その16 あれが”双炎龍覇轟黒弾”
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遂に始まった対・巨大オウムガイネドマ作戦。
ハヤテが運んだ餌に結んだロープを、ドックの作業員達が大型巻き取り機で巻き取っていた時に事態は動いた。
「違うぞバルト君! これは巻き取り機の故障じゃない! 怪物だ! 怪物が餌に食らいついたんだ!」
ピンと張ったロープはギシギシと音を立てて軋み、今にも千切れそうだ。
浮足立つ作業員達にこのドックの社長、バルトが一喝した。
「馬鹿野郎! 何をオタついてやがる! 怪物が食い付いたんだ! 引け! 引くんだよ! 急げ! ソーレ!」
「「「「お、おう! ソーレ! ソーレ!」」」」
バルトの檄で我に返った作業員達は慌ててロープに縋り付いた。
しかし、全員で力の限り引っ張るが、ロープは大地に打ち込まれているかのようにびくともしない。
「くそが! コイツは聖国の技術者が設計した大型巻き取り機だぞ! それを怪物の野郎、どんだけ馬鹿力をしてやがるんだ!」
思わず悪態が洩れるバルト。
ハッと我に返った騎士団の隊長が部下達に命じた。
「何をしている! 俺達も力を貸すんだ!」
「「「「は、はい! せーの! ソーレ! ソーレ!」」」」
水運商ギルドの副支部長のオミールが、自分の部下達に振り返った。
「我々も手伝うぞ! 全員で怪物を釣り上げるんだ!」
オミールはそう怒鳴ると、率先して作業員の中に飛び込んでロープを掴んだ。
上司の行動を見て慌てて追従するギルド職員達。
「「「「ソーレ! ソーレ!」」」」
ハヤテがドワーフと呼ぶ鍛冶屋達が、ギルドの眼鏡少女ヤロヴィナが、サルート家執事のホンザが、この場にいる者全員がロープを掴み、声を合わせて引っ張った。
「ソーレ! ソーレ! よし! 動いたぞ! ソーレ! ソーレ! この調子だ! ソーレ! ソーレ!」
聖国の技術者が設計したという大型巻き取り機は、この大きな負荷に良く耐えた。
巻き取り機は軋み音を立てながら、ジリジリとロープを巻き上げていった。
「いいぞ、いいぞ! 怪物だって生き物だ! 弱って来ているに違いねえ! ソーレ! ソーレ!」
「「「「「「「「ソーレ! ソーレ! ソーレ! ソーレ!」」」」」」」」
どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
全員が汗だくになり、握力も限界を迎えそうになった頃、ザッと海が盛り上がると巨大な影が姿を現した。
「怪物だ! 野郎とうとう姿を見せやがった!」
「いいぞ! もう一息だ! 声を出せ!」
彼らは喉も枯れよと叫びながらラストスパートをかけた。
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巨大オウムガイネドマと人間の必死の綱引き。
ここまでは人間サイドが意外な健闘を見せていたが、現在は膠着状態に陥っていた。
双方共に体力の限界が来ていたからだ。
浅瀬まで引っ張り上げられたネドマは、今は体の半ばまでが海上に露わになっている。
これは言い換えれば、それだけ海水による浮力が失われている事にもなる。
つまり、完全に陸に上げるにはこれまで以上の力が必要になる、というわけだ。
既に限界まで力を振り絞っている人間達にとっては、大型巻き取り機の助けをもってしても、これ以上の力は流石に厳しいだろう。
いや、仮に可能だったとしても、これ以上の張力にはロープが耐えきれないかもしれない。
ネドマは必死に獲物を噛み切ろうとしているが、鉄で出来た棺桶檻は互いに強固な鎖で繋がれ、巨大オウムガイネドマの強靭な顎板をもってしても千切れなかった。
実は今回の作戦で、ハヤテが最も不安に感じていたのは、餌の入った仕掛けの部分である。
イカ釣りで主に使われるのは、エギと呼ばれる疑似餌である。
エギの先にはカンナと呼ばれる針が取り付けられていて、エギに襲い掛かったイカはカンナが刺さって逃げられなくなるのだ。
しかし、クジラ程の大きさの巨大ネドマにカンナを刺す事が出来るだろうか?
浅く刺さっても仕掛けが外れて逃げられるだけである。
そこでハヤテは疑似餌のエギではなく、本物の餌を用意してネドマに飲み込ませる事にしたのだ。
しかし、こうなって来ると問題になるのはロープの脆弱さである。
もし、ネドマが仕掛けを飲み込んでしまった場合、その鋭い顎板でロープは容易く切断されてしまうだろう。
だからと言ってロープの代わりに鎖を使うわけにもいかない。
そんな長さの鎖は、流石にハヤテの積載重量を超えてしまうからだ。
こうした長所と短所の折衷案として考え出されたのが、今回の”棺桶檻”だったのだ。
いかに巨大ネドマといえど、鉄で作られた棺桶檻はそうたやすくは嚙み砕けない。
とはいえ、人間をも丸のみする巨大ネドマだ。棺桶檻くらいはあっさりと丸のみするだろう。
しかし、棺桶檻は別の棺桶檻に繋がれている。
これまた簡単には噛み切れない鉄の鎖で繋がれて、だ。
ネドマは仕方なく、次の棺桶檻も丸のみするしかない。
しかし、次の棺桶檻もまた別の棺桶檻に繋がっている。
こうしてネドマは噛み切れない状態で次から次へと餌を飲み込まざるを得なくなり、仕掛けから逃れられなくなるのではないか? とハヤテは考えたのだ。
棺桶檻を全てのみ込まれてしまっては、結局、ロープを噛み千切られてしまう。
そこで限界まで棺桶檻を用意してもらったのだが・・・おかげで運ぶ際に、危うく墜落しそうになってしまったのは想定外であった。
しかし、危険を冒した甲斐があり、ネドマはまんまとハヤテの思惑にはまったのだ。
とはいえ、まだ完全に釣り上げた訳では無い。
いや。ロープが切れるか、餌を全て吐き出すかすれば、ネドマは海底に逃げてしまうだろう。
そうなってしまえば、二度とこの仕掛けにはかからないに違いない。
そして人間側にはこれ以上ネドマの巨体を引っ張り上げる術はない。つまりは手詰まりだ。
状況は一見、膠着状態のように見えて、実はネドマの方が優勢だったのだ。
ドックの若社長バルトが悔しそうに吠えた。
その体からは滝のような汗が滴っている。
「ちくしょう! まだか?! もう長くはもたねえぞ!」
「あっ! あれを!」
ロープの一番端を掴んでウンウンと唸っていた眼鏡少女ヤロヴィナが、空を見上げて叫んだ。
「! 来たか!」
「おおっ! 頼んだぜ、ドラゴン!」
「うおおおっ! ぶちかませーっ!」
全員が疲れを忘れて叫んだ。
彼らが見つめる先、蒼穹を切り裂いてキラリと翼が光った。
みるみるうちに近付いて来る大きな機体。
四式戦闘機・疾風だ。
巨大ネドマもハヤテの接近に気付いたのだろう。慌てて逃げようとしているが、その巨体は今は半ばまで浅瀬に乗り上げている。この状況ではいつものように海中に逃げる事は不可能だ。
全員の割れんばかりの歓声を浴びながら、ハヤテは一直線にネドマへと襲い掛かった。
ハヤテの本体から分離するように、大きな翼の下から黒い楕円の塊が二つ、ネドマ目掛けて放たれた。
事前にティトゥから説明を聞かされていた執事のホンザが、ハッと目を見開いた。
「あれが”双炎龍覇轟黒弾”?!」
彼の言葉と共に黒い塊はネドマへと吸い込まれた。
次の瞬間――
ドド――ン!!
「「「「「うわあああああっ!」」」」」
全員の歓声を超える大音響と共に、ネドマの体の辺りから大きな水柱が上がった。
「や、やったのか?!」
息を飲むギルドの副支部長のオミール。
彼らが固唾をのんで見守る先、先程まであれほど暴れていたネドマは、グッタリと触手を垂らして完全に動かなくなった。
人間達の勝利である。
「「「「「いやったああああああ!」」」」」
工員が、騎士団が、鍛冶屋が、ギルド職員が、全員がお互いの肩を叩いて喜びの声を上げた。
次回「蒼穹逆落とし」