その13 護衛任務
バババババ。
初夏のコノ村に軽快なエンジン音が響き渡る。
今日も中島飛行機の誇る傑作エンジン、”ハ45誉”は絶好調だ。
『では行きますわよ!』
「「ギャウーギャウー(お空。お出かけ。お空。お出かけ)」」
「あの、本当に君達も行くの?」
操縦席に座っているのはレッドピンクのゆるふわヘアーの美少女、ティトゥである。
彼女はいつもの飛行服に身を包んで、興奮するファル子を抱きかかえている。
そして胴体内補助席では、メイド少女カーチャがハヤブサを抱きかかえている。
いい加減、ファル子達用のドラゴンチャイルドシートが必要なのかもしれない。
『ではモニカさんお願いします』
『お任せください』
ナカジマ領の代官のオットーと聖国のメイド、モニカさんが出発の挨拶を交わしている。
ちなみにオットーはコノ村で留守番、モニカさんは馬車に乗って王都へと向かう事になっている。
彼女が乗る馬車は、去年の夏、海賊退治を手伝った報酬に聖国の宰相夫人から貰ったものだ。
生まれも育ちもド平民の僕から見ても、いかにもお高そうに見える立派な馬車である。
本当なら、これにはティトゥが乗らないといけないんだけど・・・。
『前離れー! ですわ!』
「「キュキュー(はなれー!)」」
「ねえ、本当に君達も一緒に行くの? 危ないかもしれないんだよ?」
しかし、ティトゥは僕の忠告を聞こえないふりをしてとぼけている。
全くこの子は、どうしてこうも言い出したら聞かないんだろうね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王都で将ちゃんこと、カミルバルト国王の即位式が開かれる事が決まった。
ちなみに彼は今までは国王ではなく国王代行だったんだそうだ。
式典の開始は約ひと月後となる来月の頭。
新たな国王の誕生を祝うため、各地の貴族家は家族を連れて参列するように、との案内が送られた。
これは半月前、チェルヌィフから帰ったばかりのティトゥも例外ではない。
というか、行かなければ叛意を疑われてしまう。実質的には強制命令だ。
この世界は権力が幅を利かせる究極の縦社会、封建社会なのである。慈悲は無い。
そんな訳でティトゥも王都へ行く事になったのだが、ここで使者から僕達に秘密のメッセージが伝えられた。
『イタガキからの要請です。少しの間、ハヤテ様のお力を貸して貰いたい、と』
ちなみにこの使者は、お馴染み髭のアダム特務官の直属の部下なんだそうだ。確かビルとかブルとかそんな感じの名前だった気がする。
あ、イタガキはアダム特務官の家名ね。名付けは僕。由来は彼の立派な髭から。
ビルだかブルだかの――もういいや、使者君で。使者君の言葉にティトゥの眉間に皺が寄った。
『ハヤテの力を借りたいと? 当然、理由は聞かせて貰えるんでしょうね?』
『勿論です。イタガキはハヤテ様に陛下のご夫人方の護衛を頼みたいと考えています』
「護衛?」
それって僕に将ちゃんの奥さんの護衛をしろって事? どうやって?
『護衛ですの? どこかへ送り届けるのではなく?』
『確かに。そういう意味では、正確には護衛ではありませんね』
将ちゃんは王都で即位式を行うにあたって、領地であるヨナターンから、奥さんと娘さん、それとご両親を呼ぶ事にしたそうだ。
ちなみに式が終われば両親は領地に帰るが、奥さんと娘さんは王都に残り、以降は王族としての扱いを受けるらしい。
奥さんも当主夫人から一転、一国の王妃に大出世だね。
――とか思ったら、今後は正室から側室に格下げになるんだそうだ。
『外交上、我が国の王妃はチェルヌィフか帝国、あるいは聖国から娶る事に決まっておりますので』
とは使者君の説明である。
そんな訳で、現在、ヨナターンでは将ちゃんの家族が出発準備を整えている最中なんだそうだ。
僕の役目は王都への旅行中、彼女達の近くにいて、何かあったら二人を乗せて王都まで無事に送り届ける事なんだそうだ。
なる程。僕の役目は護衛というよりは、緊急脱出装置? そんな感じか。
だったら最初から僕が送り届ければ良さそうなものだけど、それはそれで風聞というものがあるらしい。
貴人は馬車でゆっくりと。あくせく移動するような事はしないそうだ。
『ヨナターンから王都までは最速で約四日。ご夫人方は途中でもてなしを受けながら、この距離を12日かけて移動します。その間、ハヤテ様にご協力頂けないかと』
三倍も時間をかけるのか。そりゃまた優雅な旅だね。
僕としては協力しても構わないけど、そんなに二人は危険な状況なわけ?
『いえ、決してそのような事は! あくまでも念のための備えです』
使者君はそう言うが、わざわざ名指しで僕に頼み込むあたり、何か思い当たる節でもあるのだろう。
ここは言葉通りには受け取らない方がいいかもね。
ふうん。・・・でもまあ。
「――でもまあいいよ。僕で良ければ協力しましょう」
『ハヤテ。あなた本当にいいんですの?』
『おおっ! 協力して頂けますか!』
僕は先日の夜、チェルヌィフ商人のシーロから聞かされた話を思い出していた。
この国はこう見えて、現在、結構際どい所に来ている。もしもこの話を断って、将ちゃんの家族に何かあったら、それを原因として王家と貴族家の間に修復不可能な決裂が入りかねない。
あるいはアダム特務官もそう考えたからこそ、僕に手助けを求めたのかもしれない。
僕の考え過ぎならいいんだけど。
『では早速準備をしますわ!』
えっ? 何で?
元気よく立ち上がるティトゥ。
ポカンとする使者君。
そして顔をしかめる代官のオットーを始めとするナカジマ家の面々。
「ティトゥ、彼の話を聞いてた? 協力を求められたのは僕なんだけど?」
『聞いてましたわ! ハヤテが協力するなら私も行きますわ!』
「いやいや、なんでそうなるんだよ! 協力を求められたのは僕って言ったよね?! 君、ちゃんと話を聞いてた?!」
『勿論ですわ! 私とハヤテは二人で竜 騎 士ですわ! ハヤテが行くなら私も一緒ですわ!』
うぉい! 言葉が通じないにも程があるぞ!
ティトゥって僕の日本語が通じるようになったんだよね?!
それともティトゥの耳には別の日本語が聞こえているわけ?!
オットーからも君の主人に何か言ってやってよ!
『こうなってしまっては・・・。それにハヤテ様の側にいれば安全でもありますし』
オットーも複雑な気持ちのようだ。
まあ確かに。チェルヌィフでも王城を襲ったクーデター軍から、ティトゥとカルーラ達小叡智の姉弟を連れて脱出した実績もあるしね。
メイド少女カーチャが心配そうな顔で僕を見上げた。
『ハヤテ様。ティトゥ様をよろしくお願いしますね』
『何を言っているんですのカーチャ。あなたも行くんですわよ』
ティトゥの言葉にカーチャはガックリと肩を落とした。ご愁傷様。
『いえ、流石に今回は予想出来てました。ハヤブサ様達のお世話もありますし』
ファル子達子ドラゴン達は、今の所、僕が作り出すおにぎりしか食べられない。
二人の体ではまだ大気中のマナを取り込めないため、普通の食事では必要なマナが摂取出来ないのだ。
という訳で、二人は連れて行くしかない。
それなら二人のお世話のためにカーチャも行くしかない、という理屈だった。
そんなこんなで、なし崩し的にティトゥとカーチャ、それにファル子達も一緒に行く事が決まってしまった。
将ちゃんの家族を無事に王城へ送り届けた後は、ティトゥはそのまま王都に残って式典に参加する予定だ。
ちなみに王都で彼女が使うための馬車は、メイドのモニカさんが別口で運んでくれる事になった。
一年前と違って、今ではティトゥも領主様だからね。気軽に乗合馬車を利用するわけにはいかないのだろう。
オットーは『本来であれば私も行きたいところですが』と言っていたが、流石にひと月も代官がいなくなってはナカジマ領が立ち行かない。
彼には留守番をしてもらうしかないだろう。
あれよあれよという間に段取りが決まって行く様子に、使者君は目を丸くして驚いている。
『さすが竜 騎 士。普通じゃない!』
いや、その感心の仕方ってどうなのよ。
そしてティトゥさんや。多分彼は褒めてないからね。そこでドヤ顔を決めないように。
先日、トマス達の実家オルサーク家に、テスト・マーケティングとして協力してもらったドラゴンメニュー・ミールキット。
総責任者に選ばれた中年メイドのベネッセさんと料理人のベアータは、協力してメニューやら何やらを煮詰めていたようだが、残念ながら今回の一件でサービスの開始は遅れてしまいそうだ。
『ドラゴンメニュー・ミールキットの実行は、王都から帰って来るまでお預けですわね』
残念そうなティトゥに、僕のテントまで報告に来たベアータはカラカラと笑って手を振った。
『いえいえ。今はまだ各開拓村の料理人用に料理手引書を作っている所ですから。実際のサービス開始はどのみちその後になる予定でした』
『料理手引書? ですの?』
ベアータが言うには、どうやらこの国では共通したレシピや料理方法は無いんだそうだ。大雑把な料理のレシピはあっても、料理人によって食材の切り方から味付けの仕方まで、てんでバラバラだという。
そりゃそうか。TVもなければインターネットも無い、料理教室も無ければ料理本すら無いんだから、むしろ違っている方が普通なわけだ。
そのため、ベアータ達は先ずは料理の仕方を統一する所から始める事にしたようだ。
『今までアタシは料理人ごとに料理の仕方が違ってて当たり前。それが当然だと、疑問にすら思っていませんでした。でもそれってアタシ達の思い込みだったんですよね。ミールキットの話がなければ、こんな事なんて考えもしませんでした』
彼女にとっても、今回の一件は料理人として目から鱗だったようだ。
料理という物を見つめ直す良いチャンスだったとも言っていた。
自分の仕事をマニュアル化する作業の中で、新たな発見も沢山あったと言う。
『おかげさまで、料理人として一回り大きく成長出来た気がします』
そう言ってベアータは、誇らしげに小さな胸を張った。
そんな彼女の姿を見ているうちに、僕はふと予感めいたものを覚えた。
もしかして将来、今回、彼女が作った料理マニュアルがこの国で大ヒットするかもしれない。
そして大陸中に広まって、この世界の料理の常識を根底から覆すのだ。
それは何とも言えない壮大で痛快な想像で、僕はワクワクして仕方が無かった。
次回「カミルバルトの妻子」