その24 クリミラ空を飛ぶ
昨夜僕達が宿泊した、この名も無き町。
実はラーンスカーの町というらしい。名もなき町じゃないじゃん。
それはさておき、僕達の出発は二~三日遅れる事になった。
といっても何かトラブルがあった訳ではない。
実は、将ちゃんがこの町に来るという連絡があったのだ。
そのまま彼は家族と合流。パレードのような感じで全員で町に入る事が決定したんだそうだ。
なるほど。それはさぞかし盛り上がるに違いない。
という訳で今の僕達は将ちゃん待ち。このまま二~三日待機する事になった。
何で日数が曖昧なのかというと、将ちゃんは今、即位式の準備で大忙しだからだ。
その激務を縫って時間を作るため、今はまだハッキリとした予定は立てられないんだそうだ。
あるいは警備上の理由もあって、情報を絞らせないようにしているのかもしれない。
という訳で僕はポッカリと時間が空いてしまった。
ちなみに将ちゃんの家族は、ひっきりなしに屋敷を訪れる来客の相手をするのに忙しい。
この辺はヴラーベル家の屋敷に泊っていた時と変わらないようだ。
人との繋がりは財産です。人脈づくりは、知り合う所からスタートなのです。
利益ばかりを求める人脈では、太くても短い付き合いになってしまいます。良い関係を築けるように努力しましょう。
僕は君に言ってるんだよ? ティトゥ。
『・・・お父様のような事を言わないで頂戴。そういう言葉は散々聞かされましたわ』
ティトゥは僕の忠告にしかめっ面で答えた。
散々聞かされたのなら、そうやってファル子のお腹を撫でてないで、屋敷に戻って名前と顔を売って来たらどうだい?
今も新しい馬車が屋敷に到着しているよ? ほら、ゴーゴーゴー。
『・・・ふう』
「・・・・・・」
ティトゥはいつもと違って僕の軽口には乗って来なかった。
メイド少女カーチャは、そんな主人の様子を心配そうに見ている。
最近ティトゥはこうして沈みがちな事が多かった。
何か悩み事でもあるのなら相談して欲しい所だけど、彼女は「何でもない」と言うだけで何も教えてくれない。
だったらせめてカーチャにくらいは打ち明けて欲しいんだけど、どうやらカーチャも何も事情を知らされていないらしい。
それどころか、『ハヤテ様になら打ち明けるんじゃないでしょうか?』等と逆に頼られる始末だ。
今も、カーチャから無言の圧力がかかっている。
『(いいから早く聞いて下さい)』
「(無理無理。・・・それにもしその、アレだ。お、女の子のデリケートな話題? だったらどうするんだよ)」
『(はあっ?! 何を考えているですか! 最低です! 見損ないました!)』
「(だ、だって僕が聞いても何も言ってくれないし! それくらいしか思いつかないし)」
『(だからってデリカシーが無さすぎです!)』
僕はティトゥに聞かれないように、カーチャと視線だけで熱い舌戦を繰り広げた。
というか、案外言葉が無くても、意思疎通って出来るものなんだな。驚きだ。
『何ですの二人で?』
『うえっ! な、何でもありません!』
『サ、サヨウデゴザイマス!』
ティトゥは、僕とカーチャの間に漂う緊迫した空気に気付いたのだろう。怪訝な顔をした。
カーチャがチラチラと僕を見ている。しつこいなあ。
もう。分かったよ。
「ティトゥ。少し空でも飛ばない? どうせ時間もあるなら、僕も久しぶりに君と飛びたいし」
結局、僕に出来る事といえば、ティトゥを乗せて空を飛ぶくらいだ。
そこ。またかよ、とか言わない。
仕方がないだろ。僕は飛行機なんだからさ。
『・・・そうですわね』
ティトゥは少し考えていたが、『気晴らしにそれもいいかもしれませんわね』と、頷いたのだった。
ティトゥはいつもの飛行服に着替えるために、一度屋敷に戻って行った。
再び庭に姿を見せた時、彼女の妹、クリミラの夫婦が一緒だった。
『クリミラが一緒に乗りたいと言い出したんですわ。構いませんわよね?』
二人はたまたま屋敷で出会ったそうだ。
クリミラはティトゥの話を聞いて、『だったら自分も一度ドラゴンに乗ってみたい』と言い出したんだそうだ。
『妻だけを危険な目に会わせる訳にはいかないが・・・』
『危険な事なんて何もありませんわ』
『そうよ。ティトゥ姉さんは、ハヤテに乗ってチェルヌィフまで飛んだ事だってある、って言ってたんだから』
クリミラの旦那さんは、奥さんが謎生物に乗って空を飛ぶと聞いて不安なのだろう。心配そうに見ている。
だったら自分も一緒に乗れば良いものの、貴族家の当主として来客との名刺交換――じゃなかった、挨拶まわりは外せないらしい。
当主の鑑だ。
その姿勢、どこかのなんちゃって当主も見習って欲しいものである。
『その後ろのイスに乗って頂戴』
『こ、ここって意外と高いのね。ちょ! お尻を押さないでよ! 怖いじゃない!』
クリミラはおっかなびっくり。ビクビクしながら操縦席に乗り込んだ。
あんまり怖がらないで欲しいんだけど。ホラ、君の怯える姿を見て、旦那さんが死にそうな顔になってるからさ。
「ギャウーギャウー(ママ! 私も! 私も乗る!)」
『はいはい。カーチャ、二人をこちらに』
僕の足元で”私も私も”アピールを始めたファル子を、カーチャが抱き上げてティトゥに渡した。
『今日はクリミラも一緒だから暴れたらダメですわよ』
「ギュギュゥ(うん。分かった)」
ファル子はいつも返事はいいけど、鳥頭だからなあ・・・。直ぐに忘れて暴れ出さないか心配である。
ちなみにカーチャはお留守番だ。
胴体内補助席は、現在クリミラが使用中。
カーチャはクリミラの前でティトゥの膝の上に乗るのが恥ずかしかったらしい。
『では出発しますわよ。前離れー!』
「「ギャウー(離れー!)」」
ティトゥの掛け声に合唱するツインドラゴンズ。
ババババババ。
『うわっ! 何だ?! 何が起こっているんだ?!』
クリミラの旦那さんは、エンジン音と共に回り出したプロペラに、文字通り飛び上がる程驚いている。
大きなエンジン音と彼の叫び声に、屋敷の使用人達が何事かとこちらに集まり始めた。
進路上に人が入る前に飛び立ってしまうか。
「離陸準備よーし! 離陸!」
『離陸! ですわ!』
僕はブーストをかけて疾走。驚愕に目玉がこぼれんばかりに目を見開くクリミラの旦那さんを残して、青空へと飛び立つのだった。
僕は旋回しながら高度を上げた。現在高度2000m。
いつもの癖でここまで上げたけど、町の上を遊覧飛行するなら半分以下の高度でも問題無かったかもしれないな。
『ハヤテの姿勢が水平になったので、もう安全バンドを外しても大丈夫ですわ』
「「ギャウー、ギャウー(手伝う! 手伝う!)」」
『ほ・・・本当に飛んでいるのね? ええと、ゴメンなさい。二人共邪魔しないでもらえるかしら?』
ファル子達はわちゃわちゃとクリミラに飛びつき、安全バンドに噛みつくが、ファル子達が噛んだだけで外れるようなら安全バンド失格である。
クリミラは慣れない手つきで外そうとしている所に、ファル子達にまとわりつかれ、思うように外せずにいた。
『こら! 二人共大人しくなさい! ごめんなさいねクリミラ』
『いえ、いいわ。外れたから。えっ・・・スゴイ』
クリミラは安全バンドを外すと、外の景色を見て目を丸くした。
彼女は怯えたような顔で、すっかり小さくなった・・・ええと、名も無き町を見下ろしている。いや、本当は名前はあるんだよ。なんて言ったっけ?
それはそうと、やっぱり高すぎたかな。もう少し高度を落とそうか?
『ねえハヤテ。もう少し低く飛ぶ事は出来ないんですの? 高すぎてクリミラが景色を良く見られないですわ』
おっと、先にティトゥに言われてしまったか。
折角空の上まで来たんだから、どうせなら楽しんで貰いたいよね。
『スゴイ・・・えっ? きゃあっ!』
クリミラは、ポカンと口を開けて町を見下ろしていたが、僕が高度を下げ始めると驚いて叫び声を上げた。
『心配いりませんわ。少し高さを下げるだけですわ』
『そ、そう。墜落する訳じゃないのね。良かったわ』
墜落って・・・。
クリミラは高所恐怖症でこそないが、人一倍心配性なのかもしれない。
そういう所は何となくティトゥパパを思い出すよ。
僕は軽く旋回しながらゆっくり高度を下げて行った。
その時、クリミラが外を指差して叫んだ。
『あっ! あれって王都じゃない?! ねえ、ティトゥ姉さん! あの真ん中に立っているのが王城よね?!』
『ええ。そうですわね』
遠くに見える大きな町。その中央には特徴的な尖塔が伸びている。この国の王城だ。
次回「何となく」