その22 再び聖域に
という訳で翌日。やって来ましたチェルヌィフ王朝の王都ザトモヴァー。
ここに戻って来るのも一週間ぶりかな。
『・・・もう二度とデンプションの港町には行きませんわ』
ティトゥは今朝からずっとブツブツと恨み節をこぼしている。
なんでも昨日、代官のルボルトさんに、『明日、王都に報告に戻る』と言った途端、怒涛の引き留めを食らったんだそうだ。
曰く、まだ十分なお礼が出来ていない。曰く、竜 騎 士はサルート家の危機を救ってくれた恩人だ。その恩に報いなければならない。曰く、本家の方からも礼がしたいからそれまでこの町に滞在して欲しい。曰く、もう結婚適齢期なのにまだ相手がいないのなら、是非サルート家で世話をさせて欲しい。等々。
最後のは大きなお世話と言いたい所だが、そんな感じで、ティトゥはずっとルボルトさんに引き留められていたそうだ。
どうやらルボルトさんはティトゥの事が甚く気に入ったらしい。
日頃、海千山千の商人達や、ひと癖もふた癖もある貴族達と腹の探り合いをしているルボルトさんにとって、ティトゥとの腹蔵のない会話は、よっぽど新鮮だったようだ。
――といった話を、執事のホンザさんがこっそり僕達にしてくれた。
『私にはありがた迷惑ですわ』
大国の六大部族の先々代の当主から寄せられた好意を、バッサリと切り捨てるティトゥ。
そんなに嫌わなくてもいいのに。
良い人だと思うよ。気前よく僕に”赤い石”をくれたし。
『・・・ハヤテ』
ティトゥにジロリと睨まれて僕は慌てて口を閉じた。
どうやら僕の軽口も通じない程、ティトゥのストレスは溜まっていたようだ。
『ハヤテ様・・・』
胴体内補助席に座ったカーチャが呆れ顔を見せた。
彼女はサッカーボール大の赤い石を抱えている。
叡智の苔バラクが、僕の欠片と呼んだ”魔法生物の種”の一部である。
『そんな風にずっと抱えていて重くないんですの?』
『それが不思議な石で、見た目よりも全然重くないんですよ』
まあ、宝石みたいに見えるだけで、実際は石じゃなくてマナの塊だからね。
見た目ほどの重さが無くても不思議じゃないのかな?
ちなみにこの場に眼鏡少女ヤロヴィナはいない。
彼女とはギルド本部のあるバンディータの町でお別れしたからだ。
元々、彼女の役目は、ジャネタお婆ちゃんの代わりに、僕らをデンプションの水運商ギルド支部に案内する事だからね。
僕達がデンプションでの仕事を終えた以上、彼女も自分の役割を終えたというわけだ。
最初は頼りなく思えたけど、対巨大ネドマの釣り作戦では、水運商ギルドには随分と助けられた。
ヤロヴィナはあれでもちゃんと自分の仕事をしてくれたのだ。
カーチャも、最後はヤロヴィナの事を少しは見直したんじゃないかな?
さて。そんな事を話している間に、僕達は王城の上空に到着した。
目指すは王城の裏にある丘。”聖域”と呼ばれている場所である。
そこには叡智の苔バラクと、カルーラ達小叡智の姉弟が僕達を待っているはずである。
聖域の近くに着陸した僕達は、妙に殺気立った城の守備隊に取り囲まれてしまった。
その光景はつい一週間前、カルーラ達を連れてこの城に来た時の事を思い起こさせた。
けど、どうして? まさか、みんな僕の姿を忘れてしまったとか?
『ハヤテの姿を忘れる人間なんて、この世にはいないと思いますわ』
緊張しながらもツッコミを入れてくれるティトゥ。
その時、兵士達の後ろから少女の声が響いた。
『この方達は私達が呼びました。みなさんは下がっていて下さい』
『しかし! ――いえ、分かりました』
日頃のおっとりした雰囲気から一転、どこか凛々しい顔立ちで現れたのは僕達の良く知る姉弟。
『久しぶりナカジマ様』『ハヤテ様もお久しぶりです』
『カルーラ様とキルリア様もお変わりなく』
『ゴキゲンヨウ』
カルーラとキルリアの小叡智の姉弟だった。
僕達は地上走行で、バラクの洞窟へと向かっていた。
ティトゥはその道中で、カルーラ達にデンプションでの出来事を説明した。
『そんなネドマの話は聞いた事もありません!』
『新種のネドマ?』
新種? う~ん、どうだろう。僕は例の赤い石が怪しいと睨んでいるんだけど。
カーチャはさっきから周囲の様子を気にしている。
彼女の視線の先では、城の兵士達が緊張した面持ちでこちらを伺っていた。
『あの人達は何をあんなに警戒しているんでしょうか?』
カーチャの疑問にキルリア少年が答えた。
『仕方がありません。彼らは初めてハヤテ様を見たのですから』
『初めてってどういう事ですの? 私達は先週も来ましたわよ』
『違う、あの時はベネセ家の騎士だった。彼らはサルート家の騎士』
『?』
帝国が国境の砦に三万の兵を集結中。
この報告を受けて、ベネセ家の新当主マムスは帆装派連合軍との休戦を決意した。
連合軍としても、帝国軍の脅威を前にして、いつまでも内乱を続けている訳にはいかない。
こうして無事に休戦協定が結ばれると、ベネセ家・バルム家同盟軍は、すぐさまヴルペルブカ砦を放棄。国境へと軍を進めた。
同盟軍はその際に王都からも全ての兵を撤退させた。
ヴルペルブカ砦を放棄する以上、王都だけでは7万の連合軍を防ぎきれない。
マムスは王城の占拠をスッパリと諦め、連合軍に明け渡したのだ。
この無血開城を受けて、サルート家が王城を押さえた。
連合軍の盟主はサルート家当主のイムルフ少年だ。そもそも本来であれば、イムルフ少年の父親、亡くなった先代当主のクリシュトフが国王代行の役目に就いていた時期でもある。
いわば正しい形に戻った訳で、周囲からも大きな反対は出なかったようだ。
しかし、これで丸く収まった、とはいかなかった。
『ベネセ家が王城を襲撃した際、サルート家は当主を含めて多くの犠牲者を出していました。王城に入ったサルート家の騎士団の中には、その時の恨みを忘れていない者達も多かったのです』
『ベネセ家に付いた者を捜し出しては罰している』
『そんな・・・』
粛清か。
どうりで城内が妙にピリピリと殺気立っていると思った。
そんな所に僕みたいな謎生物が飛来したのだ。彼らが暴発しかけたのも当然と言えるだろう。
もし、カルーラ達が来るのがもう少し遅れていたらどうなっていた事か。
僕達は王城の血生臭い現状に気を重くしながら、バラクの洞窟へとたどり着いたのだった。
「オーケイ・バレク。叡智の苔様、ナカジマ様とハヤテ様が参りました」
壁といわず岩といわず、びっしりと覆いつくした幾何学模様の緑の苔。
その中心に埋め込まれた黒い板こそ、叡智の苔――バレク・バケシュの本体、スマートフォンだ。
キルリア少年の呼びかけを受けて、「ホコッ」という音と共に黒い板に光が灯った。
見慣れた待ち受けアイコンが浮かぶと、女性の声で音声アシスタントが流れた。
「ありがとう。エルバレク。ようこそハヤテ」
『カーチャ』
『あっ、ハイ。ハヤテ様』
カーチャは僕達が最初に訪れた時のように、目を丸くして周囲をキョロキョロと見渡していたが、僕の呼びかけに気付いて慌てて後ろに続いた。
手には先程の赤い石を持っている。
最初はカーチャには外で待っていて貰おうかとも思ったが、王城が不穏な空気に包まれている以上、彼女を僕達の目の届かない所に一人で置き去りにするわけにはいかない。
それに、バレク・バケシュの正体はスマホの音声認識アシスタント・VLAC:バラクである。僕的には、必要以上にかしこまるのも何だかな、といった気もする。
そもそも、最初にティトゥを連れて来ているのだから、今更だろう。
こうして僕達はカーチャも洞窟に連れて入る事にしたのである。
「何があったか教えるよ。バラク。直接リンクを許可する。やってくれ」
直接リンクとは、魔法的な方法を使った情報伝達方法だ。
魔法生物である僕とバラクならではのコミュニケーション方法とも言えるだろう。
アプリの待ち受けアイコンが激しく動くと、岩に生えた苔が激しく点滅した。
点滅はやがて岩から壁の苔に伝わり、壁全体が幻想的な光のイルミネーションに彩られた。
『すごい・・・』
カーチャが呆然と呟く声が聞こえた。
来た。頭の中を無理やりかき分けられる感覚。
膨大な知識の奔流が頭の中を駆け抜けていく。
・・・と、思った途端に直接リンクはあっさりと途切れてしまった。
『ハヤテ様?』
う~ん。そう来たか。
予想通りと言えば予想通りの結果と言えるだろう。
バラクの中にも、この赤い石に関する情報はほとんど無かったのだ。
バラクであれば、この石の事を何か知っているかも。という僕の期待は残念ながら外れてしまった。
この数百年の間、マナから”魔法生物の種”が生まれたのはたったの二回だけ。
スマホと、四式戦闘機だけなのだ。
バラクが何も知らなくても当然だ。分析しようにも圧倒的にデータが足りないのである。
『ならコレはどうするんですの?』
ティトゥは困った顔で赤い石を指差した。
キルリア少年がティトゥの言葉に答えた。
『元々ハヤテ様の一部と伺っています。ならばそちらでお持ち頂ければよろしいのではないでしょうか?』
「そうは言っても、ティトゥがイヤがってさ」
まるで宝石のようにキレイな石だが、グロテスクなネドマの体に埋まっていた物と考えると気味が悪いのだろう。
ティトゥはあまり石に近寄らないようにしていた。
しかし、次のカルーラの言葉が決め手となった。
『ナカジマ様達が言うような巨大なネドマは、今まで一度もこの国で見付かっていない。そのネドマの体にこの赤い石が埋まっていたのは偶然じゃないと思う。迂闊な場所に保管するのは危険』
確かに。
僕もこの石と巨大ネドマの誕生には何らかの関連性があるのではないか、と疑っていた。
そう考えるなら、この国に置いたまま立ち去るのは危険かもしれない。
この石がまたネドマに取り込まれてしまえば、再び今回のような騒ぎが起きるかもしれないからだ。
それに僕のあずかり知らない過去とはいえ、この石が僕を作った”魔法生物の種”の欠片である事は間違いない。
なら、この石を管理するのは、ある意味、僕の責任だとも言えないだろうか?
『ワカッタ。アズカル』
『・・・確かに。この世界でハヤテの手元程、安全な場所はありませんわね』
そう言ってため息を吐くティトゥ。
こうしてこの赤い石は僕の預かりとなる事に決まったのだった。
次回「突然の別れ」