その21 末期の水
いつもこの作品を読んで頂きありがとうございます。
総合評価が4000ptに到達したのを記念して、昨日は夕方にも更新しています。
前日分の読み飛ばしにご注意下さい。
竜 騎 士部隊の隊長が抱えた”赤い石”。
ネドマの”ずきん”に埋まっていた例の石だ。
先程、執事のホンザさんがやって来て、ティトゥに直接渡してくれたのだ。
『まるで宝石のようですわね』
ティトゥの感想ももっともだ。というか、僕の目にも宝石にしか見えない。
そう。今の石からはあの時感じた力を何も感じないのだ。
本当にこれが叡智の苔バラクの言っていた、僕の欠片の片割れなんだろうか?
『どうかしら? ハヤテ』
『バラク。キク』
実の所、僕はこの石をどうこうしようと思ってここに来た訳じゃない。
というか手に入れたのは成り行きだ。
本当は単に調査するだけのつもりで来たのだ。
結果、巨大ネドマ退治を手伝う事になったが、それだって放っておけなくて手を貸しただけで、僕の本来の目的では無かった。
とはいえ、この石を手に入れた途端、何か新たな力に目覚めるかも――という期待もなくはなかったけど・・・ はっ!
いかんいかん、今の発想ってなんだかティトゥっぽくなかった?
ひょっとして僕、ティトゥの中二に毒されてる?
そもそもこの石は、僕の機体が作られた際に、不要となって捨てられた物だ。
今更、体の一部になる事は無いのだろう。
僕もこれ以上の力は特に望んでいないからね。
巨大ネドマが取り込んでいた以上、コイツに何か特別な力があるのは間違いない。多分。
僕では分からないなら、何か知ってそうな相手――叡智の苔に聞けばいいのだ。
『そうですわね。お化けネドマの調査報告もしないといけませんし、一度カルーラ達の所に行きましょうか』
確かにそうだね。調査すると言って飛び出したんだから、ちゃんと報告はしないと。
調査とか言いながら倒しちゃったから、何だか事後承諾のような気もするけど。
その時、僕達は竜 騎 士部隊の隊長が何か言いたそうにしているのに気が付いた。
チラチラとカーチャの様子を伺っている所から、どうやら他人には聞かれたくない話のようだ。
カーチャも隊長の視線に気付いたのだろう。『お茶の片づけをして来ますね』と言ってこの場を離れた。
カーチャの姿が消えると、ティトゥは『それで?』と隊長に向き直った。
『それで、何か話がありますの?』
『それが・・・ あのメイド少女に会いたいと言う者が来ているのですが』
隊長はカーチャの消えた先へと目を向けた。
『それを本人に知らせて良いものかどうか。ナカジマ様のお考えをお聞かせ願いたいのです』
『? カーチャに? どういう事ですの?』
隊長は説明を始めた。
以前も説明したが、竜 騎 士部隊は、今は騎士団を引退している人や、この騒ぎで原隊復帰した予備役の人で水増しされた、寄せ集め部隊である。
その復帰組の騎士の中に、カーチャの知り合いがいたんだそうだ。
『知り合いというか、彼女が気にかけていた者とでも言えばいいでしょうか』
その騎士の名前はローヴ。奥さんと子供を失くして、残された唯一の身よりである孫すらも失った、孤独な身の上の老人だそうだ。
『それは、お気の毒な方ですわね』
『ええ。メイド少女もそう思ったのでしょう。時々ローヴの面倒をみてやっていたようです』
老人の境遇に同情したカーチャは、ローヴの服をついでに洗濯してあげたり、時間が空いた時には話し相手になっていたんだそうだ。
カーチャの気持ちも少し分かる気がするな。
彼女も故郷のマチェイを離れて半年。
しっかりしているように見えて、日本ならまだ中学生くらいの女の子だ。
ずっと家族に会えない寂しさを感じていたんだろう。
カーチャは、そんな自分の寂しさを、老人の境遇に重ねていたのかもしれない。
隊長は抱えていた赤い石を少し持ち上げてみせた。
『この石をネドマから取って来たのがそのローヴなんです』
昨日、息を吹き返した巨大ネドマが海に逃げようとしたあの時。
最後までネドマの上に残って、僕の攻撃の瞬間、海に振り落とされていたのがそのローヴという老騎士だったらしい。
あの時、ネドマは突然叫び声を上げて泳ぐのを止めた。
ひょっとしたら、ローヴ老人がネドマから赤い石を剝ぎ取った事で、ネドマの身に何かが起きたのかもしれない。
『海に落ちたローヴは、意識を失いながらもこの石を離しませんでした。そしてローヴを助けた船には死んだと思われていた彼の孫が乗っていたんです』
『?! それってどういう事なんですの?!』
あの時、僕達はネドマから振り落とされた騎士団員が、大型船の船員に助けられているのを見ている。
どうやらあの船に、ローヴ老人の孫が乗っていたらしいのだ。
『ローヴの孫は昨年の夏頃、聖国の沖合で乗っていた船が海賊に沈められて、死んだものだと思われていました。しかし、実際は生き延びて海賊のアジトで奴隷のようにこき使われていたんだそうです』
そうこうしているうちに、マリエッタ王女による海賊退治が始まった。
彼は無事に救出されたものの、海賊の仲間ではないかとの疑いが持たれて、つい最近まで聖国で取り調べを受けていたんだそうだ。
『なら、お爺さんはお孫さんに会えたんですのね?!』
『はい。船で再会したそうです』
完全に諦めていた孫と奇跡的に再会出来たのだ。ローヴ老人の喜びは想像に余りある。
そして隊長が言うには、その孫がカーチャに面会を求めてここに来ているのだという。
ティトゥは勢い良くイスから立ち上がった。
『だったらカーチャに教えて上げないと! 直ぐにあの子を呼んできますわ!』
『お待ちください! 彼は訃報を知らせに来たのです!』
訃報という不吉な言葉に、ティトゥの体が固まった。
『ローヴは死んだそうです。彼はその知らせと共に、祖父に良くしてくれた少女に一言礼を言いたいとやって来たのです』
『そんな・・・ どうして? あっ! まさかお化けネドマにやられたケガが元で?!』
『いえ。それは多少の打ち身程度で、特に問題は無かったそうです』
医者の診察を終えたローヴは、その日のうちに孫と家に帰ったそうだ。
二人は食事の間も、酒を酌み交わす間も、離れていたこの一年の間の事を語り合った。
どうやらカーチャの話はその時に出たようだ。
老人はずっと嬉しそうにしていたという話だ。
少し深酒をしてしまったローヴ老人は、孫に体を気遣われて床についた。
そして朝になっても目を覚まさなかったのだそうだ。
『穏やかな死に顔だったそうです。心から満足して逝ったのでしょう』
『そんな事って・・・』
老人の最期に絶句するティトゥ。
町を脅かす怪物から体を張って町を守り切り、死んだと思っていた孫まで無事に戻ってきて、老人の心の中の張り詰めていた何かが切れたのかもしれない。
老人は満足感に包まれたまま静かに息を引き取り、そのまま天に召されたのだろう。
『我々の間では”死出の水”という言葉があります。戦場で瀕死の重傷を負った兵は、最後に水を求めます。仲間が水を一口与え、負傷者の望みを満たしてやると、その者は苦しみから解き放たれ、死出の旅路へと向かうのです』
日本で言う、”末期の水”というヤツか。
元々は、仏陀が死の間際に水を所望した、という逸話から来ていると聞く。
隊長は、ローヴ老人にとっては、孫との再会こそが末期の水だったのでは、と言いたいらしい。
『死出の水・・・ですか』
『ええ。孫は祖父に良くしてくれた少女に是非お礼が言いたい、と言っています。ですが、本人にそれを告げて良いものかどうか』
『・・・いいえ。その言葉は私が代わりに受け取りますわ。彼の所に案内して頂戴』
『――そうですか。分かりました。ではこちらに』
ティトゥはカーチャに黙っておくことに決めたようだ。
隊長も同意見だったのだろう。小さく頷くとティトゥを先導して歩き始めた。
――そうだね。それが良いのかもしれない。
少し寂しい気もするが、僕達は直ぐにこの町を離れる身だ。
普通に考えれば、カーチャがこの町を訪れる事はもう二度とないだろう。
つまり、僕達さえ黙っていれば、カーチャが老人の死を知ることは無いのだ。
なら、あえて知らせて、最後に悲しい思いをさせる必要も無いだろう。
ティトゥ達の姿が消えて少し経った頃、メイド少女が仕事を終えて戻って来た。
『ハヤテ様。ティトゥ様達はどこに行かれたんですか?』
『キャク。スグモドル』
『お客様ですか』
僕の言葉にカーチャは特に疑問は抱かなかったようだ。
僕は後ろめたい気持ちになりながら、小さなメイド少女と共にティトゥの帰りを待つのだった。
これからもこの作品をよろしくお願いします。
次回「再び聖域に」