その29 ラダ叔母さん再び
久しぶりに訪れた聖国の港町レブロン。
そのレブロンの港町に隣接するレブロン伯爵領砦で、僕達はこの町の領主、レブロン伯爵の馬車を出迎えていた。
馬車のドアが開くと、線の細い薄幸そうな貴族の男性と、周囲に溢れんばかりのオーラをまき散らす彼の奥さん、それと三人の子供達が降り立った。
レブロン伯爵家全員集合である。
『久しぶりですナカジマ殿。昨年末のご活躍、海を越えたこのランピーニ聖国まで鳴り響いております』
『ご無沙汰しております、伯爵。お耳汚しお恥ずかしい限りですわ。こちらは私の妹のクリミラです』
『バ、バナーク家当主アランの妻、クリミラです。お、お初にお目にかかります』
クリミラはギクシャクした動きで挨拶をした。
他国の伯爵家当主を前に、かなり緊張しているようだ。
レブロン伯爵夫人――ラダ叔母さんと子供達は、そんなことよりもファル子達が気になって仕方がないらしい。
挨拶もそこそこに、彼女達の目はリトルドラゴン達に釘付けになっている。
『なあ、ナカジマ殿。その小さくて可愛いのは一体何なんだ?』
『ハヤテの子供ですわ。こっちがファルコ、こっちがハヤブサですわ。二人共ご挨拶をなさい』
「「ギャーウー(ゴキゲンヨウ)」」
『『『可愛いー!』』』
可愛い子ドラゴン達にすっかりメロメロな子供達。と、ラダ叔母さん。
子供が好きみたいだし、どうやらかなりの可愛い物好きのようだ。
『ド、ドラゴンの子供なのに随分と可愛い――小さいんだな』
『ラダ様、良ければ二人と遊んであげて下さい』
『えっ?! い、いいのか?!』
鼻息も荒く手をワキワキさせるラダ叔母さん。怖い。顔が怖いから。
怯えて脱走するファル子達。
『待って! ファルコ待ってー!』『ハヤブサ! 一緒に遊ぼう!』『ハハハ、捕まえるぞー!』
慌ててファル子達を追いかけるラダ叔母さんの子供達。ちなみに最後のセリフはラダ叔母さんである。
なんだかなあ。
叔母さんは末の娘を抱いたままファル子達を追いかけて行った。
ティトゥの妹クリミラは、そんなラダ叔母さん達の様子をポカンと口を開けて見ていた。
『ティトゥ姉さん、ラダ様って、まさかラディスラヴァ様の事じゃ・・・』
どうやらクリミラはラダ叔母さんの事を知っているみたいだ。
ラダ叔母さんの本名はラディスラヴァ・ミロスラフ。
ミロスラフ王国先々代国王の落としだねで、将ちゃん事、カミルバルト新国王のお姉さんにあたる人である。
ラディスラヴァがこの国に訪れた時、海賊絡みの事件を解決した事で今の旦那さんから求婚されて結婚。
その後は何年もかけて領地から海賊を一掃、現在は三人の子供を持つ母親となっている。
マリエッタ王女のお母さんはレブロン伯爵の妹であり、ラダさんはマリエッタ王女の叔母にあたるそうだ。
『ええ、そうですわ。マリエッタ王女殿下の関わった事件でお世話になったのですわ』
『そうなんだ・・・やっぱりラディスラヴァ様だったのね。聖国に嫁がれたとお聞きしていたけど、まさかお目にかかる事になるなんて思いもしなかったわ』
ラダ叔母さんの名前はティトゥですら知っていたし、ミロスラフ王国では相当な有名人だったようだ。
レブロン伯爵は、少し困った顔で奥さんと子供達を見ていたが、やがて気持ちを切り替えるとティトゥに向き直った。
『それで、本日はどういったご用向きでしょうか? 必要なら私の方から王城へ連絡を入れさせてもらいますが』
『いえ、そうじゃありませんの。実はそこのメルガルさんに相談に乗って貰いたくて』
『メルガルに?』
伯爵の視線を受けて、メルガルは小さく頷いた。
見るからに伊達男の彼がやると、妙に様になる仕草である。
『先程もそうおっしゃっていましたな。良ければ伯爵様のお屋敷で――『いえ、ここで十分ですわ! ハヤテとも相談したいので!』そ、そうですか?』
メルガルは不思議そうに僕を見上げたが、ティトゥにとって幸いな事に深く追及する事は無かった。
『ええ。実は――』
『おおい! この子達はハヤテと違って空を飛べないのか?!』
ここでファル子達を捕まえたラダ叔母さんが、どこか誇らしげな顔をしながら戻って来た。
ていうか、さっきから全然話が進まないんだけど。
ようやくティトゥの説明が終わった。
なんでこれだけの話をするだけで、何度も邪魔が入っていたんだか。
『セイコラ商会ですか。確かに最近羽振りが良くなったようですね。資材の買い付けに直接レブロンまで来ていた者に会った覚えがあります』
メルガルは『会った覚えがある』と言ったが、よくよく話を聞くと接待に招かれたらしい。
夜の店か? 夜の大人の店なのか? もしもアダム特務官がこの場にいたら、妬ましさのあまり我を忘れてメルガルに掴みかかっていたかもしれない。(※ハヤテの勝手な想像です)
『それなら簡単だ。ウチの方から別の商会に声を掛けてあげよう』
『いや、待ってくれ。ミロスラフ王国の事情はちょっと特殊なんだ。あの国には外洋船が停泊出来るような、まともな港はボハーチェクしかない。そしてボハーチェクの港の使用権は既存の商会でガチガチに固められていてな。外からはそう簡単には手が出せないんだよ。多分、今でもそれは変わっていないと思う』
レブロン伯爵の言葉をラダ叔母さんが即座に否定した。
子供達は早々に話に飽きてファル子達と遊んでいる。今は飛行練習という名目で、みんなでピョンピョンと飛び跳ねている。
楽しそうな声が気になって、話に集中し辛いったらない。
『それも彼らのおかげで解決しそうなのですわ』
ティトゥはドワーフ親方に振り返った。
『親方さん。親方さん達の船には港を作る設計士の人も乗っているんですわよね?』
『もちろんです。設計士だけじゃなく、大工の棟梁だって乗ってますぜ。ここで資材と職人の手配が済めば、すぐにだって港の工事に取り掛かれます』
『? どういう事だい?』
ティトゥは、ナカジマ領には港の建設予定地があり、ドワーフ親方達はその工事に協力するためにチェルヌィフ王朝からやって来た、と説明をした。
『そういえば親方さんは鍛冶屋なのに、どうして一緒に来たんですの?』
『建設に使う道具が必要じゃないですか。そちらに腕の良い鍛冶師がいれば別ですが、もしいなければ外で買わなきゃならない。いくら職人の腕が確かでも、いい加減な道具ではいい加減な仕上がりにしかなりません。その点ワシの腕前は、いわばドラゴン様のお墨付きですからな。きっとお役に立てると思って、こうしてやって来た訳ですよ』
ドワーフ親方には巨大オウムガイネドマ退治の時、作戦のキモとなる仕掛け作りをお願いした。
その出来栄えは確かに僕達を満足させるものだった。
『ワシらはドラゴン様から”ドワーフ”という称号まで貰いましたからな。ドワーフの名に恥じない働きをしてみせますぞ』
いや、決してドワーフは鍛冶屋の称号じゃないから。見た目のイメージで言っただけだから。
確かにファンタジー世界での”トップオブザ・鍛冶屋”といえばドワーフだけど。
そういう意味では、鍛冶屋にとって最上級の称号なのかもしれないけど。
ラダ叔母さんの目が凶悪そうに――あ、いや、面白そうに細められた。
『なるほど。そんな事になっていたのか。そいつは面白そうだ。なんだか久しぶりにミロスラフに里帰りがしたくなって来たぞ。いやいや全く、こんな楽しそうな時に国で好き勝手出来るなんて、私はカミル坊やが羨ましくて仕方がないよ』
こんな顔をして”面白そう”とか言われても、素直に喜べないかな。
それはさておき、ようやくここにいる全員に、ティトゥの言いたい事が理解してもらえたようだ。
『話は分かりました。メルガル。ナカジマ殿に協力してそちらの親方の要請は最優先で処理するように』
『承りました。なあに、邪魔をするようなヤツはレブロンにいられなくしてやりますよ』
『いいね。その時は私も協力しよう。海賊の容疑をかけて全財産を没収してやるのもいいな』
『・・・本当にやらないでくれよ? 君はたまに後先考えずに行動するからね』
『なあに、金ならギルドが腐る程持たせてくれております。この世に金で解決出来ない事など、そうそうはないですからな』
ラダ叔母さんと代官のメルガルが絡むと、悪巧みをしているような絵面にしか見えない件。
それはさておき。先ず彼らにはこのレブロンの港町で、建設用の資材と職人を集めてもらおう。
それらを彼らの乗って来た大型船で、ナカジマ領の湾口まで運んでもらう。
ナカジマ領にはまだ大型船用のふ頭はないから、湾内に停泊して艀でピストン輸送をする事になるかな。
必要な資材だけ優先的に下ろして、突貫工事で先にふ頭を作るのもいいかもしれない。その辺の段取りは専門家にお任せという事で。
そうやって一部でも港の施設が出来れば、後は船を接岸して荷下ろしが出来るようになる。
資材を積んで何度か聖国と往復すれば、ナカジマ領の港が完成するんじゃないだろうか。
『ドラゴン港の完成ですわね』
『おおっ! その名前はカッコイイな! ウチもそういう名前を付けるか?!』
ティトゥの妄言にラダ叔母さんが身を乗り出した。全くこの二人は。
困った顔をする伯爵と代官メルガル。
『――ゴホン。ええと、大体話は出終わったかな。ならナカジマ殿は私の屋敷にご案内を――』
『いえ、今日は帰らないといけないのですわ』
またいつものティトゥのわがまま――ではない。今回は本当に戻らないとマズいのだ。
王都騎士団が来たとはいえ、勝手に護衛任務をほっぽり出して来たからね。
元々、ちょっと気晴らし飛ぶだけのつもりだったので、町を離れる事すら誰にも言っていない。
夜までに帰らないと、「何かあったのでは?」と余計な心配をかけてしまうだろう。
『そうか。残念だ』
ラダ叔母さんは、恨めしそうにファル子と遊ぶ子供達を見ている。こんな事なら話に加わらずにあっちで一緒に遊んでいれば良かった、などと思っていそうだ。
『こんな事なら話に加わらずにあっちで一緒に遊んでいれば良かった』
あ、言っちゃった。
レブロン伯爵は苦笑しながら子供達に呼びかけた。
『ナカジマ殿はもう帰らないといけないそうだ。ドラゴンの子達を連れて来なさい』
『『『はーい』』』
「「ギャーウ(はーい)」」
君らはもうすっかり仲良しさんだな。
ファル子達も歳の近い友達と遊べて楽しかったようだ・・・って、あれ? 二人はまだ生後一か月だっけ。
まあ、人間とドラゴンは条件も違うから。子供同士というくくりで。
『次は屋敷でゆっくりしていって欲しい』
『また子ドラゴン達を連れてきてくれ』
『分かりましたわ』
ティトゥの返事は、絶対ラダ叔母さんにしか返してないだろ。
そんなこんなで、僕達は満足のいく話し合いを土産に、レブロン砦を後にしたのだった。
次回「心躍る景色」