その24 明かされた秘密
あれはいつからだろうか。
最近、ティトゥは僕の独り言を黙って聞いている事が多かった。
今までだと、ティトゥの方から積極的に話しかけて来ていたのに一体どうしてだろう、と不思議には思っていたのだ。
思い返せば、ティトゥから日本語で話しかけられた事もあったような気がする。
その時は、それどころじゃなかったので、「気のせいだったかな?」とスルーしていたけど。
そういえば、いくつかの単語で、「いつの間にティトゥはこんな言葉を覚えたんだろう?」と、不思議に思った事もあった。
確か妙にティトゥのカンが良い時もあったはずだ。今思えば、あれは僕とカルーラが日本語で話していた内容をコッソリ聞いていたんだな。
そうか。そうだったのか。
小さな疑問の数々が、全て一本の線で結ばれたよ。
謎は全て解けた。
そう。僕にとっては最悪の形でね!
「いやああああああああああああああああっ!!」
『ハ、ハヤテ様?!』
『どうしたのハヤテ様?!』
突然絶叫した僕に驚くカルーラ姉弟。
そして朗らかな微笑みを称えるティトゥ。
気の毒そうに目を伏せるメイド少女カーチャ。
はっ! まさかカーチャ、君は知っていたのかい?! この最悪の秘密を!
『・・・何となく。一度ティトゥ様がハヤテ様の言葉で話しかけたのを聞いていましたし』
な・な・な・なななななんで?!
「なんでその時に言ってくれなかったんだよおおおおおおおおおおおおっ!!」
『ご、ごめんなさい! 言葉の意味は分かりませんが、何を言っているのかは分かるのでごめんなさい!』
慌ててペコペコと頭を下げるカーチャ。
「君ねえ! いくら君に頭を下げられても、僕の失った時間は戻って来ないんだよっ! ホントに! ホントにどうしてくれるんだい!」
『あの、ハヤテ様?』
『何がそんなに問題?』
僕の醜態に目を丸くするカルーラ姉弟。
何が問題かって? 問題だらけに決まってるよ!
あああ、僕はティトゥの前で何を話したっけ。ヤバイぞ何も浮かんで来ないぞ。
焦るばかりで、自分が何を呟いたのか全然思い出せないんだけど。
変な事は言ってないよな? いや、ダメだ。今この瞬間、世界で一番過去の自分が信用出来ない。
うわっ。どうしよう。思い出せば思い出す程、最近はノータイムで思った事を口に出していたような気がする。
これって最悪じゃん。ヤバイじゃん。どうするどうする。どうすればいい、僕。
こんなに焦ったのは高校生の時、家に遊びに来た友達に、小学生の時にノートに書いたファンタジーアニメの企画書が見付かった時以来かもしれない。
あの時は、母親が驚いて部屋に飛び込んで来た程、絶叫した記憶がある。
なにせあのノートの存在自体、自分でも完全に忘れていたからね。
ストーリーから各話のタイトル。キャラクターの声優から希望のキャラデザまで、妄想の粋を集めた企画書だったから。
子供らしいって? あれを書いた時の僕はガチだったから。いつかこの企画書を実現して社会現象を巻き起こし、若きクリエイターとして時代の寵児になるつもりでいたから。――って、そんな黒歴史を語ってる場合じゃないって。
怖い! ティトゥの微笑みが怖い!
どうしよう。この場から逃げ出したくて仕方が無いんだけど。このストレスに耐えられそうにないんだけど。
一ヶ月くらい、一人で人里離れた山の中に引きこもってもいいかな? ダメ?
『それは流石にどうなんでしょうか』
『ハヤテ様・・・』
『一体何を話したの?』
それが思い出せないから怖いんだよ!
カルーラだって、自分の日記が他人に読まれたらショックだろ?!
『日記なんて書こうと思った事もない』
『ハヤテ様の言わんとしている事は分かりますが――』
くそうっ! 僕の味方はどこにもいないのか?!
なぜこの世界は僕に優しく出来ていない!
『あなたの事なら分かっているわよ』と言わんばかりのティトゥの微笑みが怖い! 圧が怖い!
こうして僕は、この世界に転生して以来、最大の絶望にもだえ苦しむのだった。
どうやらティトゥが僕の言葉が分かるようになったのは、前回バラクを訪ねた時のようだ。
カルーラ達に小叡智の能力を目覚めさせるきっかけともなった”洗礼”。
ティトゥはあの洗礼によって魔法力に目覚め、”翻訳”の魔法が使えるようになったらしい。
言われてみれば、あの時、ティトゥの様子はおかしかった――ような? ダメだ。よく覚えてないや。
あの時は、僕もバラクから得た知識に強い衝撃を受けて、それどころじゃなかったからなあ。
しかしそうかあ。ティトゥも魔法力に目覚めちゃったのかあ。
『ではカルーラ。またいずれお会い致しましょう』
『うん。ティトゥとカーチャも元気で』
『お世話になりました』
『あの・・・ハヤテ様もお気を確かに』
『・・・・・・』
カルーラ姉弟とお別れの挨拶を交わすティトゥとカーチャ。
そして未だにショックから立ち直れない僕。
ねえ。どうしても今すぐ出発しないとダメ?
僕、何もする気になれないんだけど。
なんなら君ら一週間くらいここでゴロゴロしていかない?
『西の山ではネドマに苦しんでいる人々が、私達の助けを待っているかもしれませんわ! さあ、出発ですわ!』
はあ・・・
行かなきゃ・・・ダメなのか。ダメなんだろうなあ。
ああ。このまま何もかも放り出してどこかに飛んで行きたい。
『あの、ハヤテ様』
『いつまでもウジウジとうっとおしい』
うぐっ。他人事だと思って。
分かった。分かりましたよ。飛べばいいんでしょ、飛べば。
『そういう事ですわ。前離れー! ですわ』
ババババババ
僕がエンジンを始動させると、遠くでこちらの様子を伺っていたサルート家の兵士が何事かと騒ぎ始めた。
彼らに説明するのも面倒だし。ここはさっさと飛び立つべきかな。
『カルーラ! キルリア!』
『何? ハヤテ様』
『何でしょうかハヤテ様』
この二ヶ月程の間、本当に色々とあったけど、僕にとってもティトゥにとっても貴重な経験を積む事が出来った。
僕はバラクに出会って自身の転生の謎を知る事が出来たし、ティトゥもカルーラという同世代の友人を得る事が出来た。
カーチャ? カーチャはちょっと反省してしてくれないかな。君が教えてくれなかったせいで無駄に僕の傷口が広がってしまったんだからね。ホントに困るよ。
「最後に逃げ出すような形になったのは残念だけど、この国に来られて楽しかったよ。色々とありがとう」
くそう。ティトゥが興味津々といった顔で僕を見ているのが気になって仕方ない。ホントやり辛くなったなあ、もう。
「いつか必ずまた会おうね。それまで元気で」
「はい。ハヤテ様もお元気で」
「ティトゥをよろしくね」
僕は後ろ髪を引かれる思いを断ち切ってエンジンをブースト。
タイヤが地面を切ると僕の機体は宙に浮かんだ。
そのまま旋回しつつ高度を上げる。
大地を見下ろすと、カルーラ達がこちらに手を振っているのが見えた。
操縦席で手を振り返すティトゥとカーチャ。
僕も翼を振ってカルーラ達に応えた。
旋回を繰り返すうちに、カルーラ達の姿はあっという間に小さくなっていった。
『――お二人が見えなくなってしまいましたわ』
『・・・寂しいですね』
出会いがあれば当然別れがある。そしていつだって別れというのは寂しいものだ。
でも、寂しさがあるからこそ、僕達は「いつかまた会いたい」と思うし、再会した時には「また会えて嬉しい」と思うのだ。
いつか二人と再会した時に「嬉しい」と思えるように、今は寂しさをこらえよう。
『マタ クル』
『そうですわね。また来ればいいんですわ』
『今度はお二人にナカジマ領を案内出来ればいいですね』
そうだね。それまでには領地の開発も進んでいればいいね。
『さあ! ネドマを倒してナカジマ領に帰りますわよ!』
ティトゥの掛け声を合図に僕は翼を翻した。
目指すはバルム領ピエルカ山脈。そこに発生したネドマを退治すれば、今回の僕達の旅は終わりとなるのだ。
僕はエンジンの音を快調に響かせながら、青い空を西へと向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
カルーラとキルリアはハヤテの姿が消え去るまで、ずっと手を振っていた。
「――カルーラ姉さん。守備隊の人達が集まり始めたよ。そろそろ戻ろうか」
「・・・分かった」
バルム家が王城を占拠している間、カルーラ達小叡智の姉弟はずっと実家のカズダ家へと逃げ帰っていた。
そのため、サルート家の騎士団員からは二人は反バルム家派と見られているが、いつどんなきっかけで魔女狩りのターゲットにされるかは分からない。
それほど現在の王城はピリピリとした危うい状況にあった。
二人はなるべく王城には近づかないようにして、今は睡眠も聖域で取るようにしていた。
「そう言えば、キルリアのシーツは赤い石を包むためにティトゥ達にあげたからもうない。今夜から昔のように姉弟で一緒に寝よう」
よもや、あのシーツ貸し出しにそんな思惑があったとは。
しかし、カルーラの願望むき出しの策謀はキルリアには通じなかった。
「いや、さすがにベッドくらいは分けようよ。シーツだって頼めば用意してくれるはずだし」
「えっ? 何で?」
弟の言葉に愕然とするカルーラ。
二人の小叡智は、些細な口論をしながら聖域の洞窟の中へと姿を消すのであった。
次回「困惑する代官」