その9 第二回巨大ネドマ対策会議
デンプションの港町の北。丘の上に建てられた大きなお屋敷。
その屋敷の庭で巨大オウムガイネドマに対抗するための会議が始まろうとしていた。
屋敷の執事のホンザさんによって、庭にはテーブルとイスが運び込まれ、三人の参加者がそれぞれの席についている。
まず一人目はこの町の代官でもあり、お屋敷のオーナーでもあるルボルトさん。
彼の背後に立っているのは、ルボルトさんの右腕とも言える執事のホンザさんである。
二人目はこの港町を守るサルート家海軍から騎士団の団長さん。
名前は――ええと、さっき聞いた気がするけど何だっけ? 何故かこういう時は思い出そうとしても思い出せないんだよな。
とりあえず”団長さん”と覚えておけば問題はないだろう。
三人目はピンクレッドのゆるふわヘアーの可憐な少女。
僕のパートナーでもあり、ナカジマ家の当主でもあるティトゥである。
ルボルトさんに対抗しているつもりなのか、背後にはメイド少女カーチャを従えている。
ぶっちゃけ、このメンバーの中ではカーチャの場違い感がハンパじゃない。
本人もその事を自覚しているのか、見るからに居心地が悪そうだ。
この三人プラス二人、それにこの僕、四式戦闘機”疾風”を加えたのが、今回の第二回巨大ネドマ対策会議のメンバーとなる。
話し合いの口火を切ったのはルボルトさんだった。
『さて。二人共現場にいたんだ。状況は俺よりも良く分かっていると思う。町のためにも、ここは積極的に意見を口にしてもらいたい』
ルボルトさんはそう言いながら周囲を見回した。
彼の視線を受けて、屋敷の窓からチラチラとこちらを眺めていた使用人達が慌てて顔を引っ込めた。
そりゃまあ、こんな所で話し合いをしてたら、お互いに気になるよね。
あ。ルボルトさんのお孫さんが嬉しそうに手を振ってる。
どうやら彼は僕に興味津々のご様子。さっきからこっちに来たくてウズウズしているようだ。
『まずはハヤテの話を聞くべきですわ』
ちょっとティトゥ! なんでそこでいきなり僕に振るわけ?!
いやいや、『さあどうぞ』みたいな良い顔で振り返られても、こっちは全然心の準備が出来ていないんだけど?!
ルボルトさんも団長さんも『えっ? コイツに聞くの?』といった顔でこっちを見ている。
ごもっとも。
僕は緊張のあまり、存在しないはずの心臓がドキドキと早鐘を打っているような気がした。
どうしよう。先ずは挨拶から入るか。
『ゴキゲンヨウ』
『喋った?!』
僕が喋ると誰からも聞かされていなかったのだろうか? 驚きの声を上げる団長さん。
ちなみにルボルトさんとは、ジャネタお婆ちゃんを連れて来た時に軽く挨拶くらいは交わしている。
それでもやはり喋る謎生物は珍しいのか、今も軽く目を見開いているけどね。
『ハヤテ。みなさんにあなたの素晴らしい作戦を話してあげて頂戴』
そしてここで容赦なくハードルを上げて来るティトゥ。
驚きに目を見張るルボルトさん達。
ホント、勘弁してよ。
僕はこの場から逃げ出したい気持ちをグッと堪えた。
これも全てこれ以上、ネドマの被害者を出さないためだ。ガマン、ガマン。
『トラップ ツクル』
『『『とらっぷ?』』』
不思議そうな顔をするルボルトさん達。
あ~、トラップは通じないのか。じゃあ罠? 仕掛け? なんて説明すればいいんだろう。
僕はこの会議の先行きに不安を覚えるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテと呼ばれる緑色のドラゴン。
彼の語った作戦は、特別目新しい物では無かった。
「つまりドラゴンは、餌を用意して怪物を釣り上げろと言うんだな?」
そう。ハヤテの作戦は巨大ネドマを餌に食いつかせ、陸に釣り上げるというものだった。
ただしそのスケールは桁外れに大掛かりなものだが。
「それは――いや、実は騎士団でもその案は出たのです。ですが、到底実現不能とみなされて却下されたのです」
騎士団団長が困った顔で答えた。
海中では無敵の巨大ネドマも、体の構造はオウムガイそのもの。
だったら陸にさえ上げてしまえば、身動きが取れなくなるに違いない。そう考えたのである。
一見申し分のないアイデアのようだが、しかし、実際に実行するとなると大きな問題があった。
「最大の問題はヤツの自重です。仮に餌に食いつかせる事が出来たとしても、あれほどの巨体を陸まで引っ張り上げるのはまず不可能でしょう」
そう。重機もないこの世界では、労働力の全てが人力で賄われている。
勿論、牛や馬を利用する事はあるが、一体どれほどの数の牛や馬を集めれば、あの巨大ネドマを陸に引っ張り上げる事が出来るのだろうか?
「それに餌も問題です。漁師に聞いた話では、最近、近海から魚影が消えているそうです。これはあのネドマにやられたと考えて間違いないでしょう。つまり、ヤツに食い付かせるための餌すら手に入らない状況なのです。勿論、ヤツは人間を襲って食っていますが、まさか人間を餌にする訳にもいかんでしょう」
団長の言葉にティトゥが眉間に皺を寄せた。
昼間の犠牲者の事を思い出したのかもしれない。
ティトゥはハヤテを見上げた。
ハヤテは少しの間言葉を探していた様子だったが、やがて片言で説明を始めた。
「リク。イラナイ。ウミ。アサイ。ニゲル。ナイ」
「浅い海なら逃げないという事ですのね?」
ティトゥの根気強い通訳で、ハヤテの言わんとしている事が徐々に全員に伝わり始めた。
彼らは最初は戸惑い、やがて驚き、そして――
「ちょ、ちょっと待って欲しい。それなら出来る、のか? いや、可能かどうかで言えば可能なのだが」
「そうだ。それに本当にお前は怪物を倒せるのか?」
「ハヤテに出来ないなら誰にも出来ませんわ!」
ルボルト達の言葉にプンスと膨れるティトゥ。
「しかし、それは・・・すまん、少し落ち着いて考えさせてくれ」
ルボルトの要望で、会議はここで一旦休憩を挟む事になるのだった。
屋敷の一室でルボルトは混乱した頭を抱えていた。
ハヤテの策、それ自体はさっき言った通り極めて単純な物だ。
だがその完成度がズバ抜けていた。
ここはハッキリ言おう。
ルボルトには、ハヤテの策は”何だか上手くいきそう”としか思えなかったのだ。
あの謎生物であるドラゴンとやらの策が、である。
ルボルトは何やら悪い冗談に付き合わされているような、タチの悪い詐欺師に騙されているような、何とも言えない不安な気持ちに苛まれていた。
彼は執事のホンザと騎士団団長に向き直った。
どうやら彼らもルボルトと同じ気持ちでいるようだ。
二人共ルボルト同様、狐につままれたような顔をしている。
執事のホンザがおずおずと尋ねた。
「あの。私にはどうしても信じ難いのですが・・・ あれは本当にドラゴンが考えた作戦なんでしょうか?」
「・・・そうでないなら誰が考え出したと言うんだ? まさかナカジマ殿とでも言うつもりか?」
仏頂面で答えるルボルト。
ちなみにルボルトのティトゥに対する評価は、いささか感情的であまり思慮深い娘とは思えない、といったものだった。
概ね正しい評価とも言える。実際にこの作戦を考えたのはティトゥではなくハヤテだからだ。
彼らは今までハヤテの知能を過小評価していた。
ドラゴンとはいえ、相手はたかだか動物。そんな風に考えていたのである。
今回の一件で、彼らは自分達の認識を改める必要性を実感していた。
だが、実はそれでもまだ弱い。彼らはここに至っても最大のポイントに気が付いていなかった。
ハヤテ達は竜 騎 士なのである。
竜 騎 士は普通じゃない。
彼は今までの人生で学んだ常識が邪魔をして、未だにその真実に辿り付けずにいたのだった。
「団長。ナカジマ殿の言う、ドラゴンの何とか弾「双炎龍覇轟黒弾でございます」そう、そのなんとか黒弾で、本当に怪物ネドマが倒せると思うか?」
「・・・ナカジマ殿はそう考えておられる様子です。そして事実、怪物もドラゴンを激しく警戒しております。そう考えればあるいは可能性は高いのではないかと」
団長の指摘にルボルトは「むうっ」と、うなり声を上げた。
考えてみれば、この怪物騒ぎは、最初からずっと彼の常識が全く通じないものだった。
ネドマとは本来これ程馬鹿げた怪物ではないし、少女を乗せて空を飛ぶドラゴンなど、物語の中の存在でしかなかった。
ルボルトは窓の外に目をやった。
庭にはハヤテとティトゥと彼女のメイド。それにルボルトの孫の姿が見える。
彼はハヤテを見て以来、ずっと近くに行きたい気持ちを我慢していたのだろう。今は喜びを爆発させてはしゃいでいる。
これも当然、今までのルボルトの常識には無かった光景だ。
常識外れの相手には、こちらも常識を捨てて取り組まないといけないものなのかもしれない。
ルボルトは自分の老いを痛感し、無性に代官の務めから引退したくなるのだった。
次回「ヤロヴィナの勇気」