その17 優勝パレード
いよいよ王都への旅の始まりである。
ところが出発前にちょっとだけ揉め事があった。
ティトゥが当主と一緒の馬車に乗るのをイヤがったのだ。
『私はハヤテに乗って行くので結構ですわ』
丁度一年前。王都の戦勝式典に呼ばれた僕達は、ティトゥの故郷マチェイから街道を使って馬車で旅をした。
あの時、僕はヒモでがんじがらめにされて荷馬車に乗せられ、ティトゥはその僕に乗っていた。
ティトゥはあの時のように、僕に乗ったまま移動するつもりだったようだ。
けど、あれはティトゥをパンチラ王子から引き離すために仕方なくそうしたのであって、今回は馬車に乗ってくれても別に問題はないんじゃないかな? というか、むしろ馬車に乗らない方が問題があると思うんだけど。
『し、しかし、ご当主様を荷車などに乗せる訳には・・・』
『私とハヤテはパートナー。私達は一心同体なのですわ。ハヤテが荷車に乗るなら私も荷車に乗りますわ』
意外に頑固なティトゥに、ほとほと困り果てる護衛の騎士団員君。
仕方がない。僕からも彼に援護射撃をしてあげるか。
「ティトゥ。ここは彼の言う通りにしようよ。君のわがままで他所の騎士団に迷惑をかけるのは良くないよ」
『! ホラ! ハヤテも私の言う通りだと言ってますわ!』
いや、言ってないから。僕の言葉を勝手に捏造しないで欲しいんだけど。
騎士団員君は『マジで?!』といった顔で僕を見上げている。
違うから。僕は君の味方だから。
ふう、やれやれ。出来ればこの手は使いたくなかったんだけど――
僕はちょっと声のトーンを落として言った。
「そういうわがままは良くないんじゃないかな。君はファル子達のママなんだよ。自分がそんな事を言っていて、今後君はどの口であの子達を叱るつもりなんだい?」
「それは・・・そうかもしれないですけど。・・・んもう! ファルコ達の話を出すなんてズルいですわ!」
自分でもわがままを言っているという自覚は十分にあったのだろう。
ファル子達の教育に良くないと言われて、ティトゥは渋々引き下がった。
僕に説得されたティトゥを、メイド少女カーチャが信じられない物を見る目で見ている。
『ハヤテ様、ティトゥ様に一体何を言ったんですか?!』
『何ですの? カーチャ』
『な、何でもありません』
ティトゥからジロリと睨まれて、カーチャは慌てて目を逸らした。
それでもカーチャはチラチラと僕の方を見るのを止めない。日頃は主人の言動に振り回されてばかりの彼女にとって、ティトゥが大人しく言う事を聞いたのが余程驚きだったようだ。
後で何を言ったかコッソリ教えてあげようかな。
この旅で使われる馬車の数は合計で六台。
一台はヨナターン家当主夫妻とティトゥ。
一台は将ちゃんの奥さんと娘さん。
二台は使用人とメイドさんがそれぞれ適当に。
この四台がヨナターン家の馬車で、残りの二台はティトゥの妹クリミラの嫁ぎ先、バナーク家の馬車となる。
六台は流石に多すぎだと思ったら、ヨナターン家の馬車だけじゃなかったんだね。
ちなみにカーチャはファル子達と一緒に、屋敷のメイドさん達の馬車に乗ることが決まっている。
馬車の後ろには荷物を積んだ荷馬車が。その最後尾にはテントで覆われた僕の荷馬車が続く。
『申し訳ございませんドラゴン殿。安全のためにしばらくご辛抱下さい』
申し訳なさそうな騎士団員君。
屋敷の前から野次馬達を下げる事には成功したが、未だに通りをビッシリ埋め尽くしているという。
そんな中を僕やティトゥを乗せた馬車が移動すれば、興奮した群衆が何をしでかすか分からない。
勿論、そこらの庶民が貴族の馬車に手を出すなんて事はあり得ない。
しかし、”集団心理”、もしくは”群集心理”という言葉がある。
一人一人は善良で理性のある人間でも、集団となる事で、衝動に流されやすくなったり、暴力を振るう事に心理的抵抗が低くなったりする。
事故があってからでは遅いのだ。護衛の役目を担う騎士団員が警戒するのも当然と言えるだろう。
ティトゥが馬車に乗り込んだ所で出発となった。
先導の騎馬隊が、次いでヨナターン家の馬車が、次にバナーク家の馬車が、それから使用人達の馬車が。次々と屋敷の門をくぐって行く。
『さて。我々も出発だ』
『ヨロシクッテヨ』
『喋った!』
テントを被っているので外の様子は見えないが、御者のオジサンが驚いて振り返った音がした。
どうやら彼は僕が喋るという事を知らなかったらしい。
『『『『『うわあああああああっ!!』』』』』
『姫 竜 騎 士!』『姫 竜 騎 士!』
屋敷の外からもの凄い歓声が聞こえて来た。
これ、ティトゥが馬車の中にいるから良かったけど、もしも僕の上に乗ってたらドえらい騒ぎになってたんじゃないだろうか?
ヨナターン騎士団、ナイス判断だ。
ギシッ。ジャリジャリジャリ・・・。
芝生を踏み潰しながら荷馬車が進みだした。ガクンガクンと跳ねるのは轍の跡を越えているのだろう。
『姫 竜 騎 士!』『姫 竜 騎 士!』
歓声がすぐ近くから聞こえて来るようになった。どうやら屋敷の外に出て町に入ったようだ。
相変わらず外の様子は見えないが、僕達が移動しているにもかかわらず、姫 竜 騎 士のエールはずっと途切れる事は無かった。
「凄い歓声だな。まるで優勝パレードだ」
『えっ?! 何かおっしゃいましたか?!』
『おい! 何かあったのか?!』
僕の日本語が分からなかったのだろう。御者のオジサンが周囲の歓声に負けじと叫んだ。
オジサンの声は護衛の騎士団員まで届いたようだ。彼は訝し気にオジサンに問いただした。
『あ、いえ、さっきドラゴンが何か言った気がして』
『何? ・・・特に何も無いようだぞ。それよりも注意しろ。この騒ぎに馬も神経質になっている。こんな所で馬が暴れたら周囲にどれだけ被害が出るか分からんからな』
『は、はい』
騎士団員はそれでもしばらく僕の様子を窺っていたようだが、僕が黙っていると何事もないと判断したようだ。
やがて彼の馬の足音が遠ざかっていった。
『姫 竜 騎 士!』『姫 竜 騎 士!』
相変わらず優勝パレードのような状態は続いている。
結局この騒ぎは町を出るまで続いたのだった。
町を出て少し進んだ所で、最初の小休止を取ることにしたようだ。
ガクンと轍を外れる振動がしたかと思えば、ガクガクと不整地を走る振動が続いた。
やがて荷車が止まると、僕を覆っていたテントが取り除かれた。
おおっ。太陽がまぶしい。
「ギャウギャウーッ!(パパ! パパ!)」
『あっ! ファルコ様! 危ないですよ!』
ピンク色の子ドラゴン・ファル子が早速僕の所に駆け寄って来た。
『ごめんなさいハヤテ様。大きな声にファルコ様達がすっかり怯えてしまって』
ああ、なるほど。
どうりでファル子が変なテンションだと思った。
ファル子達はカーチャの事も”カーチャ姉”と呼んで慕っているが、やはりパパである僕とママであるティトゥがそばにいない状況は不安だったらしい。
今はどうにか僕の操縦席によじ登ろうと荷車に飛びついている。
「フウーッ! フウーッ!」
『ファルコ様! 荷車を噛んじゃダメです!』
上手くいかない苛立ちに、荷車の車輪に噛みつくファル子。
う~ん。けど困ったなあ。
『ティトゥ。ヨブ』
『あっはい。分かりました』
カーチャは近くにいた騎士団員にハヤブサを預けてティトゥを呼びに行こうとした――が、ハヤブサがイヤがったので困り顔になった。
幸いティトゥの方からこちらにやって来てくれたので、事なきを得た。
「ティトゥ。ファル子とハヤブサが不安がっているみたいなんだ。二人は僕と一緒じゃダメか聞いてみてくれない?」
『分かりましたわ』
護衛の騎士団員との話し合いの結果、ファル子とハヤブサは僕の操縦席に。二人のお世話のカーチャは荷馬車の御者台に座る事が決まった。
二人が乗るのと町から出たのとを考えて、僕をテントで覆うのも止めてくれるらしい。
正直テントはちょっと鬱陶しかったのでホッとしたのは秘密だ。
『二人のお世話が必要な時はハヤテが声をかけるので、その時は荷馬車を止めてカーチャの指示に従って頂戴』
『はい。分かりました』
御者のオジサンは見慣れない小動物に目を丸くしながらティトゥの言葉に頷いた。
ここでヨナターン家のメイドさんがティトゥを呼びに来た。出発の時間のようだ。
ティトゥが乗り込むと、馬車は動き始めた。
ちなみに早々に二人はカーチャがいないのを寂しがったので、結局カーチャは僕の操縦席に乗る事になるのだった。
次回「初日終了」