その6 ミールキット
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ティトゥは一通り説明を終えると、ハヤテに乗ってナカジマ領へと帰って行った。
「まるで嵐のような人達だな・・・」
オルサーク家の若き当主マクミランは、荷物を運ぶ使用人達をぼんやりと見つめた。
彼らが運んでいるのは、ハヤテの樽増槽から降ろされた仕込み済みの食料である。
ナカジマ家から来たメイドのベネッセの指示で、食料は厨房へと運び込まれている。
マクミランが振り返ると、丁度マクミランの父、先代当主のオスベルトが屋敷から出て来た所だった。
オスベルトは怪訝な表情で、使用人達を見ている。
「それでマクミラン。結局、ナカジマ様は何をしに来たんだ? それに使用人達が運んでいるのは何だ?」
さてと、どこからどう説明すれば良いのやら。
家族への説明を考えると、頭を抱えたくなるマクミランだった。
夕方。いつもより少しだけ早い時間に、オルサーク家の者達は屋敷の食堂に集まっていた。
こうして全員が揃って夕食をとるのは久しぶりの事となる。
アネタは待ちきれない様子で落ち着きなく周囲を見回している。
いつになくハイテンションな孫娘を、先々代の当主アズリルは不思議そうに見つめた。
「今日のアネタはやけに嬉しそうじゃな」
アズリルの疑問も最もだ。アネタは屋敷に戻って来てから、食事の度に、毎回何かに耐えるように重く沈んでいたからである。
祖父の疑問に孫のトマスが答えた。
「久しぶりのドラゴンメニューですからね」
この言葉にトマスの兄、屋敷の次男のパトリクが食い付いた。
「なあ兄貴、俺には良く分からねえんだが。”みーるきっと”だったか? それとドラゴンメニューとやらがどう関わるって言うんだ?」
マクミランから一通り説明を受けたものの、パトリクは、いや、家族の多くが今一つ理解出来ていなかった。
今回、ハヤテはミールキット――料理キットのテスト・マーケティング先としてオルサーク家を選んだのだった。
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「調理した料理を運ぶんですの?」
ハヤテの出したアイデアはティトゥ達にとって理解し辛いものだった。
『本当はそれが出来れば一番だけど、さすがにそれはちょっと無理かな』
ハヤテが思い付いたのは、”コノ村でベアータに料理の下ごしらえまで済ませてもらって、調理は現地で行ってもらう”という方法であった。
ハヤテのアイデアはこうである。
先ずはコノ村でベアータの指揮の下、食材の下ごしらえを済ませてもらう。
それをハヤテが各開拓村へとお届けする。
食材には調理方法を書いたメモを同梱しておく。
後は調理方法に従って料理を作る事で、各開拓村でもコノ村と同じ料理が食べられる。――という寸法である。
ハヤテとしては、本来であればファミリーレストランのように、食品加工工場――セントラルキッチンで完成直前まで料理を行い、現場では加熱するだけで済ませたいと考えていた。
その方がお手軽だし、効率的でもあると考えたからである。
『けど、この世界では日本みたいにラッピング技術が発達してないからね。ファミレスやコンビニ食材みたいに出来ればいいんだけど、うっかり調理済み食品を持ち運んで食中毒とか発生したら怖いし。だったら料理は現地でやってもらうのがいいのかなって。各開拓村に料理人はいる訳だしね』
「何を言っているのかさっぱり分かりませんわ」
それに食材を全てハヤテ一人で運ぶのは流石に無理がある。
野菜等、村にもあってかさばる物は、現地で調理してもらうのが一番である。
ハヤテが運ぶのは下ごしらえをした肉や調合した調味料、それにスープの原料。あるいはベアータが特に必要と認めた食材に限ればいいだろう。
『だからこれはセントラルキッチン方式じゃなく、料理キット方式になるのかな』
ミールキットは、日替わりで材料とレシピが一緒になった形で自宅に届けられるサービスである。
主婦や一人暮らしの人間に向けたサービスで、野菜や肉などの食材が必要な分量だけ入っているため、利用者にとっても「料理の時間短縮」「料理初心者でもOK」といったメリットがある。
また、メニューの開発も各社それぞれに力を入れているようだ。
栄養士が関る事で栄養のバランスを取るだけではなく、季節の旬の素材を生かしたメニューが届けられるとも聞く。
『さしずめ、”ドラゴンメニュー・ミールキット”といったところかな』
「ドラゴンメニュー・ミールキット! 何だか良い響きですわね!」
どうやら単語の語感がティトゥの中二心の琴線に触れたようである。
こうしてティトゥと代官のオットー、それと料理人のベアータを交えて、ドラゴンメニュー・ミールキットのサービスが計画された。
しかし、ここで大きな問題が生じた。
ベアータが、「試しにどこかの村で行ってみて、問題点を洗い出したい」と言い出したのだ。
なにせこの世界では前例のないサービスだ。彼女が慎重になるのも無理が無いと言えた。
しかし、この意見にオットーが難色を示した。
「試験的にとはいえ、コノ村と同じメニューですからね。選ばれなかった村の騎士団員達は不満を覚えるのではないでしょうか?」
「でも、全部の村でやってしまっては試験になりませんわ」
ハヤテとしても、知識としてミールキットというものを知っているだけで、自分で利用していた訳ではない。
仮に利用していたとしても、利用者の目線ではメーカー側の苦労や注意点は分からなかっただろう。
そういった、いわば運営のノウハウに当たる部分は、実際に行ってみないと分からないものなのである。
「困りましたわね。ひいきにならないように、毎日違う村に届けましょうか?」
「う~ん。問題点の洗い出しと改善が目的である以上、アタシとしては続けて同じ人間に利用してもらって感想を聞きたい所なんですが・・・」
困り果てるティトゥ達。
ここでハヤテがふと思いついた。
『だったらトマスとアネタの実家に協力してもらえばいいんじゃない? 丁度二人も里帰りしている所だし。それに彼らとは、昨年一緒に帝国軍と戦った仲なんだしさ』
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ギッ。
食堂のドアが開くと中年のメイドが入って来た。
今回のテスト・マーケティングのためにナカジマ家から来たメイド、ベネッセである。
彼女は緊張の面持ちで頭を下げた。
「オルサーク男爵家の方々におかれましては、主の申し出に対して、ご協力いただきありがとうございます。本日こちらでご用意させて頂くのは、スープと魚料理、それと食後のデザートとなります」
「「「「「デザート!」」」」」
デザートという言葉に、屋敷の女性陣が一斉に色めきだった。
男達は、「昼間、散々ハヤテ様のお土産の”銘菓”を食べただろうに、まだ食べるのか?」と、呆れを含んだ目で女性達を見つめた。
先代当主のオスベルトが不思議そうにベネッセに尋ねた。
「それで俺達はお前が出して来た料理を食べればいいんだな?」
「さようでございます。何かお気づきの点がございましたら言って頂ければ助かります」
「そこが分からんのだ。それに何の意味があるんだ? いや、ナカジマ様が料理を用意してくれた事には感謝する。しかし、それなら何故ナカジマ様は来られないのだ? 自分のいない所で料理を振る舞っても意味が無いだろうに」
この問いかけに、オスベルトの次男のパトリクも言葉を被せた。
「しかも、同じ料理を騎士団にも出すと聞いたぞ。それに何の意味がある?」
そう。その準備もあって、いつもより早い時間の夕食となったのだ。
そしてティトゥの――と言うよりも、料理人のベアータの本命は騎士団の方にある。
元々、各開拓村の騎士団員向けに考えたメニューなのだ。
そういう意味では、この屋敷でも料理を出しているのは、あくまでもおまけである。
自分達の頭越しに、部下にだけ料理を振る舞われては面白くないだろう。そう考えて準備したに過ぎないのだ。
「申し訳ございません。主人からは”これはテスト・マーケティングだから”としか窺っておりませんので」
「ふむ。メイドに聞いても仕方がない事だったか。分かった、もう良い」
頭を下げるメイドに対し、オスベルトは鷹揚に頷いた。
パトリクもどこか納得した顔に笑みを浮かべている。
「まあ、ナカジマ様がブッ飛んでるってのは、帝国軍との戦いで骨身にしみて思い知らされたからな。今回の事も、きっと俺達なんかには分からないお考えがあるんだろうぜ」
パトリクはこれ以上考える事を放棄してしまったようだ。
そういう納得の仕方もどうかと思うが、ティトゥ達竜 騎 士と付き合うには、パトリクのように割り切ってしまった方が心労が少なくて済むのかもしれない。
真面目な性格の者程、苦労を抱えてしまう。ほとほと竜 騎 士というのは困った存在である。
「それでは料理をご用意させて頂きます」
ベネッセが合図をすると、屋敷のメイド達が皿の乗ったワゴンを押してやって来た。
途端に目を輝かせるアネタ。大人達が話をしている最中にも、今か今かと待ちかねていたのだ。
スープの皿がテーブルに置かれると、食欲を刺激する良い匂いが食堂に立ち込めた。
次回「男泣き」




