その18 ネドマの死体
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それを記念して今日と明日は二話、朝と夕方に更新したいと思います。
読み飛ばしにご注意下さい。
僕達がドックに着陸した途端、みんなが一斉にこちらに走って来た。
危なっ! ちょ、まだ止まってないから! プロペラも回ってるから!
僕はヒヤヒヤしながらブレーキをかけると、慌ててエンジンを切った。
ティトゥが風防を開けて立ち上がると、みんなの興奮はピークを迎えた。
『竜 騎 士バンザーイ! 姫 竜 騎 士バンザーイ!』
みんなの異常なテンションの高さにティトゥの腰も引け気味だ。
奥の方では浴びるように水を飲んでいる人がいるけど、あれって水なんだよね?
まさかお酒じゃないよね?
僕の250kg爆弾は、巨大オウムガイネドマの殻の一部と本体の三分の一ほどを吹き飛ばした。
巨大ネドマの死体は、今も波に洗われるままになっている。
『運が良い事に、今は満潮ですからね。潮が引いたら人手を集めて引き上げ作業にかかりましょう。バルト君!』
水運商ギルド副支部長のオミールさんは、さっきから浴びるように水を飲んでいる青年に声を掛けた。
てか、あれってこのドックの若社長じゃん。
若社長バルトは意外としっかりとした足取りでこちらにやって来た。どうやら本当に水だったようだ。
『おう。怪物が生きている間は危なくて近寄れなかったが、死んだ今なら大丈夫だろう。あの辺とあの辺にロープを結んで丸太のコロの上を滑らせればどうにかなると思うぜ』
この辺の段取りは彼らに任せておけば大丈夫だろう。きっと。
そんな相談をしている最中に、高価そうな馬車が二台揃ってやって来た。
一台はさっきメイド少女カーチャが乗ってたヤツだが、もう一台は誰が乗っているんだろう・・・って、こんな馬車に乗ってる人は一人しかいないよね。
『あれが怪物ネドマか! まさか本当に退治してしまうとは!』
馬車から降りた途端に、驚きの声を上げているのは品の良い老紳士。
このデンプションの港町の代官のルボルトさんだ。
彼はティトゥを見つけると大急ぎで駆け寄った。
『――ナカジマ殿! 本当に何と礼を言ったら良いか分からない。今はサルート家を代表して礼を言わせてくれ。ありがとう。直ちに本家に今回の件の礼ともてなしをさせると約束しよう。連絡があり次第、バンディータの町へ行って欲しい。あちらの屋敷で――』
興奮気味のルボルトさんに、ちょっと迷惑そうなティトゥ。
『もてなしは――いえ、お心だけで結構ですわ。ええ十分に』
『何を言う! そんな訳にはいくか! これ程の働きをしてもらったのに、もてなしもせずに帰せるわけがないだろう。本家からの連絡が来るまでは、俺の屋敷で今回の労をねぎらわせてくれ。そうだ。今夜は客を呼んで晩餐会を開こう。祝勝会だ。ホンザ、ホンザはどこにいる!』
『だから! だから、お心遣いだけで結構なんですのよ! ちょっと! 私の話を聞いて下さりませんこと?!』
勝手に盛り上がった挙句、執事のホンザさんを捜しに行くルボルトさん。
貴族の社交場を大の苦手とするティトゥが、慌てて彼の背中を追いかける。
苦笑しながら二人を見送っていたギルドの副支部長のオミールさんが、僕に声を掛けて来た。
『お礼と言うならハヤテ様にもお礼を差し上げねばなりませんね。何かお望みの物でもございますか?』
僕にお礼? お礼ね。僕へのお礼ならティトゥにしてくれればいいよ。
そうだ。ナカジマ領には港の候補地があるんだけど、領地の開発を優先させているから今は手つかずなんだよね。
水運商ギルドの力でナカジマ領の港作りを協力して貰えないかな?
『それでしたら喜んで』
この時、僕が思い付きで言ったこの言葉が、オミールさんの口からジャネタお婆ちゃんに伝わり、ジャネタお婆ちゃんは「これだ!」とばかりに、全力でナカジマ領の港作りに取り組んでくれる事になるのだが、それはまた先の話。
ちなみに、みるみるうちに工事が進む港を見て、ランピーニ聖国のメイドのモニカさんが焦りを覚え、今度は聖国からも大量の商人が港作りに押し寄せる事になり、ナカジマ家代官のオットーが悲鳴を上げる羽目になるのだが、それはまた更に先の話。
僕の言葉にオミールさんは苦笑した。
『それは構いませんが、ハヤテ様ご自身の望まれる事は無いのでしょうか?』
と言われてもねえ。
お金を貰っても買いたい物があるわけじゃないし、今の所、生活に不自由はしてないからなあ。
あ、そうだ。お礼と言うなら欲しい物があるんだった。
『ほう、欲しい物。それは何でしょうか?』
巨大オウムガイネドマのずきんに埋め込まれているあの”赤い石”。
そもそも僕は、自分の使われなかった欠片を調査する目的もあって、この港町までやって来たんだった。
僕の望みはオミールさんから代官のルボルトさんへと伝えられた。
『怪物の一部? 赤い石だと? ひょっとして魔核の事か?』
あ。やっぱり魔核の事を知っているんだ。ルボルトさんは六大部族のサルート家の先々代の当主だったからね。
ネドマの事も叡智の苔の事も当然知っているんだろう。
まあ、あの赤い石は僕の片割れであって、本当はネドマの魔核じゃないんだけどね。
『そんなもので良ければ持って行くがいい。中には魔核を宝石として珍重する者もいると聞くが、基本的には使い道のない代物だからな』
こうして急遽、ネドマの死体から赤い石を取り外す作業が始まった。
なんでこんなに急いでいるのかって?
急いでこの場を逃げ出したい人物がいるからだよ。
『サルート家主催の晩餐会なんて冗談じゃありませんわ。しかも主賓だなんて恐ろしい。考えただけでも背筋が凍りそうですわ』
あえてその人物が誰とは言わないでおこう。
ヒントは、僕の操縦席に逃げ込んでブツブツと呟いている人、だ。
まだネドマの死体は半分以上が海水に浸かっている。
騎士団の人達がボートでたどり着き、苦労しながら殻の上によじ登っている。
ティトゥのせいでご苦労をお掛けします。
あっ、さっきの答えを言っちゃった。
ん? 僕の気のせいだろうか。
ネドマの残った片目が今、動いたような・・・
その時、ネドマの殻がグラリと大きく傾いた。
『危ない! 倒れますわ!』
ティトゥが叫び声を上げたが、違う。
倒れようとしているんじゃない! あれは動いているんだ!
巨大ネドマの触手が持ち上がると海面を叩いた。
その振動で殻に取り付いていた騎士達は全員海に落ちてしまった。
そう。巨大ネドマは死んでいなかった。
僕の攻撃で瀕死の重傷を負って、気を失っていただけだったのだ。
事態に気付いた周囲の人間達が騒ぎ始めた。
僕の見つめる先で巨大ネドマはゆっくりと動いている。
どうやら今は、人間を襲って食欲を満たすよりも、安全な場所に逃げる方を優先したようだ。
このままヤツを逃がしてしまってはマズい。
『! あそこ! 港に船が入って来ようとしていますわ!』
悪い時には悪い事が重なるものらしい。
現在、代官のルボルトさんの指示で、デンプションの港の出入りは禁止され、港は完全封鎖されている。
しかし、どうやら連絡が届いていない船がいたようだ。
一隻の大型船がノコノコと港に入って来ていた。
このまま進むと、巨大ネドマはあの大型船とぶつかってしまう!
「どけ! みんなどいてくれ! 滑走路を空けるんだ!」
『みなさん! ハヤテが飛び立てませんわ! 道を空けて頂戴!』
僕とティトゥは声の限りに叫んだ。慌てて場所を空ける人々。
この時間のロスは痛い。
その間にも巨大ネドマは速度を上げ、船との距離は近付いている。
また目の前で犠牲者を出してしまうのか?!
僕は油温計の針が振り切れるほどの焦りを覚えながら飛び立つのだった。
次回「騎士の誇り」




