その7 のどかな道中
ミロスラフ王国には村と村を繋ぐ街道がある。
日本で言えば国道にあたるものだ。
とは言うものの、当然、アスファルトで舗装、なんてことはない。
僕のイメージではヨーロッパの道といえば石畳か、「ローマン・コンクリート」と呼ばれるコンクリ舗装路だが、ここでは基本的に未舗装の地面だ。
一応大きな町の周囲は石畳を敷いているらしい。
ちなみに「ローマン・コンクリート」とは古代ローマ時代に作られていたコンクリートだ。
――って、世界の不思議を発見するクイズ番組で観た事ある。
ローマ人はこのコンクリを使って、コロシアムを建てたり、国内のあちこちに舗装路を作ったりしていたそうだ。
そして彼らは、敵が攻めてきたらその舗装路を使って素早く兵士を前線に送っていたのだ。
「ローマン・コンクリート」の詳しい製法とかを知っていたら、知識チートで大活躍できたかもしれないね。
今回の王国への旅はその街道を通って行く。
しかし、場所によっては、どこが道だか良く分からない単なる荒地なだけの場所もある。
そんな場所では地面に残った轍をたどって進む。
夜はファンタジー世界らしく、焚火を中心に馬車を並べて野営・・・するのかと思ったら、普通に村で宿泊するらしい。
そりゃまあ、国の端っこの僻地ならともかく、ティトゥの家のあるマチェイはそこそこ王都の近くにあるしね。
馬車で移動できる範囲にいくつでも村くらいはあるか。
異世界転生ものの物語では、こういった旅では盗賊に襲われたり、盗賊に襲われる馬車を助けたりするのが王道の展開だ。
しかしいくら異世界とはいえ、現実的に考えればそういった事件にめぐり合うことはまれだろう。
例えば日本の交通事故だって、死亡事故に限定しても年間何千件と起こっている。
では、実際に自分が死亡事故に遭遇するかというと、そんな事はないだろう。
この国にも盗賊はいるそうだが、そうそう出会うものでもないのだ。
時々休憩を挟み、馬も人も休みながら、のんびりと街道を行く。
いや、のんびりしているのはただ運ばれている僕だけで、馬に跨ってる騎士団の人達は大変なんだろうけどね。
なにせ電気屋にはダイエット用の機器で乗馬マシンが売ってるくらいだからね。
ダイエットになるくらい乗馬は体力を使うんだろう。
人を乗せて歩いている馬からすれば、お前ら俺に乗って楽してるだけだろうが、なんて文句が出るかもしれないけど。
ちなみに、ただ運ばれているだけの僕だが、実は少々苛立ちを感じている。
荷車にグルグル巻きにされているのだ。
数日前の予行演習ではこんなことはなかったのだが、出発前に暴れたせいか、今は雁字搦めに荷車に括り付けられている。
家令のオットーの悪意を感じるのだが、考えすぎだろうか?
腰を抜かすほど驚かせてしまったことに対する意趣返しをされた気がする。
まあ、ティトゥも一緒に乗ることになったし、万が一を考えるとこうなるのも仕方ないのかもしれない。
ここは我慢することにしよう。
ティトゥは昼食を済ますころには、すっかりいつもの元気を取り戻していた。
一眠りしたのも良かったのかもしれない。
パンチラ元王子は、日に焼けることを嫌って馬車から出て来ないらしい。
そのこともティトゥの気持ちを軽くしているようだ。
休憩のたびに、ティトゥ付きのメイドのカーチャが使用人用の馬車から飛び降りてきて、僕のところに走ってくる。
少しメイド少女に申し訳ない。
僕のアイデアでティトゥが僕に乗ることになったわけだし。
『これがハヤテ様の食事ですか』
カーチャがティトゥのおにぎりに目を見張った。
そういえばカーチャは見たことなかったんだっけ?
『ミズアメの素になったのは知っています』
君にとってはそういう印象なのね。
もうお昼すぎなので、お腹が空いただろうと思って、さっきティトゥにおにぎりを差し入れしたのだ。
何気にティトゥもあの時以来久しぶりに食べることになる。
まあ、ずっとお屋敷にいたから、わざわざおにぎりを出す機会もないよね。
カーチャも一つお呼ばれする。
二人並んでおにぎりを頬張っている。
四式戦のかたわらで並んでおにぎりを食べる少女二人。
ああ、ぜひ、情景王・山〇卓司先生のジオラマで――ってそのネタはもういいか。
ちなみにカーチャは、手づかみで食べるティトゥを注意したりはしない。
どうも食事は貴族でも普通に手づかみのようで、少し衛生管理が気にかかる。
こっちの人はお腹が丈夫なんだろうか?
『もちもちした食感はいいですね』
割と淡白なカーチャの感想である。
まあ、おにぎりってあくまで主食であって、特別美味しいというものではないからね。
『そうね、私は好きな味ですわ』
食後に水筒の水で喉を潤すと、カーチャが小物入れから陶器の瓶を取り出した。
中に入っているのは水あめだ。
二人で調色スティックのようなスプーン――と言ってもモデラー以外には通じないか。
柄の長い小さなスプーンを取り出して、水あめを掬ってしゃぶっている。
缶コーヒーのCMのようにホッとした表情を浮かべる二人。
僕達に同行している王都騎士団の団員が、二人の様子を興味深そうに眺めている。
ちなみに彼らは携帯食料だろうか、何かの肉みたいなものを齧っているようだ。
それはそれでどんなモノなのか興味深いね。
こういう時、この身体は食事ができないのが残念だ。
それはそうと、彼らも水あめが欲しいのだろうか?
『あれが姫 竜 騎 士』
『間違いない。俺はあの日カミル将軍の陣幕で直接彼女を見ているからな』
ちょ・・・なんだよ姫 竜 騎 士って!
またティトゥ好きしそうな中二ネームだな!
どうやら彼らはティトゥのことを見ていたようだ。
そういえば、昨日はティトゥはずっと自室に逃げ込んでいたっていうし、出発してからはずっと帽子を目深にかぶって寝ていたんだっけ。
彼らが落ち着いてまともにティトゥの顔を見たのは、実は今が初めてだったのかもしれない。
朝の騒ぎの時はそれどころじゃなかっただろうし。
ティトゥが周囲の熱っぽい視線に気が付いたのか、少し眉をひそめた。
しかし、直後にカーチャから水あめのお代わりを手渡され、口に放り込み悦に入るのだった。
『今日はあの時のような恰好じゃないんだな』
あれはパジャマだからね。
ドラゴンに乗る時の正装じゃないから。
少し残念そうな騎士団員、君の顔は覚えたから。
今後ウチのティトゥには近付かないでもらおうか。
『うるさい!! 下がれ!!』
突然の怒鳴り声が聞こえた。
この一行の中でも、格別豪華な馬車から若い騎士団員が転がり出て来た。
言わずと知れたパンチラ元王子の豪華馬車だ。
若い騎士団員は今回のパンチラ当番だろう。
何かを問いかけるような周囲の視線に、処置ナシ、といった風にため息をつきながら肩をすくめる若い団員。
周りの団員もかぶりを振りながら各々の作業に戻った。
『どうやら、一日に一度はあんなことがあるようだね』
ティトゥパパがこちらに歩いてきた。
娘の様子を見に来たのだろう。
『あの騎士団員の方は何をしたんでしょうか?』
『さあ。何もしてないんじゃないかな。どうもネライ卿は一日中馬車に閉じこもっているのが窮屈なようで、一日に一度はああやって人に当たり散らすことでストレスを発散しているようだよ』
カーチャから呆れた声が漏れたが、とっさに口を押さえた。
メイドが当主と主人の会話に口を挟むことになってしまったからだろう。
ティトゥとカーチャの関係を見ていると忘れがちだが、本来、貴族と平民の間には高い壁があるのだ。
ティトゥパパはカーチャに優しい目を向けると、彼女達に忠告をした。
『そんなわけだから、ネライ卿の馬車にはうかつに近づいちゃいけないよ』
『当然ですわ。頼まれたってお断りだわ』
まあ、そうだろうね。カーチャも小さくウンウンと頷いている。
ティトゥパパもそれを聞いて安心したのだろう、自分の乗る馬車へと戻って行った。
カーチャは休憩時間ギリギリまでティトゥと一緒にいたが、騎士団員が馬に跨り始めると走って使用人の馬車に戻って行った。
ティトゥは操縦席の椅子に深く腰掛けると、大きく深呼吸。
『ここにいると落ち着きますわ』
それは光栄の極み。
その後、一行は二度ほど休憩を挟み、日が暮れる前には今日の宿泊場所になる村へとたどり着いたのだった。
次回「王城にて~様々な思惑」