閑話12-4 キャラクターグッズ
今回は少しだけ長いです。
その日、僕のテントにやって来たのは人の良さそうなお爺さん商人。
ナカジマ家と取引のあるセイコラさんだ。
彼はいつになく上機嫌で、小さな板を取り出した。
『いやあ、ハヤテ様にはいつも儲けさせて頂いております。どうもありがとうございます』
それはつるりとした木製の板だった。
表面には綺麗な緑色の小さな石が埋め込まれ、文字と記号が刻まれている。
ふむ。あの文字は知っているぞ。”ハヤテ”だ。つまりは僕の名前だね。
『はい。さようで。こちらはハヤテ様のお名前の入ったお守りとなっております。ポルペツカの町で売り出した所、今、飛ぶように売れております。なにせ商品を店頭に出しても並べる先から即完売するような状態で。今も増産のために人手を集めている所でございます』
『ハヤテのお守りですの?』
僕の名前が出た事で、ティトゥが興味を持ったようだ。
彼女はセイコラさんからお守りを受け取った。
ていうか、そんな商売なんて始めてたのか。
でも、何のお守りなんだろう? 僕は飛行機だし、交通安全か何かな?
『安産のお守りとなっております』
ブフッと噴き出すメイド少女カーチャ。
そしてそっと目を逸らす代官のオットー。さては知ってたな。
僕の問い詰める視線に、オットーは観念して白状した。
『確かにお守りを売り出すのは許可しました。ですが、どんなお守りかまでは知りませんでしたよ』
やっぱりか!
ていうか、よりにもよってなんで安産?! みんな僕が男だって知ってるよね!
『現在、ナカジマ領ではハヤテ様のお子様、ハヤブサ様とファルコ様の人気が凄いですからな。是非お二人にあやかりたいと、みなこぞって買い求めております』
そっちか!
ちなみにファル子達は僕の操縦席の中でお昼寝中である。
遊んでは寝る。子供の仕事だ。
子供は気楽でいいよね。
だったら年中テントの中でゴロゴロしているお前はどうなんだって?
だから今、ビジネスの話をしてるじゃないか。今日の僕はビジネスマンなんだよビジネスマン。
ティトゥはしれっとお守りを机の中にしまい込んだ。
後で僕の操縦席の宝物箱に移すつもりに違いない。
僕の名前の入った安産のお守りか。何だかイヤだなあ。出来れば遠慮してもらいたいんだけど。
『後、少々お値段は張りますが、こちらの商品も飛ぶように売れております』
『まあ可愛い! ファルコとハヤブサですわね!』
『ほう。二人の特徴を良く捉えているじゃないか』
セイコラさんが取り出したのはファル子達のぬいぐるみだった。
元々デフォルメの効いた二人の体型が更にデフォルメされていて、いかにも女性が好みそうだ。
それでいながら、ひと目でファル子達と分かるという、中々に完成度の高い商品だった。
なんでもこの商品の原型は、二人をひと目見た女性が、その愛らしさにほれ込んで作ったものらしい。
そのぬいぐるみを見たセイコラさんが、商会で買い取り、そこから型紙を作って増産したんだそうだ。
元は素人の手作りだったのか。それにしては良く出来ているなあ。
『モニカ様にはお世話になりました』
「原型を作ったのはモニカさんだったのかよ! なにやってんのあなた!」
どことなく誇らしそうなメイドのモニカさん。
後で聞くと『裁縫は貴族の女性の嗜みです』とか言っていた。そしてティトゥは聞こえないフリをしていた。知ってた。君はいかにもこういうチマチマした作業が苦手そうだよね。
何だろう。製作者を聞いたせいか、可愛らしいこのぬいぐるみが、客の懐を狙うあこぎな商品にしか見えなくなったんだけど。
ちなみに原型となったぬいぐるみは再び縫い直され、今は船便で聖国へ送られているんだそうだ。
元第四王女のセラフィナさんのお子さんへのプレゼントらしい。大事にしてもらえたらいいな。
その日の夕方。僕のテントにおずおずと入って来たのは一人の青年。
コノ村の家具職人のオレクである。
『あの。なんで俺が呼ばれたんでしょうか?』
『呼んだのは私じゃなくてハヤテですわ』
彼もいい加減僕に慣れただろうに、未だに僕の前ではおどおどしている。
どうやら、これが元々の性格らしい。
「ティトゥ。オレクにあれを見せて」
『はいはい。ハヤテの用事はコレですわ』
『これはファルコ様とハヤブサ様のぬいぐるみですね』
ティトゥが取り出したのは、さっきセイコラさんからもらった二人のぬいぐるみだった。
本人達がじゃれついていたので、少しよだれでベトベトになっているかもしれない。
後でカーチャに洗ってもらおう。
「それとあれも」
『はいはい。これね』
『こちらは、ハヤテ様ですね』
ティトゥが取り出したのは、丸っこくデフォルメされた飛行機のぬいぐるみ。
これもファル子たちのぬいぐるみと同時にセイコラ商会で売り出されたものだそうだ。
ほほう。君もこれを見て僕だと言うのだね。
ふむふむ。このぬいぐるみが僕だと。
・・・・・・。
「だまらっしゃーい!!」
『んなっ! ど、どうされたんですかハヤテ様!』
僕の剣幕にオレクは驚いて腰を抜かした。そしてティトゥは困り顔でため息をついた。
『これを見て以来、さっきからずっとこうなんですわ』
『えっ? 何が?』
なにがもかすがもありますか!
これが四式戦闘機に見えると?! 君の目は節穴かね!
「よく見たまえ! 主翼の取り付け位置が全然違っているじゃないか! 四式戦闘機は低翼だよ! 中翼に作るなど言語道断! それと垂直尾翼と水平尾翼が同じ位置に付いているのも許しがたい! 一式戦闘機じゃないんだよ! 二式単座戦闘機以降、中島飛行機では水平尾翼は垂直尾翼より前に付くんだよ、前に! それと排気管の数も違っている! いくらデフォルメとはいえ、こういう所に手を抜いて欲しくないものだね!」
憤慨する僕をどうしていいのか分からず、オレクはおろおろしている。
『あの、ハヤテ様は何を怒っていらっしゃるんでしょうか?』
『どうせ大した事は言っていませんわ』
ちょっとティトゥ! 何言ってんの!
これはね、僕の――四式戦闘機のアイデンティティーに関わる問題なんだよ!
君は僕のパートナーだよね?! 僕のいい加減な姿のぬいぐるみが世に出回って、パートナーとして恥ずかしいとは思わないのかい?!
『世に出回るって。セイコラはハヤテのぬいぐるみは全然売れていないって言ってましたわ。大して出回っていませんわよ』
「ノオオオオオオオン!」
だからそれはぬいぐるみに問題があるからだって!
四式戦闘機を知ってる人なら、このぬいぐるみを見て、まさかこれが四式戦闘機とは思わないんだって!
どっちかと言えば、米海軍のF4Fワイルドキャットだと言われた方が納得するって! 絶対にそうだって!
『さっきからずっとこんな調子で困っているんですわ』
『はあ。あの、それで俺に何の用事なんでしょうか?』
そう。そこでオレク。君の出番だ。
家具職人の腕前を活かして、四式戦闘機の正しい立体物を作ってもらえないだろうか?
セイコラが言うには、ファル子達のぬいぐるみはバカ売れで、父親である僕のぬいぐるみは全然売れていないらしい。
これはひとえに彼が客のニーズを読み違えたせいだと僕は考えている。
生物的な(実際に生き物だけど)フォルムを持つファル子達は、確かにぬいぐるみのモチーフとしてピッタリかもしれない。
でも、工業デザイン的な四式戦闘機はそうではない。
柔らかな布よりも、金属やプラスチック等の、シャープさと精密な表現に長けた素材の方が相性が良いと思うのだ。
そこで僕は家具職人のオレクに白羽の矢を立てた。
彼の持つ加工技術を活かして、僕の木製フィギュアを作ってもらおうと考えたのだ。
といった内容を、ティトゥがオレクに雑に説明した。
「なんで雑にするんだよ! もっとちゃんと説明してよ! 僕にとっては大事な事なんだからさ!」
ハヤブサを抱っこしたメイド少女カーチャが呆れ顔で僕を見上げた。
『自分の子供に負けて悔しいのは分かりますが、ちょっと大人げないんじゃないですか?』
『全くですわ。それでどうかしらオレク? 他の仕事で忙しいなら断ってくれてもいいですわよ?』
やる気のないティトゥの言葉に、しかし、オレクは覚悟を決めた表情で首を振った。
『いえ。俺で良ければ是非やらせて下さい』
彼の意外な返事にティトゥとカーチャは驚きに目を見張った。
後で聞いた話だが、オレクは僕達が彼の祖国である隣国ゾルタから帝国軍を追い払った事に、強い感謝の念を抱いていたのだそうだ。
いつか僕にこの恩を返したい。
ずっとそう考えていた彼は、今回の話を聞かされて、渡りに船とばかりに飛びついたそうだ。
僕達は僕達の事情で帝国軍と戦ったんだけど、彼の話を聞いた時は素直に嬉しかったよ。
こうしてこの日から、オレクと僕による木製フィギュア作りが始まった。
彼は僕の機体のあちこちを採寸して、元となる設計図を描いた。
『どれくらいの大きさで作りましょうか?』
「そうだね。あまり小さいと加工も大変だろうし、大きすぎると商品として成り立たないかもね。1/48か、大きくても1/24じゃないかな? ちょっとティトゥ! 今の僕の言葉をオレクに通訳してくれない?!」
『ああもう! 面倒ですわね! こんな事なら言葉が分からないままの方が良かったですわ!』
仕事中にちょくちょく呼び出されてティトゥはおかんむりだ。
オットーが困った顔でこっちを見ている。
みんなには悪いとは思うけど、僕の片言の現地語ではオレクに上手く伝えられないのだから仕方がない。
しばらくは辛抱してもらう他ないだろう。
「商品として量産を視野に入れるとしても、最低限の造形にはこだわりたいからね。行けるようなら1/24で行こうか」
『――と言ってますわ』
『分かりました。羽根の開いている部分はどうしましょうか?』
「フラップか。出来れば別パーツで再現したい所だけど、パーツが増えればその分コストもかかるしなあ。残念だけど見送ろうか」
『――と言ってますわ』
『分かりました。背中の――』
『もう! いい加減にして頂戴!』
てな事がありつつも、順調に作業は進んだ。
そして数日後、いよいよ僕達の作った(実際に作ったのはオレクで、僕は口を出していただけだけど)木製・四式戦闘機が完成したのだった。
オレクの手によって、完成したばかりの木製模型が僕のテントに運び込まれた。
全長約40cm。全幅は50cm未満。中々のボリュームだ。
オットーが驚きに目を見張った。
『ほお。これは凄い。ハヤテ様そのものじゃないか』
「ギャウギャウ(パパ? パパ?)」
オットーやファル子達の反応は上々だ。
しかし、オレクは息をのんで、この世界で最も四式戦闘機に詳しい男――僕の言葉を待っている。
『いかがでしょうか? ハヤテ様』
「ふむ」
正直に言おう。ハセガワの精密なプラモデルを知る僕には、この模型はいかにも素朴な素人細工にしか見えなかった。
パーティングラインも彫られてないし、飛行機という物を知らないオレクが作ったために、翼の厚みやボディーの形はどこか不自然で、全体的にどことなく収まりが悪く、飛行機として不格好だった。
しかし、これは確かに四式戦闘機だ。
零戦でもなければ隼でもない。ましてやワイルドキャットと間違うなんてありえない。
僕の目で見ても、これは四式戦闘機以外の何物でもなかった。
僕達はこの異世界に、初めて正しい形の四式戦闘機の立体物が誕生した瞬間に立ち会っていたのだ。
『オレク』
『はい』
ゴクリ。緊張に誰かの喉が鳴った。
『――ヨロシクッテヨ』
『! あ、ありがとうございます!』
感極まったのか、思わず涙ぐむオレク。
そんな彼の肩を叩くオットー。
やり遂げたな、オレク。僕も嬉しいよ。
『はあ。ようやく終わったんですわね』
そしてティトゥは、大きなため息をこぼすのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
オレク作の木製模型はセイコラ商会に運び込まれると、すぐさま商品化され、ポルペツカの商店に並べられた。
商品名は『本人完全監修 1/24 ドラゴン・ハヤテ木製模型』
しかし、その大きさと手間のかかる加工により商品価格は上がり、庶民の手の届くものでは無くなっていた。
ぶっちゃけ、ものすごく高かったのである。
結局、相変わらずファル子達のぬいぐるみが完売する中、ドラゴン・ハヤテ木製模型は全くと言って良い程売れず、セイコラ商会はすぐに生産を終了したのだった。
売れ残った商品は後に全てナカジマ家で買い取られ、限定品として通しナンバーが打たれた上で、関係各所に贈答品として送られて迷惑――重宝されたという。
もしも今回の一件に教訓めいたものがあるとすれば、『開発者が商品開発にこだわり過ぎてはいけない』というものであろう。
今回のお話は以前、ありさん 様から頂いた感想が元になっています。
楽しいアイデアを頂き、どうもありがとうございました。