その1 河川工事
本日二話目の更新です。前の話の読み飛ばしにご注意下さい。
コノ村に朝日が昇る。
新たな一日の始まりである。
『おはようございますハヤテ様』
『ハヤテ様おはようございます』
『ハイ。オハヨー』
あちこちの家から朝食の支度の煙が上がり始めると共に、ナカジマ家の使用人達がポツポツと出て来る。
僕達がチェルヌィフ王朝から帰って来てそろそろ半月。
季節は春から夏に移り変わろうとしていた。
朝食が終わると、オットーの部下達がぞろぞろと僕のテントにやって来た。
ていうか、君らはいつまでここを事務所代わりに使うつもりなわけ? いやまあ、僕は別にいいんだけどさ。
そういえば、去年の今頃は王都の戦勝式典へ呼ばれてたんだっけ。
あの時は、ティトゥの実家のあるマチェイから出て、こんな僻地に引っ越す事になるなんて思ってもいなかったな。
まさかティトゥが領地持ちの貴族のご当主様になるとはねえ。
世の中何が起こるか分からないものだ。
まあ、偉そうに当主と言っても、未だにこんな漁村に住んでいるんだけどね。
みんなが作業を始め出したタイミングで代官のオットーが。オットーが作業の準備を終えたタイミングでティトゥ達がやって来た。
ティトゥがテントに入った途端、彼女に抱かれた薄ピンク色の子ドラゴン、ファル子がギャウギャウと吠えた。
「ギャウギャウ!(パパ! ご飯! ご飯!)」
『こら、ファルコ! パパに朝のご挨拶は?!』
「あーいいよいいよティトゥ。お腹が空いているんだよね。二人におにぎりをあげてくれないかな」
『もう! ハヤテは子供達を甘やかせ過ぎですわ!』
そうは言うけど、二人はティトゥ達が食事の間、大人しく待っていたんだろ?
これ以上待たせるのは可哀想じゃないか。
『今朝は落ち着かずに大変でした』
ティトゥの言葉に、緑色の子ドラゴン、ハヤブサを抱いたメイド少女カーチャが苦笑した。
彼女の話によると、退屈したファルコが家から脱走しようとしたり、食事に興味を示したハヤブサがテーブルに飛び乗ったりと、朝から大騒ぎだったようだ。
「へえ、ファル子じゃなくてハヤブサが? テーブルの高さに飛び乗るなんてやるじゃん」
『褒めてどうするんですの!』
ティトゥはジロリと僕を睨んだけど、男の子なのに日頃は大人しいハヤブサの、思わぬやんちゃな一面に僕はホッコリした。
『カーチャが抱いていると大人しいですが、普段はファルコと大差ないですわよ』
まあそれは確かに。
現に今も食事を終えると共に、二人は僕の機体の中で走り回っている。
人間でも動物でも子供のエネルギーってスゴイよね。あるいは単に落ち着きがないというか。
あっ。ファル子がもよおしているようだ。
『カーチャ! カーチャ! トイレ!』
『あっ、ハイ!』
カーチャはメイドのモニカさんと協力して、素早く二匹を外に連れ出した。
ちなみに、当初は動物の本能か、モニカさんを苦手としていたファル子だったが、モニカさんの粘り強いアピールの甲斐もあって、今では普通にお世話をされるようになっている。
初めてファル子を抱く事に成功した時のモニカさんの顔は、中々の見もの――『ハヤテ様、私が何か?』ゲフンゲフン。何でもございません。
ご存じの通り、僕は睡眠を必要としないし、食事も排泄もしない。
しかし、ファル子達は普通に眠るし、僕の出したおにぎり限定とはいえ、食事もとればウンチもする。
どうやら二人の体は、僕と違ってこの世界の生き物に準じた構造をしているようだ。
いやまあ、僕の方が例外なんだけどね。
叡智の苔バラクからの情報で、僕の体は大気中のマナが凝縮して作られた魔法生物である事が判明している。
そしてファル子達は、僕の体を作った”残り物”で作られた生物だ。
そのため完全な魔法生物ではないのかもしれない。つまりは交雑種というヤツだ。
『こら、ファルコ! 机の脚を齧ってはダメですわ!』
「フゥーッ!」
ティトゥに引っ張られながらも机の脚に齧りつくファル子。
何だか楽しそうだ。何かの遊びと勘違いしているのかもしれない。
「ファル子。ママのお仕事の邪魔をしてはいけないよ」
「ギャウ(はあい)」
僕がメッと叱ると、ファル子は渋々机の脚を解放した。
最近ファル子のお気に入りの遊びは、適当な大きさの木に齧りつく事である。
料理人のベアータが、お腹が空いているのかと思って適当な骨を与えたが、そちらには見向きもしなかったそうだ。
ファル子に聞いてみた所――
「ウギャウ(アレは生臭いからイヤ)」
との事だった。
どうやらドラゴンは動物食否定主義者らしい。
ドラゴンって骨ごと生肉をバリバリ食べそうなイメージなんだけどね。
ファル子が言うには、噛むには木が一番らしい。適度な硬さで齧りがいがあるそうだ。
そんな彼女によって、村のあちこちの家が被害に遭っているらしい。コノ村は木製の家が多いからね。
最近ではハヤブサも噛むようになっているんだそうだ。
ドラゴンの子供の習性なのかもね。
ファル子とハヤブサの二人が落ち着いた所で、ティトゥ達の今日の仕事が始まった。
僕達がチェルヌィフに行っている間も、焼け跡の開発は順調に進んでいる。
全体の指揮を執るのはナカジマ家の頼れる代官オットー。
彼の補佐をするのは、この国の元宰相のユリウスさん。ユリウスさんはナカジマ家のご意見番でもある。
そしてアドバイザーに土木学者のベンジャミン。
ちなみに彼は現在、湿地帯の調査でこの場にはいない。
夏が近いのに湿地帯に入って大丈夫なのかって? 確かに危険だけど、それを調査するためにも彼は出向いているのだ。
実際に現場で開発を担当するのは、河川工事部門、道路工事部門、宅地工事部門、港湾工事部門の四部門。それぞれオットーの部下が部門長に任命され、直接指揮を執っている。
この中で今、最も完成が急がれているのが港の工事と河川の工事となっている。
『河川工事の進捗状況は以上の通りです。全体的に予定よりも遅れていますが、中でも竜頭川の工事が一番遅れています。しかしこれは、想定よりも雪解け水が多すぎたため、工事の開始が遅れたためであって、今後は問題無く進むと考えられています』
河川工事の部門長の報告にオットーが難しい顔になった。
現在、焼け跡は『第一次開拓地』と呼ばれ、そこには三本の大きな河が作られていた。
それぞれ北から、上川、中川、下川。
ところが誰が言い出したのか、今では上川が『竜頭川』。中川が『竜翼川』。下川が『竜尾川』と、呼ばれるようになっている。
本当に一体誰が言い出したんだろうね。概ね察しは付くけどさ。
『そちらはいいが、竜翼川と竜尾川の工事の遅れが問題だ』
『それは・・・すみません。こちらも想定よりも湿地帯から流れ込む水量が多くて』
この三本の川は、それぞれ、竜頭川の水は直接ペツカ山脈から。竜翼川と竜尾川の水は堤防の向こうの大湿地帯から流れ込んでいる。
特に竜翼川と竜尾川は、夏場、大湿地帯から淀んだ水が流れ込むと予想されている。
そこでベンジャミンの発案で、現在、突貫工事で川の途中に遊水地を作り、そこを通す事で川の水を浄化しようと計画されていた。
遊水地には一面に石や砂利が敷き詰められている。
川の水はここで浮遊物と有機物を取り除かれ、キレイな水に濾過される、というわけだ。
つまりは”土壌浸透濾過”というヤツだ。
湿地帯から流れ込む豊富な栄養素で抽水植物(※水ぎわに生えている植物)が繁殖してくれれば、さらに浄化がはかどるそうだ。
「それでも夏場は両川の水を生活水に使うのは控えた方がいいでしょうね」とはベンジャミンの言葉だ。
現在、ベンジャミンは、夏場の川の汚染具合いを予測するためのデータを取るために、自ら危険な湿地帯調査へと出向いていた。
『水量が多いと、どうしても法面の工事に手を取られてしまうので』
『また泥炭か。全く、手を焼かされる』
植物が完全に分解されずに残った土の事を”泥炭”という。つまりは天然の炭のようなものだ。
炭とは言ったが実際は泥のようなもので、大変多くの水分を含み、崩れやすいだけでなく、乾燥すると沈下したりもする。
もし、泥炭地の上に道路が通っていたら。もし泥炭地の上に建物が建っていたら。もし川の土手が泥炭地だったら。
その危険性は言うまでもないだろう。
第一次開拓地は、少し掘れば泥炭にぶち当たる泥炭地で、泥炭の存在は今も開発の足を引っ張っていた。
『”ハヤテ作戦”でもう一度焼き払ったらどうかしら?』
『止めて下さい。今はあちこちに作業員の宿舎が建っているんですよ』
『資材も山積みですしね。それに地表には露出していないので効果は無いかと。工事で掘れば出て来る状態ですので』
どうやら地面に近い泥炭は、以前の作戦で粗方燃やし尽くしているらしい。
今問題になっているのは、地中に埋まっている泥炭のようだ。
それはそうと、ハヤテ作戦って名前はいい加減に別のものに変えてくれないかなあ。
『じれったいようでも、地道に開発していくしかないでしょう』
『・・・』
ティトゥが期待を込めた視線で僕を見上げた。
「ゴメン。僕もオットーの意見に賛成かな」
『・・・そうですの』
ガッカリするティトゥ。
期待に応えられずに申し訳ない。
とはいえ、僕は土木工事に関しては全くのド素人だ。
さすがの四式戦闘機のボディーも、土地の開発にはお役に立てないだろう。
ここはオットー達に頑張って貰う他ない。
『工事の遅れは――』『やあやあ、ご当主様。良い知らせを持って来ましたよ』『ちょ、ベネドナジーク殿! ご当主様すみません! ベネドナジーク殿が参られました!』
テントの外で護衛していた騎士団員を押しのけるように入って来たのは、テンション高めの学者風の男。
自称『ランピーニ聖国随一の土木学者』ベンジャミンである。ちなみにベネドナジークは彼の姓だ。
『良い知らせですの?』
次回「視察飛行」