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その1 ある引きこもり男の死

 それは寝起きの直前、半分夢の中にいる時の感覚。


 さっきからどこかでゴー、っという音と振動がしている。

 それに混じってバタバタというか、ヒュルヒュルというか、耳慣れない音も聞こえている。


 僕はその音と振動に覚醒を促されて少し不愉快になった。


 ゴー、という音はエンジンのたてる音だろうか。

 耳慣れない音は・・・何かのチェーンの音? 違う気がするが、何の音かは分からない。

 そのことがまた僕をイライラとさせる。

 近所で工事でもやっているんだろうか?

 朝からうっとうしい。早く終われ。


 いや、ちょっと待て。肌に風を切って走る感覚がある。

 これは車のエンジン音?

 僕は誰かの運転する車の助手席で寝てしまったのだろうか?

 ・・・いや待て、車の助手席で全身にこんな風を感じるか? エアコンの風だとしたらありえないだろう。

 ならばオートバイだろうか?

 オートバイに乗ったまま寝ている? おいおい、危ないじゃないか。振り落とされないよう早く何かに掴まらないと・・・



 手足の感覚がない?!


 

 ど、どういうコトだ?!

 僕は手足を縛られた上で乗り物に乗せられて、どこかに連れ去られている最中?

 それってどんな状況だ?

 確か僕は家にいて・・・仕事を・・・そうだ、完成させて・・・


 地震だ!


 そうだ! あの時頭を強く打って意識を無くしたんだ!


 ぼんやりとしていた僕の意識が一気に覚醒に向かった。


 そうか。きっと今、僕は救急車で病院に運ばれている最中に違いない。

 僕は頭を打って部屋で意識を無くして倒れてしまい、そんな僕を見つけた家族が病院に連絡したんだろう。

 なぜ縛られているのかは分からないが、何かそうしなければならない理由があったに違いない。

 先ずは意識を取り戻したことを救急隊員の人に伝えよう。

 痛む箇所は特にないが、頭のケガは自分で判断するのは危険すぎる。それに自分が今どうなっているのか早く知りたい。

 そして僕は目を・・・



 そんなバカな・・・



 その時、突然視界が大きく開けた。

 目を見開いたわけではない。突然周りの景色が頭の中に飛び込んで来たのだ。

 なにせ今の僕の身体には”目はない”のだから。


 そこは抜けるような青空だった。

 かなり焦っていたのだろう。いつの間にか聞こえなくなっていたエンジン音も振動と共に戻って来た。同様にさっきまで感じなくなっていた風も今では全身に感じている。


 僕はしばらくあっけにとられていた。

 脳が状況を理解することを拒んでいた、とも言う。


 そしてゆっくりと、全身に染み渡るように現状を受け入れた。


 ああ、なるほど。


 そりゃあ確かに、手足は動かないわ。

 それに目も開かないわけだわ。

 だってどっちも無い(・・・・・・)もん。

 何故なら僕の身体にはもう付いていないから。


 そこにあるのは二十ウン年間(まだ三十代じゃないよ。ココ大事)慣れ親しんだちょっと冴えない男の姿ではなかった。

 空力に優れた全金属のセミモノコック構造のボディー。


 そう。僕はどうやら四式戦・疾風(はやて)になって、あてどなく大空を飛んでいる最中らしい。


 エンジン音は自分の身体?の中から。謎のヒュルヒュル音はプロペラが風を切る音だった。

 って、そんなの分かるわけないよ! 飛行機といえばジェットの旅客機にしか乗ったことないんだから!




◇◇◇◇◇◇◇


 昭和19年。大東亜戦争(当時の呼び方。現在では太平洋戦争と呼ばれる)もすでに末期。


 大日本帝国において絶対国防圏と定められたマリアナ諸島も、その中核拠点であるサイパン島が6月に陥落。

 勢いに乗る米軍は瞬く間にテニアン島、グアム島をも陥落させた。

 こうしてマリアナ諸島は完全に米軍の勢力下におかれることとなった。

 (その他の島にも日本軍は配備されていたけど、完全に制空権をおさえられた以上何も出来なかった。結局日本はなすすべもなく、この一年後に終戦を迎えることとなる)


 こうしてついに米軍はB-29爆撃機の航続距離内に日本全土を捉えることに成功。

 日本はその国土全てが爆撃の脅威にさらされることとなった。


 そんな中、長く陸軍の主力戦闘機であった「隼」の後継機が満を持して登場する。

 国防の期待を帯びたその新鋭機こそ


 キ84 (キ番号は陸軍の試作機に付ける記号) 四式戦闘機



 疾風(はやて) 



 ”大東亜決戦機”とも呼ばれ、戦後米軍からも”日本の最良戦闘機”と評価される傑作機である。



 これは、その疾風(はやて)に乗り、祖国を守るために戦い、散っていった若者たちの物語である。


 



 映画『大帝都燃ゆ』





◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 僕は映画『大帝都燃ゆ』のブルーレイのケースに書かれた説明書きから目を上げた。

 あ、ちなみにさっきの説明で()カッコの中は僕の補足です。念のため。


 その日僕は、映画で主人公が乗った四式戦・疾風(はやて)のプラモデルを制作していた。

 と言いつつも、目の前の作業机には、すでに完成した四式戦のプラモデルがある。

 映画のパッケージ写真そのままの姿だ。


 そう、ついさっき完成したばかりのプラモデル。

 四式戦・疾風(はやて)『大帝都燃ゆ』決戦機部隊カラーV e r .(バージョン)だ。


 ベースはハ〇ガワの1/32プラモデル、四式戦・疾風(はやて)

 映画に合わせて色を塗った他は、細かい箇所以外、外見にはほとんど手をいれていない。

 それでも映画のイメージ通りのこの完成度。ハ〇ガワさんマジヤバいです。


 代行制作はメカから美少女フィギュアまで何でも作るが、やはり僕はメカ物の方が好きだし得意だ。

 (フィギュアはガレージキットが主なので、インジェクションキットに比べて手間がかかるというのもある)

 中でも個人的に第二次世界大戦の兵器が好きなこともあって、今回の仕事は特に力が入ってしまった。

 この仕事を始めて一番の出来だと言っても過言ではない。

 今思えば最初のころの仕事は満足のいく出来ではなかったかもしれない。

 それでも相手は喜んでくれたそうなので、お金の取れない出来、というほど悪くはなかったんだろうけど・・・



 僕は一年ほど前、とある事情でそれまで勤めていた会社をクビになった。

 僕から退社を願った形はとっているものの、実質クビを切られたのだ。


 まあそのことは今はいい。

 ただその過程で僕はちょっとした対人恐怖症になってしまったのだ。

 僕は次の仕事を探すこともできず、実家で引きこもりになってしまった。

 そんな僕に連絡を入れてきた大学時代の後輩が勧めてくれたのがこの「模型の制作代行業」だったのだ。


 幸い全ての連絡はメールで済ませることができたし、誰にも会わずに家で出来る仕事だった。

 仕事と言うには実入りは少ないバイトみたいなものなんだが、それはそれ、今は社会復帰のためのリハビリ中ということで。




 僕はしばらく四式戦の雄姿にうっとりと見惚れ、脳内で劇中の四式戦の活躍を再現していた。


 ――と書くとちょっと危ない人だね。でもモデラーならみんなこういうコトするよね?


「おっと、写真を撮ってメールしないと」


 僕は立ち上がり、塗料が飛ばないように部屋の隅に置いていたスマホに手を伸ばした。


 その時、部屋がグラっときた。


「マジか! このタイミングで地震かよ!」


 一~二度軽くグラっときたかと思えば、一気にドン、と、冗談のように揺れが大きくなった。

 それは今までに僕が経験したことのない大きさの揺れだった。


「ちょ・・・ちょっと、マズイよコレ! こういう時って家の外に出ないと危ないんだっけ?! 出た方が危ないんだっけ?!」


 正しい選択は「一階の人は外に避難」。大地震だと一階は倒壊した二階に潰されてペチャンコになっても、二階は倒壊しても隙間ができやすく無事だったりするんだそうだ。

 ちなみに、最近建てられたマンションは耐震対策が取られて建築されているので、外に出た方が落下物が頭に落ちてきたりする分だけ危ないらしい。


 そしてその混乱の最中、僕は見たのだ。完成したばかりの目の前の四式戦を狙ったかのように、棚の上から重量物が落下しようとしている光景を。


「危ない!」


 考えるより先に体が動いていた。

 だがその行動は最善とは言えなかった。

 混乱していた僕は、荷物を手で押さえれば済むトコロをとっさに四式戦に覆いかぶさってしまったのだ。

 まあ、考えてとった行動ではないので致し方ない。

 体を固くして衝撃に備えた僕に・・・


 ゴン!!


 頭蓋骨にありえないほどの衝撃が響いた。


(ヤバい、これ、絶対大丈夫じゃないヤツだ。けど、今、この体勢で意識を無くしたら確実に自分の体で四式戦を潰してしまう。だから耐えろ、耐えるんだ。)


 意識が遠のいてゆく中、僕はそう強く念じた。

 心配するのは四式戦のことばかり。

 四式戦は・・・

 結局どうなったのだろうか?

 僕がそれを知ることはなかった。

 なぜなら次に目が覚めたその時――


 僕は四式戦に生まれ変わっていたからである。

次回「異世界の空を希望」

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かにカッコいいけど古いなー。個人的にはF-22とか15が好きかな
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