その18 初日終了
ヨナターン家の旅は予想以上にのんびりしたものだった。
僕達は一時間おきに休憩を挟みつつ、午後三時くらいには次の町に到着した。
田舎らしい小さな町だ。
町の入り口では、既にこの町を治める貴族の当主が挨拶に出向いていた。
まだ若いちょっと気の強そうな男だ。
どうやら彼がティトゥの妹さんの旦那さんらしい。
とはいえティトゥは彼の事を全く覚えていなかったようだ。初対面のような挨拶に妹さんが困った顔をしていた。
彼はヨナターン家のみんなに挨拶をした後、ティトゥを伴って僕の所にやって来た。
噂のドラゴンをひと目見てみたかったのだろう。その表情は好奇心マシマシといった感じだ。
『で、デカイな。こいつがドラゴン・・・』
『ゴキゲンヨウ』
『うわっ! おい! 今、誰が喋ったんだ?!』
僕の声に驚いてキョロキョロと辺りを見回す旦那さん。
『あなたの目の前のハヤテが喋ったんですわ』
『しかし義姉上――あ、いや、ナカジマ様』
彼にとってティトゥは奥さんの姉――義理のお姉さんとなるが、ティトゥは彼よりも爵位が上の小上士位の当主である。
義姉として対応して良いのか、他家の当主として対応すべきなのか、軽く混乱しているようだ。
ティトゥが男なら迷うことなく当主として対応するんだろうけどね。この世界は未だに男尊女卑の傾向が強いのだ。
ちなみにまだ日も高いが、今日の日程はこれで終了だそうだ。
急げば今からでも次の村まで行けるが、ティトゥの妹の旦那さんは、寄り親であるヨナターン家の当主をそんな所で寝泊まりさせる訳にはいかないらしい。
ヨナターン家の人達もそれが分かっているので、今日は彼の屋敷で宿泊するようだ。
今回の旅の日程中、彼らは毎日こうやってあちこちの貴族家を訪ね、もてなしを受けるのだそうだ。
時には一日二日滞在する事もあると言う。
それだと時間がいくらあっても足りないんじゃない? と思ったけど、そういや最短四日の日程を倍以上かけて進むんだった。
遅延も最初から織り込み済み、という訳か。どうりでやけに荷物が多いと思ったよ。
「「ギャウーギャウー(ママ! ママ!)」」
『はいはい。少し大人しくして頂戴』
ティトゥはファル子達を操縦席から降ろすと、メイドさんに預けた。
興奮してわちゃわちゃと暴れるファル子に手を焼くメイドさん。
『なっ! ナカジマ様! その生き物は一体?!』
『ハヤテの子供達ですわ。そっちの腕白な子がファルコ。カーチャが抱いているのがハヤブサですわ』
『えっ?! ドラゴンの子供?!』
僕に子供がいるとは聞いていなかったのか、ギョッと目を剥く旦那さん。まあ、二人は赤い石から生まれたので、本当の子供じゃないんだけどね。
彼の護衛の騎士団員達は、今にもメイドの拘束から逃れそうなファル子をハラハラしながら見つめている。
『二人共、こちらはこの町の貴族、バナーク殿ですわ。ご挨拶なさい』
「「ギャーウー(ゴキゲンヨウ)」」
『こ、これは、その、ようこそわが町へ』
うんうん。二人共良く言えました。
ティトゥの妹の旦那さんは、可愛いツインドラゴンの挨拶に、ちょっと困った顔をしながら返事を返した。
『あの、これからみなさんを屋敷にご案内しなければならないので』
『ええ。私はここでハヤテと一緒に行きますわ』
ティトゥの言葉に、僕にかぶせるテントを準備していたヨナターン家の騎士団員達が驚いた。
『あの、ナカジマ様。町に入る前にドラゴンにテントを覆いかぶせるように命じられているのですが』
『・・・またですの』
渋るティトゥだったが、町の住人の熱狂ぶりを思い出したのだろう。
今朝と違って変にゴネる事は無かった。
『『『『『うわあああああああっ!!』』』』』
『姫 竜 騎 士!』『姫 竜 騎 士!』
いやはや、ここでもスゴい歓声だね。
僕は今朝と同様、テントをかけられて周囲が見えない状態で町に入った。
辛うじて目に入る地面にはたくさんの花びらが散っている。
どうやら通りのあちこちから花が投げ込まれているようだ。
後でお屋敷でテントの覆いを外された時、布の上にもいくつもの花が乗っていた。
『姫 竜 騎 士!』『姫 竜 騎 士!』
しかし、こうまでティトゥの名前(あだ名?)しか呼ばれないのでは、将ちゃんの家族は面白くないんじゃないだろうか?
特に、ティトゥと同じ馬車に乗っている、ヨナターン家の当主。
後でティトゥに聞いたけど、流石に苦笑していたそうだ。
『あのデカイのがドラゴンか?』
『そうじゃないか? ドラゴン! おい、ドラゴンよお!』
『馬鹿! よせ! ここで暴れたらどうする!』
野次馬達の中には僕に興味津々な者達もいて、何やら声をかけて来る。
騎士団員の馬が僕の横について、そういった輩を牽制しているようだ。
それはそうと、僕は呼ばれたからといって暴れるような乱暴者じゃないんだけど? 一体君らは僕の話をどういうふうに聞いているんだい?
僕が風評被害の可能性を疑っている間にも馬車は進み、やがてこの町のお屋敷に到着したのだった。
『姫 竜 騎 士!』『姫 竜 騎 士!』
相変わらず町からはティトゥを呼ぶ声がする。
「大人気だね」
『おかげで窮屈ですわ』
屋敷に着くと共に、ティトゥは僕のところにやって来た。
ここには誰も知り合いのいないティトゥは身の置き所がないらしい。
旅の途中も、休憩時間の度にこうして僕の所に訪れていた。
ティトゥは決して社交性が低い訳ではないが、どっちかと言えばやや内向的で、周囲の目に委縮しやすいようだ。
そういった性格が中二趣味にも反映しているのかもしれない。
カーチャがファル子達を連れて来ると、ティトゥはファル子を抱きかかえ、当たり前のように言った。
『それじゃあ、今日の分の護衛は終わったのでコノ村に帰りましょうか』
「えっ?」
『えっ?』
ポカンとする僕とカーチャ。
そしてキョトンとするティトゥ。
『あの、ティトゥ様。ひょっとして日帰りで護衛をするつもりだったんですか? そんなわけにはいかない――ですよね?』
『えっ?』
カーチャの言葉はティトゥの、なんで? という表情に、つい尻すぼみになった。
僕は慌ててカーチャの言葉を拾った。
「いや、ティトゥ。君ってナカジマ家の当主でナカジマ領の領主なんだよ。そんな人が、他の貴族のお屋敷を訪ねておいて、そろそろ晩御飯の時間なので帰ります、なんて言っていいと思っているの?」
『言ったらダメですの?』
ダメだろ普通。
『それにここはクリミラ様の旦那様のお屋敷じゃないですか。その方のもてなしを受けないわけにはいかないんじゃないでしょうか?』
ティトゥは僕達に指摘された事で、ようやく自分の置かれている立場に気が付いたようだ。
彼女の顔からはみるみる赤みが消え、表情は抜け落ちた。
ていうか、君、本気で帰るつもりだったの? それがマズイって事なんて、僕にだって分かるんだけど。
ティトゥは急に落ち着きなく目を泳がせ始めた。
それは逃げ道を探す小動物のようでもあり、何かをしでかして両親に叱られそうになっている子供のようにも見えた。
やがてティトゥは僕を見上げて言った。
『ハヤテ! 私をさらって逃げて頂戴!』
え? 君何言ってんの?
そんな事したら僕の評判はガタ落ちじゃん。代官のオットーに恨まれちゃうから。
『ティトゥ様・・・』
『ハヤテがしでかした事なら誰も強くは言えませんわ! 急いで! どうか私をさらって!』
女性から「私をさらって」と言われて、これほど魅力無く聞こえるシチュエーションもそうないんじゃないだろうか。
ここに至ってティトゥはようやく、これから旅の間中、毎晩貴族の屋敷でもてなしを受けるという、恐ろしい事実に気が付いたようだ。
彼女は慌てて僕の操縦席に飛び込むとペシペシと計器盤を叩いた。
ちょっとちょっと。計器は精密機械なんだから、衝撃を与えるのは止めてくれないかな。
『急いでったら・・・うぐぐっ。う、動きませんわ』
ティトゥは風防を閉めようとするが、僕が邪魔しているので動かない。
思ったよりも強い力がかかっているのか、風防の取っ手がギシギシとイヤな音を立てている。
ホント。どれだけ貴族のもてなしがイヤなんだよ君は。
『もてなしと言っても、主賓はヨナターン家のご当主様と、インドーラ様なんですよね? ティトゥ様が気にしなくても良いのでは?』
『だったらカーチャが代わりに出ればいいんですわ!』
『えーっ』
そんな事出来る訳ないじゃん。
うんざりした顔になるカーチャ。
『ナカジマ様。ヨナターン様とバナーク様がお呼びです』
ここでタイムオーバーのお知らせである。
屋敷のメイドが呼びに来た事で、ティトゥの体からガクリと力が抜けた。
ティトゥは、何事か? と集まっていた騎士団員達を恨めし気に睨み付けた。
慌てて目を逸らす騎士団員達。
触らぬ神に祟りなし。
彼らはとばっちりを恐れて、そそくさと僕の周囲から離れて行った。
『ナカジマ様?』
『・・・分かりましたわ』
ティトゥは力無く操縦席から降りると、メイドにドナドナされたまま屋敷に入って行った。
「キュウー(ママはどうしたの?)」
「ママはこれからお仕事に行くんだ。でもとても大変なお仕事なので、気が乗らないんだよ」
「ギャウー(ママ可哀想)」
可哀想――なのか? 美味しい物を食べて、ホストと社交辞令を交わすだけなんじゃないんだろうか?
というか、なんであの子はこれだけ貴族の社交場を苦手にしながら、素直にカーチャの言う事を聞いてマナーを学ばないんだろうね。
『ティトゥ様が戻って来たら、お二人で慰めてあげて下さいね』
「ギャウーギャウー(カーチャ姉、分かった!)」
「ギューギュー(ママ慰める!)」
可愛い子ドラゴン達に慰めてもらって、少しは元気を取り戻して欲しいものだ。
何せ旅はまだ始まったばかり。予定では明日以降も十日以上続くんだから。
次回「胸の奥のモヤモヤ」