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その11 国王陛下の遺言状

『そうですか? 私は王太后陛下のお考えも分かる気がしますがね。もしハヤテ様を怒らせたら、どの道ミロスラフ王家なんて軽く吹っ飛ぶんだ。だったら最初からもろ手を挙げて降伏しといても同じことでしょう?』


 なんたる暴論!


 僕はチェルヌィフ商人シーロの言葉に悲鳴を上げそうになってしまった。

 咄嗟に否定の言葉が出せない僕をどう勘違いしたのか、シーロは訳知り顔で頷いた。


『私は上手い考えだと思いますよ? もし、ハヤテ様がミロスラフ王家を最大限に利用しようと考えるなら、王家の権威はそのままに、裏に回ってこの国を支配しようとするでしょう。名を捨てて(じつ)を取る、というヤツです。その方があなた自身が前に出るよりも問題も少ないし効率も良いでしょうからね。その結果、王家はハヤテ様というこの世界で最強の後ろ盾を得る事になり、ハヤテ様はこの国の実権を握るという訳です』


 僕は最初から名も(じつ)も取る気なんてないよ!

 何で他人から、そんな腹黒ドラゴンみたいに言われなきゃいけない訳?!


 僕はシーロのドヤ顔に久しぶりにイラッとした。

 僕は出来るだけ不機嫌そうに返事をした。


『シラナイ』

『? ハヤテ様?』

『ナニモ キカナカッタ ゴキゲンヨウ』

『あの、ハヤテ様』

『シラナイ ゴキゲンヨウ シラナイ』


 うん、僕は何も聞かなかった。何も知らない。

 だからシーロも早く帰って寝たらいいじゃん。おやすみなさい。


『ちょ、ちょっと、ハヤテ様! それはないでしょう!』

『ツーン』

『口でツーンって、あなた子供ですか?!』


 知らない、知らない。もうほっといてよ。

 僕は残業はしない派だから。夜は自分の時間として過ごすって決めているから。


 これ以上は何を言っても聞かないと諦めたのだろう。シーロは肩をすくめるとテントを出て行った。

 機嫌を損ねちゃったかな? けどまあ迷惑な話だ。

 僕は王家だとか権力争いだととかに関わるつもりはこれっぽっちもないっていうのに。


 ――でも聞いちゃった以上、都合よく忘れることも出来ないよなあ。


 結局、僕はシーロの話がずっと頭にこびりついて、この夜は一睡も出来なかった。


 そこ。お前は寝ないだろう、とか言わないように。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハヤテのテントを出たシーロは、その足でユリウス元宰相の下を訪ねた。

 警備の騎士団員はユリウスから、「シーロが訪ねて来たら止めるな」と命じられている。

 シーロは何食わぬ顔で家に入り、当たり前のようにユリウスの寝室をノックした。


「閣下、お休み中ですか?」

「・・・当然だ。今何時だと思っている」


 衣擦れの音がすると、ドアは中から開かれた。


「下らん報告ではなかろうな。入れ」

「サーセン。失礼します」


 ユリウスはランプに火をつけると、テーブルに二人分のカップと酒の壺を乗せた。


「それで? 確か今回は王都に行っていたんだったか」

「カミルバルト様が国王に即位される事をお決めになられました」


 カツッ。


 酒の壺がカップに当たり、大きな音を立てた。


「・・・そうか。思ったよりも早かったな。それほど野心のある方だとは思っていなかったが」


 シーロは勧められるまま酒に口を付けた。


「聖国の酒ですね。うん。これは高い酒だ。中の上、いやいや、上の下かな?」


 味よりも値段が気になるらしい。商人らしいといえばらしいのかもしれないが、注いだ本人の前で酒の品定めをするのはいかがなものだろうか?

 しかし、ユリウスは、この若者の不躾な振る舞いを気にもしていない様子だ。

 シーロは仕事の出来る男だ。重要なのはそこだ。ユリウスは最初からシーロに礼儀を求めていなかった。


「ネライ家当主やメルトルナ家当主あたりがピリピリしているのではないか?」

「当然です。両方とも王家の領地と隣り合っていますからね。勿論、オルドラーチェク家とモノグル家だって面白くはないでしょうが」


 王家の領地は国の中心、ネライ領とメルトルナ領に挟まれる位置にある。

 カミルバルト国王の誕生で王家の威光が高まれば、領地を捨てて王家の土地に移り住む者も増えるだろう。

 領民が減れば税収も減る。領主にとっては領民の減少は死活問題である。

 実際、現在でもネライ領からは、隣接するナカジマ領に移る領民が増える傾向にあり、ネライ家とナカジマ家の仲は次第に険悪になりつつあった。


「ナカジマ家の方は上手くやる。ワシもいるしな。ネライ当主に口出しはさせん」

「まあ閣下でしたら、いかようにもなされるでしょうな。しかし、カミルバルト様の部下に閣下はおられない」

「――(アレ)にはちと荷が重すぎたか」


 現在、この国の宰相はユリウスの息子が務めている。決して仕事の出来ない男ではないが、やや視野が狭く他人の意見に流されやすい。要はリーダーシップに欠けているのだ。 

 ここまで国内でカミルバルトの影響力が増して来るのは、ユリウスにとっても想定外だった。

 長く王城にこもって政務を執り行っていた事で、いつの間にか民の声の強さを見誤っていたようである。


「しかし、本当に即位して大丈夫なのか? まさかアレを知らない訳でも――いや、何でもない」


 寝起きの頭で話を聞いていたせいだろうか。ユリウスの口から、決して漏らしてはいけない情報がポロリとこぼれそうになった。

 しかし、シーロは何食わぬ顔で頷いた。


「”二列侯への勅諚(ちょくじょう)”ですか? 勿論知っておられますよ。その内容も全て」

「貴様!」


 その瞬間、ユリウスの額に青筋が立った。




 ユリウスはテーブルにカップを叩きつけると、イスを蹴って立ち上がった。


「貴様! その話を誰から聞いた?! まさか他に漏らしたりはしてないだろうな?!」


 シーロは、まあまあ、とユリウスをなだめる仕草をした。


「実はペラゲーヤ王太后陛下に頼まれまして。ついさっきハヤテ様にお話しました。勿論、誓ってハヤテ様以外の誰にも話したりしていません」

「ハヤテに?! バカな! 王太后陛下は何を考えている!」


 ユリウスは大きな舌打ちをした。日頃ティトゥや代官のオットー相手にガミガミと怒鳴る事の多いユリウスだったが、今は本気で怒りを覚えている様子だ。

 顔は真っ赤に染まり、額には何本も青筋が浮かんでいた。


「どこまで話した?」

「全てを」

「なっ・・・。それでハヤテは何と言っていた?」

「聞かなかった事にするそうです」


 ユリウスは大きく息を吸うと、「ふう~っ」と、吐き出した。

 シーロはユリウスのカップに酒を注いだ。


「まあ座って下さいな。しかし、前国王陛下と閣下は本当にカミルバルト様を嫌っておられたのですな」

「――バカが。そんな低俗な理由なものか。国のために必要だと思ったからやったのだ。しかし、結果としてワシらの取った行動が、亡くなった陛下のお心に反するばかりか、今もこの国の足を引っ張るとはな・・・」


 ユリウスは苦々しい思いに顔を歪めながらカップの酒をあおった。



 国王陛下の遺言状。


 現在、カミルバルトの王位継承を妨げている最大の障害である。


 ミロスラフ王国では一年ごとに国王の遺言状が更新される。

 それは国王の突然の死に備えたものであって、何も特別なものではない。

 更新の際には宰相、皇后、近衛隊長の三人が立ち会う事になっている。


 前国王、ノルベルサンド・ミロスラフはその死の間際にこの遺言状を更新した。

 自分の死後の国の行く末を案じ、後の方針を定めた物だが、その中にはカミルバルトの臣籍降下を取り消し、王位継承権を戻すというものもあった。

 本来であれば、継承権を放棄した者に継承権を戻すなどという事は絶対にあり得ない。

 当然だ。臣籍降下をした以上、その者はもう王族ではない。王に仕える臣下なのだ。


 しかし、あの時、ミロスラフ王国は帝国軍の大軍を前に存亡の危機に瀕していた。

 かつてない最大の国難を乗り切るには、国を纏める事の出来る”英雄”が必要だった。

 そしてミロスラフ王国において、それはカミルバルト以外にはあり得なかった。


 最後に二人は兄弟として和解していた事もあって、この遺言作成は滞りなく進められた。


 これによってカミルバルトは臣下の立場から王族へと戻り、継承権も第一位、王太子となった。


 はずであった。


「――それがまさかこんな事になろうとは。昔、ワシがいらぬ浅知恵を出していなければ・・・」


 ユリウスの表情は後悔に歪んでいた。

次回「二列侯への勅諚」

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― 新着の感想 ―
[良い点] あの頃は「有能な敵」ポジションだったししょうがないね(´・ω・`) 影から操りやすい対抗馬として2家にいるであろう王家の血筋の人間に誘いをかけてたんかな?
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