プロローグ 忘れられた男の死
お待たせしました。第十三章の更新を始めます。
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それは簡素な葬儀だった。
参列者はたった一人。葬儀自体も王城の奥で人目を避けてひっそりと執り行われた。
司祭が短い祈りをささげると、小さく鐘が鳴らされる。
それで終わり。
町の共同墓地でも、もう少し死者を弔う言葉がかけられるかもしれない。
それは元王族の葬儀とは思えない、あっさりとしたものだった。
死者の名はネライ卿パンチラ。
この国の元第四王子にして、ネライ分家の元当主だった男である。
彼は一年前、ランピーニ聖国からの使節団の副代表を殺害しようとした罪で、全ての地位と名誉をはく奪され、王城の一角、通称”慟哭の塔”に幽閉されていた。
慟哭の塔の内部は、最上階に生活用の部屋があるだけで、後は最上階と入り口を繋ぐ螺旋階段しか存在しない。
歴代で罪を犯した王族や、心身に欠損のある者が人目を避けて隔離される、いわば王族の流刑地であった。
襲い来る孤独と絶望。そして大きな挫折感。
パンチラの甘えた精神は、その重みに耐えきれなかった。
彼の心は次第に壊れていき、ついに先日、塔の最上階から身を躍らせてしまったのだ。
即死だった。
パンチラの死因は”病死”とのみ記載され、何一つ記録は残されなかった。
誰よりも承認欲求の強い無能な男にとって、最も悲惨とも言える最期であった。
(また一人、兄弟が死んだか)
この葬儀のたった一人の参列者が独り言ちた。
長身の美丈夫だ。
彼の名はカミルバルト。現ミロスラフ王国、国王代行である。
兄王であるノルベルサンド・ミロスラフが崩御してから約半年。
これで兄に続いて弟も死んだ事になる。
カミルバルトの心は重く沈んでいた。
髭の立派な騎士が、沈黙を続けるカミルバルトに声を掛けた。
「本当にこれで良かったのでしょうか? 陛下がネライ卿の生前の罪をお許しさえすれば、お立場にふさわしい葬儀を執り行えたのですが」
この葬儀の手配を任された男――アダム特務官である。
確かに段取りを組んだのはアダムだが、あえて簡素な葬儀にするように望んだのはカミルバルトだったのだ。
「構わん。コイツが聖国の王女の拉致を企てたのは事実だ。その罪を許しては聖国に対して申し開きが立たん。それに――」
――それにコイツはハヤテと敵対した。
カミルバルトは言葉を濁した。
ネライ卿は、当時のマチェイ家の娘ティトゥに妾となるように執拗に要求していた。
裏に表に様々な嫌がらせも重ねていたようである。
そのためティトゥは屋敷から出る事も出来なくなっていた。
そんな彼女の境遇に大きな変化が訪れる。
謎の巨大生物、ドラゴン・ハヤテとの邂逅である。
二人は契約を結び、互いを終生のパートナーとする聖なる存在(※ティトゥ談)『竜 騎 士』となったのだった。
ティトゥに害を成す行為は、そのままハヤテの怒りを買う事に繋がる。
ハヤテの持つ力の恐ろしさは、嫌という程思い知らされていた。
一度目は昨年春の隣国ゾルタとの戦争の際。
ミロスラフ王国軍が手を出しあぐねていた敵の陣地を、ハヤテは鎧袖一触で粉砕してみせたのだ。
それだけでも十分に恐れるに値する力だが、カミルバルトは更なる戦慄を覚える事になる。
それは今年の冬。今では『新年戦争』と呼ばれる、ミュッリュニエミ帝国との戦いでの事である。
五万の帝国軍に対して、こちらは約四千。
十倍以上という圧倒的な大軍を前に、カミルバルトはもちろんの事、全ての将兵が死を覚悟して戦いに挑んでいた。
そんな彼らの、決定された未来を覆したのがハヤテだった。
開戦直後、ハヤテの攻撃は帝国軍の先発隊を文字通り吹き飛ばした。
すっかり怯えた帝国軍はハヤテが飛び回るだけで右往左往して逃げ惑い、逆にこちらの士気ははち切れんばかりに高まった。
この機を逃すカミルバルトではない。
彼は全軍に命じて帝国軍に攻撃を掛けた。
逃げ回るだけの烏合の衆と化していた帝国軍は、ミロスラフ軍の敵では無かった。
こうして戦いは一方的な勝利に終わった。
口々にハヤテの活躍を誉めそやす兵士達。
しかし、その中でカミルバルトは、たった一人で戦局を左右するハヤテという規格外の存在に恐怖心を抱いていた。
あの後、カミルバルトは時間が出来る度に、何度もアダム特務官にハヤテの話を尋ねた。
あの力が――あの圧倒的な暴力がこの国に向けられる事だけはどうしても避けなければならない。
幸い、アダム特務官は、そしてカミルバルト本人も、ハヤテ達とは比較的良好な関係を築いていた。
そもそもハヤテは非常に温厚な性格で、その力を理不尽に振るった事は一度もない。
アダム特務官の話では、ハヤテ本人も自身の持つ力を自覚しているようだ。
あるいは、日頃は身動き一つせずにテントで大人しくしているのも、うかつに動いて人間を傷付ける事を恐れているせいかもしれない。
ハヤテは人間に対しても国に対しても、自分から何かを要求するような事はほとんどない。
”眠れる獅子”ならぬ”眠れるドラゴン”。ティトゥ・ナカジマの絶対的な守護神。それがドラゴン・ハヤテという存在なのだ。
そんなハヤテと敵対したネライ卿の罪を公然と許す訳にはいかない。
ドラゴンの寿命が人間と比べてどのくらいあるのかは知らないが、一年という時間は彼にとってもそう昔の話ではないだろう。
ネライ分家の当主の葬儀ともなれば、ネライ領地に隣接するナカジマ家にも、当然案内状が出されるはずである。
ハヤテがネライ卿の事を忘れているなら、思い出させない方が良いに決まっている。
こちらからわざわざドラゴンの尾を踏みに行く必要は無いのだ。
(・・・実の兄弟の死すら、俺は政治抜きでは考えられないのか)
カミルバルトは、ふと王家に生まれた者の業の深さを思い、虚しさを感じた。
仮に王家にさえ生まれなければ、死んだ兄弟達とも、また違った関係が築けていたのではないだろうか?
「陛下?」
「何でもない。それよりも閣議を開く準備をしろ」
考えた所で意味はない。益体の無い話だ。
一度目を伏せて、再び顔を上げた時には、カミルバルトはいつもの覇気を取り戻していた。
「ヨナターンから俺の妻子を呼ぶ」
「おおっ! すると――」
衝撃に目を見張るアダム特務官。
カミルバルトは大きく頷いた。
「俺は国王の座に就く。そのための準備を始めるぞ」
兄弟の死という大きな節目に、カミルバルトは遂に国王代行から国王に即位する事を決意したのだ。
主君からの命を受け、慌てて走り出すアダム特務官。
カミルバルトは最後に一度だけ葬儀の場を振り返った。
それは短い時間だった。
やがて彼は踵を返すと、二度と振り返る事無く、大股で歩き去ったのだった。
二年前の今日は、この小説の初投稿日となります。
ここまで続けられたのもみなさんの応援のおかげです。いつも読んで頂きありがとうございます。
それと今日はお昼にも更新する予定です。
次回「河川工事」