その23 突然の別れ
再び聖域を訪れた僕達だったが、結局、叡智の苔バラクに聞いても赤い石の情報は手に入らなかった。
僕はキルリア少年の提案を受け入れ、赤い石を自分で持っておく事にした。
元々僕の一部だし、放置して再び巨大オウムガイネドマのような怪物を生み出す訳にはいかないからだ。
それに、いざとなれば深海にでも捨てればいいから――いや、深海型のネドマがいたらマズいか。
だったら、どこかに穴を掘って埋めればいいかな――いや、ミミズやオケラなんかは地中に棲んでるよな。そういった虫型ネドマに利用される恐れもあるのか。
・・・あれ? これって結構ヤバイんじゃない。うっかり安請け合いしちゃったかも。
『ハヤテ様?』
まあ、この石も元々は大気中のマナから生まれたものらしいから、僕の胴体の中にでもしまっておけば、そのうち分解されてマナとして消費されるかもしれない。
『ハヤテ様の中に保管しておくのですか?』
『転がって傷が付いちゃいそうですね』
メイド少女カーチャが、勿体無さそうに宝石の表面を撫でた。
確かに。今はピカピカだけど、機内にゴロゴロ転がしといたら傷だらけになるかもしれないね。
かといって、どこかに括り付けといても、機体の振動で擦れて細かい傷とか入りそうだし・・・
『だったらこれに包んでおけばいい』
カルーラが部屋からシーツを持って来てくれた。
どうやらこの洞窟にはカルーラ達のベッドもあるようだ。
『カルーラ姉さん、それって僕のシーツなんだけど』
微妙な表情になるキルリア少年。まあまあ、姉弟仲良くね。
カーチャはキルリア少年に手伝ってもらいながら、シーツにくるんだ石を僕の機内に括り付けた。
その間、手持ち無沙汰なティトゥとカルーラは、井戸端会議に花を咲かせている。
『サルート家の晩餐会? 豪華な食事、羨ましい』
『二度と御免ですわ。それに食事なら、うちのベアータの作ったドラゴンメニューの方がずっと美味しかったですわ』
『確かに! ベアータの料理は本当にスゴイ。私にも一人分けて欲しい』
いや。ベアータは一人しかいないから。
一人あげるとか、半分あげるとか出来ないから。
『このネドマ騒動が終わったら、今度は弟さんと一緒にナカジマ領に来ればいいんですわ。二人にベアータの料理をご馳走しますわ』
『・・・それは出来ない』
カルーラはそう言うと俯いてしまった。
急に沈み込んだカルーラに、ティトゥはどう声を掛けて良いか分からず、混乱している。
そこに、作業を終えたキルリア少年がやって来た。
『ナカジマ様。少しよろしいでしょうか』
キルリアは真剣な表情で話し始めた。
『叡智の苔様の告げられたネドマの発生。東のネドマが巨大な怪物ネドマだった以上、おそらく西のネドマも同じような怪物かと思われます。もしそうだった場合、ナカジマ様は東のネドマ同様、西のネドマも倒されるおつもりでしょうか?』
『勿論ですわ。人間を襲う怪物を放ってはおけませんもの』
ティトゥの返事にキルリアは頷いた。
彼はティトゥならきっとそう言うと思っていたのだろう。
『もし、その怪物ネドマを倒したら、もうここには戻らず、そのままお国へ帰られた方がよろしいかと思われます』
『えっ?! 一体何を言ってますの?!』
キルリアの提案は僕達を驚かせた。
事前に姉弟で話し合っていたのだろう。カルーラは寂しそうな顔でこちらを見ている。
『・・・王城の空気が良くありません。このままだとみなさんにとって良くない結果になると思います』
王城に入ったサルート家の騎士団。
そしてベネセ家のクーデターで、サルート家は当主と騎士団の多くを殺されている。
そのクーデター軍の指揮を執ったのが今の当主のマムス・ベネセだという。
まだ若い新当主イムルフ少年では、復讐に燃えるサルート家の者達を抑える事は出来ないだろう、との事だ。
『最低でもベネセ家の今の当主、マムス様が生きている限り、この争いは続くでしょう』
『・・・サルート家の恨みを甘く見ていた』
現在は帝国という共通の敵が現れた事で六大部族は共闘関係にあるが、帝国を退けた後は再び内乱状態になる事が予想されるという。
その場合、ヴルペルブカ砦と王都を放棄したベネセ・バルム同盟軍は、自領に戻ってそこで連合軍に対して徹底抗戦に移ると考えられるそうだ。
『そして、サルート家はハヤテ様の力を知ってしまいました』
広大なザトマ砂漠を横断し、失われた黄金都市リリエラを発見しただけでなく、サルート家自慢の海軍が手も足も出なかった怪物ネドマを退治した竜 騎 士。
僕はこの国で力を見せすぎてしまったのだ。
キルリアの予想では、じきに僕達に対して、サルート家を上げての取り込み工作が行われるだろう、との事だ。
『それは、私達をサルート家傘下の貴族に叙勲するとか、そういった事ですの?』
『そういった申し入れも当然あるかと思われます。でも、おそらくそれだけでは済まないでしょう』
サルート家の目的が、僕達をベネセ・バルム同盟軍との戦いに駆り出すものである以上、単に懐柔するだけでは物足りない。
上手い話をチラつかせてその気になった所を、首輪を付けて意のままに操るというのが理想的だ。
具体的には、領地の領民や、仲の良いカルーラ達カズダ家を人質にする――とか。
考えるだけでも不愉快な話だが、実際にありそうな話だ。
『なので、六大部族が帝国と睨み合っている今のうちに、お国に帰られるのが良いかと思います』
『お二人はどうされるんですの?』
『私とキルリアは小叡智の役割がある』
『僕達ならばご心配なく。今回の件で六大部族の当主の方々にも改めてネドマの脅威が分かって頂けたでしょう。叡智の苔様や我々を軽視する事はないと思います』
キルリアの言っている事は分かる。
そして彼の予想が多分、正しい事も。
現在の殺気だった王城の空気からも、それはハッキリしている。
そう。理屈としては分かっているのだ。しかし、突然の別れに僕達の感情の方が追い付いていないだけなのだ。
ティトゥは二人に何か言いたそうにしているが、今の自分の気持ちを上手く言い表す言葉が見つからないようだ。
そんな彼女を気遣ってカルーラが声を掛けた。
『ナカジマ様・・・』
『私の事はナカジマ様ではなく、ティトゥと呼んで欲しいですわ』
『それは・・・いや、分かった。ティトゥ』
『カルーラ。きっとまた会えますわよね?』
ティトゥの言葉にカルーラからの返事は無かった。
カルーラの実家のお屋敷で、二人がどんな生活を送って、どんな会話を交わして来たのかは分からない。
けど、この二ヶ月ちょっとの間に、二人の少女の間には確かな友情が築かれていたようだ。
僕は衝動的に声をかけた。
『マタ クル』
『ハヤテ様。ですからそれは――』
『カクレル クル』
『! そうですわ! ハヤテならチェルヌィフまでひとっ飛びなんだから、誰にも見つからないようにコッソリ来ればいいんですわ!』
僕達の言葉に呆れるキルリア。
そんなキルリアの手をカルーラが握った。
『うん。ハヤテ様なら出来る』
『カルーラ姉さん?!』
カルーラは小さくかぶりを振った。
『ハヤテ様はデタラメ。デタラメが当たり前の人だから』
ちょ、カルーラ。その言い方は流石に酷いんじゃない?
そりゃあ確かに、僕はこの世界では未来兵器だし、規格外なのは認めるけどさ。
それでも中身は、極ありふれた平凡な人間だからね。
そしてティトゥはなぜドヤ顔だし。カルーラは君の事を褒めたわけじゃないからね。
カルーラの心からの説得? が通じたのか、キルリアは諦め顔で苦笑を浮かべた。
『――分かりました。また会える日をお待ちしています』
こうして僕達は再会を誓い合った。
その日がいつになるかは分からない。けどいつか必ず二人に会いに来よう。
そしてキルリアの話によると、僕達が王城に長居をするのはあまり好ましくないそうだ。
すぐにこの場から立ち去った方がいいという話だ。
おっと、その前に。僕はバラクに是非聞いておきたい事があったんだった。
「バラク。最後にちょっといいかな?」
僕の呼びかけに反応して、女性の声で音声アシスタントが流れた。
「はいハヤテ。ご質問をどうぞ」
「え~と、チョコレートの作り方をお願い」
かつて僕は、昔読んだネット小説を真似て、チョコレートでこの世界にお菓子革命を起こそうと考えた事がある。
その試みは、僕にチョコレート作りの知識が無かったために挫折したのだが、バラクの叡智があればその夢が叶うのではないだろうか?
おおっ! 僕の頭にチョコレートの情報が流れ込んで来る・・・って、ええっ?! カカオの木って熱帯気候じゃないと育たないの?!
あ~、だったらナカジマ領じゃあ無理かあ。
材料となるカカオの実が無ければ、チョコレートも作れないよね。残念。
ガックリして落ち込む僕を、カルーラが不思議そうに見上げた。
「飛行機さん、その”チョコレート”って何?」
「僕の所で大人気のお菓子の名前。濃厚なコクとまろやかさで、特に女性はチョコレートに目が無かったかな」
女性に大人気のお菓子と聞いて、カルーラの鼻息が荒くなった。
「「それってどんなお菓子なの・ですの?!」」
それは――ん? ちょっと待って?
今、二人分の声が聞こえなかった?
全員の視線がゆるふわピンクヘアーの少女に注がれた。
キルリアがティトゥに尋ねた。
『あの、ナカジマ様。ひょっとしてハヤテ様のニホンゴが分かっていらっしゃいますか?』
ティトゥは可愛くペロリと舌を出した。
『バレてしまいましたわね』
世界から音が消えた気がした。
え? ティトゥ、君何を言ってるの?
その時、僕の頭の中で、最後の欠片が音を立ててはまった気がした。
最近ずっと気になっていたティトゥの不審な言動。
その不可解な行動の全てを、その正体を、この瞬間、僕は理解した。決して理解したくないけど理解してしまった。
あれっ? ていう事は・・・
ヤバイ。聞きたくない。
聞きたくないけど聞かなくては。
確認したくないけど確認しなくては。
僕は勇気を振り絞ると、震える声でティトゥに尋ねた。
「ティ、ティトゥ、最近君、僕の横でずっと僕の独り言を聞いてたよね。まさかとは思うけど・・・あれって僕が何を喋っているのか分かっていて聞いてたのかな?」
ティトゥはとても良い笑顔で僕を見上げた。
彼女の笑顔は晴れやかで、目には一点の曇りもなかった。
何も言わなくても分かる。その表情が今の質問に対する答えを雄弁に物語っていた。
いやああああああああああああああああっ!!
次回「明かされた秘密」