閑話12-2 名付け親
僕達はチェルヌィフ王朝への旅を終え、ティトゥの領地、ナカジマ領へと帰って来た。
長い道中には色々あったが、最後の最後に謎生物の登場で、全部持って行かれたような気がする。
その謎生物とは双子? の子ドラゴン。
どうやら彼らは巨大ネドマから回収した例の赤い石から生まれたようだ。
あれって卵だったの? 絶対に違ったよね。
まああの石は、僕の四式戦闘機のボディーを生み出した魔法生物の種、その残りらしいから、そういう意味では生き物が生まれてもおかしな話じゃない。のか?
けど、本来であれば魔法生物の種は、それ単体では生き物になり得ないはずなのだ。
そこには生物の体を形作るための材料はあっても、生物には欠かせない”意識”が無いためである。
だからバラクや僕の時のように、異世界から飛ばされて来た”意識”を必要としたはずなんだけど・・・
どこからどう見ても、この子ドラゴン達って普通に生きてるよね。
一体どうなってんの?
そんなこんなで僕が混乱している間にも、僕達は無事にコノ村に到着。
出迎えてくれたナカジマ家代官のオットー達は、ティトゥとカーチャの抱いた子ドラゴン達に驚愕したのだった。
『ハ、ハヤテ様の子供ですか?!』
『見ての通りですわ』
いや、見ても分からないと思うよ。実際、全然似ても似つかないからね。
周囲の注目を浴びて落ち着かなかったのだろう。ティトゥの抱いた子ドラゴンは随分とおむずがりだ。
逆にカーチャの抱いた子ドラゴンはリラックスしてぐったりと体を預けている。この子は鈍いのか大物なのか。
『もう! 少しは大人しくなさい! 本当にあなたは腕白ですわね!』
『あの、ハヤテ様が産んだんですか? 本当に?』
混乱しながら僕と子ドラゴンを交互に見比べるオットー。
気持ちは分かるけど、僕が産んだわけじゃないからね。
『話は後でしますわ。今日は疲れましたわ』
『そ、そうですね。分かりました。おおい、お前達! ハヤテ様をテントの中に!』
『『『は、はい!』』』
僕はナカジマ家のみなさんに押されて、自分のテントに無事に帰宅したのだった。
やっぱり自分の家は落ち着くよね。
こうして僕達は、約三ヶ月ぶりに自宅でゆっくりと夜を過ごしたのであった。
翌朝。
ティトゥ達が子ドラゴンを抱いて僕のテントにやって来た。
子ドラゴン達は僕を見ると「キューキュー」と鳴いて暴れた。
一晩たって子ドラゴン達の体にも若干の変化があったようだ。
全体的に薄いグレーの体色だったのが、背中に薄く色が乗っている。
ティトゥの抱いた子ドラゴンは淡い桜色。カーチャの抱いた子ドラゴンは薄い緑色である。
ちなみに桜色の方がメスで緑色の方がオスらしい。
性別によって色が変わるのか、はたまた犬や猫の毛のようにそれぞれの個性なのかは全く不明だ。
『この子達、昨日から何も食べないんですのよ』
ティトゥは心配そうに僕に報告して来た。
知っての通り、僕の四式戦闘機ボディーは食事を必要としない。
けど、子ドラゴン達は物を食べるのだ。
昨日、僕らの目の前で、彼らは自分達が生まれた例の赤い石の殻を食べていた。
ティトゥが『そんなものを食べてはお腹を壊しますわ』と、止めようとしたが、彼らは本気で怒って彼女を振り払っていた。
「好きにさせてやれば? 元々その石から生まれた生き物なんだから、大丈夫なんじゃない?」
「そういうものなのかしら?」
結局、赤い石の殻は全て彼らのお腹の中に収まってしまった。
その後、特に苦しんだ様子もないし、大丈夫だったんだろう――って、あ。ひょっとして。
「ひょっとして、これなら食べるのかい?」
「! キュー! キュー!」
ああ、やっぱりそうか。
僕がおにぎりを出してあげると、子ドラゴン達は飛びかからんばかりに激しく興奮した。
『あなた達おにぎりが食べたかったんですの?』
『おにぎりはドラゴンの雛の食べ物だったんですね』
カーチャはちょっと勘違いしているようだが、この場合、結果としては間違っていないかな?
多分、僕と違って子ドラゴン達は、自力では大気中のマナを取り込めないのだ。
それはまだ子供で機能が不完全なせいか、元々そういう体の仕組みなのかは分からない。
多分昨日、赤い石の殻を食べていたのは、殻に含まれたマナを食事という形で体に取り込んでいたのだろう。
僕の出したおにぎりに反応したのは、これが大気中のマナから作られたものだからに違いない。
つまり彼らはおにぎりに反応しているのではなく、おにぎりに含まれるマナに反応しているのだ。
その理屈だとガソリンでもいい事になるけど、流石にそれを試す気にはならないよね。
どこからどう見ても動物虐待にしか見えないだろうし。
『はい、どうぞ』
『ちょっと、落ち着いて食べなさい。口の端からこぼれてますわよ』
相変わらず落ち着きのない桜色子ドラゴンに、ティトゥは世話を焼かされている。
彼女のたどたどしい手つきは見ていて不安にさせられるが、緑色子ドラゴンはカーチャにしか懐いていないので、必然的にティトゥがこちらを世話する事になっているのだ。
カーチャは手間のかからない緑色子ドラゴンにおにぎりを与えながら、どこか申し訳なさそうに主人を見ている。
『大変なご様子ですね。でしたら私にお任せ頂けませんか? ええ、是非とも』
聖国メイドのモニカさんが、ここぞとばかりにアピールを始めた。
彼女は子ドラゴン達を見てから、己の欲望を隠し切れない様子だ。
今も目をギラギラさせて、口の端から涎を垂らさんばかりの表情となっている。
昨日も、『もう一人か二人生まれる予定はありませんか? でしたら次は是非、聖国にお預け下さい。王家を上げて誠心誠意お子様のお世話をさせて頂きます』とか言われたからね。
そんな予定無いから。赤い石は二つで打ち止めだから。
ていうか、それって絶対、そっちに取り込む気だろ。
洗脳教育して返す気ゼロだろ。
『大丈夫ですわ。ドラゴンの世話はハヤテで慣れていますもの』
そしてティトゥさんや。僕はブラッシングくらいしか君にお世話された覚えは無いんだけどね。
僕の作ったおにぎりは、子ドラゴン達にとって十分なマナを含んでいたようだ。
彼らは一個でお腹がいっぱいになったらしく、今は元気に僕の機体の中を探検している。
『それで、この子達の名前をどうするんですの?』
ティトゥが残ったおにぎりをつまみながら僕に尋ねた。
確かに。
いつまで飼う事になるのかは分からないが、一緒に生活する以上、いつまでも桜色子ドラゴンとか、緑色子ドラゴンとか呼んでいる訳にはいかないよね。
「じゃあ何か良さそうな名前を決めてあげてよ」
ティトゥ達は呆れた表情であんぐりと口を開いた。
『・・・ナニ?』
『何? じゃないですわ!』
『今の話は酷いです! あの子達はハヤテ様の子供じゃないですか!』
ええ~っ。何で僕が非難される訳。君達はあの子ドラゴン達が赤い石から生まれた所を見てたよね。
誰が親かと言えば、どっちかと言えば僕よりもあのネドマの方が親っぽくないかな。
赤い石の元々の持ち主だった訳だしさ。
『それでもあの子達はドラゴンなんだからハヤテ様の子供です!』
『ハヤテもドラゴンなら、あの子達にドラゴンに相応しい名付けをしてあげるべきですわ!』
いやいや、僕はドラゴンじゃないし。戦闘機だし。
今までは他にドラゴンがいなかったから、「なら別にいいかな」と思っていただけだから。こうして本当にドラゴンっぽい生き物が出て来た今、もう僕はドラゴンを卒業してもいいんじゃないかな。
『・・・ハヤテ』
おっと、ティトゥの機嫌が悪くなって来た。
仕方がない。ここは変にごねずに大人しく名付け親になっておこう。
「じゃあレウスとレイアで」
『却下! ですわ』
なんでだよ! ドラゴンっぽくていい名前じゃん!
緑色の雄ドラゴンと桜色の雌ドラゴンだよ?
日本人に聞けば誰もがレウスとレイアと名付けると思うんだけど。(※個人の感想です)
『適当に付けたのがバレバレですわ』
『ハヤテ様、もっとちゃんと考えて下さい』
うぐぅ。ごもっとも。
・・・まあいいか。
ちゃんと考えますよ。ちゃんと。
さて。今更言うまでもないが、僕のハヤテという名前は四式戦闘機・疾風から来ている。
だったら子ドラゴンの名前も、日本の戦闘機にちなんだ名前の方がいいのかな?
四式戦闘機の子供・・・五式戦闘機? でも五式戦闘機には愛称が付いていないんだよなあ。
それに五式戦闘機は三式戦闘機の機体に空冷エンジンを積んだものだ。
どちらかと言えば三式戦闘機の子供と言える。開発も同じ川崎航空機だし。
開発で考えるなら、四式戦闘機を作ったのは中島飛行機だ。
当時、中島飛行機で開発、制式採用された戦闘機は、古い順に『九一式』『九七式』『一式』『二式単座』『四式』。
このうち愛称が付いているのは『一式戦闘機・隼』と『二式単座戦闘機・鍾馗』、そして『四式戦闘機・疾風』となる。
なら子ドラゴン達は、それぞれ隼と鍾馗がいいのかな?
鍾馗って中国の神様の名前だっけ。確か道教の神様だったはずだ。髭を生やした武人っぽい姿に描かれていたと思う。多分。
う~ん。あの可愛らしい子ドラゴンの名前としては違和感があるかなあ。
隼の方は悪くないな。ここからどうにかして二匹分名付けられないだろうか?
ハヤブサ。・・・ハヤとブサ。
いやいや、ハヤはともかくブサってなんだよブサって。ブサイクみたいで気の毒だろ。
だったらどうするかなあ。隼って英語で何て言うんだっけ?
そうそう、ファルコン。
ファルコン・・・ファルコ。ファル子! あれ? いいんじゃない?! これ。
「メスの方がファル子。オスの方がハヤブサ。これでどうかな?」
『ファルコとハヤブサ。なら、それにしましょう』
即決かよ! レウスとレイアの時とは随分違うじゃん!
『今度は真面目に考えて付けたのが分かったからですわ』
『ハヤブサという名前はハヤテ様の名前から二文字取ったんですよね? ファルコの方にはありませんが、女の子の名前だからでしょうか?』
ティトゥに見透かされ、僕は若干の気まずさを覚えた。
そしてカーチャの方は何やら妙な納得の仕方をしている。そんなに深い意図は無かったんだけどね。
また非難されるとイヤなので黙ってるけど。
ティトゥは満足そうに頷いた。
『真名の方はまた後日に決めましょう。ハヤテにもゆっくり考える時間が必要でしょうから』
その設定ってまだ生きてたの? 僕には真名とかそういう中二臭い物は無いから。それってティトゥの脳内だけの設定だから。
こうしてメスのやんちゃな桜色の子ドラゴンは”ファル子”。
オスの大人しい緑色の子ドラゴンは”ハヤブサ”と決まった。
今後はこの子ドラゴン達に振り回されそうな気がするな。きっと。