その22 家族の再会
ヴラーベル領に入った僕達は、領主の先導で彼が治める町に入った。
領主は良く言えば趣味人、悪く言えばごくつぶしの酒好きオジサンで、僕は珍しモノ好きの彼にすっかり気に入られてしまった。
『姫 竜 騎 士!』『姫 竜 騎 士!』
この旅の間にすっかりお馴染みとなったシュプレヒコールが僕達を出迎える。
ヨナターン領の時程の熱狂っぷりはないが、大きな町だけあってかとにかく人の声が多い。
その声圧に、大声に慣れたはずのファル子達もすっかり驚いていたそうである。
ヴラーベル騎士団も護衛に加わった事で自然に馬車の隊列も伸び、町の大きさも相まって、領主の屋敷に着くまで随分と長い距離を移動する事になった。
ちなみに相変わらずの花吹雪に、僕が被っていたテントは色とりどりの花に彩られて、お葬式の花祭壇のようになっていたようだ。
そんなこんなで、僕達は無事にお屋敷に到着。
領主のオジサンは相変わらず僕の方を気にしていたが、流石に他領の領主の案内を放りだすような事は無かった。
彼はホストとして、将ちゃんの家族とティトゥ達を屋敷に案内して行った。
そして僕はいつものように屋敷の裏庭で青空駐機である。
たまには屋根の下で夜を明かしたいなあ。コノ村の自分のテントが恋しいよ。
明けて翌日。
将ちゃんの家族は、今日から三日間、このお屋敷に留まって、領地の貴族達からの挨拶を受けるそうである。
ヴラーベル家の当主は、寄子の貴族達のために顔つなぎのチャンスを作った訳だ。
それに将ちゃんの奥さんは、この後、国王の側室になる事が決定している。
王城に入って会えなくなってしまう前に、少しでも彼女の覚えを良くしておきたい、と思う者も多いだろう。
ちなみにヴラーベル領とヨナターン領は、お隣さん同士という事もあって割と仲が良いそうだ。
隣同士なのに何だかギスギスしている、ナカジマ領とネライ領にも見習って欲しいものである。
貴族の一部は挨拶の後、その足で王都へと向かうそうだ。
また、別の一部はこのまま屋敷に残って、寄り親であるヴラーベル家当主と一緒に王都へ。
また、別の一部は一度自分の屋敷に戻って、準備を整えた後で改めて王都へと向かうのだそうだ。
みんな仲良く一緒に行けばいいのに。とも思ったが、街道沿いの宿場町には全ての貴族家を同時に受け入れるだけのキャパシティーは無いそうだ。
みんな野宿はイヤなので、少しずつ日にちをずらして王都入りを目指すらしい。
ていうか、ファンタジー世界なのに焚火を囲んでの野宿はしないんだ。
そりゃそうか。旅の間中ずっと馬車に揺られて疲れているんだから、せめて一日の終わりくらいは屋根の下でゆっくり寝たいよね。
といった訳で、僕達も三日間足止めである。
ティトゥも暇を持て余しているらしく、朝から妹のクリミラを連れて僕の所にやって来た。
ていうか、ティトゥさん。君だって当主なんだから、みんなと顔つなぎをしといた方がいいんじゃないの?
『どうせ一度に会っても覚えられませんわ』
最初からあきらめ切っている姉に、苦笑するクリミラ。
ティトゥは自分の興味のある事以外は本当にダメだね。
『・・・なんですのハヤテ』
姫 竜 騎 士の知名度はここでも健在で、多くの貴族達がティトゥに挨拶をしたがっているそうだ。
面倒臭がったティトゥは、周囲の引き止める声を振り切って僕の所に来たらしい。
彼女が『ドラゴンと大事な話がある』と言えば、誰も止める事が出来なかったそうだ。
「前から思っていたけど、君って結構僕を言い訳に使うよね」
僕の尤もな指摘に、ティトゥはファル子達をあやしながら不満そうに唇を尖らせた。
『ハヤテは私のパートナーなんだから、私のピンチを助けるのは当然ですわ』
ピンチってティトゥ・・・。そんな事でピンチとか言ってると、そのうち狼少年になっちゃうよ?
「フウーッ! フウーッ!」
「グウウウッ!」
『コラ! ケンカはだめですわ!』
ハヤブサが遊んでいた鍬の柄に横からファル子が噛みついて、取り合いになってしまった。
子ドラゴンに自分の仕事道具を持っていかれた屋敷の庭師が、植え込みの向こうから何とも言えない顔でこっちを見ている。
その時、屋敷のメイドが庭にいるティトゥを見付けて声をかけた。
『ナカジマ様、バナーク様。お二人にお客様がお見えになっております』
ティトゥは聞こえないふりをしてファル子達と遊んでいる。
『ティトゥ姉さん・・・』
『ティトゥ様』
「ちょっとティトゥ」
「「ギュウ?(ママ?)」」
『――ああもう! 聞こえてますわ!』
僕達(※妹のクリミラ、メイド少女カーチャ、僕、ファル子達)のジト目に耐え兼ねて、ティトゥはようやくメイドに振り返った。
『来客には会わないと言っておいたでしょう! 私はハヤテと大事な用事が――』
『ティトゥ、クリミラ。久しぶりだね』
メイドの後ろから苦笑しつつ現れたのは、人の良さそうなこざっぱりしたオジサンと、その奥さん。
ティトゥとクリミラの両親、ティトゥパパとティトゥママだった。
『あなたの事だから、きっと庭のハヤテの所に来ていると思っていましたわ』
『お母様! お父様! どうしてここに?!』
『どうしてって、王都の式典に参加する前に、ヨナターン様にご挨拶するために決まっているだろう』
どうやら二人も来客に混じって、屋敷に訪ねて来たようだ。
久しぶりの再会を喜び、抱き合うマチェイ一家。
『カーチャもご苦労様。この子が迷惑をかけていないかしら?』
『そんな事は! ・・・ええと、お久しぶりです奥様と旦那様』
『――カーチャ。あなた後で覚えてらっしゃい』
カーチャはティトゥママの言葉を反射的に否定しかけて、やっぱり嘘はつけずに誤魔化した。そんな彼女にティトゥは恨めしそうな視線を向けた。
昔とちっとも変わらない主従関係に、ティトゥママは嬉しそうにしている。
クリミラがティトゥパパに尋ねた。
『ミロシュは連れて来なかったのね』
『ああ。少し悩んだが、あの子にはまだ早いと思ってね』
マチェイ家長男ミロシュ君(八歳)はこの場にはいない。
何日もかかる旅に、王都でも何泊もする上、式典にも参加しなければならない。
医療技術も未発達で衛生面でもイマイチ信用のおけないこの世界。体力のない子供では病気にかかる心配があるため、今回はお屋敷で留守番だそうだ。
『そういえばエヴァナだが――』
エヴァナという名前に、ティトゥが『うげっ』という顔になった。
『うげっ』
あ、声に出ちゃった。
ティトゥパパは娘の嫌がる様子を見て苦笑した。
『エヴァナはお腹の子供の事もあって、今回は来られないそうだよ。さっきアンデルス殿に会ってね。そう伺った所だ』
『エヴァナ姉さんは三人目の子供を懐妊しているのよね』
『・・・そういえばそんな話をしていましたわね』
後で聞いた話だが、エヴァナはマチェイ家の長女で、ティトゥパパと同じヴラーベル家の寄子のアンデルス家の当主の所に嫁に行っているそうだ。
現在、三人目の子供を妊娠しているので、大事を取って式典への参加を見送ったらしい。
『あそこは男・男と続いているので、次は娘が欲しいと言っていたな』
『エヴァナの娘? 冗談じゃないですわ』
実の姉に対して、ティトゥは中々に辛辣だ。
身内ならではの遠慮の無さもあるのだろうが、結構本気で苦手にしているようにも見える。
ここでようやくティトゥパパは僕を見上げた。
『挨拶が遅れてすまなかったねハヤテ。久しぶりに娘二人と会ったものだから、つい話が弾んでしまったよ。いつもティトゥが迷惑をかけるね』
『サヨウデゴザイマス』
『! ハヤテ! 怒るわよ!』
僕の返事に、ティトゥは顔を真っ赤にして怒鳴った。
怒るわよって、もう怒ってるじゃん。
ティトゥパパはカーチャが抱いている子ドラゴンと、カーチャの後ろに隠れている人見知り子ドラゴンに振り返った。
その顔には『いよいよこれに触れなければならないか・・・』と書いてあった。
『・・・ええと、それで、カーチャの周りにいるそれは何なのかな?』
『ハヤテの子供ですわ!』
『はあっ?! あ、いや、薄々そうなんじゃないかなとは思っていたんだが・・・そうか、ハヤテの子供か。子供・・・。詳しく聞かせて貰えないかな?』
ティトゥパパは額に手を当てて、頭の痛みを堪えるような仕草をした。
『ええ。カーチャが抱いているのが、男の子のハヤブサ。カーチャの後ろにいるのが、女の子のファルコですわ』
『いや、名前が聞きたかった訳じゃないんだが・・・確かに名前は大事だが・・・』
『ファルコちゃんね。おいで』
ティトゥママはしゃがんでファル子を手招きした。
『ファルコ。あの人は私のママですわ』
「キュキュウ?(ママのママ?)」
『あら、ひょっとしてこの子も人間の言葉が分かるの?』
『・・・ハヤテ様のお子様ですから』
ちょっとカーチャ。それで説明になってると思っているの?
そしてティトゥパパとティトゥママもなんでそれで納得している訳?
ティトゥパパとティトゥママは、ひとしきりファル子とハヤブサを撫でまわすと、膝に付いた土を払って立ち上がった。
『ではそろそろ他家への挨拶に向かおうかね』
『そうですか』
『は?』
あっさり言い放ち、この場に残る気満々のティトゥ。
ティトゥパパの眉間に皺が寄った。
『――ティトゥ。お前も行くんだ』
『は?』
『は? じゃないぞ。お前だって今は貴族家の当主だ。しかも領地持ちの貴族だ。そんな人間が挨拶回りをしないでどうする』
ティトゥのぼんやりとした顔を見て、益々機嫌を悪くするティトゥパパ。
『ウチではそういうのは全部オットーに任せてますわ』
『オットーはこの場にいないだろう! そもそも彼は代官だ! 当主のお前が務めを果たさずにどうする!』
ティトゥパパ、おこである。
彼はメイド少女カーチャに振り返った。
その迫力に思わずビクリと背筋を伸ばすカーチャ。
『ティトゥはいつもこうなのか?』
『い、いつもという訳では・・・その・・・はい。いつもです』
『カーチャ!』
カーチャはティトゥパパの鋭い眼光に、誤魔化しきれないと諦めて正直に答えた。
ティトゥはヤバい空気を肌で感じ、慌ててカーチャを怒鳴ったが時すでに遅し。
『・・・ティトゥ。話がある』
『・・・わ、分かりましたわ』
ティトゥパパは屋敷のメイドに、どこか適当な部屋を用意してくれるように頼んだ。
実の娘とはいえ、人目のある場所で他家の当主にお説教をするわけにはいかなかったのだろう。
ガックリと肩を落としたティトゥを連れ、ティトゥの両親は屋敷に戻って行った。
この日から三日間、ティトゥはティトゥパパと一緒に朝から夕方まで、屋敷を訪れる貴族達への挨拶回りを行う事になったのだった。
次回「ティトゥの悩み」