その2 招かれざる客達
王都の空に朝日が昇る。
一日の始まりである。
僕は朝から騒がしい屋敷の音を聞きながら、昨夜のシーロの話を思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『ハヤテ様、メルトルナ家がこの王都で何やら企んでいる様子ですぜ』
深夜、屋敷を訪れたシーロは僕にそう告げた。
メルトルナ家はこの国ではネライ家と並ぶ大貴族家である。
チェルヌィフ商人のシーロによると、メルトルナ家の手勢と思われる者達が王都に入り込んでいるという。
『あちらさんは隠しているつもりかもしれませんが、俺達商人の目は誤魔化せません』
シーロは何やらカッコいい言い回しをしたが、すぐに馬鹿にしたように軽く肩をすくめた。
『まあ、普通に商人から金を借りて、しかも宿の手配までさせてましたからね。素性は明かせないと言われたって、二十人もの男達、しかもどう考えたって領地の騎士だ。あれじゃあ王都で何かやらかすつもりと触れて回っているのと変わりませんね』
シーロはそう言うけど、案外、普通だったら「何かあるのかも」ぐらいの違和感だったんじゃないだろうか。
何かしらの事情があって、お忍びで王都に行く人だっているだろうからね。
シーロ達チェルヌィフ商人ネットワークが優秀だからこそ、アンテナに引っかかったんじゃないかな?
しかし、メルトルナ家から来た騎士達か。
シーロではないが、僕も怪しいと思う。というかタイミングが出来過ぎだろ。
先日シーロから聞かされた”二列侯への勅諚”。
その内容は、ザックリ言えば、「もしもこの国の王を僭称する者が現れた場合、ネライ家とメルトルナ家は他の貴族家を纏めて偽王を排除せよ」という命令書である。
将ちゃん事、カミルバルト将軍の台頭を警戒した当時の国王と、当時まだこの国の宰相だったユリウスさんが、ネライ家とメルトルナ家の両家に極秘に送ったものである。
それだけネライ家とメルトルナ家は信用されていた、という事なんだろう。
最も、今はこの命令書が、カミルバルト新国王の力を削ぐために悪用されそうになっているみたいだが。
『ペラゲーヤ王太后陛下は、ハヤテ様に味方して欲しいとおっしゃられていました。それとメルトルナ家の口車に乗らないで欲しいと』
『・・・・・・』
またペラゲーヤ王太后か。
ペラゲーヤ王太后は前国王の奥さん――王妃だ。王が病没した今は、権力から切り離されて王城の離れに住んでいるそうだ。
権力を失ったとはいえ、あくまでそれはミロスラフ王家内での力。生まれ故郷のチェルヌィフ商人との繋がりまで失った訳ではない。
最近ではシーロを介して、こうして僕に接触を図るようになっていた。
僕に何を期待しているのかは知らないが、わざわざ言われなくても、僕はこの国を裏切るような事をするつもりはない。
というか、勝手に政争に巻き込まないで欲しいんだけど。ティトゥ達に迷惑をかけたくないんで。
『ナニモ シナイ』
『それはミロスラフ王家の味方をしないという意味ですか? それともメルトルナ家の味方をしないという意味ですか?』
確認を取るシーロ。
ていうか、分かっていて聞いてるだろ絶対。
『ドッチモ』
『まあそうでしょうな。ハヤテ様なら、必ずそう言うと思ってましたよ』
シーロは僕の返事を予想していたようだ。
『ハヤテ様が敵に回らない――現状維持なら、実質ミロスラフ王家派と言ってもいいでしょうしね。王太后陛下も満足なさると思いますよ』
シーロはそう言うと、この後は最近の王都の話を少しして去って行った。
僕がティトゥに挨拶をして行かなくていいのか聞いた所、シーロは『ご当主様は明日から俺と会うどころじゃなくなるでしょうから』と言って苦笑していた。
僕が彼の言葉の意味を知るのは翌朝の事となる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『これがドラゴンか! こんなデカブツが飛ぶとは信じられんな!』
『困ります。お部屋でお待ち下さい』
男の声に僕は現実に引き戻された。
派手な服を着た気取ったちょび髭の男だ。
ナカジマ家のメイドさんが困った顔で男を引き留めている。
『コイツをお屋敷の上で飛ばせたら、さぞ話題になるだろうな。ふむ。子供のドラゴンはまだ飛べないそうだし、その分、親に飛んでもらわねばならん』
なんだか勝手な事を呟いて勝手に納得するちょび髭男。
何なんだね君は。
『何があったんですか?』
『あっ! モニカさん』
騒ぎを聞きつけて、聖国メイドのモニカさんがやって来た。
モニカさんはちょび髭を見ると、小さくため息を付いた。
『待合室でお待ち頂くように申し上げたはずですが?』
『ふん。このドラゴンはどの程度の人数が乗れるのだ?』
ちょび髭はモニカさんの苦情を『ふん』の一言で片付けると、逆に質問を返した。
かなり失礼な男の態度に、モニカさんは表面上は気にした様子もなく、いつもの笑みを浮かべて答えた。
『イスの数は二つ用意されております。大人であれば二人、子供なら詰めれば倍は乗れるでしょう』
『ちっ。こんな図体でたった二人しか乗れんのか。それだとご当主様と若様しか乗れないという事か。ならばそこの背に鞍を乗せろ。それなら五人は乗れるだろう』
えっ? 何? 馬に乗るみたいに僕の背中に乗るつもりなの? 君、正気?
四式戦闘機の巡航速度は時速380㎞なんだけど。
新幹線の上にまたがるようなものなんだけど。
話を聞く限り、当主の奥さんや娘さんを一緒に乗せるつもりみたいだけど、普通に無理だから。
吹っ飛ばされて死んじゃうから。
これにはモニカさんも呆れたようだ。
彼女は何度も僕に乗って飛んでいる。僕の飛行速度を良く知っているのだ。
『諦めて下さい。空の上から落ちれば無事ではすみませんので』
『言い訳をするな! それを何とかするのがお前達の仕事だろうが!』
当然の指摘を受けて、なぜかちょび髭男はキレ出した。
言い訳も何も、それってモニカさんの仕事じゃないよね?
僕達がいい加減この身勝手な男の相手にうんざりしていた所に、屋敷の方から声がかかった。
どうやらちょび髭男を呼んでいるようだ。
『ナカジマ様の支度が整いました。応接室に案内させて頂きます』
『――ふん。やっとか。田舎領主のくせに待たせおって。分かった、直ぐに行く』
ちょび髭は上着の襟を引っ張って皺を伸ばすと、気取った歩き方で屋敷に戻って行った。
なんなの一体?
困った顔をしたメイドさんが、モニカさんに謝罪した。
『すみませんでしたモニカさん。止めたんですが、聞き入れて貰えませんで』
『仕方ありませんよ。それよりも次のお客様の案内をよろしくお願いします』
『は、はい!』
慌てて屋敷に戻るメイドさん。
僕が釈然としていない気持ちでいるのを察したのだろう。モニカさんは僕へと振り返った。
『ハヤテ様にもご迷惑をおかけしました。何せ現在この屋敷では使用人の数が足りていないもので』
そりゃまあそうかもね。
こうしている今も、屋敷の門からは馬車が入って来ている。
というか、朝からずっとこんな調子だ。
ナカジマ家のメイドさんだけでは、対応できないのも無理はないだろう。
後で聞いたらこれでもまだ制限していたらしく、門の外の通りには順番待ちの馬車がズラリと並んでいたのだそうだ。
ていうか、何なのコレ?
『全てナカジマ様に面会を求める貴族の使いの者達です。ちなみにさっきの男もそうですね。待合室で待つように言ったはずなんですけど』
使いの者にしては随分と偉そうな男だったけど、モニカさんによると、大手貴族の使いというのは大なり小なりあんな感じなんだそうだ。
虎の威を借りる何とやら。小者ほど主人の威光を笠に着て威張り散らすものらしい。
朝からそういった手合いへの対応が続いた事もあって、モニカさんもお疲れの様子だ。
『とにかく今のままでは人手が足りません。トラバルト商会には使いを出しているので、午後には人手が増えるでしょうが・・・。はあ。あまり知らない者を屋敷に増やしたくはなかったんですけどね』
こんなすすけた姿のモニカさんを見たのは初めてかもしれない。
トラバルト商会が紹介してくれる人物とはいえ、数が増えれば、それだけ良からぬことを企んでいる者が入り込みやすい。
聖国の王城に長年勤めていたモニカさんは、その危険性が良く理解出来ているのだろう。
とは言っても、今の状況では仕事にならない。というか、ティトゥがストレスで爆発しかねない。
人海戦術で対応するのもやむを得ない。モニカさんは渋々ながら諦めたようだ。
『ここにオットー様がいてくれれば助かったんですが』
ナカジマ家の代官のオットーが? いやいや、今、オットーが領地を離れたら、ナカジマ領が大変な事になっちゃうからね。
領地経営が滞って暴動が起きてしまうかもしれないから。
『オススメ デキマセンワ』
『――そうですよね』
肩を落とすモニカさん。彼女も自分が無理を言ったと分かっているようだ。
彼女が諦めて屋敷に戻ろうとしたその時、庭に出て来た男とバッタリ鉢合わせした。
さっきのちょび髭によく似た恰好をした男だ。
という事は、この男も貴族家からの使いの者なんだろう。
『庭に何か御用でしょうか?』
『ん? なに、せっかくなのでドラゴンを見ておこうと思ってな。おお、あれが噂のドラゴン! 何という大きさだ! おい貴様、ドラゴンには何人乗る事が出来る』
『・・・イスの数は二つ用意されております。大人であれば――』
モニカさんが相手をしているうちに、今度は別の部屋から男が姿を現した。
こちらは太った男だ。やっぱりどこかの貴族家の使いの者のようだ。
僕を見て『おお! これが噂のドラゴン! 今度のパーティーの出し物として、屋敷の上を飛ばせないだろうか――』等と勝手な事を言っている。
なんなのコレ。
「あの、モニカさん達が困っているので、みなさん勝手に庭に出ないでくれません?」
『『喋った!』』
僕の言葉に驚く男達。
好奇心に火が付いたのだろうか? 彼らは興奮気味にモニカさんに詰め寄った。
モニカさんは恨めしそうな目で僕を見上げた。
あ~と、つい。・・・ゴメン。
結局、この日は一日中、ティトゥの屋敷は招かれざる客達の対応に追われる事になるのだった。
次回「ドキドキ絶叫ツアーへようこそ【王都編】」