その3 ドキドキ絶叫ツアーへようこそ【王都編】
◇◇◇◇◇◇◇◇
ティトゥはこの日、何人目かになる貴族家の使いの者との面会をしていた。
(え~と、そういえばこの人はどこの家から来た人だったかしら?)
興味も無ければ楽しくもない、ただただ長く苦痛なだけの時間。
ティトゥは愛想笑いを浮かべながらも、逃げ出したくて仕方がなくなっていた。
使いの者のタイプは大別して二つ。
こちらを弱小田舎領主として頭ごなしに見下して来るか、どうにかして話題の竜 騎 士を屋敷に招き、自分の手柄にしようとこびへつらって来るか。
判でついたように何度も繰り返される似たような話に、ティトゥは繰り返し同じ人間と話をしているような錯覚に囚われていた。
面会の最後は毎回同じ言葉である。
「良いお返事をお待ちしております」
屋敷への招待状――たまにパーティーの招待状――を受け取って、後日連絡すると告げて帰って貰う。
問題の先送りのような気もするが、仮に招待を受けるにしても、どのみち日時の調整をしなければ返事も出来ない。
相手も当然、その場で返事が貰えるとは思っていないので問題は無い。
最も中には功を焦ってか、ハヤテを屋敷によこすように要求する礼儀知らずもいるにはいたのだが。
(※ちなみにその礼儀知らずとは、前回出ていたハヤテが”ちょび髭”と呼んでいた男である)
使いの者を部屋の外まで見送ると、ティトゥは「ふう」とため息をついてイスに身を沈めた。
マコフスキー家が屋敷に残していった高価なイスは、柔らかく形を変えて彼女の体を受け止めた。
(一日中これが続くのかしら)
ゾッとする想像だが、今はまだ午前中。そして来客は大勢控室で待っている。
今もメイドが次の客を呼びに行っているはずである。
ティトゥに自由が許されているのは、面会と面会の間のこの僅かな時間だけであった。
(何で私はこんな事をしているのかしら。ああ、ハヤテに乗って大空をどこまでも飛んで行きたい)
ティトゥが現実逃避をしている間にも、時間は無情に過ぎ去っていく。
「ご当主様。次のお客様がお見えになりました」
ティトゥはげんなりとしながら体を起こそうとして――「「「おお~っ!!」」」――屋敷の庭から聞こえて来た大きな歓声に、窓の外を振り返った。
そこに見えたのは――。
「ハヤテ?」
そう。そこに見えたのは、青い空を一直線に駆け上って行く彼女のドラゴン、ハヤテの姿であった。
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さて、どうしてこうなったのか、順を追って説明しよう。
ティトゥとの面会の順番待ちで、待合室に待たされていた貴族家の使いの男達。
彼らは暇を持て余し、僕を見物するために次々と中庭にやって来た。なんとも迷惑な。
その人数が五人を超えたあたりで、メイド少女カーチャが顔を出した。
ファル子達の食事用のおにぎりを、僕に出して貰うためにやって来たのである。
しかし、ここでトラブルが発生した。
いつものように脱走したファル子が、カーチャの後に付いて来てしまったのだ。
『なっ! 何だこの動物は!』
『おい、背中に羽根が生えているぞ! ひょっとしてコイツがドラゴンの子供なのか?!』
「ギ、ギュウ(な、何?!)」
ファル子の姿に驚いた男達は、怯えて立ち尽くすファル子を取り囲んだ。
カーチャは懸命にファル子を庇おうとしたが、ファル子は興奮した男達に取り囲まれてしまって手が出せない。
そして、男達の誰かが伸ばした手が、ファル子の羽根を乱暴に掴んだ。
「キュウ! キュウ!(痛い! パパ! パパ!)」
男としてはそれほど強く掴んだつもりはなかったのかもしれない。
だが、羽根はファル子達子ドラゴンにとって華奢で弱い部分だ。
ファル子の叫び声を聞いて、僕の頭にカッと血が上った。
ババン! ドドドドドド!
『うわああっ!』
『ド、ドラゴンが火を噴いたぞ!』
僕は急遽エンジンを始動。不完全燃焼の混合気がマフラーの熱で引火。アフターファイヤーの赤い炎が機体側面を舐めた。
ババババババ・・・
僕はプロペラ風を巻き上げながら動力移動。
ファル子の下へと向かった。
慌てて逃げる男達。
驚いて腰を抜かしたのか、その場でへたり込んでいる者もいる。
男達が離れた隙に、カーチャはファル子を抱きあげると僕の所へと走った。
「キュウ! キュウ!(パパ! パパ!)」
「全く。脱走なんてするから怖い目に会うんだぞ。ちゃんとカーチャの言う事を聞かなきゃダメじゃないか」
さて。ここで話が終わっていれば、「こんな事もあったねえ」で済んだと思う。
ところがここで、使いの者の中でもやけに威猛高な男が、僕に絡んで来たのだ。
例のファル子の羽根を掴んだ男である。
頭ごなしに怒鳴りつける男に、片言しか現地語が喋れない僕では会話にもならない。
まさか異世界でこんなモンスタークレーマーに絡まれる事になるなんて。
鼻白む僕に代わって、モニカさんが男の対応をしてくれた。
しかし、さしものモニカさんも、話の通じない男が相手ではいかんともしがたい。
ていうか、この男の主人はなんでこんなヤツを使いに出そうと思ったのかね。
モニカさんはモンスタークレーマーに絡まれるだけ絡まれた挙句・・・。
何がどうなったのか、最終的に僕がこの男を乗せて飛ぶ流れになってしまったのである。
ホント、どうしてこうなったし。
『本当に俺がこのドラゴンを乗りこなせば、屋敷で開かれるパーティーにお前の主人とドラゴンを参加させると言うのだな?!』
『ええ、そのように取り計らいます(さっさとお乗りなさい)』
『ドラゴンにはご当主様を乗せて飛んでもらう! それも構わないな?!』
『ええ、ご自由に(いいからさっさとお乗りなさい)』
男は勇ましい口ぶりとは裏腹に、若干腰が引けながら操縦席によじ登った。
モニカさんが容赦ない手つきで、男を安全バンドでイスに固定する。
まな板の上の鯉状態となり、落ち着きなく目を泳がせる男。
どうやら後悔しつつあるものの、メンツもあってひくに引けなくなって困っているようである。
ていうか、本当にやっちゃってもいいの? これ?
モニカさんはいつもの笑顔でじっと僕を見つめた。
その表情は間違いなくいつものモニカさんだった。
――いや違う。確かに顔は笑っている。しかし目は笑っていない。
彼女の目は死んだ魚のように濁り、ハイライトを失っていた。
あ、これヤバいヤツだ。
「あ・・・あの、モニカさん。ひょっとして・・・結構、怒っていらっしゃいます?」
モニカさんは僕の言葉には答えず、右手を上げると親指を立てた。
ス――ッ。
親指は左から右へと、彼女の白い首筋を横切り、最後にクルリと下を向いた。
首を切れ。そしてその首を地面に落とせ。
『ハヤテ様、よろしくお願いします(ニッコリ)』
「イエス! マム!」
ババババババ
『『『『おお~っ!!』』』』
僕はモニカさんが離れると同時にエンジンをブースト。
どよめき声を背に受けながら、かつてないほどの緊急発進で、一直線に王都の大空へと舞い上がったのだった。
『それでどうしてこんな事になったんですの?』
僕はティトゥに問い詰められて、慌てて言い訳をした。
「いや、僕にも何が何だか。その場の流れと言うかなんと言うか。あのね、彼がファル子の羽根を掴んだんだよ。ホラ、ファル子達って羽根を掴まれると痛がるじゃない。だからちょっと懲らしめてやりたかったと言うか、手加減しなくてもいいかなと思ったというか――」
僕の言葉にティトゥはモンスタークレーマー男をジト目で睨んだ。
ちなみに彼は使用人達によって操縦席から引きずり降ろされている。
今では上から下から体液をダダ流しで意識不明状態だ。
・・・うん。心臓は動いているので問題無し。ちゃんと手加減したから大丈夫。
男の見るも無残な姿に、周囲の使いの者達の顔は引きつっている。
おや? あそこにいるのはさっきのちょび髭男だね。額に冷や汗を浮かべて青ざめている。
大方、「もしもこの男ではなく自分の当主が乗っていたら」などと想像してしまったんだろう。
うん。間違いなく撃墜されていただろうね。
というか、僕はこの仕事に関しては、手加減はしても手抜きはしないから。
やるからには真剣飛行。いい加減な飛行は、かつて僕に挑んで散って行った(?)数々の男達に対する冒とくだから。僕のプライドにかけても、それだけはありえないから。
ティトゥは可愛い鼻に皺を寄せながら僕の操縦席を眺めた。
『すっかり汚れてしまいましたわね。ハヤテを洗い終わるまで面会の続きは無しですわ』
誰もティトゥの言葉に文句をいう者はいなかった。
今の僕ってそんなに臭いんだろうか? 匂いをあまり感じない体なので良く分からないんだよなあ。
この後、ティトゥはどこか上機嫌で僕の掃除をしてくれた。
毎回汚しちゃってゴメンね。
モニカさんが隅っこで申し訳なさそうにしていたのが印象的だった。
どうやら感情的になって僕をけしかけた事を反省してるようだ。
まあ、僕もファル子に乱暴されて頭に来ていたからね。モニカさんだけのせいじゃないから。
この日からしばらく、モニカさんは何だか僕に優しくしてくれたのだった。
次回「ドラゴンメニュー(偽)」