その13 新し物好き
遂に始まった”釣り”作戦――の準備という名の打ち合わせ。
その最中に、僕が今回の作戦遂行に選んだ場所の所有者が、難色を示しているとの報告が入った。
ティトゥは「今こそサボるチャンス!」とばかりに、直接交渉に出向く事に決めたのだった。
直接交渉に出かける、と言っても、場所は港の南の外れ。
僕が飛べばあっという間に到着してしまう距離である。
まあ、港の沖に潜伏している巨大ネドマを相手するのに、港から遠く離れた場所を戦場には設定出来ないよね。
どうやってそこまでおびき寄せるんだ、って話になるし。
現在、僕達が見下ろしているのは、一見すると柵に囲まれた空き地だ。
空き地の東側は、そのままなだらかに下って海へと接続している。
その他、ゴチャゴチャと櫓やら大型の珍しい形をした構造物やらが並んでいる。
そんな中、今まさに修理をしている最中だろうか。中規模の船が一隻、作業員達が大勢取り付いているのが見えた。
そう。この施設は船の修理工場――船渠なのだ。
この国では大型船も扱っているドックは、ここを含めて三か所にしか無いそうだ。
たった三か所で国内の大型船の全てをメンテナンス出来る訳? と、思ったら、ほとんどの船は製造元であるランピーニ聖国でメンテナンスをしているらしい。
ちなみにココにあるのは陸地まで引っ張り上げて修理するタイプのドックだが、聖国では僕らが想像する普通のドック、いわゆる乾ドック(※水密性扉が付けられていて水を入れたり抜いたり出来るタイプ)が一般的らしい。
流石は大陸中の造船を賄うランピーニ聖国、といった所だ。
以前、僕達が発見した幽霊船――その正体は製造中の未完成の船だった――も、夜間にうっかり造船所の水密性扉が開いたせいで、漂流したものだったらしいしね。
『あっ! あそこに馬車が見えます!』
『きっと水運商ギルドの馬車ですわね』
『えっ? どこ? どこですか?』
ドック内の馬車を指差すメイド少女カーチャ。
視力の悪いヤロヴィナは慌ててキョロキョロと辺りを見回している。
『近くに行けば分かりますわ。ハヤテ』
了解、了解。丁度着陸出来そうなスペースもあるしね。
僕はこちらを見上げて騒いでいる作業員達に翼を振ると、大きく旋回しつつ着陸コースを取るのだった。
ドックで僕らを出迎えてくれたのは、落ち着いた感じの若手ギルド職員だった。
『お初にお目にかかります。このデンプションの水運商ギルド支部の副支部長のオミールと申します』
この人が有能という噂の副支部長さんか! 噂にたがわず、確かに有能そうな人だ。
なんでこの人が副支部長で、見るからにダメそうな例の人物が支部長なんだろう?
年功序列とかそういう感じなのかな?
『・・・スゲエ』
副支部長さんの後ろ、一人の青年が好奇心マシマシの視線で僕を見上げている。
まだ肌寒い季節に、ノースリーブのシャツから日に焼けた逞しい腕をむき出しにしている。
なんというか、”いかにもガテン系”といった青年だ。
『な、なあ、コイツがドラゴンなのか? 本物なのか?』
本物かニセモノかと言われれば、ニセモノだけどね。四式戦闘機だし。
でも、彼が聞いたのはそういう意味じゃないだろう。
青年の不躾な言葉にティトゥがちょっと口を尖らせた。
『何なんですの、あなたは』
『失礼しましたナカジマ様。彼はこの施設のオーナーのバルトでございます』
えっ? この青年がオーナーなの? 工員じゃなくて?
青年は慌ててティトゥに頭を下げた。
思っていたよりも若いオーナーに、ティトゥは軽く驚いている。
『ここのオーナーがサルート様の要請を断っていると聞きましたが?』
『ちょっと、待ってくれ!――いや、下さい! 俺は別に代官様に逆らっているつもりはねえよ!――ありませんぜ!』
慌てて否定する若社長バルト。
『見ての通り、今、俺の所では船の補修を行っている。ウチのお得意様の船なんだ。せめてコイツを仕上げるまで待ってくれねえか?――ませんか?』
さっきも言ったが、ドックの中には中型の船が鎮座している。
バルトはつい最近、亡くなったお父さんの跡を継いでこのドックのオーナーになったばかりだそうだ。
全てはこれから、という所で、お得意様から船のメンテの仕事が入った。
バルトは代官のルボルトさんに逆らうつもりはないが、一度受けた仕事を途中で投げ出すようなマネもしたくないそうだ。
『俺の信用に関わるからな! オヤジの築いたこの仕事場の名に泥を塗るようなマネは出来ねえ!』
なる程、バルトの事情は大体分かった。
彼としては、父親の跡を継いで一発目の仕事にケチを付けられたくないんだろう。
今後の信用にも関わる事だしね。
ティトゥは補修中の船を見上げた。
『どこも壊れているようには見えませんわ』
『いえね、お客さん。素人目にはそう見えても、船ってのは、見えない疲労が蓄積しているもんなんだよ。長く使おうと思ったら、やっぱ時々俺んトコみたいな修理場に預けて調子を見てやらねえと』
誰がお客さんだ、誰が。
おそらくお父さん譲りだと思われる営業トークを、自慢げに披露するバルト。
でも、壊れている訳じゃないんだ。だったら――
『壊れている訳じゃないなら、補修を後回しにしてもいいんじゃないですの?』
『そうはいかねえ! 一度受けた仕事だ! それにもし、後でこの船に何かあったらどうしてくれる?! あそこがいい加減な仕事をしたせいで船が沈んだ、なんて言われてみろ。こっちは飯の食い上げだぜ!』
ここで副支部長のオミールさんが二人の間に入った。
『だからそれは船の所有者に確認を取ったと言っているじゃないですか。先方は「代官様がおっしゃるなら」と、修復作業の先送りを了承してくれているんですよ』
『それはそっちの理屈だ! 俺は来週までに仕事を終えて引き渡すと契約した! こればっかりは譲れねえ!』
どうやらオミールさんは、既に船のオーナーに連絡を取っていたらしい。
オーナーは、船のメンテナンスが遅れてもいい、と理解を示しているそうだ。
まあ今は、巨大ネドマのせいで港が完全に閉鎖されているからね。こんな状況で船のメンテだけ終えても、港から出る事も出来ない訳だし。
しかし、弱ったな。
ルボルトさんに頼めば、無理やりこの施設を接収する事は出来るかもしれない。けど、出来ればそんな強硬手段は使いたくない。
話を聞く限り、バルトは悪気があってやっている訳じゃなさそうだ。自分の仕事に誇りを持っているからこそ、一度引き受けた仕事をいい加減な形で放り出したくないのだろう。
そんな職人肌の人とこれ以上もめたくはない。だからと言って、ここ以上に条件の良い場所は他に見当たらない訳で・・・これは困った事になっちゃったな。
ティトゥも僕と同じ気持ちだったのだろう。
助けを求めるように僕を見上げた。
もちろん、何とかしてあげたいのは山々だけど、僕にもどうしていいか・・・
『それはそうと、そっちの彼女。あんた、顔に何を付けているんだ?』
『わ、私ですか?!』
バルトの質問に、ヤロヴィナがすっとんきょうな声を上げた。
大方、いつものように目の前の揉め事を他人事のような顔で眺めていたのだろう。急に話を振られて驚いているようだ。
『こ、これはナカジマ様から頂いたもので――』
『だから、あげた訳じゃないと言っていますのに』
『どれ、ちょっと見せて貰ってもいいかい?』
なにやらブツブツ文句を言っているティトゥをスルーして、バルトはヤロヴィナから眼鏡を受け取った。
彼はヤロヴィナのマネをして眼鏡をかけると、周囲を見回した。
『うおっ! 何だこりゃ! 頭が痛え・・・いや、あっ! ははははっ! こりゃ面白い! なる程、物が大きく見える道具なのか! へえっ! コイツはスゲエぞ!』
子供のように無邪気にはしゃぐバルト。
僕に対する反応といい、どうやら彼は好奇心旺盛な青年らしい。
・・・いや。考えてみればそれも不思議じゃないか。
言うまでもなく、この大陸では造船技術においてはランピーニ聖国が一歩も二歩も抜きん出ている。
そしてこの世界においては外洋船は先端技術の塊だ。
バルトは日頃からそんな最新技術に触れる仕事をしている、いわば最先端の技術者なのだ。
そんな彼が、新しい物に目が無い性格だったとしても、何の不思議もないだろう。
つまり彼は”新し物好き”なのだ。
『あの、もう返して下さい!』
『ん? おう、すまなかったな。なあアンタ。他にも面白いものを持ってないのか? 色々と持っているんじゃないのか? ここに無ければ話だけでもいいんだが』
『えっ? そんな事を言われても』
ん? コレって。
ティトゥとカーチャ、それにギルドの副支部長のオミールさんも、バルトの様子を見てピンと来たようだ。
オミールさんがほほ笑みを浮かべながらヤロヴィナの肩をポンと叩いた。
『ご要望通りお話をしてあげなさい。私達は席を外しておくから。あ、ルボルト様からのご要請はちゃんと理解しているよね? ボソッ(彼の説得は君に任せたよ)』
『お任せしましたわ』
『えっ? えっ? えっ? それってどういう意味――あっ、待って、私を一人にしないで下さい!』
では後は若い二人にお任せして、邪魔者は席を外しましょうかね。
どうやら新し物好きのバルトは、眼鏡をかけたヤロヴィナに強く興味を引かれたようだ。
バルトの様子からそれを察したオミールさんは、彼の説得をヤロヴィナに丸投げ――ゲフンゲフン、託したのだ。
『ヤロヴィナで上手くいくかしら?』
『どうでしょう? 男女の事は他人からはわかりませんからね』
いやいや、オミールさん。ティトゥはそっちの意味で聞いたんじゃないからね。
小さな笑みを見せるオミールさん。どうやら今の言葉は冗談だったようだ。
この人、真面目そうに見えて案外冗談も言うんだね。
ちなみにこの後、意外な事に、ヤロヴィナはバルトの説得を見事に成功させるのだった。
意外とか言っちゃあ彼女に失礼かな?
バルトは「作戦が終わったら作業の続きに戻る」事を条件に、船を一時的に港へと運ぶ事を了承した。
そしてこれまた意外な事に、ヤロヴィナとバルトは、あの後、本当に何となくいい感じの関係になってしまったのだ。
まさにオミールさんの言った通り、男女の事は他人からは分からないもの、である。
そんな予想外のおまけもありながら、”釣り”作戦の準備は順調に進んでいったのであった。
次回「釣り作戦開始!」