その14 カミルバルトの妻子
そんなこんなでやって来ましたヨナターン領。
ここはティトゥの実家、マチェイ家のあるヴラーベル領のすぐ南。
実はマチェイから街道を南下して直ぐの場所でもある。
この国の穀倉地帯、ヴラーベルに接しているものの、ヨナターンは全体的に標高が高く、大きな川も流れていない。
そのため水が不足気味で耕作には適さない土地が多い。主な産業は馬や牛を飼う酪農となる。
ぶっちゃけて言えば、ティトゥの実家に輪をかけてのどかなド田舎領地。それがヨナターン領なのである。
『屋敷が見えて来ましたわ』
『大きなお屋敷ですね』
ヨナターン家の屋敷は小高い丘の上に作られていた。
カーチャは大きなお屋敷と言ったけど、チェルヌィフで散々、大きな貴族家のお屋敷を巡っていた僕には、小さなパッとしない建物にしか思えなかった。
いやまあ、この国の貴族とチェルヌィフの貴族を比べる方が間違っているんだろうけど。
ティトゥも僕と同じ感想を持ったんだろう。カーチャの言葉に曖昧な返事を返した。
『まあこの国の貴族の屋敷ならあんなものかもしれませんわね』
『ええっ?!』
曖昧じゃなかった。火の玉直球ストレートだった。
そしてショックを受けるカーチャ。
けど、君もチェルヌィフでデンプションのお屋敷とか見てるんじゃないの? あっちの方が大きいし立派な屋敷だったじゃない。
『それは・・・そうかもしれませんが』
僕を見付けた屋敷の人達が慌てて走り回っている。
『慌てているけど、アダム特務官からは連絡は行ってないのかしら?』
『どうします? 今日は引き返しますか?』
『それも面倒ですわ。降りてしまいましょう』
『・・・ティトゥ様ならきっとそうおっしゃると思っていました』
小さくため息をつくカーチャ。
ファル子達は屋敷を見て興奮を隠せない様子だ。
「ギャウギャウ(パパ! アネタは?! 今日はアネタと遊べるの?!)」
「キュウキュウ(あれ? 家がちょっと違うよ?)」
アネタ? ああ、ファル子は先日まで毎日通っていたオルサーク家と勘違いしているのか。二人は大きな屋敷と言えばアネタの実家、オルサーク家の屋敷しか知らないからね。ティトゥの屋敷?は漁村の民家だし。
そしてハヤブサは正解だ。ここはヨナターン家のお屋敷だよ。
さて、いつまでも屋敷の上で旋回を続けている訳にもいかない。
ティトゥも焦れているし、もう着陸してしまうかな。
こうして僕は翼を翻して降下。屋敷の中庭に降り立つのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
中庭に降りた僕は、あっという間にお屋敷の人達に取り囲まれてしまった。
目を丸くして僕を見上げる使用人達。
『これが噂のドラゴン!』
『デカイな。コイツが若君と一緒に帝国軍を蹴散らしたのか』
若君? 将ちゃんの事かな? 将ちゃんって実家だと若君って呼ばれているのか。
人垣が割れると、人の良さそうな中年男性が奥さんと若い女性を率いて現れた。
女性はアネタくらいの幼い少女の手を引いている。
察するところこの中年男性がヨナターン家の当主。女性と少女が将ちゃんの奥さんと娘さんなのだろう。
『ティトゥ様』
『分かっていますわ』
ティトゥはふんすと気合を入れると、風防を開いて立ち上がった。
その途端、高原の初夏の風がサッとティトゥの髪をなびかせる。
美しくも凛々しい出で立ちに、周囲の野次馬達から『ほおっ』というため息がこぼれた。
『お初にお目にかかります。私はナカジマ家当主、ティトゥ・ナカジマですわ』
『これは遠いところをようこそ。私はカミルの代理でヨナターン領を預かっているヨゼフス。こちらは私の妻と娘、それと娘の子だ』
『ごきげんよう。ヨゼフスの妻です』
『ごきげんよう。インドーラです。こちらは娘のユーリエです』
『ごきげんよう』
小さなレディーがチョコンと挨拶をしたところで互いの自己紹介は終了した。
さて、僕が護衛を頼まれているのは、将ちゃんの奥さんのインドーラさんと、その娘のユーリエでいいのかな。
元気そうな可愛らしい子だ。
おっと、ティトゥが僕の事を睨んでいる。ヤバいヤバい。
『ゴキゲンヨウ』
『こちらがハヤテですわ』
『『『『『『喋った!』』』』』』
僕が言葉を話した事に驚く野次馬達。
うん。この流れも何だか久しぶりだね。
『ハヤテというのがそのドラゴンの名前かい? 驚いたな。ドラゴンは人間の言葉を喋るのか』
『ええ。私達はアダム特務官に頼まれて、インドーラ様とユーリエ様の護衛にやって来ましたの』
ティトゥはヨゼフスの言葉に簡単に答えると、屋敷の入り口を見回した。
『それで準備は済んでおられるのかしら?』
『ああ。それならほとんど終わっているよ』
ヨゼフスは大きく頷いた。
『王都の使者からドラゴンを護衛に付けられるかもしれないので、出発を待つように言われていたんだ。ここに来たという事は引き受けてくれたんだね? それでナカジマ殿は――』
『そう。でしたら早速出発しましょう』
『――今晩は屋敷で・・・は?』
超特急で本題に入ったティトゥに、ヨゼフスは言葉を失くしてしまった。
そんなティトゥをカーチャがハラハラしながら見つめている。
あ~、これはティトゥやっちゃったな。
どうやらティトゥはチェルヌィフで水運商ギルドのやり手商人、ジャネタお婆ちゃんと一緒に行動しているうちに、すっかり彼女のペースに毒されてしまったようだ。落ち着きが無くなってしまったとも言う。
ティトゥのスピード感に、ヨナターン家の人達は付いていけずに戸惑っているようだ。
『い、今からですか?』
慌てて振り返るヨゼフス。彼の視線を受けて初老の紳士――多分この屋敷の家令だ――は額に冷や汗を浮かべている。
『あの、流石に今日中には無理かと。出発は明日の朝にされては――』
『明日の朝ですの? 分かりましたわ。でしたらまた明日の朝お伺いします』
ティトゥはそう言うとヒラリと僕の操縦席に飛び乗った。
『ええっ! 明日の朝って?! 今からどこかに行かれるのですか?!』
『? 領地に帰って明日の朝、出直してきますわ』
『『『『え――っ?!』』』』
周囲から一斉に驚きの声が上がった。
カーチャの陰からチラチラと周囲を窺っていたファル子達が、大声に驚いて僕の胴体内に逃げ込んだ。
ヨゼフスは慌ててティトゥを引き留めた。
『何を言っているのです?! 長旅で疲れているでしょう! 今夜は屋敷でゆっくり休んで下さい!』
『結構ですわ』
『客人をもてなさずに帰しては、私がカミルに合わせる顔がない! どうぞ食事だけでも!』
『結構ですわ』
驚きのバッサリ感である。
取り付く島もないとは正にこの事だ。
ヨナターン家の人達もどうして良いか分からずに、戸惑うばかりで何も言えずにいた。
『あの』
『明日の朝食を終えた時間にまた来ますわ。それまでに出発の準備を終えておいて下さいまし』
『あの』
『そうそう。ハヤテを乗せる荷馬車の用意もお願いしますわ』
『あ、はい。それはいいんですが、あの』
『だったらいいんですわ。ではまた明日。前離れー! ですわ!』
え~。本当に帰っちゃっていいの? みんな困ってるよ?
今日は大人しくお屋敷に泊って『ハヤテ!』――ハイハイ、分かりましたよ。
ババババババ。
『うわっ! 唸った!』
『きゃああっ!』
エンジン音と共に回転するプロペラに驚くヨナターン家の人達。
何だか悪い事をしている気がするなあ。
『何だかみなさんに気の毒な事をしている気がします』
「キューキュー(ねえママ、もう帰っちゃうの?)」
『出発しないならここにいても時間の無駄ですわ』
ティトゥの言っている事も分かるけど、本当にこれでいいのかなあ。
僕は悩みながらも疾走。高原の大空へと飛び立つと、ナカジマ領へと機首を向けた。
『そういえば、ハヤテが護衛を引き受けた事をアダム特務官に話しておいた方がいいかもしれませんわね』
「だったらちょっと足を延ばして王都に寄って行く?」
どうせついでみたいなもんだし。
『そうですわね。いなければ言伝を頼んでおけばいいんですし』
てなわけでやって来ました王都の壁外演習場。
ちなみに僕がいつものように着陸した途端、アダム特務官が血相を変えて駆け込んで来た。
どうやらたまたま城の外に出ていた所に、僕が飛んで来たのを見て、慌てて馬を飛ばして駆け付けたらしい。
『何かありましたか?!』
『護衛の依頼を引き受けたのでその連絡に来ましたわ』
『はあっ?! それなら使いの者をよこして下さい! ご当主様が自ら連絡に来るような事じゃありませんよ!』
なんという正論。
『返す言葉もありませんわ』
ティトゥもショックを受けたようだ。
「まあいいか。だったら連絡も終わったし帰ろうか」
『そうですわね。ホラ、ファルコ達もご挨拶をなさい』
「ギューギュー(バイバーイ)」
『ええっ! なんです今のは?!』
チラリと顔を出したファル子達に驚くアダム特務官。
ファル子達の話は聞いてるだろうけど、実際に見たのは初めてだから仕方が無いか。
今から説明をするのも面倒だし、ティトゥ達が夕食の時間に遅れたら悪いのでここはスルーで。
『前離れー! ですわ』
『ちょ、ナカジマ様! ナカジマ様!』
アダム特務官の声を背に受けながら僕は空へと舞い上がった。
明日からは護衛任務か。今更ながら緊張して来たな。
といっても、僕の役目は緊急脱出装置なので、いざという時に備えているだけでいいんだけどね。
こうして僕達は明日からの護衛任務に備えて、コノ村へと舞い戻ったのだった。
今日の更新は四月一日なのでエイプリルフールネタを・・・と思ったけど、後日読んだ人には意味が分からないと思うので止めておきました。
次回「400回特別編◇ハヤテメモ◇」