その8 王城にて~様々な思惑
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ここはミロスラフ王国の王都ミロスラフ。
王城の廊下を歩く初老の男。
実質、ミロスラフ王国を取り仕切っていると言われる、宰相ユリウスである。
宰相はその場にふと足を止めた。
廊下の一角に彼の良く知る人物を認めたからである。
「誰かお捜しで? カミル将軍」
それは元第二王子、今は王都騎士団の団長に任じられているカミル将軍であった。
「なぜ俺の頭越しに騎士団に命令を出した」
カミル将軍にそう問いかけられ、宰相ユリウスは眉間に皺をよせた。
どうやら本気で心当たりがない様子だ。
「マチェイ嬢の・・・竜 騎 士の件だ!」
カミル将軍が腹立たし気に言い捨てた。
その言葉には宰相も心当たりがあったようだ。
ようやく思い出したらしい。
「頭越しとは聞こえが悪い。宰相として騎士団への命令権を使ったまでだが?」
「団員を何日も拘束するような命令を、俺に黙って出されては困る! 欠員が出ては任務に差し障りが出る!」
団を預かる団長としてはもっともな怒りだが、宰相は何の痛痒も感じていないようだ。
「たかだか1班を動かしただけで差し障るようでは、王都を守る要としては不安を感じざるを得んな」
自分の行動を棚に上げて、他人の言葉の揚げ足を取る。
宰相のふてぶてしい態度に、将軍はこの場でこれ以上の追求をすることを諦めたようだ。
そもそも、彼は宰相が自分の非を認めるとは最初から考えてはいない。
これは話に入る前の段取りのようなものなのである。
「竜 騎 士の王都での世話は王都騎士団が受け持とう」
「・・・それには及ばない。こちらで行おう」
「いや、騎士団の同行で王都に来るのだ。騎士団が最後まで面倒を見るのが筋というものだ」
宰相は現在、戦勝式典の準備に寝る時間も削っている。
ドラゴンの件を今の今まで忘れていたくらいだ。
しかし、カミル将軍の言うことをそのまま通すのも良くない。
本当は別に良くても、相手に主導権を渡すという事、そのこと自体が良くないのだ。
あらゆることに対し、相手より常に一歩でも半歩でも先んじる。
絶対に相手に主導権を渡さない。
もし相手が自分より先にいるなら、何としてでもその足を引っ張り、無理やりにでも自分より下まで引きずり下ろす。
宰相はそういう考え方をする人間なのだ。
「そのことは後に話し合おう。今は陛下が私を呼ばれておる」
「・・・・分かった」
兄王の名前を出されては、カミル将軍もこれ以上この場で議論をすることは出来ない。
その大きな体を廊下の脇に寄せ、宰相のために道を空けた。
宰相は将軍の横をすぎ、国王の私室へと足を運んだ。
(さて、どうしたものか)
また一つ面倒事が増えたことに、宰相は疲労の色を濃くした。
もっとも、カミル将軍からしてみれば、宰相が勝手に手を出して自分と周りの仕事を増やしているのだから、良い迷惑というものだ。
将軍は一つため息をつくと、騎士団詰め所へと帰って行った。
彼は彼で式典に向けて多くの仕事を抱えているのだ。
宰相は国王への報告を終えると、手元の書類に落としていた目を上げた。
その視界に入るのは、一人の痩せた暗い小男。
国王、ノルベルサンド・ミロスラフである。
国王はぼんやりと宰相を眺めている。
報告の内容を本当に理解できているのかも疑わしい。
だが宰相にとっては、こんな国王でも、勝手なことばかり仕出かしていた先代の国王よりはよほどマシなのだ。
当時は何度、宰相自らが火消し役を務めたか分からない。
カミル将軍も呆れる程の宰相の靴底よりも厚い面の皮は、先代の国王の度重なる愚行によって鍛え上げられたのだ。
「ユリウスよ。ドラゴンを招聘する件はどうなった?」
国王から声がかかった。
か細い声だ。この声ではどんな名演説も人の心を打つことはないだろう。
またドラゴンの話か・・・。
内心うんざりしながらも、宰相は王の問いに答えた。
「現在、王都騎士団から精鋭を迎えにやっております。早ければ今週中にも王都に到着するものと思われます」
ちなみにこの国でも7日で1週間となる。
国王は宰相をぼんやりと眺めたまま言った。
「我のものにすることは可能か?」
「!!」
宰相の背筋に氷が落ちた。
国王は見た目も態度もさっきまでと何も変わっていない。
だが、宰相はこの時初めて、この貧相な国王にうすら寒い物を感じた。
「みなの話では、あれは兵士千人を上回る恐るべき力を持つという。かような力は我が持つべきではないだろうか」
国王が自発的にこれほど話すこと自体が珍しい。
宰相は咄嗟にどう答えるのが良いか迷った。
そしてこの時、彼の個性であり悪癖でもある、「相手に主導権を渡さない」が顔を出した。
「私には分かりかねますが、おそらく飼い主の言う事しか聞かぬでしょう」
「・・・そうか」
そう一言だけ言うと、国王はこれ以上口を開くことはなかった。
何もかもから興味を失ったようだった。
宰相は奇妙な心地悪さを感じながら、国王の部屋を去るのだった。
宰相が執務室へと戻ると、そこには先客がいた。
重要度の高い来客の場合、すぐに執務室に通しておくよう、部下には言ってある。
控室で宰相より先に他の者に会わせないためである。
「これは、ミロスラフ王国にその人ありと諸国に知れ渡るユリウス宰相。本日はお会いできて光栄です」
芝居がかった大げさな礼をするのは、ヒョロリとした長身の青白い顔をした男である。
身長だけならカミル将軍より高いかもしれない。
最も、将軍は胸板も厚く体もガッチリしていてボリューム自体はこの男よりもあるのだが。
「私はクリオーネ島ランピーニ聖国から来ましたメザメ伯爵と申す者。ここで私からも祝辞を述べさせてもらいます。ミロスラフ王国が戦いに勝利した慶事、誠におめでとうございます」
宰相は大国の使者に礼を失しないように確認を取った。
「確かに、ランピーニ聖国から友好使節団が来られると聞いています。あなたがその代表の方なのでしょうか?」
宰相の質問にメザメ伯爵の笑顔が凍り付いた。
「・・・いえ、私は代理として本日参ったまで。友好使節団の代表はランピーニ聖国マリエッタ・ランピーニ第八王女様でございます」
宰相は内心で驚いた。
式典にランピーニ聖国からの参加者があることはすでに報告を受けていたが、王族が来るとは聞いていなかったのだ。
宰相は目の前の男をジッと観察した。
恐らくこのメザメと言う男が、あえて通知をよこさなかったのだろう。
この男の自己顕示欲の塊のような性格がその証拠だ。
多分だが、第八王女の参加は別の思惑で後からねじ込まれたのだ。
そのためメザメは、本来なら代表だった地位を横合いからさらわれることになった。
彼はそこに不満を持ち、自分だけが挨拶に来るような暴挙に出たのだろう。
メザメが自分があたかも代表団の代表であるかのようなふるまいをしている事からも、それが察せられる。
小さな男だ。
宰相はメザメのことをそう評価した。
だが、そういう手合いの方が御しやすい。
宰相は部下を呼び、飲み物を出すように指示を出した。
王城の廊下を使用人に案内されながら、メザメ伯爵は正門まで歩いていた。
今回の会見は成功したと言って良いだろう。
自分の存在感を十分に示すことが出来た。彼はそう判断していた。
宰相ユリウスはミロスラフ王国を支える切れ者と聞いていたが、それほどの人物とは彼の目には映らなかったのだ。
昔はどうだったか知らんが、今では生い先短い年寄りにすぎん。
自分の宿泊先として、王城の敷地内にある迎賓館を用意させたことも彼の自尊心を痛く満足させた。
――宰相は王女に配慮しただけなのだが、彼の中では王女は自分の手ごまにすぎなかったのだ。
私の才は停滞の中ではなく、流動的な状況でこそ活きる。さあ、どういう手を打ってやろうか。
そんなまるでテロリストのようなことを考えながら、メザメ伯爵は王城を後にするのだった。
次回「村を襲う災難」