その12 作戦準備
港町デンプションに朝日が昇る。
中年の庭師のオジサンが、仕事道具を担いで僕のいる庭へとやって来た。
『ハヤテ様、おはようございます』
『オハヨウ』
昨夜一晩、ルボルトさんのお屋敷の庭でお世話になった僕は、すっかり庭師とも仲が良くなっていた。
『息子にハヤテ様の話をしたらエライ喜びようでしたわ。いつも俺が仕事の話をしている時にはそっぽを向いているくせに、現金なヤツですよ』
そう言って苦笑する庭師のオジサン。
まあ、オジサンには悪いけど、子供は庭師の仕事の話には食い付かないかもね。
草木が好きな草食系男子なら別かもしれないけど。
あれ? 草食系って菜食主義者って意味じゃなかったんだっけ?
今度バラクこと叡智の苔にでも聞いてみようかな。
僕がそんな事を考えていると、屋敷で朝食を終えたティトゥがカーチャを連れてやって来た。
『・・・朝から疲れましたわ』
ティトゥはどこかゲンナリしている。
昨日、僕の作戦を聞いて戸惑っていた様子のルボルトさんだが、一晩寝た事で吹っ切れたのか、今朝は打って変わってテンション高めでティトゥに僕の話をあれこれ尋ねて来たんだそうだ。
基本的にティトゥは僕の話をするのは嫌いじゃないが、色々と細かい所を根掘り葉掘り聞かれたらしく、今回ばかりは流石に疲れたんだそうだ。
『み、みなさん、お、おはようございましゅ、ますっ!』
可愛らしく語尾を噛みながら挨拶をしたのは、水運商ギルドの眼鏡少女ヤロヴィナだ。
『あざとい人ですね』
『ええ。あざといですわね』
『そんな言い方ヒドイです! 緊張してちょっと噛んだだけじゃないですか!』
同性から浴びせられる辛辣な評価に涙目のヤロヴィナ。
ヤロヴィナがあざといかどうかはさておき『ハヤテ様まであざといとか言うんですか?!』さておき、何だか今朝は元気が良いんじゃない?
最近のヤロヴィナはムッツリと黙り込む事が多くて、実は僕達はちょっと心配していたのだ。
『そうだったんですか? ご心配をおかけしました。昨日、心配事が晴れましたので、もう大丈夫です!』
無理をして明るく振る舞っているようにも見えないので、本当に心配事が片付いたみたいだね。
『ええ! ギルド支部長が病気になって昨日から自宅療養中なんです!』
今日一番の笑顔を見せるヤロヴィナ。
そしてドン引きする僕達。
『な、なんでみなさん、そんな顔をしてるんですか?!』
『他人の不幸をそんな風に喜ぶものではないですわ』
『私も今のはちょっと・・・』
まあ、普通に考えればティトゥ達の反応の方が正しいよね。
僕は以前に一度だけ会った、水運商ギルドの支部長を思い出した。
ぶっちゃけ、絶対に上司にはしたくない人だったかな。なんなら友達付き合いも遠慮したいタイプかも。
ヤロヴィナのように他人の不幸を喜ぶのもどうかと思うけど、あの上司が仕事を休んでいるなら、こんな風に彼女が喜んでしまうのも無理はないのかもしれないね。
『そ、そうなんですよ! 流石ハヤテ様!』
『ハヤテ様がそうおっしゃるなら』
『今日のハヤテは、この子にちょっと甘いんじゃないですの?』
元々ヤロヴィナの事情にそれほど興味がなかったのか、あっさりと引き下がるカーチャ。
そして妙な勘繰りをするティトゥ。いやいや、僕はメガネっ子属性も無ければ、ドジっ子好きでもないから。
どっちかと言えば、サブヒロインに良くいる、主人公に尽くすタイプのキャラに弱い感じ?
あっ、現実の女性の好みとかじゃないですよ。漫画やゲームの二次元のキャラの話ね。
『それで、わざわざこんな所までどうしたんですの?』
人様のお屋敷をサラっと”こんな所”呼ばわりするティトゥ。
今の言葉、お屋敷の人達に聞かれてないよね? 特に所有者のルボルトさん。
『そうそう! それなんですが、オミールさん――ここのギルドの副支部長さんに言われて来たんですよ!』
『副支部長? ですの?』
そうこうしているうちに、水運商ギルドの手配した人達とやらが次々とこのお屋敷にやって来た。
どうやらその副支部長さんが僕の作戦を聞いて、事前に必要な人達に連絡を付けてくれたんだそうだ。
昨日の今日だよ? いやはやなんとも、仕事の出来る人っていうのは手配が早いね。
朝から打ち合わせで手が離せないルボルトさんに代わって、執事のホンザさんが彼らを僕達の所に案内してくれた。
『こちらは町の鍛冶ギルドのギルド長と――』
『ワシは鍛冶屋の親方をやっとる!』
二人はまるで兄弟のように良く似たガテン系中年男だった。
ええと、確かこの世界ってドワーフとかいないんだよね?
僕が思わずそんな感想を持つ程、彼らは髭モジャだし筋肉質だしで、僕のイメージするドワーフの姿そのものだった。
『それで、ワシらに作らせたいモノってのは何ですかね?』
『こちらのハヤテから説明しますわ』
『ゴキゲンヨウ』
『『しゃ、喋った?!』』
僕は彼らにこの作戦のキモ、餌の仕掛けを説明した。
彼らは僕の要望を元に、その場で手元の板にサラサラと設計図を描いていった。
『なる程、コイツをワシらに作れと言うんだな』
そういう事。
設計図に描かれているのは長方形の四角い箱。
箱というよりは檻かな。
『何と言うか、悪趣味な棺桶って感じだな』
なる程、確かに棺桶に見えなくも無いか。じゃあコイツの名前は棺桶檻で。
僕の提案にイヤな顔をするドワーフコンビ。
ちょっと不謹慎だったかな?
『これを10個ほど作って、互いに鎖でつないで欲しいんですわ。どれくらいで出来そうですの?』
『代官様から最優先で取り掛かるように言われとります。今から町に戻ってあちこちの鍛冶屋に発注すれば、明日の朝には納品出来ると思いますぜ』
明日の朝?! スゴイなドワーフって!
いや、僕が勝手にドワーフと呼んでいるだけで、彼らは本当のドワーフってわけじゃないんだけど。
鍛冶屋の親方はその太逞しい腕をピシャリと叩いた。
『代官様からききやした。コイツは沖に現れた怪物を倒すのに使う物なんですよね? 任せて下せえ! 完璧に仕上げてみせますぜ!』
『使うどころか、作戦のかなめとなる重要な道具ですわ!』
『いいね! ますます腕が鳴るってもんよ!』
ガハハと豪快に笑うドワーフ達。じゃなかった鍛冶屋達。
いや、もういいや、ドワーフで。
ちなみにこの時、僕がドワーフ、ドワーフと連呼したからだろう。
彼らはドラゴンの言葉では”ドワーフ”が”鍛冶屋”を意味する言葉だと勘違いしてしまったらしい。
それが鍛冶屋の間で、「なかなかカッコイイじゃん」と話題になり、デンプションでは鍛冶屋の事をドワーフと呼ぶようになった。
更には、この言葉が貿易船に乗ってナカジマ領にも伝わってしまう事にもなるのだが、それはまた後日の話。
水運商ギルドからの連絡が来たのは、数多くの打ち合わせをこなし、そろそろ午前中も終わろうとしていた頃だった。
今日は朝から絶好調の眼鏡少女ヤロヴィナだったが、その知らせには表情を曇らせた。
『どうしたんですの?』
『それが・・・』
彼女が言うには、僕が釣り作戦の舞台に選んだ場所の所有者が、ギルドからの要請に難色を示しているんだそうだ。
『サルート様からその人に連絡はいっていないんですの?』
『――そのはずなんですが』
なんと。町の代官であり、先々代の当主でもあるルボルトさんからの要請にも首を縦に振らないのか。
僕は厄介事の予感に少し気が重くなった。
『今、副支部長のオミールさんが説得に向かうとの話なので、きっと――』
『いいでしょう。私達が説明に向かいますわ』
『は?』
落ち着きのない事にかけては当主の中でも右に出る者のいない(※僕主観)ティトゥが、すっくと立ちあがった。
とはいえ、彼女の魂胆は丸分かりだ。
朝から打ち合わせが続いて、そろそろ疲れているのだろう。
自分の領地の書類仕事なら、あれこれと理由を付けてサボる所を、よそ様のお屋敷では他人の目があってなかなかそうもいかない。
だからヤロヴィナの話にかこつけて、これ幸いと逃げ出す事にしたに違いない。
『さあ、行きますわよ。ヤロヴィナも乗って頂戴』
『ええっ?! 私も行くんですか?!』
『当たり前ですわ。あなたが案内してくれなくてどうするんですの?』
ティトゥは渋るヤロヴィナを無理やり胴体内補助席に押し込んだ。
『あの、この後は港の施設管理者との打ち合わせの予定が・・・』
『待っていて貰えばいいんですわ。少しお話をして直ぐに戻って来るだけなんですから』
ヤロヴィナの言葉に適当に安請け合いをするティトゥ。
主のいつもの暴走に、メイド少女カーチャは呆れ顔だ。
『さあ、ヤロヴィナのためにも早く行って早く戻って来ますわよ。前離れー! ですわ!』
ヤロヴィナは、本当にいいんですか、といった顔で僕を見ている。
仕方が無いんじゃない? ティトゥはこうなったら聞かない人だから。
それに僕も、偉い人達との打ち合わせの連続に気疲れしていた所だったし。
僕は軽快なエンジン音を響かせながら上昇。
屋敷の上空を大きく旋回すると、今回の目的地、港の南の外れへと機首を向けるのだった。
次回「新し物好き」