エピローグ ドラゴンズ
今回で第十二章が終了します。
遠くに見えて来たのは、この国とミロスラフ王国との国境を隔てるペツカ山脈である。
あれを越えれば久しぶりのナカジマ領となる。
僕達は二ヶ月半ぶりに戻って来たのだ。
現在、僕達は隣国ゾルタの上空約2000mを、南に向かって飛行中である。
巨大謎虫ネドマを倒した僕達は、途中で帝国に二泊。
今日になってようやく半島までたどり着いたのだ。
「ほら、ティトゥ。ペツカ山脈が見えて来たよ」
「そんな事よりも、さっきの話の続きを聞かせて頂戴」
ちぇっ。誤魔化せなかったか。
日本語が分かる事が僕にバレたティトゥは、僕に色々な話をせがむようになっていた。
僕としても断る理由も特にない。
といったわけで、最初は気軽に話していたのだが、ティトゥの底なしの要求に僕は閉口するようになっていた。
そりゃあね。僕と会話が出来るようになって嬉しいのは分かるよ。
今までは、僕とカルーラが日本語で話をしている時に疎外感を感じていたのも分かる。
けどね。僕って女の子と会話が弾むようなタイプじゃないんだよ。
どっちかといえば、むしろ苦手な方?
その僕が逃げ場のない空の上で、女の子と二人だけで延々お喋りをするっていうのは、結構気疲れがするんだよね。
二人だけ、と言っても、別にメイド少女カーチャを置いて来た訳じゃない。
彼女は今も胴体内補助席でお昼寝中だ。
気持ちよさそうな寝顔が今は恨めしい。
叡智の苔バラクによって、大脳の魔法力を司る部位が目覚めたティトゥと違って、カーチャには何の変化も無かった。
つまり彼女は今まで通り。僕の話す日本語を全く理解出来ないままなのだ。
そんな彼女にとって、僕とティトゥの会話は雑音と変わらないのだろう。
早々に話に加わるのを諦めて、自分の休憩時間にあてる事にしたようである。
「もっとドラゴンの話をして頂戴」
「いいけど・・・何度も言うけど、僕の所ではドラゴンは架空の生き物だからね」
そう。僕はティトゥと日本語での会話が出来るようになって最初に考えたのは、「そろそろ彼女の誤解を解いた方がいいんじゃないか?」という事である。
言うまでもなく、僕はドラゴンなんかじゃない。飛行機という乗り物だ。
言葉が通じるようになった今なら、彼女の誤解も解けるはずである。
正直、この話をするのはためらいもあった。
今更という気もするし、ティトゥの夢を壊す事にもなるからだ。
しかし、日本語が通じるようになった以上、いつか彼女は真実に気付いてしまうだろう。
その時になってお互いに気まずい思いをするよりも、思い切って今のうちに打ち明けてしまおう、と僕は考えたのだ。
僕は彼女に自分が飛行機、いや、戦闘機である事を告げた。
その上で、僕達の世界のドラゴンはあくまでも架空の生き物で、実際には存在しないと伝えたのだ。
僕なりに十分に覚悟を決めた上での告白だった。
そして僕の話を聞かされ、ティトゥはショックを――受けなかった。
「飛行機とドラゴンは何が違うんですの?」
彼女は僕の話が理解出来なかったのだ。
この世界にはまだ飛行機というものが存在していない。
日本語が通じるようになったと言っても、あくまでもティトゥはこの世界の人間だ。
この世界に存在しない物の事までは分からない。
この辺の事情はカルーラの時と同じだ。
彼女も僕が飛行機である事は知っていても、飛行機が何であるかは理解していなかった。
なぜなら彼女達は翻訳の魔法で、日本語を自分達の理解出来る言葉に置き換えているだけで、僕と同じ現代人になった訳ではないからだ。
僕の説明の仕方が下手だったのもあるのだろう。
ティトゥは、僕はドラゴンであり飛行機である、と勘違いしてしまった。
つまりは、「飛行機とは空を飛ぶ物を指す言葉で、その中に鳥や虫と同じようにドラゴンという種が存在している」といった風に納得してしまったのだ。
どうしてこうなった。
「だからね。飛行機っていうのは人間が作った物で、生き物じゃないんだよ。ベッドや荷車みたいに、人間が使うために作られた道具なんだよ」
「? 道具って、ハヤテは生きているじゃないですの」
ごもっとも。
いや、その通りなんだけど、違うんだよ。
「ええと、例えるなら飛行機は、馬車が馬も無しで勝手に動いているようなもの、って言って通じるかな?」
「馬車は自分では動きませんわ。でもハヤテは自分で動けるんですわよね?」
「まあね。馬車は荷台に車輪が付いただけの物だけど、飛行機はエンジンで動く仕組みがあるからね」
ほらご覧なさい、といった顔になるティトゥ。
いや、違うんだよ。
そういう意味じゃなくてね。ああもう、これってどう説明すりゃいいの?
そもそもティトゥが最初に知った飛行機が僕だったのが問題なのだ。
僕という存在は、飛行機の中では例外中の例外、飛行機界のぶっちぎりの異端児だ。
そんな僕が彼女の基準になっているせいで、飛行機の説明をややこしくしているのだ。
ティトゥの思い込みの激しさも、勘違いの原因になっているのかもしれない。
というか、前から思っていたけど、何でこの子はこんなにもドラゴンに対して思い入れが強いんだろうね?
僕は一度、彼女に飛行機を理解してもらうのを諦め、外堀から埋めてみる事にした。
先ずはティトゥに僕達の世界のドラゴンの話をして、ドラゴンというものの概念を分かって貰う事にしたのだ。
そうしておいてから、「ホラね。ドラゴンと飛行機は違うだろ?」「本当ですわ。ハヤテはドラゴンじゃなくて飛行機なのですわね」という流れに持って行けばいいんじゃないか、と考えたのだ。
つまりはイメージの共有化である。
こうして僕のドラゴンの話が始まったのだが・・・
「それで、ハヤテの所には他にはどんなドラゴンがいるんですの?」
「え~と、そうだね。七つの球を集めれば何でも願いを叶えてくれる神様みたいなドラゴンもいたっけ。ドラゴン〇ールっていう有名な物語なんだけど、主人公は尻尾の生えた男の子で――」
残念ながら、僕の知っているドラゴンの話はそんなに多くは無かった。
早々にネタ切れしてしまった僕は、ティトゥにせがまれるまま、漫画やゲームに出て来るドラゴンの話をする羽目になっていた。
少年漫画ではドラゴンは人気キャラだからね。
「それでフ〇ーザはどうなったんですの?」
おっと、考え事をしていたらティトゥから催促が来てしまった。
しかし、ティトゥの口からフ〇ーザ様の名前が出る日が来ようとは。何というか違和感がハンパないな。
・・・あれ? 何で僕はこんな苦労をしてるんだろうか。
ひょっとして、これからはこの苦労を、誰かに会う度にしなきゃいけないわけ?
結構うんざりするんだけど。
もうずっとドラゴンと勘違いされたままでも、いいんじゃないかな? 別に。
今までだって、ドラゴンとさえ言っておけば勝手にみんな納得してくれてたんだから、今後もそれで問題無い気がしてきたぞ。
どこか中身の無い話に精神的な疲れを覚える僕と違い、ティトゥはニコニコと楽しそうだ。
彼女にとっては僕とお喋りが出来るだけで嬉しいのかもしれない。
そんな顔を見せられればイヤとは言えず、結局僕は彼女に乞われるまま、延々と慣れない話を続ける事になるのだった。
そんなふうにお喋りをしながら、いよいよペツカ山脈の上空に差し掛かった頃だろうか。
突然、操縦席の中にカーチャの悲鳴が響き渡った。
『キャアアアアアッ!!』
『ど、どうしたんですのカーチャ!』
驚いて背後を振り返るティトゥ。
しかし彼女はすぐに戸惑いの表情を浮かべた。
『――って、あなた。それどこから連れて来たんですの?!』
『痛い! 痛い! 食べられる! 私食べられてます! 助けて下さいティトゥ様! ハヤテ様!』
半狂乱になって叫ぶカーチャにかじりついているのは、小型犬ほどの大きさの二匹の生き物だった。
二匹はカーチャの悲鳴をものともせず、一心不乱に彼女の手足をカジカジと齧っている。
その姿は――ドラゴン?
愛玩動物のような愛嬌のある顔立ちに、ぬいぐるみのような丸っこい姿。その背中には小さな翼がパタパタとはためいている。
どこからどう見ても、その姿はドラゴンを可愛くデフォルメしたもの――ないしは、まだ子供のドラゴンにしか見えなかった。
しかし、僕は現在、高度3000mを巡航速度、時速380kmの速さで飛行している。
そもそも風防はずっと閉じられている。完全密室の機内に外から生き物が入り込むのは不可能だ。
つまり彼らは最初から僕の機体の中にいた事になる訳だが・・・
こんな謎生物、いつの間に入り込んでいたんだ?
『落ち着きなさいカーチャ。相手はまだ子供ですわ』
ティトゥは手を伸ばすと一匹の子ドラゴンを抱え上げた。
子ドラゴンはキューキューと激しく鳴きながら、彼女の腕の中でジタバタと暴れた。
『もう! 腕白ですわね! 少しは大人しくなさい! あなたなんという生き物ですの?』
ティトゥも知らない生き物なのか。
もう一方の子ドラゴンはカーチャを齧るのに飽きたのか、今では彼女に体を摺り寄せて丸くなっている。
どうやら彼らは単に彼女に甘えていたようだ。
食べようとしていたんじゃなくて、甘嚙みをしていただけらしい。
それでもカーチャはおっかなびっくり。怯えて身動き一つ出来ずにいた。
そんな彼女の背後が目に入った瞬間、思わず僕は驚きの声を上げていた。
「ティトゥ! 赤い石だ!」
「? どうしたんですのハヤテ?」
「だから赤い石! あの赤い石が割れている!」
「ええっ?! あっ! ほ、本当ですわ!」
いつの間にかカーチャの背後、シーツに包んで僕の機体に括り付けられていた赤い石が、二個とも粉々に割れて床に散らばっていたのだ。
石の破片は薄く、まるで卵の殻のような形をしていた。
いや、違う。ような、じゃない。卵だ。
「その二匹は外から入り込んだんじゃない! 赤い石が割れてその中から生まれたんだ!」
可愛い? 新キャラが登場したところで、第十二章を終わりにさせて頂きます。
長かったハヤテ達のチェルヌィフ王朝への旅も、無事にナカジマ領に帰って来た事で終了となります。
思えば第八章からなので、随分と長い話になってしまいました。
舞台が大陸最大の国という事もあって、色々とボリュームのあるお話が書けたんじゃないでしょうか?
この後は何話か閑話を挟んだ後で、別作品の執筆がキリの良い所に到達し次第、第十三章を始めるつもりです。
第十三章は代官のオットーを始めとした、ナカジマ領の懐かしの面々が登場する話になる予定です。
出来るだけ早く書き始めるつもりですので、それまでどうかお待ち下さい。
それとまだブックマークと評価をされていない方がいらしたら、ここまで長く続けたご祝儀と思って、是非よろしくお願いします。
みなさんの評価が私の執筆意欲につながります。お手間はかかりませんのでよろしくお願いします。
最後に、この作品をいつも読んで頂きありがとうございます。