その8 無慈悲で非情な一言
てなわけで到着。
ここはナカジマ領から山一つ越えた隣国ゾルタのオルサーク。
僕はトマスとアネタの実家となるオルサーク男爵家のお屋敷に着陸したのだった。
僕が降り立つと共に、慌てて駆け寄る一人の男性。
オルサーク男爵家の若き当主であり、トマス達の兄さんのマクミランさんだ。
『今日の分のミールキットを運んで来ましたわ』
『ご苦労様です。おい、お前達』
マクミランさんの指示で、屋敷の使用人達が僕の樽増槽から荷物を下ろした。
彼らは中年のメイド――今回の件でナカジマ家からこの屋敷に出向しているベネッセさん――の指示を受け、食材を厨房へと運んで行った。
ティトゥの後ろから料理人のベアータがヒョッコリ顔を出した。
『あの、ご当主様。アタシはベネッセから話を聞きたいんですが』
『そうですわね。マクミラン様』
『分かりました。手を――いや何でもない』
マクミランさんは、紳士的に手を差し伸べて、ベアータが操縦席から降りるのを手助けしようとしたが、とっくに彼女はヒラリと飛び降りていた。
「えっ? 何?」といった顔で振り返るベアータと、差し出した手のやりどころに困るマクミランさん。
彼は何事もなかったかのようにティトゥに向き直った。ナイスガッツ。
『昨晩は大変珍しい食事をありがとうございました。それで私達はこのままご馳走を頂くだけでいいんでしょうか? 頂いてばかりで大変心苦しいのですが』
『構いませんわ。それより何か気になるところがあったら教えて下さいまし』
『気になるなんてとんでもない』
『ベネッセ! ちょっといいかい?!』
『もちろんです。ドラゴンメニューは騎士団の方達に大変好評でしたよ』
『そいつは良かった! 調味料はあれで足りたかい?』
「ギューギュー(パパ! アネタは? 今日はアネタがいないよ?)」
ふうむ。二か所で同時に会話をされると、話に付いて行くのが大変だな。
そしてファル子はちょっと大人しくしていような。今日はアネタに遊んでもらう時間はないからね。
さて。ティトゥ達の会話はお互いに社交辞令マシマシのようだし、ここはベアータ達の会話に注目しようか。
『それじゃ、騎士団の人達には好評だったんだね?』
『はい。お屋敷の方々では、トマス様達には喜んで頂けました。ですが、年配の方は一緒に出された屋敷の料理人の作った料理の方を好まれていたようです。どうやらトマトの色に抵抗があったご様子で』
『ああ、赤い色の料理なんてドラゴンメニュー以外にはないし、仕方がないか。まあ、今回のテスト・マーケティングは騎士団を相手にしたものだからね。そっちで好評だったんならいいんじゃない?』
ふむふむ。騎士団員に関しては反応は概ね良好と。
まあ、オルサーク騎士団の中には、ナカジマ家に来た事のある者達も大勢いるからね。
他では馴染みのない食材も、彼らにとっては珍しい物ではなかったんだろう。
逆にトマス達の家族にはそこが不評だったと。特に高齢者には。
某有名グルメ漫画でも、フランス料理店で出された鴨料理を日本人の超大物美食家が持参したわさび醤油で食べ、「料理としての完成度は日本の懐石料理が一番だ。フランス料理のようにソースでもわさび醬油でも食える曖昧さはない」と馬鹿にする場面があったっけ。
人間歳をとると、この美食家のように新しい物を受け入れられなくなるんだろうね。
『それで調理方法のメモはどうだった? 分からない所とかあった?』
『迷う所は特にはありませんでした。でも、私はベアータさんの料理の手伝いをしていますが、村の料理人に同じ事が出来るかというと・・・。技量うんぬんの問題ではなく、単語の部分で引っかかるかもしれません』
『そうか。その辺は最初に徹底しとくべきかもね。分かった。量の方は――』
『それでしたら油を――』
『代えの利く食材を――』
流石はベアータが選んだ人材だけの事はある。
たった一度のテストでベネッセさんはいくつもの問題点を洗い出してくれたようだ。
『ベアータ。まだかかりそうですの?』
おっと、ティトゥの方の話は終わったみたいだ。
ジタバタと暴れるファル子を抱きかかえている。
「ギャウーッ! ギャウーッ!(放して! ママ放して!)」
『ファルコが退屈して脱走しようとしてましたわ』
どうやらファル子は脱走しようとした所をティトゥに捕まったらしい。
あー。やっぱりそうだったか。全く、このお転婆ドラゴンめ。
「ファル子。ママはお仕事なんだからね。邪魔をしちゃいけないよ」
「キューン(ごめんね。ママ)」
『全く。私では抱きかかえられなくなる前に、あなたの腕白をどうにかしないといけませんわね』
ちょっと困った顔をするティトゥ。
そういやファル子達はどこまで成長するんだろうか?
なんとなく人を乗せて飛べるくらいにはなるんじゃないかと思っていたけど、今のサイズのままって可能性もあるのか。
う~ん・・・何となくだが、僕が想像しているくらいの大きさにはなりそうな気がする。
具体的にはモ〇ハ〇の金冠リオレ〇スくらい?
いや、あくまでも僕のイメージでしかないけど。
ベアータが慌てて走って来た。
『すみません、ご当主様! 終わりました!』
『そう。では帰りましょう』
『お構いも出来ずに申し訳ありません』
申し訳なさそうな顔をするマクミランさん。相変わらず真面目な人だな。
こうして僕達は無事に二日目の配達を終え、コノ村に戻ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夕方になると屋敷の食堂にオルサーク家の家族が集まった。
ナカジマ家からドラゴンメニューのテスト・マーケティングを頼まれてから今日で丁度一週間。
アネタの嬉しそうな顔が一際目を引くが、他の家族達も彼女同様、胸が躍るのを抑えきれない様子である。
今や毎晩の食事は家族全員の一日の楽しみとなっていた。
「昨日の”むにえる”というのは美味しかったわ」
「あれはバターを使っていたんだそうだ。バターを調理に使うなんてドラゴンの発想には恐れ入るよ」
楽しそうに妻と昨日の料理を語り合うのは、アネタの父親で前当主のオスベルトである。
最初こそ見慣れない料理を敬遠していた年長者達だったが、今ではすっかりドラゴンメニューの虜になっていた。
「どうした兄貴。浮かない顔をして」
屋敷の次男で騎士団副団長のパトリクが、兄でもあり現当主のマクミランに声を掛けた。
マクミランはふと虚空に視線を彷徨わせると、小さくかぶりを振った。
「いや。何か大事な事を忘れているような気がしたんだ。みんなに何かを言わなければならなかったような・・・忘れてはいけない何かがあったような・・・」
「おいおい、せっかくのメシの前だぜ。そういうのは後にしたらどうだ? 面倒事を忘れて美味い飯を楽しもうぜ。なにせ今日のメニューは”からあげ”だって、俺の所の部下が騒いでたからな。ずっと楽しみで仕方が無かったんだ」
パトリクはこのところドラゴンメニューを酒の肴に、兄と晩酌を交わすのを楽しみにしていた。
実はあまり酒が強くないパトリクだったが、美味い肴でほろ酔い気分に浸る感覚は、新鮮な娯楽となっていた。
弟の言葉にマクミランの顔に笑みが浮かんだ。
「確かにそうだな。そうか、からあげか。どんな料理なんだろうな。俺も楽しみになって来たよ」
「だろ? アイツらが言うには”からあげはドラゴンメニューを代表する料理”らしいからな! とびきり美味いに決まっているぜ!」
パトリクは、「まあドラゴンメニューはみんな美味いんだがな!」と言ってカラカラと笑った。
二人の話を聞いたアネタとトマスが嬉しそうに頷いた。
「兄様、今日はカラアゲだって!」
「ああ。久しぶりだな。まさかこの家でカラアゲが食べられるなんて」
二人の母親が兄妹に尋ねた。
「アネタはからあげが好きなの?」
「うん! カラアゲはね、外はサクッとして、中からじゅわってするの! それで美味しいのよ!」
「話を聞いているだけで美味しそうね。期待しちゃうわ」
「母上の期待を裏切らない料理だと思いますよ」
和気あいあいとする家族を見ながら、マクミランはやはり”何か重要な事を忘れている”という感覚が強く頭にこびりついて離れなかった。
(なんだろうか。このヒシヒシと迫るイヤな予感は)
この和気あいあいとした家族の空間を叩き壊すような恐ろしい何かが。
幸せな家族が絶望の淵に立たされるような避けようのない何かが。
自分達の目と鼻の先にまで近付いている。
そんな心臓が締め付けられるような悪い予感。
その時、食堂のドアが開くとナカジマ家から出向している中年のメイド、ベネッセが入って来た。
この一週間、毎日見た光景である。
家族の期待に満ちた視線が彼女に注がれた。
しかし、ベネッセの姿を見た瞬間、マクミランは唐突に思い出した。
いや、思い出してしまった。
「ああーっ!!」
「?! 急にどうした、マクミラン」
いきなり大声を出して立ち上がったマクミランに驚くオスベルト。
しかし、マクミランには父親の言葉は届いていなかった。
「・・・ベネッセ。ナカジマ様からの話では、確かテスト・マーケティングは一週間だったよな?」
「「「「「――えっ?」」」」」
ポカンとする一同。
凍り付く室内で、ベネッセはいつものにこやかな笑みを浮かべて言った。
「はい。明日、ハヤテ様が迎えに来てくださる事になっています。皆様にはこの一週間お世話になりました」
それは悪意の欠片もない、しかし無慈悲で非情な一言だった。
チャリーン
しんと静まり返った食堂に、誰かが落としたスプーンが床を叩く音が大きく響いた。
次回「家族の食卓」