。
ただまあ、緑色が濃くてあまり美味しそうには見えないかな。
『色味だけではないと言うか・・・ああ、けど、味は見た目ほどおかしなものではないんですわね』
ティトゥは一口食べて納得した様子だ。
どうやら見た目が少し独特なだけで、味はありきたりのものだったらしい。
ティトゥは興味を失った様子で煮物を口に運んだ。
『これはどこの料理なんですの?』
見なれない料理に、ティトゥは料理人の出身地の郷土料理だと思ったようだ。
料理を運んで来たメイドがどこか申し訳なさそうに答えた。
『ええと、料理人の話では、王都で人気のドラゴンメニューとの事です』
『『「ドラゴンメニュー?!」』』
ティトゥとカーチャは驚きに身を乗り出すと、皿の上の料理をマジマジと見つめた。
ていうか、これがドラゴンメニュー? いやいや、こんな料理、僕は知らないんだけど。
『これはドラゴンメニューじゃありませんわ!』
『王都ではなぜこれをドラゴンメニューと呼んでいるんでしょうか?』
ティトゥはこの料理を作った料理人に来るように言った。
呼ばれて来た料理人の説明によると、今、王都ではこういった料理が”ドラゴンメニュー”と呼ばれてもてはやされているんだそうだ。
ちなみに緑色のパンもあって、それもドラゴンメニュー。
緑色の串焼きもあって、それもドラゴンメニュー。
緑色の焼き菓子もあって、それもドラゴンメニューと呼ばれているらしい。
『全部色だけじゃないですの!』
『緑色の所がハヤテ様を表しているんでしょうか?』
どうやら僕をイメージする緑色と、ナカジマ領から伝わって来たと思われる”ドラゴンメニュー”という単語が、王都で謎の超融合を果たし、この”ドラゴンメニュー(偽)”ブームを生み出してしまったようだ。
なんだかなあ。
ちなみに料理人は、『ナカジマ領では別のドラゴンメニューがあるんですか?!』と、逆に驚いていた。
『王都ではこれがドラゴンメニュー・・・』
『納得いきませんわ』
どうやら見た目同様、味も微妙なのか、ティトゥは釈然としない表情で目の前の料理を見つめている。
料理人は不安そうにティトゥに尋ねた。
『味がどこかお気に召しませんでしたか?』
『いえ、普通に食べられますわ。けど、これがドラゴンメニューと言われるとちょっと・・・』
『ベアータさんの作るドラゴンメニューは美味しいですからね』
ナカジマ家の小さな料理人、ベアータは、この世界随一のドラゴンメニューのオーソリティーだ。
流石にそんな彼女の作る料理と比べるのは酷というものだが、ていうか、これってドラゴンメニューじゃないからね。ドラゴンメニュー(偽)だから。
「う~ん。けどまあ、これが王都の名物料理というなら、それはそれでいいんじゃない?」
『ハヤテはそれでいいんですの?』
王都の人達が楽しんでいるなら別にいいんじゃない?
料理に正解は無いからね。そもそもドラゴンメニューだって、ティトゥ達がそう呼んでいるだけで、本当は地球の料理だから。
正しい正しくないで言えば、”地球メニュー”って呼ぶのが正しい事になるから。
ティトゥは何とも言えない表情を浮かべながら食事を再開した。
とはいえ、やはり味は微妙だったようだ。
『明日からは普通の料理をお願いしますわ』
『かしこまりました』
ちなみにこの日の夜は、カーチャ達使用人達の食事もドラゴンメニュー(偽)だったらしい。
そしてコノ村でベアータのドラゴンメニューを知るみんなにとっても、不満の残る味だったようだ。
翌日は屋敷のそこかしこで、『王都のドラゴンメニューはちょっと』『王都のドラゴンメニュー、あれは無い』といった愚痴が交わされたそうである。
ドラゴンメニューを知る者にとっては、王都のドラゴンメニュー(偽)の評判はあまり良くなかったようだ。
次回「ネライの古狐」