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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第十二章 ティトゥの怪物退治編
377/783

その29 ブラフタ平原に吹く風

◇◇◇◇◇◇◇◇


 深夜から降り続いた雨が、早朝になってようやく上がった。

 ブラフタ平原を湿った風が吹き抜けていく。


 ベネセ家の新当主マムスは、天幕から出ると帝国軍の砦に目を凝らした。

 つい先日まで、あそこには帝国の各貴族軍の旗が所狭しと立ち並んでいた。

 しかし今は櫛の歯が欠けたようにまばらにしか見えない。


 何かの策か、あるいは本陣の移動か?


 いや。おそらくは見た目通り。部隊の数が減っているのだ。


「撤退の情報は本当だったか――」


 敵軍に忍ばせていた諜者からの情報。それは帝国軍に撤退の命令が出ているというものだった。

 にわかには信じ難い話だったが、実際にその日から帝国軍の動きは目に見えて悪くなった。


「誰も終わりの見えた戦いで死にたくはねえからな」


 いくつかの情報筋から、次第に帝国の内情が明らかになっていった。


 きっかけはギャリック男爵領の崩壊だ。

 突然、男爵領に巨大な怪物が現れたという。


 怪物は散々男爵領を荒らし回った挙句、モルビデルの町の城壁を破壊、町の建物と住人に多大な被害を与えた。

 幸い、謎の怪物は突然現れた謎の飛行物体によって退治されたが、男爵領は深刻なダメージを負う事となった。

 ギャリック男爵は、町を捨てて逃げて来た代官から事情を聞かされると、兵を纏めて急遽自領へと引き返した。

 軍規に照らし合わせれば敵前逃亡だが、流石に領地存亡の危機とあっては止める事も出来ない。

 男爵の行動は事後承諾という形で認められた。


 残された帝国軍の貴族達は一斉に浮足立った。

 誰もが残して来た自分の領地が心配になったのだ。

 そもそも、今回の出兵はチェルヌィフの内乱に乗じた火事場泥棒的な色合いが強い。

 帝国皇帝ヴラスチミルの肝いりで始められた戦いではあるが、最初から戦略的な目的は皆無と言ってもよかったのだ。


 それでも皇帝は軍を引く事に反対した。

 というよりも、今や皇帝の側近となった帝国将軍カルヴァーレが反対したのだ。

 彼は長年のライバル、ウルバン将軍が更迭された事により、今では軍の指揮権を一手に握っていた。

 自身の基盤を盤石にするためにも、今回の戦いを失敗させる訳にはいかなかったのである。


 しかし、その状況も一変する。

 内乱中と思われたチェルヌィフ両軍が、次々と国境に軍を進め、布陣を始めたのだ。

 帝国の脅威に彼らは敵味方の垣根を超え、急遽和平を結んだのだった。


 急ごしらえの帝国軍は、長期戦の準備が出来ていなかった。

 物資も無ければ士気も低いこの状況で、敵の大軍を打ち破り、砦を抜くなど不可能だ。

 こうなってしまえば、流石にカルヴァーレ将軍も諦めざるを得なかった。



 帝国軍は相手の様子を伺いながら、少しずつ兵を後方へと下げていった。


 チェルヌィフ軍としては逆侵攻のチャンスでもあったが、こちらの事情も実は帝国軍と大差ない。

 物資が不足している上、強行軍による兵の疲労も馬鹿にならなかったのだ。

 相手が引いてくれるなら、それに越したことは無かったのである。

 それに――


「それに、ここでの(いくさ)が終わっても次の(いくさ)が待っているからな」


 帝国軍の姿が消え去れば、再び内乱の続きが始まるだけである。

 王都とヴルペルブカ砦を失ったベネセ・バルム同盟軍にとっては、厳しい戦いが待ち受けているだろう。


「領地に戻って戦うしかねえか。今のガタついたバルム家にどれだけ期待が出来るか」


 敵軍を自領に引き込んで戦う。つまりマムスは”本土決戦”を覚悟したのである。

 自分でも愚かな決断だとは分かっている。しかし彼は戦う事でしか今のベネセ家を纏める事が出来なかった。

 もし、少しでも弱気な姿勢を見せれば、彼に従わない者達がたちまち蠢動を始め、ベネセ家はバラバラになってしまうだろう。


 それに、もし、状況がこれ程悪くなかったとしても、やはり彼は戦う道を選んだだろう。

 不器用な彼は、自らが先頭に立って戦う事でしか、部下を引っ張る方法を知らなかったのである。


 マムスはふと、自分と同じく不器用な男――長年のライバル・レフドの顔を思い浮かべた。


「そういやあの日以来、レフドと直接話す機会は無かったな。次に会う時は敵同士だな」


 それも俺達らしい話だ。皮肉な思いにマムスは口の端をニヤリと歪めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 一人の男が砦の上から味方の陣地を見下ろしていた。

 ハレトニェート家の当主、レフドだ。

 彼の見つめる先には雨に濡れた戦闘用馬車――戦車が見える。

 チェルヌィフの六大部族、”戦車派”の名前の由来となった、彼らを象徴する部隊である。


 線の細い少年が背後からレフドに声を掛けた。


「叔父上。こちらに付いた事を後悔しているのですか?」

「・・・イムルフか。いや。そうではない」


 少年の名はイムルフ。帆装(はんそう)派の一角、サルート家の若き当主である。


 二人の関係はやや複雑だ。

 レフドはイムルフの父親の弟、つまりサルート家の次男だった。

 その彼の力にほれ込んだ戦車派のハレトニェート家が、彼に娘を娶って当主となるよう申し込んで来たのだ。

 チェルヌィフでは帆装(はんそう)派は商業的、戦車派は武断的な色合いが強くなる。

 ハレトニェート家は強い跡継ぎが欲しかったのである。


 紆余曲折あって、サルート家はこの申し出を受けた。

 こうしてレフドは帆装(はんそう)派のサルート家の生まれでありながら、戦車派のハレトニェート家の当主の座に収まる事になったのである。


「イムルフ。お前の父を悪く言うようで済まないが、俺は昔から兄と折り合いが悪かった」


 イムルフの父、先代サルート家の当主クリシュトフは、レフドの兄になる。


「いや。多分、俺だけじゃない。弟や妹も兄とは距離を置いていた。兄は・・・生まれた時から六大部族サルート家の当主となるべく育てられた男だったからだ」


 レフドにとって兄クリシュトフは、決して肉親の愛情を持てる人物では無かった。

 クリシュトフは尊大で我が強く、兄弟といえど立場の違いで分けて考える。そんないかにも貴族然とした男だったからだ。


「兄をそんな風に育てたのは父だ。俺は兄と違い側室の子だったからな。父からは相手にされていなかった。

 そんな俺は昔から兄弟の中では一番の跳ねっ返りだった。若い頃から屋敷にいるよりも騎士団の詰め所に居る時間の方が長かった。騎士団のヤツや兵と過ごす方が気兼ねが無かったのだ。

 だからだろうな。成人してからは余計に兄とはそりが合わなくなった」


 クリシュトフとレフドの父は、現在はサルート家の金庫番として港町デンプションで代官を務めている。

 彼は非常に厳格な男で、自分の子供といえど一切の甘えも妥協を許さず、非常に厳しく躾けた。

 クリシュトフは子供の頃から父親から英才教育を受け、彼の自我は知らず知らずのうちに増長してしまったのだろう。


「正直言って、俺は兄がベネセ家に殺されたと聞かされても驚きは無かった。兄はあんな性格だったからな。薄々、いつか人の恨みを買って殺されるかも、とは思っていたんだ。

 スマンな薄情な事を言って――」

「――いえ。分かる気がします。私も母を見ていますから」


 イムルフは正確に言えば正妻の子ではない。

 元々は側室の子だったが、いつまでも子供を産まない正妻をクリシュトフが追い出した事で、イムルフの母が繰り上がりで今の正妻の立場に収まったのだ。


 つまり、彼は今は嫡男(ちゃくなん)だが、幼い頃は側室の子――庶子(しょし)だったのである。


「実母であろうと義理の母であろうと、私にとってはどちらも優しい母でした。しかし、父にとっては跡継ぎを生まない女は名門サルート家の妻に相応しくはなかったのでしょう。口汚く罵った上で実家に突き返したと聞いています」

「そういえばお前も生まれは側室の子だったか。俺達は似た立場なのかもしれんな・・・」


 イムルフはレフドの目を正面から見据えた。


「本家では未だに私を側室の子、当主には相応しくないと考える人達もいます。私が自らの手で父の仇を討たない限り、いずれ彼らの声は大きくなり、サルート家を割る事にもなるでしょう」


 傘下の貴族家がそれぞれサルート家の一族の中から、当主に相応しいと考えられる人物(※という名目の彼らにとって利益となる人物)を担ぎ上げ、内乱に発展する危険がある。

 つまりはお家騒動だ。

 イムルフはそれを防ぐため、自分の力を内外に示す必要があると考えたのである。


 確かにクリシュトフは、レフドにとっての良い兄でもなければ、イムルフにとっての良い父でもなかった。

 しかし、イムルフはサルート家を守るため、父の跡を継ぎ、いばらの道を進むと決めたのだ。


 まだ少年の面影を残すその顔に浮かんでいるのは、まさしく貴族家の当主と呼ぶに相応しい表情だった。


 レフドはイムルフを見つめた。少年はこの細い肩にサルート家を背負おうとしている。

 先程レフドは、イムルフも自分と同じ側室の子――似た立場だと言った。

 しかし、今のイムルフを見て、レフドは自分の考えが甘かった事を思い知らされた。

 彼の目には、少年の顔は紛れもなく当主となるべく育てられた男の顔。六大部族当主の顔にしか見えなかったのだ。


(マムスよ。この少年を見てみろ。これがお前が嫉妬して止まなかった六大部族の当主の顔だ。なあ、本当にお前はこんな地位が欲しかったのか? 自分がベネセ家の当主になった今、お前は何を考え、何を思っている?)


 レフドは、マムスが昔から自分をライバル視していた事にも、自分が彼に先がけてハレトニェート家の当主になった事に嫉妬の炎を燃やしている事にも気付いていた。

 そんなマムスにレフドは何も声を掛けてやることが出来なかった。

 勝者から(※レフドは決して自分が勝者だとは思っていなかったが)慰めや哀れみをかけられるほど惨めな物は無い、と、彼は考えていたからである。


 そんなマムスが、兄であるエマヌエルの死によって、ベネセ家の当主の座に就いた。

 レフドはその話を聞き、図らずも当主の座に就いてしまった先輩として、衝動的に彼にアドバイスを送ってしまった。

 あの日以来、彼とは一度も会話を交わしていない。

 このまま帝国軍が撤退して、陣地を引き払う事になれば、次に会うのはいつになるか分からない。


(マムス。お前は今の自分の立場をどう感じているんだ?)


 この時、レフドは強烈にマムスと話がしたくなった。

 一緒に酒でも酌み交わして、互いに腹を割った話をしてみたい。

 本来得るはずの無い物を得てしまった者同士、立つはずの無い立場に立たされてしまった者同士で、腹蔵なく語り合いたかった。


 しかし、次に二人が同じ場所に立つのは敵味方に分かれての戦場での事だった。

 そして二人が直接会話を交わす機会は、もう二度と訪れなかったのである。

次回「聖国の王城にて」

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― 新着の感想 ―
[一言] 形はどうであれ、チェルヌィフが内乱で割れ力を削り合う結果になったのは帝国にとっては火事場泥棒的な侵略は失敗したけれども利する結果になるのかな
[一言] 王朝も帝国も王国も、もうどこもガタガタですね。内側から崩れ落ちそうなとこばかりでハラハラします。
[良い点]  帝国軍が裏崩れを起こして撤収、体する王朝軍もそれに乗じた追撃の余裕は無し……、  帝国は全くの無駄足だったけど、王朝も内戦が仕切り直しで長期化、引き分けって所でしょうか?  血で血を洗う…
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