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その16 末妹クリミラ

「クリミラ様・・・」


 メイド少女カーチャに”クリミラ”と呼ばれた少女は嬉しそうにほほ笑んだ。


「久しぶりね。ティトゥ姉さん(・・・・・・・)。カーチャ」

「クリミラ。そういえばあなたの嫁ぎ先はヨナターンでしたわね」


 少女の名はクリミラ。ティトゥの二歳年下の妹で、二年前にこのヨナターンの下士位の貴族家に嫁いでいた。


「嫁ぎ先は確か――」

「バナーク家よ。ここから馬車で一日先の村を治めているわ」


 場所が領主の屋敷の周辺という事は、ヨナターン本家に近い家柄の貴族だろうか。

 その可能性は十分に高いだろう。ティトゥは、当時両親が「良縁だ」と喜んでいた事を思い出した。

 クリミラの背後から、この家の娘、カミルバルトの妻インドーラが顔を出した。


「外は凄い騒ぎね。ごきげんようナカジマ様。こちらでお茶でもいかがかしら?」


 娘の言葉に当主のヨゼフスも頷いた。


「そうだな。今、馬車を出せば、興奮した町の者達が殺到してケガ人が出るかもしれない。ナカジマ殿はしばらく屋敷でくつろいでいてくれ。その間に騎士団の者に命じて道を開けさせよう。出発はそれからでも遅くはないだろう」


 ヨゼフスは、「久しぶりに再会した姉妹同士、募る話もあるだろうしな」と締めくくると、外で待機している騎士団員達に指示を出すために、屋敷の外へと向かった。


「さあ、ナカジマ様。どうぞこちらへ」

「・・・ええ。お邪魔しますわ」


 ティトゥはチラチラと妹の方を見ながら、応接間へと案内されるのだった。




 屋敷の外が騒がしい事もあって、お茶会は中庭に面した部屋で行われた。

 テーブルについているのは、ホストとなるインドーラ。そして客のティトゥとティトゥの妹のクリミラの三人。

 インドーラの母は孫娘と共にこの席にはいない。


 ちなみにメイド少女カーチャは、別室で屋敷のメイド達とファル子達の世話をしている。

 愛らしいリトルドラゴン達はメイドの間でも大人気で、彼女達はファル子達の歓心を買おうと躍起になっていた。


「クリミラには良く話し相手になって貰っているのよ」


 インドーラの言葉に、クリミラは「とんでもない」と頭を下げた。


「私の方こそ、インドーラ様にはいつもお屋敷に呼んで頂き、感謝しております」


 インドーラの夫、カミルバルトは、王都の騎士団の団長に任命されて以来、年に一度しか領地に戻れない。

 その帰宅すらも、仕事の合間を縫ってのものであり、僅か数日の滞在しか許されていなかった。

 インドーラは寂しい時間を、娘の世話と寄子の貴族家の夫人達と会合を開く事で過ごしていた。

 中でも彼女のお気に入りは、二年前にバナーク家に嫁いで来たクリミラで、インドーラは彼女の事をまるで本物の妹のように可愛がっていた。


「だってヨナターンには、私を子供の頃から知っているご夫人か、ずっと子供の頃から家族ぐるみで知っている娘しかいないんですもの。私もカミルに付いて王都へ行きたかったわ」


 インドーラは田舎特有の親密な人付き合いに、いささか辟易しているようだ。

 他所の領地から嫁いで来たクリミラは、彼女にとって新鮮な話し相手となっていた。

 そういう意味では王都生まれのカミルバルトは、インドーラにとって願っても無い理想の結婚相手だったのかもしれない。


「ナカジマ様の話もクリミラから良く聞かされたわ。随分とご苦労されたのでしょう? 大変だったわね」

「それほどでも――あ、そ、そうですわね」


 ティトゥは当主になってからの話をされているのかと思い、それほどでもありません、と、返そうとした。

 しかし、インドーラの「妹から話を聞いた」という言葉に、かつてのネライ卿から理不尽な要求を受けていた頃の事を言っている、と気が付き、慌てて返事を濁した。


「いくら王家の血を引く方といえ、貴族の娘を妾によこせだなんて、なんて酷い話でしょう。良く我慢出来ましたわね」

「その、ええと、その節は両親には苦労を掛けたと思っていますわ」


 義憤にかられ、語気を荒げるインドーラ。

 インドーラの怒りは最もだ。

 ネライ卿は身勝手な思い付きで、一人の女性の人生と彼女の家族の幸せを踏みにじる所だったのだ。

 クリミラも当時の事を思い出したのだろう。不快そうに眉間に皺を寄せている。

 しかし、当の本人であるティトゥは、インドーラの言葉を肯定しながらも、自分の心に何の感情も湧いてこない事に戸惑いを感じていた。


(何でしょう。何だか遠い大昔の話をされているような気がしますわ)


 勿論、彼女はあの頃の事を忘れたわけではない。たった一年と少し前の話なのだ。

 あの頃感じていた、どうしようもない絶望感。そして出口の見えない閉塞感。

 マチェイの屋敷の色、匂い。家族の沈鬱な表情。使用人達から注がれる憐憫の眼差し。腫れ物のような扱いを受ける惨めさ。

 一つとして忘れるはずもない。一生忘れる事など出来るはずがない。


 しかし、こうして完全に覚えているにも関わらず、思い出した所で何も心が動かないのだ。


 あの頃、毎日ずっと感じていた、胸が締め付けられそうな痛みもなければ、心が押しつぶされそうな不安感も蘇らない。


 ティトゥは憤慨する二人を見ながら、『そうよね。やはり他人から見てもネライ卿の要求は理不尽よね』などと、まるで他人事のように考えていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ははあ、なるほど。屋敷の周囲の群衆と、さっきの歓声はそういう意味だったのか。

 僕はメイド少女カーチャから事情を説明されて、ようやく納得していた。


 このヨナターンでは、帝国軍を打ち破った竜 騎 士(ドラゴンライダー)が、現在、大ブレイク中なんだそうだ。


 しかし、失敗したな。こんな事なら原型製作・家具職人オレク『本人完全監修 1/24 ドラゴン・ハヤテ木製模型』を持って来ておけばよかった。

 この人気ならきっと飛ぶように売れたに違いない。惜しい事をした。


 僕とオレクが開発した四式戦闘機の木製模型。セイコラ商会がポルペツカの町で売り出した所、思ったよりも――というか、全く売れなかったそうだ。

 現在では店頭からも下げられ、あえなく生産終了となっている。

 その責任を強く感じた僕は、店にある在庫を全てナカジマ家で買い取ってもらおうと考えた。

 僕は代官のオットーにおねだりした。


『オットー イッショウノ オネガイ』

『な、何ですかハヤテ様。わ、私に出来る事でしょうか?』


 最初は物凄く警戒していたオットーだったが、僕の頼みを聞いた途端、快く買い取りを許可してくれた。

 オットーは『ハヤテ様が気にするような金額ではないですよ』と言ってくれた。『というより無駄に大袈裟に言わないで下さい。一体どんな無茶を言われるかと、気が気ではありませんでした。この程度の話、私に言わなくても部下に言ってもらえば十分に――』後、ついでにお説教も貰った。


 しかし、元来貧乏性な僕は、テントの隅に積み上げられた商品を見る度に、無駄使いした感で心苦しくて仕方がなかった。

 それに素材が木製なだけに、いつファル子達に齧られるか分からない。

 どうにかして早めに処分したい所だけど、この世界にはメル〇リもヤフ〇クもないから手軽に売る事も出来ない。

 どうしよう。今からでもひとっ飛びして、いくつか樽増槽に詰めて持って来ようかなあ。


 そんな事を考えている僕の前で、カーチャはファル子達におにぎりを与えている。

 ついさっきファル子が屋敷を脱走、「ギャウギャウ(パパ! パパ! お腹が空いた!)」と鳴きながら僕の所に走って来たのだ。

 その直後に屋敷のメイドさん達が、その後ろからハヤブサを抱えたカーチャが屋敷を飛び出して来た。


『ファルコ様! お屋敷を逃げ出したらダメじゃないですか!』

「キュウー(だってお腹が空いたんだもん)」


 どうやらティトゥがお屋敷の女性陣とお茶をすると聞いて、自分も空腹だった事を思い出したらしい。

 カーチャはため息を吐きながら、僕の出したおにぎりを二人に分け与えた。

 そうして彼女は二人にご飯を食べさせながら、屋敷で聞いた事情を僕に説明してくれたのだった。


『ドラゴン ニンキモノ』

『にんきもの? ああ、人気者ですか。ええ。凄く人気なんだそうですよ』


 カーチャの周りでは、メイドさん達がファル子達の食事風景にホッコリしながらも、僕が喋る言葉に興味深そうに耳を傾けている。


『ひそひそ(ハヤテ様は本当に人間の言葉が分かるのね)』

『ひそひそ(どうしよう。私昨日、”何この化け物”って言っちゃったんだけど)』


 昨日は大勢使用人達もいたし、一人一人の喋った言葉を聞き取っていたわけじゃないけどね。

 そうか、君は僕にそんな酷い事を言ったんだね。よし。少しだけ反省してもらおうか。


『キコエテル』

『『ひっ!』』


 メイドさん達は僕の言葉にビクリと背筋を伸ばした。

 表情はこわばり、額には汗を浮かべている。気の毒に。

 お前のせいだろうって? サーセン。


 そんなイタズラをしていると、騎士団員達が屋敷に戻って来た。

 彼らは使用人達と一緒に、外の人混みの整理に行っていたのだ。

 厩から馬を連れ出しているし、ようやく出発するみたいだ。


『あっ。ティトゥ様』


 カーチャの声に屋敷の方を見れば、ティトゥが高校生くらいの女の子と一緒に庭に出て来た。

 誰だろう? 昨日、この屋敷に挨拶に来た時にはいなかった子だな。


『これがドラゴン・・・』

『ハヤテですわ。ハヤテ。この子は私の妹、クリミラですわ』


 ティトゥの妹?! そう言われてみれば、どことなくティトゥママの面影があるような――無いような?

 どっちかといえばティトゥパパ似?

 ティトゥは顔といいスタイルといい派手な美人だけど、妹さんは地味目な感じの女の子といった所だ。


『この領地のバナーク家に嫁いでいるんだけど、インドーラ様のお話相手として、一緒に王都に行くそうですわ』

『ええ、そうなの。よろしくね。ハヤテ』


 将ちゃんの奥さんの話し相手? というか、ティトゥの妹さんって結婚してたんだっけ? まだこんなに若いのに?

 軽く混乱する僕を二人は黙って見上げている。

 えっ? ああ、僕の返事を待っているのか。


『ゴキゲンヨウ』

『! 本当に喋るのね! ドラゴンとお話しをしているなんて不思議な気分だわ』


 驚く妹さん。

 ええ喋るんですよ。不思議でしょう? でも僕は本当はドラゴンじゃなくて四式戦闘機なんですよ。

 そして四式戦闘機は本当は喋らないものなんですよ。不思議だよね。


 その時、屋敷の方から妹さんを呼ぶ声がした。小さな女の子の声。将ちゃんの娘さんだ。


『クリミラ! ママが呼んでるー! お出かけの仕度をしなさいって!』

『分かりました。ではティトゥ姉さん、また休憩の時にでも』

『ええ、分かりましたわ』


 ティトゥの妹さんは、将ちゃんの娘さんに手を引かれながら屋敷に戻って行った。

次回「優勝パレード」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遠い大昔の話... 読者:お、そうやな まぁそら大空を駆けて野を越え山を越え海を越え砂漠を越えしてりゃパンチラのことが相対的に小さなことになるのはしょうがないねw
[良い点] 辛かった時期も過ぎ去れば思い出とか、そういうのとは違うのかな?  ティトゥの心境が良い兆候なのか悪い兆候なのか……、普通では有り得ない奇跡の好転を遂げた人生に抱く感慨は、流石に分からない…
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