その28 ドワーフとの再会
さて。そんなこんなでやって来ましたクリオーネ島はランピーニ聖国。
道中の描写はカットで。特に語るような事も無かったし。
なにせ、ひたすら海の上を飛んでいただけだからね。
しかし、こうしてランピーニ聖国に来るのも、昨年末の戦争以来になるのか。もう半年以上も前か。
そう考えると随分と久しぶりなんだなあ。
『えっ? ここって本当にランピーニ聖国なの? ナカジマ領に行くまではまだ頑張って理解したけど、外国ってこんなに簡単に来られるものなの? 来てもいいものなの?』
ティトゥの妹クリミラは何故か不安そうに、眼下の港町を見下ろしている。
そしてティトゥはどこか微妙な表情を浮かべた。
『レブロンの港町って、こんな感じだったかしら? もっと大きくて賑やかだと思っていましたわ』
ティトゥの言葉にギョッと目を剥くクリミラ。
『何を言っているのよティトゥ姉さん! 確かに王都には見劣りするけど十分に大きな町じゃない!』
一国の王都と港町を比べるのも大概なんじゃない? いくらミロスラフ王国が小国っていってもさ。
けどまあ、クリミラの言いたい事も分かる。
彼女は空から町を見下ろすのは今日が初めてだから、比較対象となる物が少ないんだろう。
そして僕にはティトゥの言いたい事も分かってしまう。
ぶっちゃけ、僕も最初にレブロンの港町を見た時、のどかな港町だと思ったからね。
僕は前世となる地球で、TVや映画等で空撮された日本や外国の港町を見ている。
それらの風景と比較したから、レブロンの港町が地味に見えたのであって、きっとティトゥの目には最初は大きくて華やかな港町に映っていたに違いないのだ。
そんな彼女の判断基準に変化があったのは、チェルヌィフ王朝のデンプションの港町を見たせいだろう。
デンプションは僕達が巨大オウムガイネドマと死闘を繰り広げたあの港町である。
大陸一の大国チェルヌィフ王朝。その国でも一二を争う港町デンプション。そんな大都会に比べれば、ラダ叔母さんのレブロンの港町も格落ち感が否めないのも仕方がないというものだ。
『私達のドラゴン港はレブロンの港町を目指そうと思っていたけど、今見ると何だか微妙に物足りませんわね』
何だよドラゴン港って?!
まだ形も出来てもいない港に、そんな名前を勝手に付けちゃってる訳?!
しかし、この時のティトゥの発言が巡り巡って、後日、正式名称になってしまうのだった。
町の顔とも言える港の名前が、そんな適当に決まっていいんだろうか?
クリミラは、信じられないモノを見る目で姉を見ている。
彼女の常識ではレブロンの港町は立派で大きな港町にしか思えないのだろう。
ていうか、彼女の感覚の方が極めて真っ当だと思う。
なにせミロスラフ王国最大の港町ですら、完全にレブロンの港町の下位互換な訳だからね。
おっと、うっかり話し込んでしまった。
「ティトゥ、あれ見て。大通りを爆走している馬車が見えるかな?」
『ああ。あの馬車はきっと町の代官のメルガルの馬車ですわね』
多分そうだろうね。
どうやら僕を見付けて、急いで町の外の砦に向かっている所だと思う。
『待たせても悪いですわね。ハヤテ』
「了解」
「「キュー!(了解!)」」
ファル子達、ツインドラゴンズの復唱を受け、僕は翼を翻した。
目指すはレブロンの港町に隣接する、レブロン伯爵領砦。
やはりあの馬車は代官のメルガルの物だったようだ。
彼は馬車が停車するのももどかしく、馬車のドアを開いて飛び出した。
『ナカジマ様、ハヤテ様、本日はどういったご用向きで?!』
良く見ると彼の後ろに、見覚えのある男性が愛想の良い笑顔を浮かべている。
去年の秋、わざわざミロスラフ王国まで幽霊船の代金を届けに来てくれたあの人だ。
彼らの後に続いて、これまた見覚えのある筋肉質な髭面の男が顔を出した。
というか、こちらは完全に予想外の人物だ。
巨大オウムガイネドマ退治の時にお世話になった、鍛冶屋のドワーフ親方である。
あ、いや、ドワーフに見えるのは外見だけで、実際は人間だったっけ。
『あの、ネルガルさん。そっちの方はデンプションの鍛冶屋の親方さんですわよね?』
さしものティトゥも、これほどの個性的なビジュアルは忘れていなかったらしい。
意外な場所での再会に驚きに目を見張っている。
『おおっ! ナカジマ様! ワシの事を覚えていてくださいましたか!』
嬉しそうにガハハと豪快に笑うドワーフ――じゃなかった鍛冶屋のドワーフ、じゃなかった鍛冶屋の親方。
この後、ティトゥは妹の紹介を、代官のメルガルは鍛冶屋の親方の紹介をした。
『そしてこの二人がハヤテの子供のファルコとハヤブサですわ』
「「ギャーウー(ゴキゲンヨウ)」」
『ハ、ハヤテ様の子供ですか?!』
メルガルは、『何だか不思議な生き物がいるなあ?』とでも思っていたのだろう。さっきからファル子達の事をチラチラと見ていたのだが、僕の子供とは想像もしていなかったようだ。
ギョッと目を剝いてファル子達を凝視している。
『全然似てな――あ、いえ、元気なお子様達ですな』
全然僕と似ていないと言いかけて、メルガルは慌てて言葉を濁した。
まあ、君の言いたい事は分かるよ。ぶっちゃけ僕とは全然違う姿だからね。
というか、ファル子達の方がドラゴンとしては正しい姿だから。僕は本当はドラゴンじゃなくて四式戦闘機だから。
『大人になって”進化”すればハヤテのような姿になるんですわ』
「「ウギャウー!(パパみたいに進化する!)」」
ティトゥの言葉に興奮するファル子達。
くっ・・・。どうして僕はあんな事を言ってしまったんだ。
あの日、僕はハヤブサから「どうして僕とファル子はパパと違う姿なの?」と聞かれた。
正直に答えても良かったが、つい僕は「パパも子供の頃はお前達と同じ姿だったよ」と答えてしまったのだ。
子供を悲しませないために咄嗟に付いた優しい嘘だったのだが、当然「ならなぜ今は違う姿なの?」と返されてしまった。
ここで苦し紛れに嘘を重ねたのが失敗だった。以下、その時の会話。
「そ、それはアレだ。”進化”だ。パパは進化して今の姿になったんだ」
「進化?! 進化って何?!」
「し、進化は進化だ。ええと、これはドラゴンに伝わる秘密なんだが、ドラゴンは成長すると上位ドラゴンに進化するんだよ」
「パパは上位ドラゴンなんだ! カッコイイ!」
「ま、まあな(ヤバイどうしよう。ていうか、さっきからティトゥがこっちを見ているだけど。めっちゃ目を輝かせて見ているんだけど)」
「僕とファル子もパパみたいに進化出来るかな?」
「そ、それはどうだろうな。進化には厳しい修行が必要なんだ。それに必ずしもパパと同じ姿に進化するとは限らないんだぞ。それぞれの能力に応じて進化後の姿は違って来るんだ。だからお前達はお前達の個性に応じた――」
「ううん! パパと同じがいい! 僕も修行してパパみたいに進化する!」
「そ、そうか。でも修行は厳しいからもう少し大人になってからな。それとパパと同じ姿になれなくても、全然問題は無いからな? 一生かけても進化出来ないドラゴンだっていっぱいいるんだ。あっ、それと進化の事はドラゴンの秘密だから。絶対に外では言うんじゃないぞ。約束だぞ(特にそこで聞き耳を立てているティトゥ! 僕は君に言っているからね!)」
という、僕の精神をゴッソリ削り取る会話があったのだ。
まるでティトゥが考えたような中二臭い設定に、僕はショックを受けてしばらく立ち直る事ができなかった。
僕が勝手に思い出し悶絶をしている間に、ティトゥ達の話は進んでいた。
『そうなんですのね。わざわざチェルヌィフから来てくれたんですの』
ティトゥは親方の説明を聞いて驚いた。ええと、どういう話なんだっけ。
そうそう。巨大オウムガイネドマが倒され、僕達がデンプションの港町を去った後の話だ。
デンプションの水運商ギルドの副支部長、オミールさんは、大至急ナカジマ領行きの船を用意したそうだ。
彼はその船に、回せる限りの資金と、港の開発に必要な人材を乗せて出港させた。
町の代官のルボルトさんもこれには全面協力してくれたんだそうだ。
『なんでまたそんな事に?』
『ワシはドラゴン様から頼まれたからと聞いておりますが?』
僕? 何で僕が頼んだ事に・・・って、ああ。そういや確かに、そんな事を言った覚えがあるね。
250kg爆弾でネドマを倒した――実はこの時はまだ気絶させただけだったんだけど――時、僕はオミールさんから『ハヤテ様にもお礼を差し上げねばなりませんね。何かお望みの物でもございますか?』と聞かれた。
別に欲しい物も無かったので、「だったら水運商ギルドの力でナカジマ領の港作りを協力して貰えないかな?」と、頼んだのだ。
あの後、色々あったからすっかり忘れていたよ。
ていうかオミールさんは覚えていてくれたんだな。
早速、僕との約束を守って、はるばる資金と人材を派遣してくれたわけだ。
ありがたい話だ。何て律義な人なんだろう。
『丁度昨日、この港に到着した所ですわ。いやあ、ひと月も船に揺られてワシの腕がなまっていないか、心配しておった所ですよ』
到着したのは昨日だったのか。これまた何ともベストなタイミング。
船が一日でも遅れていたら、こうして出会う事は出来なかったんだからね。
代官のネルガルが親方の言葉を引き継いだ。
『ブロックバスター様からご相談を受けて、次の便でそちらに連絡を出す所だったのです』
『ブロックバスター?』
『ワシの名前ですぞ』
ブロックバスター?! また凄い名前を付けられたもんだな!
ブロックバスターとは、巨費を投じた大掛かりな広告戦略や、巨額の売り上げを上げる医薬品の事を指す。
でも、やはりブロックバスターと聞いて僕がイメージするのは、第二次世界大戦の頃にイギリス空軍が使っていた大型爆弾、”ブロックバスター爆弾”だろう。
なんでも、”街の1ブロックを吹き飛ばすほどの威力がある”ところから、この名が付いたんだそうだ。
似合っているかどうかで言えば、この上なく親方に似合っている名前だと思う。
『それで、ナカジマ様はどのようなご用件だったのでしょうか?』
おっと、意外な再会に気を取られてすっかり忘れていた。
僕達の用事は・・・って、あれ? これってほとんど終わったも同然なんじゃない?
『そうですわね。ええと、相談に乗って頂けるかしら』
『勿論です』『ワシらに出来る事なら何でも』
ティトゥの言葉に、何とも男前な二つ返事を返す代官のメルガルと親方。
その時、砦に護衛を引き連れた立派な馬車が入って来た。
見覚えのあるこの馬車は、この町の領主、レブロン伯爵家の馬車であった。
次回「ラダ叔母さん再び」