閑話12-3 ファル子とハヤブサ
巨大ネドマから回収した例の赤い石。
その石から二匹の子ドラゴンが誕生した。
何を言っているんだ? と、思うかもしれないが、実際に生まれたんだから仕方が無い。
ナカジマ領に戻った僕達は、桜色のちょっとやんちゃなメスをファル子。緑色のおっとりしたオスをハヤブサ、と名付けた。
というか、名付け親は僕なんだけどさ。
そんなこんなで、今日も朝からティトゥは溜まりに溜まった仕事の処理に追われている。
発展著しいナカジマ領はいつでも仕事が山積みなのだ。
ティトゥは旅から戻って早々、連日、書類の山と格闘する羽目になっていた。
ご愁傷さまです。
『本来であればこれも領主の仕事なのだが・・・今は無理だろうな』
そう言いながら、無情にも書類の山に書類を追加するユリウスさん。
ティトゥが心底恨めしそうに彼を睨んだ。
『そう思うのなら持って来ないで頂戴』
『そう思ったからこそこちらでやっておいたのだ。これはその報告書だ』
ユリウスさんは去年までこの国の宰相だった人だ。
長年に渡って一国の事務を賄っていた彼の処理能力は伊達ではない。
ちなみに今は、主にナカジマ領内の住人の訴えを処理してもらっている。
つまりは裁判関係の仕事。お奉行さんだ。
慣例や制度に詳しい者が少ないナカジマ家において、彼は代官のオットーに次いで、欠かす事の出来ない重要な戦力となっていた。
『領主たるもの領民の訴えには目を通しておくべきだ。それによって今の領地の足りない部分も分かるし、先々に対する備えも見えて来よう。そもそも領内の不満を放置する事は棄民の増加に繋がり、治安の悪化、税収の減少、更には――』
『ああもう! そういう話はまた今度にして下さいまし!』
『あの、ユリウス様。ご当主様の手が止まってしまいますので・・・』
有難いお説教をイライラと遮るティトゥ。そして慌てて二人を止めに入る代官のオットー。
巻き込まれるのは勘弁と、必死に目の前の書類に集中するオットーの部下達。
そんなギスギスとした空気の中、メイド少女が二人の子ドラゴン達を連れてテントの中に入って来た。
『二人の散歩を終わらせました。――何かあったんですか?』
『はあ・・・。何でもありませんわ。それよりもカーチャ、お茶にして頂戴』
『あ、はい』
カーチャは二人を僕の操縦席に乗せると、お茶の支度をするためにバタバタとテントを後にするのだった。
子ドラゴン達はギャーギャー、キューキューと鳴きながら、嬉しそうに操縦席の中を走り回っている。
「コラ。操縦席の中で暴れない」
どうやら彼らは散歩の興奮が抜けきれていないようだ。
「ギャウギャウ!(パパ! パパ! ご飯!)」
「あーはいはい。ちょっとティトゥ。二人におにぎりをあげてくれないかな」
僕はファル子にせっつかれて、ティトゥに助けを求めた。
そう。最近二人は片言ながらも言葉を話すようになっているのだ。
言葉を話すと言っても、この世界の言葉でもなければ日本語でもない。ギャウーとかキューとかそういった鳴き声だ。
これが彼らドラゴンにとっての言語なのだろう。
僕は何故かこの世界の言葉が分かるように、彼らの鳴き声による言葉も分かるのだ。
とはいえこちらから話すことは出来ない。
この辺のルールは、この世界の言語の時と同じだ。
まあ、仮に話せたとしても、人前でギャウギャウガウガウとやるのはちょっと勘弁してもらいたいが。
また、不思議な事に彼らの方も僕の日本語が分かるらしい。
でも、日本語で話すことは出来ないようだ。
こちらも僕と同じルールが適応されているのか、それとも喉の構造の問題で喋れないのかは不明だ。
本人達にも良く分かっていないみたいみたいだし。
こうしてみると、僕と彼らはお互いに違う言葉を話しながら、会話が成立している訳だ。
ここにティトゥが加わると、中々にカオスな状況になるのだが・・・
しかし、生後数日で片言とはいえ言葉を話すようになるなんて。
ドラゴンというのは相当に頭の良い生き物なんだな。
『いえいえ、お二人が天才なのですよ。なにせお父様がハヤテ様なのですから』
そう言って僕をよいしょするのは、聖国メイドのモニカさん。
彼女の姿を認めた途端、さっきまで元気の良かったファル子がビクリと反応して急に大人しくなった。
「キュー・・・(あの人、苦手)」
なんと、子ドラゴンにもモニカさんの黒さが伝わるんだ。
子供の直感ってのはバカに出来ないものだなあ。
『ハヤテ様、何か(ニッコリ)』
『サヨウデゴザイマスカ』
危ない危ない。直感が鋭いのは子供だからじゃなくて女性だからかも。
実際に男の子のハヤブサは、特にモニカさんを嫌っている様子もないからね。
「ガウガウ(う~ん。普通?)」
この子は鈍いのか大物なのか。
「ギャウギャウ!(ママ! ママ!)」
ティトゥが近付いて来ると、二人は興奮して前足でペシペシと風防を叩いた。
『はいはい。ご飯ですわね。ハヤテ』
「よろしくね」
僕が出したおにぎりをティトゥが二人に与えていく。
『こら、ファルコ! 意地汚いですわよ! ほら、ポロポロこぼさない!』
相変わらず、落ち着きのない桜色の子ドラゴンに世話を焼かされるティトゥ。
ちなみに二人は僕の事をパパ。ティトゥの事をママと呼んでいる。
僕はともかく、ティトゥがママなのは何故か?
彼女が『私はあなた達のママですわ!』と、自分で宣言したからである。
何言ってんの君。
まあペットの母親代わり、と考えれば、そんなにおかしな話じゃないのかな?
実際、周囲も何となく納得しているような感じだったし。
しかし、みんなはそれでいいかもしれないが、僕の方はそうはいかない。
そしてまさかこの子達が喋るようになるとは思わなかった。
おかげで僕は自分をパパと呼ぶ羽目になったのだが、それはまあいい。
それはいいけど・・・
「ギャウギャウ(パパ、ママは?)」
「ええと、マ――お母ちゃんはお仕事だよ」
ゴメン。やっぱ無理。
自分をパパと呼ぶのはまだ我慢出来る。
けど、ティトゥをママと呼ぶのは無理。
照れくさくて無理。
しかし、子ドラゴン達は僕が言った言葉を素直に覚えてしまった。
「ギャウギャウ(お母ちゃん、お母ちゃん)」
この瞬間、ティトゥのまなじりがキリリと上がった。
『お母ちゃん? 私はママだって言いましたわよね? 誰があなた達に私を”お母ちゃん”と呼ぶようにと言ったんですの?』
「キュウ(パパ)」
『・・・そう。ハヤテ、どういう事か説明して頂戴』
僕はティトゥから『なぜ、あなたが”パパ”で、私が”お母ちゃん”なんですの?』『あなたは私をどういう目で見ているんですの?』と、じっくりお説教を食らってしまった。
ティトゥ的には、”お母ちゃん”と呼ばれるのはイヤだったようだ。
そうなのか。僕なら別に”お父ちゃん”でも構わないんだけど・・・
『ハヤテ』
「――アッハイ。ゴメンなさい」
こうしてその後、僕は精神をすり減らすような努力を重ね、どうにか今ではティトゥをママと呼べるようになったのだった。
いや、それでも、むずがゆさは抜け切らないんだけどさ。
「キューキュー(カーチャ姉、だっこ)」
『はいはい。ハヤブサ様、お茶を片付けてからにしましょうね』
緑色の子ドラゴン、ハヤブサは相変わらずカーチャに甘えている。
ひょっとしたら、この子は巨大オウムガイネドマの赤い石から生まれた方なのかもしれない。
あっちはずっとカーチャが抱いていたからね。
この惑星の大気中のマナが凝縮して作られた”魔法生物の種”。
僕の四式戦闘機のボディーはそこから作られたのだが、余った素材は二つの赤い石という形でこの大陸に残された。
ネドマはその赤い石を取り込む事で巨大化したのだが・・・
ひょっとしたら僕が思っていたよりも、ネドマと赤い石は密接に結びついていたのかもしれない。
実はそう考えるだけの根拠はあるのだ。
さっきも言ったが、赤い石は”魔法生物の種”の欠片。
魔法生物の種が魔法生物として形を取るには”生き物の意思”が必要なのだ。
僕の場合は言うまでもないし、叡智の苔の場合は、スマホの音声認識アシスタント・バラクがそれに当たる。
なら、ファル子とハヤブサの場合はどうなのだろうか?
僕は最近、彼らの意思は赤い石を取り込んでいたネドマのそれなんじゃないか、と、推測している。
つまり、四式戦闘機のボディーの中に僕の意識があるように、彼ら子ドラゴン達の中には巨大ネドマの意識があるんじゃないだろうか。
と言っても、彼らの正体が人食いの怪物、と考えるのは短絡的に過ぎるだろう。
なぜなら彼らの元となったネドマは、それぞれオウムガイと謎虫だからだ。
虫は脳みそを持たず、”神経節”という神経の塊で情報を処理している。
そしてオウムガイも、軟体動物の中では脳の発達が悪く、原始的だと言われているのだ。
僕達人間だって、自分の脳が未発達だった頃の事――例えばお母さんのお腹の中にいた頃の事なんて覚えていない。
同じように、ファル子達もネドマだった頃の事を覚えていないのだろう。
何せその頃の二人は、ろくな脳みそを持っていなかったのだ。
言葉を喋るどころか、きっと思考すらもままならない、お腹の中の赤ちゃん状態だったんじゃないだろうか。
死んだネドマの記憶を失くした生まれ変わり。と考えるのが一番真相に近いのかもしれない。
それでも、前世の人食いの怪物としての罪を気にする人もいるかもしれない。
その場合、僕達が二人を人類に貢献出来る子に育て上げ、彼らの今後の行いをもってして贖罪として貰うしかないだろう。
そもそも、巨大ネドマは生物として捕食していただけなんだから、罪とかそういう問題じゃないと僕は思うけどさ。
おにぎりを食べていた二人は、今は元気にじゃれ合っている。
みんなは二人のそんな愛らしい姿を温かく見守っている。
さっきまでテントの中に立ち込めていたギスギスとした空気はもうどこにもなかった。
今の時点でも、二人は癒し効果で立派に人間に貢献してくれているんじゃないかな。
僕はそう思わずにはいられなかった。