閑話12-1 ティトゥと怪談話
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第十二章が終わったばかりですが、1,000件突破を記念して閑話を更新したいと思います。
これはハヤテ達がデンプションの港町で巨大オウムガイネドマを退治し、報告のためにやって来た王城でカルーラ達と再会した時の話。
◇◇◇◇◇◇◇◇
一週間ぶりにやって来た王城で、カルーラ達小叡智姉弟との再会に喜ぶ僕達。
巨大オウムガイネドマから手に入れた”赤い石”の件もあるし、早速、叡智の苔に報告したいんだけど・・・ここで問題になったのがメイド少女カーチャをどうするかである。
『あの、私なら聖域の外で待っていますが』
『それは危ないかもしれない』
カルーラの説明によれば、王城は今、サルート家の騎士達がクーデター派の人間を血眼になって捜しているそうだ。
幸いカルーラ達の実家カズダ家は、クーデター側の戦車派でもなければ、体制側の帆装派でもない。第三勢力の隊商派だ。
とはいえ、李下に冠を正さず。
今、カーチャ一人を放置するようなマネは止めておいた方がいいだろう。
『でも、だとしたら私はどうすればいいんですか?』
『簡単ですわ。私達と一緒に洞窟に入ればいいんですわ』
『ええっ?!』
ティトゥの言葉にギョッと驚くカーチャ。
『お二人にもお願いしますわ』
『・・・そうおっしゃられても』
『だったらハヤテ様に聞く』
渋るキルリア少年だったが、カルーラはあっさりと僕に丸投げした。
カルーラ達はバラクから、僕はバラクと同様の存在だと聞かされているからね。
その僕が許可すれば、彼女の中では、叡智の苔が許可したのと同じ扱いなのかもしれない。
キルリアも姉の意見に一理あると思ったのだろう。
全員の視線が僕に集まった。
『ヨロシクッテヨ』
僕が決めてもいいなら、もちろんティトゥの意見に賛成だ。
カーチャは、他国の聖域に自分のようなメイドが入るなんて恐れ多い、とか思っていそうだけど、僕は聖域の真実――叡智の苔の正体――を知っているからね。
叡智の苔はバラク。スマホのOSにプリインストールされている音声認識アシスタントだ。
ぶっちゃけ、みんなが敬うような存在じゃないから。
カルーラ達に悪いから、流石に正直には言わないけどね。
『でも・・・』
『ハヤテがいいと言ったんですわ。何かあっても、あなたのせいじゃありませんわ』
『キルリア』
『ハヤテ様がそうおっしゃるのなら』
それでもまだ渋るカーチャ。
こうして彼女を説得している間に、どういう流れか、僕は日本の怪談話を説明する羽目になったのだった。
きっかけは覚えていないが、話の中で僕のこぼした言葉に、カルーラが食い付いたんじゃなかっただろうか?
「飛行機さん。その”テケテケ”って何?」
テケテケとは有名な怪談話だ。都市伝説? ウチの学校では七不思議の一つ、旧校舎の女の子として語られていた。
「上半身だけで腰から下の無い女の子の幽霊? 怪人? とにかく怖い存在だよ」
「どういうお話? 聞かせて、聞かせて!」
「・・・カルーラ姉さん」
目を輝かせて詰め寄るカルーラに、どこか呆れ顔のキルリア。
しかし、彼も興味はあるのか、どことなくそわそわとしながら僕を見ている。
姉弟そろってこういった話が好きなようだ。
「北海道――僕達の所の寒い地方で事故に遭った女の子の話なんだけどね」
地域によって話は変わるそうだが、僕の所のテケテケの話はこうだった。
北海道で吹雪の中、女の子が列車に轢かれるという事故が起きた。
女の子の下半身は、列車にぶつかった衝撃で粉々に千切れ飛んでいたという。
上半身だけになった女の子だが、すごい寒さに傷口の血が瞬時に凍り付き、即死は免れていた。
しかし、吹雪で救急車は走れず、女の子は長い時間激痛に苦しみ悶えたという。
「女の子は『助けて・・・助けて』と泣きながら息を引き取ったそうだ」
「・・・可哀想」
「寒い土地は大変なんですね」
女の子の境遇に同情するカルーラ。そして斜め上の方向に気の毒がるキルリア。
まあ君らの実家は砂漠のオアシスだし。寒い土地の話をされても実感が湧かないのかもしれないね。
「それからだ。その線路――街道の近くでは、夜になると『テケテケ』『テケテケ』と何かが走る音がするようになった。
ある夜の事。男が車で――馬車でその道を通ると、背後から『テケテケ』『テケテケ』という音が聞こえて来た。
振り返った男が見たのは、肘をついて腕だけで走る女の子の姿だった。
その女の子は上半身だけで下半身が無かった。男はゾッと恐ろしくなって、馬車のスピードを上げた。
しかし、いくら走っても後ろから『テケテケ』『テケテケ』という音が付いて来る。
『まさか?!』と思って男が振り返ると、上半身だけの女の子が彼を追って来ていたのだ。
女の子は男に叫んだ『私の足。私の足はどこ?!』」
ん? さっきからティトゥがチラチラとこっちを窺っているな。
いつもならこんな風に僕達が日本語で話し込んでいると、途中で強引に割り込んで来るのに。
珍しいこともあったもんだ。
顔色も妙に悪いし、変にモジモジしているし・・・って、ああ。
『ティトゥ トイレ?』
『そっ! そんなのじゃありませんわ!』
そう? 別に恥ずかしい事じゃないし、おトイレなら我慢せずに行った方がいいよ?
『ボソッ(も、もう! なんでそんな怖い話をするんですの?!)』
? 何? 僕からは聞き取れない声で何やらぼやくティトゥ。
「飛行機さん。それでどうなったの?」
おっと、話の途中だった。
「男は必死になって逃げた。少女も馬車の速度にはギリギリで追い付けなかったのだろう。彼はどうにか逃げ切る事が出来たのだった」
「・・・なんだ」
ここから怖い展開を期待していたのだろう。ちょっとガッカリするカルーラ。
「それで、その少女はどうなったんですか?」
「その後は全国各地で、この少女が目撃されるようになったんだ」
「ええっ?!」
僕の学校で言われていた怪談はこうだ。
夕方。生徒が全員帰った後、一人の生徒が正門に急いでいた。
その生徒は、たまたま先生の手伝いで遅くなってしまったのだ。
丁度、生徒が旧校舎の近くを通った時、ふと視線を感じた。
気になって辺りを見回すと、旧校舎の窓に女の子が一人。ジッと生徒の方を見ている。
しかしその時、生徒は気が付いた。女の子には下半身が無かったのだ。
生徒は恐ろしくなって走り出した。
すると生徒の背後から『テケテケ』『テケテケ』という音がする。
恐怖に駆られた生徒が振り返ると――
「すぐ背後には凄い速度で両肘で這って来る女の子が! 『あなたの足を私に頂戴』」
「! そ、それは凄く怖いお話だわ!」
「両肘だけで追い付いたんですか?! 馬車を追いかけるくらいだから、人間の足では当然逃げ切れないですよね?」
「そうね! 追いつかれたら女の子に足を取られてしまうわ!」
なんだか興奮気味のカルーラ。やはりこの子はこの手の怖い話が大好きみたいだ。
カルーラはキャーキャーと喜びながら、弟に縋り付いた。
「キルリア、怖い? 怖かった? 怖かったら今日は私と一緒に寝る?」
「いや、確かに怖い話だったけど、普通に一人で寝られるから」
そしてちょっと迷惑そうなキルリア。
姉を嫌っているわけではないが、テンションの高さに付いて行けないようだ。
なんというか、誰かと一緒にお酒を飲んでいて、相手が先にへべれけになった時のような感じ?
酔った相手にくだを巻かれて、こっちは逆に酔いが冷めて冷静になるあの感じに近いのかもしれない。
ぴょんぴょん跳ねるカルーラに、ティトゥがおずおずと声を掛けた。
『あ、あの、カルーラ。おトイレはどちらかしら?』
『トイレなら聖域の外。あの木の横の小屋』
『そう。ええっ、あんなに遠く?! ・・・カ、カーチャ。一緒に来て頂戴』
『? 分かりました』
どうやら、やっぱりティトゥはトイレを我慢していたらしい。
さっきから様子が変だと思っていたんだよね。
自分がいない間に僕らだけが盛り上がるのがイヤで、話が終わるまで待っていたのかもしれないな。
『ブツブツ(全くハヤテは! ひょっとして私が言葉が分かるって知っていて、わざとあんな怖い話をしたんじゃありませんの?)』
こちらからは聞こえない声で、なにやらブツブツと文句を言うティトゥ。
ああ、そうそう。
「この話には続きがあってね。この話を聞いた人の所には三日以内に女の子が現れるそうだ。そして上半身だけの女の子に出会ったが最後、逃げても逃げても、物凄い速度で『テケテケ』『テケテケ』と追いかけて来るんだよ」
キャーキャーと喜ぶカルーラ。
まあ、こういったオチは怪談話の定番だよね。
『ああもう! 何も聞こえませんわよ! ええ、何も!』
そして大きな声で叫ぶティトゥ。
何を言っているんだろうねこの子は。
そんな主人を何とも言えない表情で見つめるカーチャ。
『あの、ティトゥ様。前から思っていましたが、もしかして・・・』
『おトイレに行きますわよ!』
大声でカーチャの言葉を遮るティトゥ。
いやいや、ティトゥ。君だって女の子なんだから、そんなにはっきりトイレに行くって宣言しなくても。
ほら。キルリアが困った顔をしているじゃないか。
こうして僕達はティトゥが帰って来るのを待って、バラクの洞窟に入るのだった。
僕がティトゥが怖い話が苦手と知るのは、後日になってからの事である。
いつもこの作品を読んで頂き、ありがとうございます。
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