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その27 困り事

 ティトゥ達は早目のお昼を終え、僕の所へとやって来た。


『いや、ホントに。日頃からあんな食事を食べていたら、お父様達やティトゥ姉さんが食道楽に目覚めるのも分かるわ。あの子の料理って本当に凄いのね。実家で出された料理にも驚かされたけど、私にはさっきの食事の方が何倍も驚きだったわ』

『ベアータが聞いたら喜ぶでしょうね』


 ティトゥの妹クリミラは、興奮気味にベアータの料理を褒めちぎっている。

 この国の元宰相のユリウスさんを見かけた時には、随分と取り乱している様子だったが、美味しい食事をお腹一杯食べた事で気持ちが落ち着いたようだ。

 やっぱり人間、お腹が空くとどうしても怒りっぽくなるよね。


 しかし、そうか。ベアータはドラゴンメニューに関しては、師匠であるマチェイ家の料理人テオドルをも超えているのか。

 まあ最近、ティトゥが僕の日本語が分かるようになってから、料理のレパートリーがグンと増えたと言っていたからね。

 多分、そのうちのいくつかを、今日はお披露目したんだろう。


「ギャウー! ギャウー!(ママ! ママ!)」

『ちょ、ファルコ、ハヤブサ! あなた達砂だらけじゃないの!』


 さっきまで海で泳いでいたのだろう。全身砂だらけで真っ白になったファル子達がティトゥに突撃して来た。

 メイドさんがタオルを手に慌てて二人を追いかけている。


「フゥーッ! フゥーッ!」

『ファルコ様、大人しくして下さい!』

『こら、ファルコ! 悪い子ですわよ!』


 メイドさんにグシグシと体を拭かれるハヤブサと、興奮してタオルに噛みつくファル子。

 ティトゥの手助けも加わって、ようやく二人の体が綺麗になった。


『申し訳ありません。あっという間に海に走って行ってしまって』

『最近暑くなって来たから泳ぎたかったんでしょうね。仕方がありませんわ』


 今はファル子達はメイドさんの用意してくれた水を飲んでいる。時折口の周りをペロペロと舐めているのは、海水の塩味が残っているのが気になるのだろう。

 ちなみに二人は犬かきで泳ぐそうだ。中々泳ぎは上手いらしい。

 とはいえ、この辺りは波の穏やかな遠浅の海だが、離岸流(※海岸に打ち寄せた波が沖に戻ろうとする時、局所的に発生する沖に向かう強い海水の流れ)の心配もある。泳ぐのは大人の目がある時だけにして欲しい。



『さて、昼食は済んだし、次はどこに行きますの?』

『えっ? どこにって、まだどこかに行くつもりなの?』


 ティトゥの言葉にクリミラが驚きに目を見開いた。

 う~ん。ティトゥの方に特に希望が無いなら、さっきちょっと気になる話を聞いた所なんだけど。


『気になる話? 何ですの?』


 実はさっきの空き時間、僕はオットーの部下に、ティトゥが離れている間に領地で何か問題が起きていないか、尋ねてみたのだ。

 彼らは最初は『いえ、別に』とか言っていたけど、話していくうちに、ちょっとした問題がある事が判明したのである。


「ティトゥもナカジマ領で建設用の資材が不足しているのは知っているよね? 春からずっと不足気味だったけど、どうやら最近になって本格的に足りなくなっているみたいなんだ」

『それは・・・困りましたわね』

『何か困った事でもあったの?』


 ティトゥから簡単に説明されたものの、クリミラはいまいちピンと来ていない様子だ。

 まあ、ナカジマ領の開発ラッシュを実際に目で見ていないと、実感が湧かないのかもしれないね。


『木材でいいならバナークでも採れるわよ?』

『バナークで採れても仕方がありませんわ』


 バナークはクリミラの嫁ぎ先で、将ちゃんの婿養子先、ヨナターン領の土地である。

 ヨナターン領はこの国の南端に位置する。北端にあるナカジマ領とは、国を横断して真反対になる。

 そんな所で採れると言われても、鉄道も無いこの世界では、運搬するだけでもどれ程のコストがかかるものか分かったもんじゃない。


「現実的な選択肢としては、お隣のネライ領から買うか、船で国外――ランピーニ聖国から運ぶしかないんだって。けど、ネライ領は木材の産出量自体が少ないので、実質、船便一択になるらしいんだけど・・・」


 その船便での流通経路を、セイコラ商会がほぼ独占している状態なんだそうだ。

 セイコラ商会は資材の販売をコントロールする事で、ナカジマ領での影響力を強めているらしい。

 あのお爺さん。人が良さそうな見た目に反して、実はチェルヌィフ商人のジャネタお婆ちゃんばりにえげつない人だったんだな。


 現在、焼け跡の”第一次開拓地”には”新街道”が建設中である。

 こいつがペツカ山脈まで開通して、山から木が切り出せるようになれば、資材不足は十分に補える見通しだが、この道路工事は現在、遅れに遅れている。

 夏を前に河川工事の方を最優先、そちらに開発のリソースを突っ込んでいるためだ。


 そもそも木というのは多量の水を含んでいるため、加工した後、良く乾燥させないと建材として使用できない。

 乾燥期間は数か月から一年間。断面の大きな柱なら、二年も三年も掛かるはずである。

 とてもそんな長い時間、開発をストップさせてはいられない。


『それは何とかしないといけませんわね・・・。ハヤテに何かアイデアは無いんですの?』

「う~ん。さすがにちょっと。けど、要はセイコラ商会の独占を崩せばいいんだよね?」


 現在の問題は、資材の不足というよりも、資材の流通を一つの商会が独占している所にあるようだ。

 別の流通経路が出来ればセイコラ商会の独占も崩せるし、価格競争が起きて資材の高騰も今よりもずっと抑えられるはずである。


『それはそうだけど、どこから買うんですの?』

「セイコラ商会はランピーニ聖国から買っているんだよね? だったら僕らが直接ランピーニ聖国から買えばいいんじゃない?」

『けど、私達ではボハーチェクの港を使えませんわ――ああ、そう言えば、私達も港を持っていたんでしたっけ。まだ作りかけの予定地ですが』


 そういう事。

 僕達が直接、聖国の商人から買い付けて、船で直接領地まで送って貰えばいいんじゃないかな。


『それならボハーチェクの港の使用料もボハーチェクからの運送費もかからないし、間にセイコラ商会を挟まない分だけ安く付きますわね。取引はオットーにやって貰えば問題ないですわ』


 あ、うん。そうか。代官のオットーの仕事がまた増えちゃうのか。

 ・・・この場合仕方がない――のかな? オットー的には一つの問題が片付く代わりに、別の問題を抱え込んでしまうような気もするけど・・・。


 ここであれこれ考え込んでいても仕方がないか。

 とりあえず出来るか出来ないかは、現地に行ってから要相談という事で。

 いけそうならその時にオットーに報告、かな。


『ならランピーニ聖国へ出発ですわね』

「そうだね」

「ギャウー! ギャウー!(出発! 出発!)」

『ちょっと待って! 今、ランピーニ聖国へ行くって言わなかった?!』


 クリミラはランピーニ聖国という言葉に反応して、ギョッと目を剥いた。

 ああ、そうか。


『疲れたのなら、ここに残っていてもいいですわよ? 私はハヤテと行って来るから』


 そういう事。別に無理する必要はないよ。

 これはナカジマ領の問題だからね。


『冗談止めてよ! こんな漁村に置いていかないで頂戴! そもそも全然疲れてなんてないから! 馬車より全然揺れないし、むしろ乗り心地は良いくらいだから!』


 クリミラは慌ててティトゥに詰め寄った。余程置いていかれたくなかったらしい。

 ていうか、こんな漁村って・・・。

 慣れてしまえば中々の住み心地だよ? 風向きによっては潮風で少しベタベタするけど。


 それにしても、馬車ってやっぱり乗り心地が悪いのか。

 せっかく中世観漂う異世界に転生したんだから、こんなわがままボディでなければ、一度乗ってみたかった所なんだけどなあ。


『なら一緒に行きましょうか』

『――本当に行くつもりなのね。今日中に帰れるのかしら。それとも私が勘違いしているだけで、聖国の島って意外とこの国の近くにあるのかしら?』


 近くかどうかで言えば、まあまあ普通?

 コノ村から聖国のレブロンの港町まで、ざっと600km程度かな。

 四式戦闘機の巡航速度だと、二時間もかからずに到着する。

 向こうでちょっと話を聞いて帰って来るだけなら、今日の夕食までには名も無き町に戻れるだろう。


「長距離飛行になるから、クリミラにトイレに行っておくように言っておいてね。それとファル子達用のトイレの用意もよろしく」


 ファル子達のトイレとは、猫用のトイレのようなヤツである。

 木箱の中に猫砂が敷き詰めてある。

 ちなみに猫砂と言っても、海砂を洗って塩抜きして乾かした物だ。

 ファル子達は家猫――じゃなかった、室内ドラゴンなので、夜におしっこをする時用のトイレが必要なのだ。


『そうですわね。クリミラ――』


 ティトゥから説明を受けて、クリミラは慌てて屋外トイレに駆け込んだ。

 そんなに急がなくても大丈夫なのに。ひょっとしてさっきから漏れそうなのを我慢していたのかな?


『――ハヤテ』


 ティトゥにジト目で睨まれたので、僕はこれ以上の考えを放棄した。君子危うきに近寄らず。

 ティトゥはメイドさんから猫砂トイレを受け取ると、ひっくり返さないように操縦席の足元に固定した。


『二人共、トイレをしたくなったらちゃんと私に言うんですのよ?』

「「ギャーウー(分かった)」」

『・・・海を見たのも今日が初めてなのに、まさか海の向こうのランピーニ聖国まで行く事になるなんて。そもそも勝手に国から出ても大丈夫なのかしら? 私のせいでバナーク家に迷惑がかからないといいんだけど』


 おっと、いつの間にかクリミラがトイレから戻っていたようだ。

 真剣な表情で何やらブツブツと呟いている。


『クリミラ。そんな所に立っていないで早く乗って頂戴。出発しますわよ』

『――はあ。ティトゥ姉さんが行くなら今更か。分かったわ。手を引いて頂戴』

『よいしょっと。クリミラ。あなた少しは運動したらどうですの?』

『人を太ったみたいに言わないで!』


 クリミラはティトゥにお尻を押されながら操縦席へと乗り込んだ。

 先に乗り込んでいたファル子達を押しのけながら胴体内補助席に座る。


「ギャウー! ギャウー!(手伝う! 手伝う!)」

『あなた達はこっちにいなさい。クリミラは安全バンドを』

『ええと・・・締めたわ』

「了解。前離れー!」

「「ギャウー!(離れー!)」」


 そんなこんながありながらも僕はテイクオフ。

 翼を翻すと機首を北西に向けた。

 目指すはクリオーネ島ランピーニ聖国。

次回「ドワーフとの再会」

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― 新着の感想 ―
[一言]  姫竜騎士となったことで、世間知らずとか天真爛漫を通り過ぎて破天荒となってしまったティトゥ。そしてまだ天真爛漫なだけだったころの姉を知るクリミラは姉が方々に迷惑をかけていないかが心配。でもク…
[良い点]  ちょっと気晴らしのつもりが海の向こうの隣国まで、そして多分破壊される庭園  ハヤテも海軍式の着陸が出来るのだから、訪問する時は上空を旋回して来訪を気付かせ、空母みたいに制動索を出して貰い…
[良い点] やっぱり競争相手をってことになりますよね~。チェルヌイフはちと遠かったか...僕もティトゥの距離感覚に毒されてるのやもしれませんw
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