その28 さらばチェルヌィフ王朝
帝国領、ピエルカ山脈の麓の町を襲った巨大謎虫ネドマ。
逃げ遅れた人達を襲おうとしていたネドマに僕の250kg爆弾が炸裂した。
手ごたえは十分。どうだ?
『やりましたわ!』
ティトゥが小さくガッツポーズを取った。
彼女の言う通り。ネドマの体の前半分はキレイに吹き飛んでいた。
どうやら爆弾は二発ともネドマに命中したようだ。
これなら20mm機関砲で止めを刺す必要もなさそうだ。
いくら相手が巨大だったとはいえ、水平爆撃で二発とも命中させたのってスゴイんじゃない?
僕は内心密かに自分の腕前に悦に入っていた。
メイド少女カーチャが周囲を見渡して呟いた。
『バラバラになっちゃいましたね。あのお化けネドマにも赤い石があったんじゃないですか?』
カーチャの指摘にティトゥがハッと目を見開いた。
『そうでしたわ! どうしましょう。石も壊してしまったかもしれませんわ』
ティトゥは心配そうにしてるけど、大丈夫。
僕の目には赤い石が無事に転がっているのが、ちゃんと見えているから。
『そう。だったら良いのですわ』
『それでどうしましょう?』
ふむ、確かに。このまま放っておくわけにはいかないが、かといって僕達はこの土地には伝手は無い。
どうやって手に入れればいいのか・・・
『簡単な事ですわ。降りてくれれば私が取って来ますわ』
『ええっ! 危なくないですか?!』
『お化けネドマならハヤテにやられてもう死んでますわ』
ティトゥの提案に驚くカーチャ。いや、僕も驚いたけどね。
確かにネドマは死んでると思うけど、町には人も大勢いるし、そんな中にティトゥが降りるのは危険じゃないかな?
『ここで言い争っていたら、下で誰かが拾ってしまうかもしれませんわ! 私なら大丈夫ですわ! ハヤテ、急いで頂戴!』
う~ん。そうは言っても君の安全が・・・
『ハヤテ!』
――ああもう、分かったよ! 本当にティトゥは言い出したら聞かないんだから。
「危ないと思ったら声を掛けるから、その時は何があっても絶対に僕の所に戻って来る事。これだけは約束してもらうよ」
「了解ですわ!」
全く。返事だけはいいんだからな。
そうと決まれば時間が惜しい。僕は翼を翻すと着陸コースに入った。
なるべくギリギリまで近付いたつもりだが、地面に転がる障害物の関係もあって流石に目の前とはいかない。
ブレーキをかけるのももどかしく、ティトゥは僕の風防を開いた。
「右斜め前に落ちているネドマの頭の破片。そのすぐ近くに落ちているから!」
『分かりましたわ!』
ティトゥはヒラリと飛び降りると、素早く指示した場所まで走って行った。
僕とカーチャはハラハラしながらティトゥの背中を見守っている。
『あった! 見つけましたわ!』
「オーケー! 早く拾って戻ってきて!」
ティトゥは赤い石を拾うと、僕の下へと駆け戻った。
何事も無く操縦席に飛び乗ったティトゥに、僕達はホッと安堵の息を漏らした。
『ほら、大丈夫でしたわ』
ドヤ顔のティトゥ。
まあ確かに。今回は君の言葉が正しかったよ。
『ハヤテ様』
「分かってる。前離れー!」
僕はゆるゆると地上走行。
そのままブーストをかけると一気に空へと舞い上がった。
僕は町の上空を旋回しながら高度を上げていった。
『お化けネドマも倒せましたし、上手く赤い石も手に入りましたね』
『今回は楽でしたわね』
赤い石を手にご満悦のティトゥ。
今までは、ネドマに埋まっていた石とあってか少々敬遠している様子だったが、今回の石は自分の働きで手に入れたせいか、愛着が湧いているようだ。
どこか誇らしげに抱いている。
『後でそれもシーツに包んで縛り付けておきますね』
『それだとどっちの石か分からなくなってしまいませんの?』
いや、分からなくなっても別にいいでしょう。
大きさも形もほとんど一緒だし、別にどっちでも構わないよね。
『どっちでもいいんじゃ・・・』
『私は納得いきませんわ。そうだ! あっちはハヤテのものとして、こっちは私に下さいません?』
『・・・ティトゥ様』
主人の提案に呆れるカーチャ。
まあ、綺麗な石だし、ティトゥが欲しくなる気持ちも分からないではないけど。
でもそれはちょっとなあ。管理を間違えると、今度はナカジマ領で巨大ネドマが発生し兼ねないし。
やっぱり君にあげる訳にはいかないかな。
『――そうですわね。みんなに迷惑をかける訳にはいきませんわね』
少ししょんぼりするティトゥ。
とはいえ、僕の中に保管しておけば、いつでも好きな時に見る事が出来るのだ。
今回はそれで勘弁してくれないかな。
『それもそうですわね』
『コノ村に戻ったら、家具職人のオレクさんに石の保管箱を作って貰いましょう』
コノ村か。随分長い間離れている気がするな。
今回の僕達の旅は二つの大きな目的があった。
一つはカルーラの弟、キルリアを帝国の非合法部隊の手から守る事。
こちらは無事に果たす事が出来た。
というよりも、僕達が何かするより前に、非合法部隊が勝手に自滅しちゃったって感じだけど。
もう一つは叡智の苔と会う事。
こちらもおおむね成功だったと言えるんじゃないだろうか。
てっきりバレク・バケシュも転生者だと思っていただけに、かなり予想外の展開だったけど。
彼からは随分と有意義な情報をゲットする事が出来た。
二匹の巨大ネドマと戦うという余計なおまけまで付いて来たけど、情報料だと考えればむしろ安いものだったかもね。
今もブラフタ平原ではチェルヌィフ軍と帝国軍が睨み合っている。
あるいは激しく戦っている最中かもしれない。
仮にこの戦いが終わったとしても、次はチェルヌィフ内で再び連合軍と同盟軍に分かれて争う事になるのだろう。
チェルヌィフが落ち着くのはまだまだ先の話だ。
けど、それをどうこうするのは僕達の仕事じゃない。
薄情な事を言うようだけど、僕達はあくまでも異邦人で、この国の人間じゃないからだ。
この国で僕達がすべき事は全て終わった。
家に帰る時間が来たのだ。
『さあ、ナカジマ領にかえりましょう!』
『久しぶりにベアータさんの料理が食べられますね』
嬉しそうに笑う少女達。
次に僕達がチェルヌィフを訪れる時、この国はどうなっているだろうか?
この旅で僕達は多くの人達と知り合った。
エドリアさんを始めとする、オアシスの町ステージに住む人達。
ジャネタお婆ちゃんにマイラス、眼鏡少女ヤロヴィナ、それに港町デンプションの水運商ギルドの人達。
他にも色々な人達と出会い、時には意見がすれ違い、時には力になって助けてもらった。
そしてカルーラ達、小叡智の姉弟。
遠く離れた異国の地に住む僕達の友達。
いつか二人に再会する日を楽しみに、今回の旅を終えよう。
しんみりと旅の思い出に浸る僕を、ティトゥが生温かい目で見つめていた。
何その目? 気になるんだけど。
「ハヤテはさっきから”この国””この国”と言っているけど、ここはもう帝国ですわよ」
なっ?!
た・・・確かに。
そういや、ネドマを追ってピエルカ山脈を越えて、帝国領に入っていたんだっけ。
国が変わっても、田舎の景色ってどこも代わり映えしないから、ついうっかりしてたよ。
「いいんじゃないかしら。確かに旅の終わりって考えるとしんみりしますわよね。けど、まだナカジマ領に着いた訳でもないのに、そんな風にぼんやりするのはどうなのかしら? うっかり帰り道を間違えたりしないで頂戴ね」
うぐっ。なんたる失態。なんたる煽り。
しかし、もっとも過ぎて何も言い返せない。
カーチャはこの中で唯一、日本語が分からないが、ティトゥの口調から僕がからかわれていたのが分かったのか、憐れみを込めた目で僕を見ていた。
『・・・カエル』
『そうですわね。ミロスラフ王国に向けて出発進行! ですわ』
ティトゥの掛け声を合図に僕は大きく翼を翻した。
目指すはミロスラフ王国。僕達の家、ナカジマ領。
次回「ブラフタ平原に吹く風」