その5 出発前の騒動
◇◇◇◇◇◇◇◇
夜が明けました。
私はベッドから起き上がりました。
昨夜は寝付けなかったせいか、頭の芯が重たく感じます。
今日は、王都の戦勝式典に参加するために、屋敷を出発する日です。
昨日の朝まではあんなに楽しみにしていたことなのに・・・。
今日から王都までの3日間が憂鬱でなりません。
カーチャに髪を整えてもらいながらも、私の心はどこかここではない所をさ迷っていました。
自分がこんなに弱い女だったとは知りませんでした。
私の手は震えていないでしょうか?
鼻の奥がズンと重く、何度も無意味にツバを飲み込みます。
その時ノックの音がしました。
自分でも驚くほど私はビックリしました。
カーチャがドアを開けました。
「ティトゥ。そろそろ出られるかい?」
お父様でした。家令のオットーの姿はありません。
オットーはここに残り、お母様と一緒にマチェイの代官としてお父様が帰るまで当主の代理を務めます。
今頃はハヤテを荷車にのせる作業をしているはずです。
代理の仕事といっても、マチェイのような小さな土地では、日頃はお父様が全て一人でやれるほどの仕事しかありません。
オットーほど優秀な男に相応しい仕事を与えてやれれば、と、以前お父様がおっしゃっていました。
私は一度奥歯を噛みしめ、勢いを付けて立ち上がりました。
カーチャがそんな私を心配そうに見つめています。
思えば久しぶりに、この子のこんな表情を見ました。
昔は随分と心配をかけていたんですね。
負けるものか。
私が震える体に気合を入れて、帽子掛けのつば広帽子に手をかけたその時・・・
(帽子は昨日の晩思いついたアイデアです。私の持っている帽子の中でも一番つばの大きいこの帽子なら、目深にかぶることでネライ卿の顔を直接見ずに済むでしょう)
ドドドドド
轟音と共に、何人かの悲鳴が上がりました。
あの音はハヤテのうなり声?! 一体何があったのでしょう?!
◇◇◇◇◇◇◇◇
旅立ちの朝が来た。
ついにやってまいりましたこの時間。
夜も寝ずに念入りに脳内でシミュレーションを重ねてきた結果が今試される!
・・・いや、どのみち寝れない身体なんだけどね。
僕の周りには三日前にも集まってもらった人工さん、もといお手伝いの村人達が並んでいる。
家令のオットーが屋敷から出て来た。
おや? 騎士団の人達も一緒に出てきたのか。
作業の様子を見たいのかな? イイネ。それはこちらにとって好都合。
おや、アニメ兄ちゃん改めパンチラ元王子も一緒に出て来たぞ。
いいよいいよ、願ってもない展開だ。益々もって好都合。
風は僕に吹いている。
さあやるぞ!
『ではみんな、ハヤテ様を荷台に乗せて下さい。段取りはこの間やった通りに』
騎士団の登場に身を硬くしていた村人が、オットーの声にそれぞれ動き出した。
まずは脇にとめていた荷台に準備していた藁束を乗せ、僕の前に引っ張ってくる。
それから僕にロープをかけて引っ張り上げようとしたその時・・・・
ドルン! ババババババ!
いきなりエンジンがかかり、回転するプロペラ。
突然の爆音と風圧に悲鳴を上げ、逃げ惑う善良な村人達。・・・正直スマン。
でも、まだまだ始まったばかりだからね。
『ハヤテ様! どうしたんですか?!』
オットーが慌てて僕に駆け寄って来た。
急に轟音を立てた僕に躊躇せず駆け寄るとは。身の危険を感じなかったのだろうか?
僕は彼の僕への信頼に胸が熱くなった。
でも、今はおよびでないから。
僕は気化燃料の混合比率をいじった。不完全燃焼を起こした生ガスがマフラーの熱で燃焼。大きな破裂音が鳴り、排気管から炎が上がる。
そう、以前ティトゥもビビったアフターファイアー再びだ。
パパン!
『ぎゃあ!』
目の前で起こった爆発に腰を抜かして倒れこむオットー。
・・・本当にゴメン。でも今の僕は怒れるドラゴン。そういう設定だから。
突然上がった炎に、騎士団の方々も反射的に腰の剣を抜いた。
パンチラ元王子は、突然おこった緊迫した事態に騎士団の後ろで震え上がっている。
すわっ! 一触即発のこの場面。そこに慌てて窓から顔を出すピンクの髪。
ティトゥだ。
『一体どうしたんですの?!』
ヒラリ。開いた窓から飛び降りると、一直線に僕に駆け寄った。
『マチェイ嬢?!』
『ティトゥ様、危険です!!』
慌てて止めに入る騎士団員とオットー。
いや、オットーは腰が抜けているから、声を上げただけだけどね。
しかし、騎士団員は手に持った剣で彼女を傷つけることを恐れて、ティトゥに強く当たれなかったようだ。
ティトゥは素早く騎士団員をかわすと僕に走り寄った。
ババババババ・・・・ピタリ
辺りに静寂が満ちた。
えっ? って感じで全員があっけにとられている。
その中、ティトゥ一人が僕の心配をしていた。
『一体どうしたのハヤテ?! 何があったの?!』
ティトゥがオットーを振り返った。
事情を察したオットーが慌てて説明をした。
『何もありませんでした、全てこの前の通りで。同じようにロープをかけようとしたところ、急にハヤテ様が暴れ出しまして』
『そんなはずないわ! ハヤテがそんなことするはずがないもの!』
ティトゥの信頼は嬉しいけど、オットーの言った通りなんだよね。
非常に罪悪感に駆られるけど、この場は心を鬼にするのだ。
『何があったのかは分かりませんが、今は大人しくなったのです。作業を続けませんか?』
騎士団の隊長と思われる髭モジャおじさんが二人に声を掛けた。
おじさんに背中を押され、納得はできていないものの取り敢えず僕から離れるティトゥ。
腰を抜かしたオットーも別の団員に肩を借りて離れた。
髭モジャおじさんは、離れた場所で見守っている村人達に振り返った。
『作業を続けてもらえるかな?』
騎士団の偉い人にそう言われては、ただの村人に逆らうすべはない。
みんな気が乗らない様子で、しぶしぶ作業に戻った。
さっきの騒ぎで外れてしまったロープを、再び僕にかけようとしたその時・・・
ドルン! ババババババ!
またもやエンジンがかかり、回転するプロペラ。
再び爆音と風圧にさらされ、悲鳴を上げ、逃げ惑う村人達。
追加でアフターファイアーも、パン!
『まただ! 一体なにがあったんだ?!』
『そんな、ハヤテ、どうして・・・?!』
ティトゥがよろめくように僕に歩み寄ると・・・
ババババババ・・・・ピタリ
やはりそこでエンジンが止まった。
今までにない突然の事態に戸惑うマチェイ家の面々。
その戸惑いが伝わったのか、村人も騎士団員も声をかけられないようだ。
そこにティトゥパパが現れた。
いや、さっきから離れてずっと見ていたのを気が付いていたんだけどね。
ティトゥパパは僕の方をチラリと見ると、戸惑う騎士団の後ろ、パンチラ元王子に声をかけた。
『よろしいでしょうか。ネライ卿。』
『はわわっ?!』
はわわ元王子、可愛くねえよ。
次回「裏庭の茶番」