その9 村を襲う災難
僕達一行は名もなき小さな村に今宵の宿を求めた。
『ヴォイタ村はマチェイとも親交のある村だよ』
ティトゥパパ、解説ありがとうございます。
名もなき小さな村の名前はヴォイタ村だった。名もある村じゃん。
宿屋なんて無い程の小さな村なので、一行は村人の家に分散して泊まらせてもらうこととなった。
村に泊まろう! TVの番組名みたいだね。
『どういうことですの?! ハヤテを縛ったままだなんて!!』
ティトゥが顔を真っ赤にしてティトゥパパに詰め寄った。
『ネライ卿がどうしても認めてくれなくてね・・・』
何と。どうやら今朝の騒動がパンチラ元王子には効きすぎてしまったようだ。
僕のロープをほどくのに反対しているらしい。
苦手としているパンチラ元王子の名前が出たことで、ティトゥの勢いが弱まった。
だが、正直僕としては夜くらいはロープをほどいて欲しいかな。
機体にロープの跡が付きそうだから。
むむっ、いかん。最近心まで四式戦化してる気がする。
でも、せっかく綺麗に塗装したんだし、ロープの跡が残るなんてごめんこうむる。断固拒否したい。
断固拒否したい――と思っているだけでは事態は好転しなかった。当然だ。
僕は一人、荷台の上にグルグル巻きにされたまま、村の入り口にポツンと放置された。
ティトゥは最後まで僕を村に入れると粘ったのだが、そもそも村の道が僕の全幅ギリギリだったのだ。
僕が入ると村人の交通の妨げになるので、村に入れることはできなかった。
大きな体でどうもスミマセン。
そういえば、屋敷の裏庭と裏の森以外で一夜を明かすのは、この異世界に来て初めてだ。
僕は何をする事なくボーッと村を眺めていた。
すると村長の家から男の子が一人出て来た。
彼は村の家々を順に回っていった。
宿を借りている騎士団員から連絡か何かがあったのかな? と、思っていると、やがて村のみんなが家の外に出はじめた。
こんな時間に何かするのかな?
僕が不思議に思っていると、村長の家からパンチラ元王子が村長を連れて現れた。
『本当にやらなきゃいけませんか?』
『何を言う! 私に逆らうのか!』
おおぅ。すでにこの時点でイヤな予感しかしないよ。
やがて騎士団員が村長宅の裏から大きな鍋を持ってやってきた。
鍋からは湯気が上がっている。
スープか何かかな?
『さあ、村人は全員並ぶがいい!』
並べと言われて困惑する村人達。
僕らは小学校から並ぶことを教えられるけど、多分彼らは並ぶという習慣があまり無いんだろうね。
村人は分からないまま、取り敢えず鍋の周りにゾロゾロと集まり出した。
その様子を見て眉をひそめるパンチラ元王子。
彼は気を取り直すと話を先に進めることにしたようだ。
『今日はこの俺が貴様達にとってはご馳走を振舞ってやろう。俺に感謝して食うがいい!』
正直意外だった。
言葉は悪いが、やってることは真っ当じゃないか。
自分の人気取りっぽい所はちょっと引っ掛かるけど、要は貧しい村に炊き出しをするということだろう?
ティトゥに対してはクズのくせに、案外いいトコあるんじゃん。
パンチラ元王子の言葉に子供達が喜びの声を上げた。
ん?
子供達以外はなんだか微妙な表情だ。
本当にこれ食べちゃっていいの? みたいな、戸惑いを浮かべている。
村長に至っては手を前に出してアワアワしている。
暗くて良く分からないが、顔色も悪そうだ。
どうなってんの?
村人達はためらいながらも炊き出し用の椀を手にした。
騎士団員が村人達の持つ椀にスープをよそった。
スープは騎士団員が作った物だろうか?
ひとくち口にすると意外に美味しかったのだろうか、村人の顔に笑みが浮かんだ。
だが、村長の姿を見てその顔から笑みが消えた。
村長は震えながら俯き、手した椀からひとくちも食べようとしない。
何かに絶望している。そんな感じだ。
やがて鍋が空になった。
村人達は騎士団員に礼を言いながら椀を返していった。
そして相変らず顔を伏せたままの村長を、何か言いたそうに遠巻きにしている。
何なのこれって一体?
村人達の反応が芳しくなかったからか、パンチラ元王子は不服そうに村長の家に帰って行った。
騎士団員達は食器の後片付けをするようだ。
つーかパンチラ元王子、威張ってただけで結局何もしてないじゃん。
髭モジャおじさんがふらりと僕のところに来た。
懐から小さな瓶を出してグイッとあおる。中身は多分お酒だね。
そういえば、戦争映画では兵隊の休憩時間といえばタバコタイムだが、この世界にタバコはないのだろうか?
『ドラゴンは人間の言葉が分かるって聞いたけど、本当かな?』
まあね。でも髭モジャおじさんは僕の返事を期待していないようだ。
おじさんは僕じゃなくて、村人に遠巻きにされている村長の方を見ている。
村長はそんな村人のことも気が付かないほど憔悴している様子だ。
『今夜何が起こったか分かるかな?』
いや、分かる訳ないって。
おじさんはまた小瓶を一杯あおった。
飲みたい気分なんだろう。
そして愚痴りたい気分なんだろう。
家令のオットーの時といい、ドラゴンはおじさんの愚痴相手として大人気だな。
おじさんの独白によるとこうだ。
この隊がマチェイへ向かう際の事、そこそこ大きな町に立ち寄ったんだそうだ。
宿泊場所になった町長宅でパンチラ元王子ご一行様は歓迎の晩餐会を開かれたらしい。
まあ、仮にも元王子が自分の家に泊まるんだから、町長の気持ちは分からないでもないか。
中身はパンチラなんだけどね。
ご機嫌になった町長は町の食糧庫の備蓄を一部放出し、町の人間にも料理のおすそ分けを振舞った。
町の人達は大いに喜び、パンチラ元王子ご一行様は町ぐるみで歓迎されることになった。
パンチラ元王子はそのことに味を占めちゃったんだな。
先ほど、この村でも村長に村の備蓄で料理を振舞うように強要したのだ。
だが、裕福な町であれば備蓄にも余裕がある。
しかし、この村のような小さな村は最低限の備蓄しか蓄えていなかった。
元王子という雲の上の人間に言われては、吹けば飛ぶような小さな村の村長としては、逆らうことなど出来はしない。
しかも、タイミングの悪いことにこの数年ミロスラフ王国では不作が続いており、今は村の備蓄もカツカツだった。
それをこんな無意味に村人に大振舞いされたのだ。村長が近い将来に絶望するのも仕方ないだろう。
・・・なるほどね。
村人もこのことを知っていたから、みんなあんなに微妙な表情だったんだ。
まあ、自分達のへそくりを使って自分達に奢ってもらってもさほど嬉しくはならないよね。
でも、そこまで事情が分かっているのなら、髭モジャおじさんからパンチラ元王子にひとこと言ってやれば良かったのに。
『まあ、お前さんが何を言いたいか大体分かるよ。でも自分も騎士団だからな。どんな愚かな命令でも上の命令は絶対なんだよ』
兵隊は上の人間の命令通りに動く手足だ。
右足が、そっちには行きたくない、と動かないわけにはいかない。
『人間の社会ってのは面倒なものなのさ。ドラゴンには分からないだろうがな』
そう言うと髭モジャおじさんは最後の一口を飲み干して、村長宅に戻って行った。
一人になった僕はぼんやりその後ろ姿を眺めていた。
分かるよ。僕だって昔、面倒に巻き込まれて仕事をクビになったことがあるんだから。
次回「カーチャを襲う災難」