その11 釣り作戦
対、巨大オウムガイネドマ。
その作戦が決定した。
僕がアイデアを出したこの作戦。
その名も”釣り”作戦!
『そんな地味な作戦名じゃなくて、もっとカッコイイ名前がいいですわ』
僕の操縦席で不貞腐れるティトゥ。
ちなみに周囲はとっくに真っ暗になって空には月が上っている。
ここはルボルトさんのお屋敷の庭だ。
ついさっきまで、庭師と屋敷の使用人達が、総出で僕の着陸で荒らされた庭の後片付けをしていた。
自分がしでかした事とはいえ、随分と肩身の狭い思いをさせられたよ。
巨大ネドマに対する打ち合わせの後、ティトゥはお屋敷でお泊りする事になった。
会議を始めた時点でそろそろ夕方だったからね。仕方が無いよね。
彼女は最後まで抵抗していたが、こればかりはルボルトさんがガンとして譲らなかった。
日が暮れてから客を追い出したなどと噂が立てば家の恥、という訳だ。
ティトゥは、『言いたい人には言わせておけばいいんですわ』と、納得出来ない様子だった。
君には気の毒だけど、こればっかりはルボルトさんの言い分の方が正しいと思うよ?
お屋敷で針のムシロの晩餐を終えたティトゥは、その足で僕の所までやって来た。
ちなみにこの場にカーチャはいない。
きっと今頃は使用人の休む部屋へと案内されているんだろう。
『確かに釣りには違いないけど、こんな作戦名では士気が高まりませんわ』
どうも僕の命名した作戦名ではティトゥの中二マインドに響かないらしい。
分かり易くていいと思ったんだけどな。
『”蒼穹逆落とし作戦”なんてどうかしら?』
”蒼穹逆落とし”どこから出て来たし!
ええと、”蒼穹”って確か青空とかそういう意味だっけ?
まあ言いたい事は分からないでもないけど、って、やっぱり分かり辛くない?
なんで中二趣味の人は、”青”を”蒼”とか難しい字を使うんだろうね。
遠くでお屋敷の正門が開く音がした。使用人の出入りなら脇にある通用門を使うはずなので、馬車の出入りがあったんだろう。
こんな夜に誰だろう?
そんな事を考えていると、屋敷から小さな人影が、女性連れで現れた。
代官のルボルトさんの末の娘さんと、その息子のマルコ君だ。
マルコ君は母親の手を引いて急かしている。
『母上、ホラ、あれがハヤテですよ!』
彼は余程僕の事が気になっていたのだろう。会議の休憩中に僕らの所にやって来た。
キラキラとした目で僕を見上げ、僕とコミュニケーションを取ろうと頑張っていた。
ついでにティトゥのマネをして僕の翼をよじ登ろうとして、カーチャに慌てて止められてもいたっけ。
『ハヤテ、母上にもお話をして下さい』
『ゴキゲンヨウ』
『! 本当に人間の言葉を喋るのね! ごきげんよう』
マルコ君の母親は、ちょっとふくよかな女性で、何となくティトゥママに似た落ち着いた雰囲気の女性だった。
『ヤシキ。イリグチ。ヒライタ?』
『ハヤテは、さっき屋敷の正門が開いたのではないかと言ってますわ』
『ああ、それなら水運商ギルドの馬車じゃないかしら。さっき、ギルドの若い方がいらしていたから』
水運商ギルド? ヤロヴィナの関係者だろうか?
マルコママの話によると、支部長だか副支部長だかの偉い人だったらしい。
『支部長ですの?』
ティトゥが若干イヤげな顔をした。
彼女の気持ちも分からないではない。
ここのギルドの支部長には一度会った事があるけど、正直会わずに済むなら二度と会いたくないタイプの人だったからね。
『少しご挨拶しましたが、まだ若いのに落ち着いた立派な方でしたわ』
『それなら副支部長の方ですわ』
バッサリと言い切るティトゥ。
ですよねー。
もし、マルコママがあの支部長を見て”立派”なんて感想が出たなら、あなたの目はどれだけ節穴ですかって話になるよね。
副支部長とルボルトさんは作戦の話し合いのため、応接間に入っていったそうだ。
『作戦、ですの?』
作戦、と言えば、ついさっき話題にしていた釣り作戦の事だろうか?
水運商ギルドの方でも何か手伝ってくれるのかな?
とはいえ、ぶっちゃけ、あの支部長がいる限りあまり当てに出来る気がしないんだけど。
話は前後するけど、翌日、この時の僕の予感は、良い方向に裏切られる事になる。
支部長は急に体調を崩したとかで、病気治療のために家に引きこもってしまったのだ。
普通であれば、この大変な時期に支部長の不在なんてもってのほか。デンプションのギルド支部は大混乱になるだろう。あくまでも普通であれば。
しかし、ご存じの通り、支部長は見た目通りの仕事出来ない人間だった。
むしろ無能なトップがいなくなったおかげで話が通り易くなり、結果、僕達は作戦の準備を随分と助けられる事になるのだった。
『ねえ。本当にハヤテは怪物に勝てるのかな?』
さっきまで嬉しそうに僕の周りを回っていたマルコ君が、不安そうに僕を見上げていた。
『大きな船を簡単に転覆させる程の怪物なんだよ。確かにハヤテだって大きいけど、船よりは全然小さいよね。そんな大きな怪物に勝てるのかな』
こんなに幼くても、ルボルトさんの薫陶を受けた六大部族の貴族の子女だ。
マルコ君の言葉からは領地を預かる者の持つ責任感が感じられた。
不安を抱えた少年に、ティトゥは豊かな胸を張って答えた。
『当然ですわ! この世界でハヤテよりも強い者などいませんの! 例え相手がお化けネドマであろうが、私とハヤテで見事倒してみせますわ!』
いや、ティトゥ。確かに僕はこの世界ではチート扱いの未来兵器だけど、そこまで自信満々に言い切るのはどうだろうね。
確かに君が僕を信頼してくれるのは嬉しいよ。嬉しいけど、僕には君の期待が大きすぎると言うか、何と言うか。
出来る事なら、もう少し控え目に頼ってくれた方が、僕も伸び伸びと戦えると思うんだ。
そんな僕の心の葛藤を知ってか知らずか、ティトゥは益々、安請け合いの大安売りを続けた。
『確かに今日はお化けネドマを倒せませんでした。でもそれはハヤテが近付いたら相手が逃げてしまったからですわ。でも心配いりませんわ。私達にはハヤテが立てた作戦がありますの。次は絶対に逃がしはしませんわ!』
なんでここまでハードル上げるかな!
ていうか、フラグか?! フラグなのかティトゥ?!
これって失敗フラグじゃないの?! 映画や漫画で「絶対に大丈夫」とか「絶対に逃がさない」とか言って、必ず失敗するアレ。
君、まさか知っててフラグを立てている訳じゃないよね?!
いやまあ、ティトゥが心の底から僕を信頼してくれてるのは分かるけど、ぶっちゃけ僕って全然大したヤツじゃないからね。
四式戦闘機はチートな未来兵器かもしれないけど、中身の僕は平凡な社会人だから。
なんなら元引きこもりだから社会人としても失格気味だったから。
そんな僕が考えたポンコツな作戦だから。
ティトゥの自信に溢れた態度が少年の不安を吹き飛ばしたようだ。
さっきまで不安そうだったマルコ君の顔に再び元の笑みが戻った。
『それって何て作戦?』
『”蒼穹逆落とし作戦”ですわ!』
だからそれはティトゥが勝手に付けた作戦名だから!
◇◇◇◇◇◇◇◇
「”釣り作戦”ですか」
ここは屋敷の応接間。
屋敷の主であるルボルトは、水運商ギルドの副支部長オミールにハヤテの立てた作戦の説明を終えた所だった。
オミールは驚きを隠せずにいた。
そんな彼の様子にルボルトは苦笑を浮かべた。
「お前の言いたい事は分かる。というよりも俺も同じ気持ちだ。いや、直接ハヤテの口から聞かされた俺の方がお前よりも驚いたに違いない」
ルボルトはそう言うとカップに注いだ酒を一口含んだ。
聖国産の果実酒の豊潤な香りが、彼の鼻を抜けていった。
「・・・失礼ながら、本当にこの作戦が上手くいくとお考えですか?」
「上手くいってもらわないと困る。このデンプションの将来がかかっているのだからな」
それはオミールが聞きたい返事では無かった。
オミールはルボルトから酒を勧められたが、彼は丁寧にそれを断った。
ルボルトは小さくため息をついた。
「さっきお前の言いたい事は分かると言ったろう。この作戦のキモは全てハヤテにかかっている。ナカジマ殿が言うハヤテのなんとか弾。全てはハヤテに怪物を倒せる手段がある事が大前提で、平たく言えばハヤテにそれを使わせるために段取りが組まれていると言ってもいい。お前はこう考えているんだろう。”本当にハヤテの攻撃が怪物に通じるのか?”と」
突然現れた、今まで見た事も無い巨大怪物ネドマ。
人間の力では足元にも及ばないこの怪物を倒す攻撃を、怪物とほぼ同時にぶらりと現れたドラゴンが持っているという。
まるで作り話だ。
どんな偶然で、そんな都合が良い話があると言うのだろうか?
これではオミールが疑いを持つのも無理はないだろう。
ルボルトは再度酒を勧めたが、オミールは今度もやはり断った。
「つまらん常識は捨てろ」
「は?」
ルボルトは大きく酒をあおった。
「そんなものはこの酒と一緒に飲み干してしまえ。怪物ネドマに空を飛ぶドラゴン。はっ。まるで物語の中の世界だ。
知っているか? 最近、黄金都市リリエラが見つかった事を。あれこそ誰もが物語の中の空想の都だと思っていた。それを見つけたのがあのハヤテだ。
分かるか? ハヤテには俺達の常識が通用しないんだ。常識外の存在なんだよアイツは。
空を飛ぶ巨大なドラゴン? 人間の言葉を喋る? どんな冗談だ? 違う。いるんだよこの世界にはドラゴンが。この屋敷の庭に。今も」
ルボルトは酒臭い息を吐いた。
「ハヤテが出来ると言えば出来るのだ。常識? 馬鹿を言え。相手はここにいるんだ。俺達の小さな常識を持ち出せば消えてくれるような存在じゃないんだ。俺達はな、嫌でもこの常識外を受け入れるしかないんだよ」
オミールはここに至ってようやくルボルトの苦悩を察した。
怪物ネドマの襲撃を受け、このデンプションの港町は今や存亡の危機に瀕している。
サルート家海軍では手も足も出ないデタラメな怪物。しかし、その怪物を倒す方法はこれまたデタラメなドラゴンしかないという現実。
このデタラメな状況にルボルトの常識は悲鳴を上げているのだろう。
だが、唯一の救いの道がこのデタラメを受け入れる事にしかない以上、代官として彼はその選択肢を選ばざるを得なかったのだ。
ルボルトの気持ちが分かったのだろう。オミールは今度は黙ってルボルトの酒を受けた。
喉を焼く強い酒精の酒を、二人は一息に飲み干すのだった。
次回「作戦準備」